#009 アインの街の番兵さん

 目的地の街を囲う石壁は予想を大きく越えて立派だったらしい。


 おかげで、僕の目測は大きく外れた。


 あと五分くらいかな、と思ったところから三十分も歩くことになろうとは。



 でーんと立派に門が立っている。木製の門だ。


 今は開いているが、これが閉まったらちょっとやそっとの衝撃ではびくともしなそう。


 僕は興味深々で、門戸をコンコンと叩いた。


 中身は鉄かもしれない。


 ドンドン。ガンガン。カリカリ……。




「その辺で勘弁してくれるかい」


 僕が門に爪を立て始めたところで、詰め所から番兵さんが出てきた。


 立派な鎧を身に着けて、持っていた槍は傍らの石壁に立てかけた。



 ちょっと恥ずかしいところを見られたが、警戒されてはいないらしい。


 もっとも、その要因の多くはおっちゃん存在だろうから、僕は多少変人でも構わないのかもしれない。



 なんといっても、僕はこれから記憶喪失を演じねばならないのだし。



「すみません。立派な門だったので気になって」


 とりあえず謝る。



 番兵さんはヒムロスさんといった。


 おっちゃんがお互いを紹介してくれる。


 ヒムロスさんはおっちゃんと違って髭がもっさりしてないし、耳も尖ってない。


 30代後半くらいで柔和な顔のおじさんだ。



 おっちゃんはヒムロスさんにも僕を紹介してくれようとしたが、上手い言葉が見つからないようだ。


 とりあえず、「こいつは森で拾った。記憶喪失みてーだ」それだけ言った。



 僕は心の準備はできていないが、なんとか問題なく門をくぐりたい一心で話した。



 ここがどこかもよくわからず、


 なんだかわからないうちに白い光に包まれ、


 気付いたら森の中、


 手に持っていたのは謎の棒っきれだけで……。



 やはり棒っきれのくだりが悲壮感を演出するのか、ヒムロスさんは目頭を押さえた。


 ……おっちゃんも。



 この国の人涙腺弱ぇなー


 そして僕は、その人情につけこむような形で割とさらっと門をくぐった。




「決まりだから、この契約書にサインをしてくれ」


 詰め所には他にも何人か番兵さんが居た。


 みんな、ヒムロスさんのような鎧を身に着けている。



 案内されて、僕は席に着く。


 ペンは万年筆みたいなインク内臓のものだった。


 羽ペンとかだったらどうしようかと思った。



 僕が慣れないペン先で四苦八苦していると、ヒムロスさんはほかの番兵さんに二言三言話した。


 目の端で見知らぬおっさんたちがすすり泣いているが、特に気に留めなかった。


 おそらく、ペンもまともに使えない様子を憐れんだのだろう。大きなお世話だと言いたい。



 ヒムロスさんは、僕と対面する形で椅子に腰を掛けた。


 取り調べみたいだな。となんとなく思った。


「き、決まりだからな……」と念を押すように言うヒムロスさん。



 なんか後ろ暗いところでもあるのだろうか。


 僕は、考えるのを辞め、契約書に目を通す。幸いなことに文字は理解できた。


 文字の印刷方法はわからないが、綺麗に印字されている。


 紙も真っ白とは言わないまでも、手触りなんかは悪くない。


 指で紙の感触をさらさらと弄びながら、読み進める。



 武器や魔法を用いた喧嘩はご法度であるということ。


 身分証を常に携帯すること。もし無い場合は速やかに身分証を作成すること。


 国の法に従うこと。


 法に反した場合は、原則この街の裁判で裁かれること。



「僕はこの国の法律がわからないんですが」


「殺人、暴行、窃盗をしなければ大きな問題にはならないから。あとはここにある通り、身分証だけは早急に用意するようにね」



 身分証を作る。それはつまり……


「身分証明の為に冒険者ギルドに登録するんですね。わかります!」



「そうか、冒険者ギルドに登録するのか。危険なことはしないようにね」


 薄々気づいていたのだが、子ども扱いが過ぎるのは、僕の身体が14歳にしては小柄だからではないだろうか。


 中学二年生というより、小学六年生の方がすんなり通る気がする。



 何を隠そう、僕は今まで自分の姿をまともに見れていない。


 鏡はないし、水辺に近寄ることもしていない。


 相対的に判断しようにも、身近にいるのはドワーフみたいにずんぐりむっくりで縮尺不詳のおっちゃんだけ。


 ここにきて、初めて正しい縮尺の大人を見ている。



