#010 アインの街並み
この世界でも、朝になれば日が昇り、夕日が沈めば夜が来る。
僕たちが門をくぐる頃には、もう夕日は西に沈もうとしていた。
南門から主街区画までは、田園区画を抜けて、少し歩かなくてはならない。
「アインには東西南北の四つの門がある」
そう教えてくれたのは、さっき別れたヒムロスさんだ。
「南門と東門は、入ってからしばらく田んぼと畑しかないから面白くないかもね」
そう言って笑っていた。
僕は、そんなことはないと思った。
思ったよりすごく農地が整っている。
「春には小麦と葉野菜とイモなんかの根菜類が採れるな。うまいから楽しみにしとけ」
これはおっちゃんの言葉だ。
もちろん異世界育ちの野菜は楽しみだが、それ以上にこの世界の農業事情が興味深かった。
色々な種類の作物を街の農夫さんたちが協力して育てているようだ。
今は作物が見て取れない畑もあるが、休ませているか家畜を放牧するのだろう。
牧草の塊がそこかしこに転がっている。
それから田園区画は十五分程続き、そこを抜けると、とうとう主街区画にたどり着いた。
主街区画で最初に目に飛び込んできたのは、白い石レンガで作られた建物が並ぶ、きれいな街並み。
加えて、目抜き通りに沿って立ち並ぶ、屋台、屋台、屋台。
そこにはすでにたくさんの人々が集まって、買い物をしたり、酒を飲んだりしている。
夕食時なのだろう。街灯もすでに灯って、夜の始まりを喜んでいるかのようだ。
「これからもっと賑やかになるぞ!」
僕が驚いて足を止めた所に、おっちゃんが言った。
夜になれば、ヒムロスさんたちも門を閉めて仕事を終える。
これから仕事終わりの人たちが集まってくるのだろう。
僕は、ワクワクしながら足を進める。
街並みはどこまで行っても真っ白で清潔感があり、街灯には欠かさず明りが灯っている。
一番大きな目抜き通は、しっかりと舗装されていて、南北と東西それぞれ一本ずつ通っている。
加えてその交点には、この街最大の広場と、町の名物の大きな噴水が鎮座している。
よく見れば、目抜き通り沿いには側溝が。要所要所にはマンホールもある。
噴水を作ることができる程度の上下水設備があるのだ。
契約書といい、農業といい、技術水準は予想を遥かに上回っていた。
異世界と言えば、生活のしにくさを魔法で補うイメージだっただけに、僕はだいぶ面食らってしまった。
しかし、これは喜ぶべきこと。
きっとご飯もおいしいだろう。
さっきから通り沿いには切れ間なく屋台が並んで、おいしいそうな匂いを発し続けている。
「あそこが神殿、その奥が騎士団の詰め所だな。それから一番高いのが町役場。もうちょい行けばお前さんの目的地だ!」
おっさんは楽しそうに街を案内してくれる。
僕の目的地?うまいメシ屋だろうか?
僕が首を傾げているとおっさんは呆れたように言った。
「お前、冒険者ギルドで身分証作るんだろ!」
あぁ!すっかり忘れてた!
しかし、今は身分証よりうまいメシだと言いたい。
おっちゃんはその辺を察してくれたようで、冒険者ギルドがある北区ではなく西区に目的地を切り替えてくれた。
いや、おそらくおっちゃんも腹が減ったのだと思う。
「この辺りは一番でかい商業区画だ。役場が近いから、お偉いさん用の宿泊場なんかもあるし、この町で一番高級なメシ屋もこの区画だ
な。」
そんなことを言いながら、どうせ高級な店には行かないのだろう。
饒舌かつ、ニヤつきながら勝手知ったるといった様子で歩いて行く。
たどり着いたのは商業ギルドのすぐ隣の直営店だった。
確かに、見た目はボロいが、味のある店構えと言えなくはない。
「ここがおっちゃんの行きつけですか」
僕の言葉におっちゃんはちょっと面白くなさそう。
高級店を紹介して、期待をさせつつボロい店に連れて行く。
僕がちょっとがっかりした頃合を見計らって「騙されたと思って食ってみろ」とか言ってうまいものを食わせる気だったのだろう。
甘いぜおっちゃん。
それはテンプレどころか、常套手段だ。
余裕があれば乗ってあげても良かったけれど、今の僕は空腹の絶頂。
さぁ入ろう!すぐ入ろう!注文だ!?ぬるいこと言ってねーでこの店で一番うまいもん持ってきな!
とは、驕りなのでもちろん言わない。
おっちゃんが「いつもの」と注文した。
言うまでもなく、常連さんの「いつもの」なのだからうまいに決まっている。
僕は首を長くして、料理の到着を待った。
異世界の半分はお約束でできている 倉内義人 @Yoshihito-Kurauchi
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