#008 おっちゃんの木剣

目が覚めると、おっさんが添い寝をしていた。


なんてことは無く。


夢オチで元の世界に帰っているということもまた、無かった。



「意外と往生際が悪かったんだな、僕って」



おっさんの姿を探すと、採掘道の入口で罠を解除していた。


「おはようございます」と言ってから、もしかしたらこの世界のあいさつとは違ったかもしれないと思い至った。


「おう!おはようさん」


特に問題はないようだ。


川にでも行って顔を洗いたいと言うと、「別にいいが、魔物が出るから気をつけろよ」と言われた。



「ドルフさん。すみませんが水ください」


僕は、川に行くのをあきらめた。



日はもうずいぶんと高かった。


寝坊だろうか。おっさんに迷惑をかけたかもしれない。



野営という悪環境下で寝坊というのは、異世界に馴染み過ぎた感が否めない。


まぁ、異世界に来て、戦闘、採掘、野営だったのだから、疲れが出たと考えればそういうこともあるか。



簡単な身支度を済まして、僕は朝食の席に着いた。


昨晩に続いて、おっさんが準備を全部してくれた。


頭の下がる思いだ。


申し訳なくも、まだしばらくは頭の上がらない日々を過ごすことになるだろう。



朝食のメニューはおっさんがアイテムボックスから出した大ぶりのパンと出来立ての干し肉のスープだった。


季節は春先とのことだったが、夜中は結構寒かったので、熱いスープはうれしい。


食べてみると、干し肉の出汁が効いていて、スパイシーでうまかった。


パンは一つを二人で半分にして食べたが、スープと合わせて十分なボリュームだった。


ちなみにパンはおっちゃんの自家製で、アイテムボックスに入れておくことで劣化を抑えながら持ってきたそうだ。


防腐剤とか、まだそこまで発達してないだろうしな。



そして、食べながら今日は朝食と昼食を兼用にしようと提案された。


「昼食を用意するのは億劫だし、食えるだけ食ったらさっさと町に戻って、落ち着いて夕食を食う方がいい飯が食える」


おっさんの言う通りだと思う。


同時にこの世界でも一日三食がスタンダードだと学んだ。



僕が、ふむふむと頷いていると、おっさんが言った。


「そんで、お前さんはしばらくウチに下宿しな」


そしてニッと笑った。



僕は不意を突かれて、つい固まってしまう。



なんだよ、このおっさん。かっこよすぎるだろう。




僕は、「ありがとう。よろしくお願いします。……おっちゃん!」と答えた。



おっちゃんは少しばかり驚いたようだが、「おうよ!」と笑った。


僕も笑った。




ところで、おっちゃんは、僕が寝ている間に武器を作ってくれていたらしい。


どれだけ至れり尽くせりしてくれるんだ。



「いや、手ごろで、いい感じの枝があったからよ。お前さんと出会った時に拾っといたんだ」


うん。その枝のことならよく知ってる。



「そんでそれを木剣にしたんだ。お前さんずいぶん疲れてたみたいで起きてこなかったからよ」


あ、やっぱりか。申し訳なかった。


というか、あの枝なら僕がへし折ったはずだけど。



木剣を受け取る。


素人目にも見事なものだった。


「いや、これ元の素材より太く立派になってません?」



太く立派という言葉に、おっさんは少し違和感を覚えたようだった。


いや、他意はない。



「そりゃ、魔力込めたからな。その辺の枝と同じ強度じゃ武器にならんだろ」


『ポッキリいくからの(笑)』と言っていた幼女神を思い出す。



金属製武器であれば炉や金床が必要だが、木剣ならナイフがあれば作れる。


その際に魔力を込めてやれば、徐々にナイフでも削れないほどに硬質化していくのだそうだ。



渡された木剣は、刃はついていないが、重さも硬さも金属と遜色ない代物だった。


拳で叩くと、ゴンゴンと太い音が返ってくる。


重量は木製のバットよりちょっと重い位。


先般のゴブリンの棍棒よりはるかに上等に見えた。



「まぁ所詮木製だから無いよりマシ、くらいのもんだが、森を抜ける以上はな」


僕の驚きが大分表に出ていたのかもしれない。


おっちゃんは頬をポリポリと掻く仕草をしていた。


いや、これは十分すぎる武器だろう。


少なくとも、誰でも作れるような簡易品ではないと思う。



「ありがとうおっちゃん。心強いよ!」



そして僕は、初めて手に入れた武器らしい武器に舞い上がり、振り回して喜んだのだった。


傍から見たら、狂喜乱舞だったことだろう。


おっちゃんが少し引いていた。




食事を片づけ、出発の準備が整った。採掘道を出て、森を行く。


巣を作っていた魔物たちを殲滅したこともあってか、特に何も起こらず、ハイキングのようだった。




