絶対会社辞めないマン

三流人

第1話

 去年の末、僕はおよそ1年半勤めた会社を退職した。

 退職理由はもちろん「一身上の都合」

 嘘だ。僕は嘘つきでした。本当は耐えられなかったのです。ただただ、なんというか、何が嫌というわけでもないのですが、会社に行くことが嫌で、朝起きるのも嫌でした。

 休日も気がついたら終わっているし、たまに休日も行かなきゃいけないし、お給料も出ないし、結論それが嫌だったのです。

 だから僕は「うつ病」になりました。お医者さんに言って「うつ病」になったら会社に行かなくてよくなりました。

 だけど気がついたら行かなくてよいが行けないになっていました。不思議なものです。

 だから僕は辞めました。人、それを退職と言います。

 そして僕は転職しました。次は同じ過ちは繰り返しません。でも過ちだったとも思えません。僕が悪いのです僕が弱かったのですとか言いながら本当は人のせいにしたかったのです。

 だから、次は頑張ります。

 そうして、僕は面接を受けて受けて、やっと合格しました。

 少し給料が減ってしまうのは仕方ありません。自分のせいです。会社の名前が有名じゃないのも仕方ありません。そんなのもともとどうでもよかったです。嘘です。

 そして僕は今日から新しい会社に出勤します。

 僕は生まれ変わるのです。

「絶対会社辞めないマン」に――


「はい、皆聞いて。今日からうちの部署に加わった僕くんです。僕くん、自己紹介お願いね」

「はい、私は僕と言います。今日から皆さんと一緒にお仕事をさせていただくことになりました。早く仕事を覚えて、少しでもお力になれるように頑張りたいと思います」

 よろしくーよろしくー。

 よろしくーよろしくーよろしくー。

 はっ! 僕は気がついてしまった。よろしくーの中にどこか僕を蔑むニュアンスが含まれていることに。「この歳で転職って……なんかあったのかな」「なんか仕事できなさそうな顔してんなあ」そんなことが伝わってくる。わかる、わかるよ。

 でもね、そんなことを思う事自体が間違いだってことはもうわかっちゃってるから、思わないんだよ。そうすればほら、何も気にすることはない。自然に振る舞っちゃうもんね。

「よ、よろしくぅ!」


「僕くん、これ、ここにあるマニュアルの通りにやっておいて」

「はい、わかりました」

 カタカタカタカタ

「僕くんおわった?」

「え、あ、いやまだです。ここまではおわったんですけど、ここからが難しくて」

「いやいやいやそんな難しく考えなくていいから。ここはこうすればほら、ね、すぐおわるでしょ。おわんないなあと思ったらさ、ほら、周りに聞いて。皆わかる人ばっかりなんだからさ。僕くんは真面目だねえ」

「あ、なるほどー」

 真面目だからできないってどういうことなんだろう。真面目なのはいいことだと思ってたけど全然そんなことなかったみたいで、適当がいいのかなあと思って適当にやったらそれはそれで駄目だった。やっぱり真面目なんかじゃなくって馬鹿だった。

 馬鹿だから深く考えずに、馬鹿だからできなくてもしょうがない。そうだよこれでオッケーオッケー。なーんも気にすることはないよな。全然仕事辞めないもんね。


「おい、僕くんっ!」

「ふぇ、ふぇいぃ」

「送っておいたメールの件、昨日までだったけど昨日取引先行ってきたんだよね? ね?」

「え、あ、いや、すみません……」

「あれだけ気をつけろって言っておいたのに。普通チェックするでしょメモるでしょ普通」

「はい、すみません」

「じゃあ今度一緒に謝りに行こう、アポだけ入れといて」

「すみません」

 ああ、やはり俺、あ、違う、僕は普通じゃなかったのだ異常だったのだ。

 だって前の会社もそんな感じだったし。

 あ、ていうかそんなのもう知ってるじゃん。あたりまえのことじゃん。それでも頑張ろうって思ったんだろ? いや思ってねーよ頑張らねーと生きていけないからだよクソが。

 ってイライラしちゃ駄目。いいことないよ? 全部感謝感謝。すべての物事に感謝をして生きるのだ。それすなわち幸せ。

 怒ってくれてありがとう。ミスしたら成長できるぜありがとう。

 ありがとうありがとう。クソクソクソクソ。あーダメ。

 ごめんなさい、すみません。そして全力のありがとう!

 よっしゃ、会社辞めねえ!!


 チーン。

 僕は会社をクビになったのだった。

 だけど自分で辞めたわけじゃないもんね。絶対会社辞めねえぜ!!

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