 うん、僕はチビだな。



『ピコン』


「……メニュー」



 久々の幼女神からのメッセージ。


 契約書を見るふりをしてメニューを開く。



【メッセージ】■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■


 正直、すまんかった。


 いや、チビでもギルドカード見れば14歳になっとるからいいじゃろって、


 体力も膂力もポイントで補正着くからいいじゃろって、


 そんな感じで決めてしまったんじゃよねー。



 下の毛もあと三年は生えんと思うんじゃ。


 ■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□



 おっと、危ない。契約書に力が入りすぎてくしゃくしゃになってしまった。


 じゃよねー。じゃねーんだよ。


 ほんとに、ろくなことしない奴だ。


 後で落ち着いたら罵詈雑言書き散らしてメッセージ返してやる!



『ピコン』



【メッセージ】■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■


 残念!そっちからは送れんのじゃよーm9(^Д^)


 ■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□



 ……思うだけで相手に怨念を送るスキルを、僕は必ず身に着ける。必ずだ!



「と、間違っちゃったかい?今新しいのを持って来よう」


 手元の用紙はくしゃくしゃに丸まり、ただの燃えるごみと化した。




 ずいぶんと余計な時間を使ってしまったが、何とか最終段階までたどり着いた。


 そこで、あ。と気づく。



「すみません、名前がわからないんで、サインが書けません」



 血判で勘弁してもらった。


 周りのおっさんは泣いていた。


 僕も血判が痛かったので、ちょっと涙目だった。



「じゃあ入場料として一半銀だ」


 周りのおっさんたちが立ち直り仕事に復帰すると同時に、僕も立ち直る。



 親指の傷はヒムロスさんが、魔法で治療してくれた。


 この位の治療なら、基礎魔術のうちなのだそうで、大抵の人ができるのだそうだ。


 一半銀がどのくらいの価値のお金なのかわからないが、一銭も持たない僕では支払うことはできないのはわかる。



「あ。お金もってません」


 ヒムロスさんはまたも目頭を押さえて、うずくまった。


 もういいよ!



 僕はあまりに着の身着のまますぎて、幼女神からも布の服しかもらっていない。


 木剣はおっちゃんからもらったものだが、売る気はない。


 と、いうわけで。



「おっちゃん。すみませんがお金貸してください。」


 待合室で煎り豆茶を飲んでいたおっちゃんを頼った。


「おっとすまねぇ。忘れてたぜ」


 と言いながらおっちゃんは、嫌な顔一つせずお金を渡してくれた。


 ていうか、財布(布の巾着袋)ごと渡すなよ。



「えーと半銀貨……これですか?」


 僕は四角くて、表が銀色、裏が黒色の穴が開いた貨幣を見つけて取り出した。


 それから、ついでにと、硬貨の種類を教えてもらった。


 銅貨、大銅貨、小銀貨、半銀貨、銀貨、大銀貨、金貨とあるそうだ。



 ちなみに、紙幣について聞いたら、全然理解してもらえなかった。


「紙切れで買い物できるわけねーだろ。小切手か?」と言われた。



 これは正貨というやつか。


 僕は、半銀貨を一枚手に取り、財布をおっちゃんに返した。



 この国の貨幣は、信用価値でなく素材の金や銀の価値で貨幣価値を担保している。


 要するに金貨を溶かして売っても、金貨と同額で取引ができるということだ。



 契約書の紙質や印刷を見るに、技術的には管理通貨制度を取れるはずだ。


 システムがまだ出来てないだけならいいが、そうでなければ……。


 あまり平穏に胡坐をかいては居られないかもな。



 少なくとも、これだけ立派な金貨は簡単に量産はできないと思う。


 そうなれば、貨幣の流通が将来的に滞ることも考えられるだろう。



 とはいえ、なるようにしかならない。


 僕は考えるのを止め、硬貨を一枚ヒムロスさんに手渡して、すべての手続きを終えた。


 仮の身分証を受け取り、ようやく街に入った。

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