なんとなく見覚えがあるような道がしばらく続いて、ここはどうやら僕が最初に目を覚ました場所らしい。


一日経って、ようやくスタートラインに戻ってきたというわけだ。



最初から幼女神が地図を忘れず、最低限の武器を持たせてくれていれば、昨日のうちに街に着いていたことだろう。


まぁそうなればおっちゃんと会わなかったかもしれないと思えば、感謝には至らないまでも、差引きゼロくらいまでは思ってもいいか。



何はともあれ、スタート地点だった場所は通り過ぎ、しばらく進んだ。


ステータスの低い僕はゼーハー言いながらだったが、木剣を杖にしながら(おい)ペースを落とすことなく歩いた。



森の中ゆえに、同じような景色が続く。


それでも、行きとは違う初めての道なのだから、油断できない。


巣があった採掘場からはもうずいぶん離れたし、魔物の脅威があってもおかしくない。



加えて足元にも注意が必要で、油断していると隆起した木の根に足を取られる。



この森には、樹齢千年くらいの木々が平気で立ち並んでいるので、目先まで届く日光は細く、薄暗い。


その分、背の低い植物は育たないので、道幅は十分だったのがせめてもの救いだった。


木の根と滑る苔にだけ注意して、慎重におっちゃんに続いた。



少しして、おっちゃんが腕を上げて道行を制す。


敵だろうか。前方を窺う。


ぴょんぴょんと動き回る生物が見えた。



角が生えた……うさぎ?



とにかく角が目印のようになって、よく見える。


体の全体は見えないが、三輪車くらいの大きさ(僕があの魔物の背中に乗るのは厳しいだろう)で、黒い体毛に赤い目がぎょろりと動く。


かわいいものではないな。



「ありゃあホーンラビットだ。群れはしねぇが、結構素早い。俺はチマチマした相手は得意じゃねえから、お前さんの方に行くかもしれん」


「大丈夫です。逃げますから」


おっちゃんはコクリと真面目に頷くと、足音を殺して近づいた。


手には石ころ。土魔法で顕現させたようだ。



僕も真似して、その辺から石を拾う。


意外と落ちてなくて苦労したけれど、何とか見つかった。


大きさは野球ボールくらいで、角ばっている。



おっちゃんが石を投げた。


すごい。散弾銃みたいに分裂して網状に広がった。


最初は間違いなく一個の石だったのに!



石に気付いたホーンラビットが跳び避ける。


跳ねた先には木の幹がある。


計算して跳んだ様には見えなかったけれど、とにかくホーンラビットに石は命中しなかった。



おっちゃんは、少し距離を詰めてホーンラビットが姿を現すのを待った。



次に敵影が現れたのは左。おっちゃんは少し右側に構えていたから、抜かれたような恰好になる。


距離は五十メートル位離れているけれど、ホーンラビットはまっすぐ僕の方へ向かっている。



僕は石を握った手に力を込める。


野球のピッチャーを思い浮かべながら、振りかぶらず、セットポジションから、投石した。


石に最後までかかっていた二本指が力を伝えきる。



僕の放った石は、残念ながらホーンラビットに当たらず地面を抉るに留まったが、時間稼ぎくらいにはなった。



ホーンラビットが跳んだ先にはおっちゃんが追いついている。


ホーンラビットの着地より早く、おっちゃんのメイスが相手を捉えた。


薙ぎ払ったのでホーンラビットは吹っ飛んで、木の幹に衝突して、すぐに息絶えたようだった。


ドロップアイテムは……無い。残念。



「お前さんいい肩してんな」


相変わらず、ナイスガイなサムズアップをするおっちゃん。


僕も、サムズアップ。



ピッチングフォームは《動作最適化》の影響を受け、見事に狙った先へと石を届けてくれた。


魔物にどこまで通用するかはわからないが、地面が深く抉れる位の威力は出せたようだ。



「すまんかったな。抜かれてしまった」


「いえ、あれくらいは経験しておかないと」


黒ウサちゃんごときにビビっていては冒険者にはなれない。


一生Gランクはいくらなんでも恥かしいし。



結局、森を歩いたのは三時間くらいだろうか。


途中で野生の猪に遭遇したり、野草狩りをしたりしたので、余計に時間を取られたが、概ね予定通りに森を抜けられた。



平原では魔物は出ないそうなので、あとは気軽なハイキングだ。


平原という割に起伏は激しかったが、舗装された道だったので何とか歩けた。


春も間近な草原には、黄色い小さな花がところどころに咲いている。




平原に出てから一時間、森の中を三時間。プラス戦闘。


強化されていないステータスではかなりつらい行程だったが、《動作最適化》とおっちゃんの木剣(深い意味は無い)の助けもあってか何とか街が見えてきた。

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