第三十一話 伝説へ向かって (前編)

「だから……言っただろ……馬鹿野郎が……」


「ロウェイン……」


ロウェインの墓に、二人の人物がやって来ていた。


それはホグミットとドワーフの職人であり、商人でもある、ワイオット・フォルクリストとアルガ・リルディーフだった。


彼らは、ここから更に遠くの地域まで武器や防具などの素材を集めながら、旅をしていた。


そして、全てのアイテムを売り終え、素材も一通り揃ったため、故郷へ帰ることにした。


するとワイオットが、その途中でウッドエルフの親子の事を思い出し、様々な場所を訪れ、尋ねて行く内に、ここへとたどり着いたのだった。


自身の作った武器が活躍していた事は嬉しかった。


しかし、彼が感情を無くしてしまい、最後は若くして亡くなってしまった事を悲しみ、残念だと思った。


「俺たちが作る物は、なぜか……こうなっちまう者が多い……なぜだ!……こいつらは、強い意志と幸運を持っていると思ったのによ……」


アルガがワイオットを見つめた。


「親方……」


そして二人は、ロウェインの墓として植えられたユグドの木の根元に、花を添えた。


「俺は、お前が子供だった頃しか知らねぇ……親父さんと笑っていたお前しかな……向こうで……3人一緒だといいな……」


アルガは、木の前で膝を折り曲げ、両手を胸元で組み、目を閉じて祈っていた。


「どうか安らかに……カーリャスの英雄……ロロ……」



祈り終えると、ワイオットはアルガの肩を軽く叩いた。


「よし!アルガ、今回の旅で集めてきた素材を使って、今度こそ……人が幸せになれる物を作るぜぃ!」


彼の思いに答えるかのようにアルガは、勢い良く立ち上がった。


「はい!行きましょう!」


そして二人は、故郷へ向かって帰って行った。



ロウェインの墓に訪れたワイオットとアルガより。



伝説の森が存在し、その場所と名を聞いたユラトはその後、シュトルムが考えた新たなる作戦に参加して欲しいと頼まれていた。


「ファルゼイン……お前が故郷に戻り、普通の冒険者に再び戻りたいのは知っている……だが、今回の作戦にも、お前の力が必要なのだ」


「俺の力……ですか……」


ユラトは、そう言うと自分の左手の甲を見た。


(この力の事なんだろうけど……どうするかな……うーん……)


彼は、そろそろエルディアとの約束を果たすため、故郷のイシュト村へ帰りたいと思っていた。


(参ったな……絶対……エルの奴怒っているぞ……手紙を……書いておくか……)


ユラトが考えていると、ラツカが申し訳なさそうに話しかけてきた。


「ユラト殿には申し訳ないと思っています……ですが……我々は一刻も早く世界樹にたどり着き、そして帝都へと、たどり着かねばならないのです……」


シュトルムがテーブルに手をついて立ち上がった。


「俺の作戦が成功し、バハーダンを……あの中間地点の森から追い出す事ができれば、俺たちは一挙に目的までの半分を取り返す事ができるんだ……そうすれば……」


そんなシュトルムとラツカを見たフィセリアにも、二人の思いが伝わっていた。


(シュトルム……ラツカ……)


そして彼女もまた、ユラトに詰め寄って話しかけていた。


「ユラト……これは二人の夢だけじゃないの……この国のハイエルフの思いでもあるの……みんな……本当の場所へ……在るべき場所へ帰りたいと思っているのよ……」


3人に詰め寄られたユラトは、その迫力に押された。


「―――あの!ちょっと……待ってください……突然の事で……俺も……どうして良いのか……戸惑っていまして……」


そんなユラトに向かってフィセリアが話しかけた。


「もし………この作戦を手伝ってくれるのなら……その後、あなたが冒険者に戻るときに、私がただであなたの冒険を手伝うわ。これでどう?」


彼女の言葉に、ユラトだけではなく、シュトルムとラツカも驚いた。


「えっ……」


「フィー!?……」


「フィー様……」


そんな男達に向かってフィセリアは、静かに話した。


「私……決めたの……冒険者になって世界を見に行くって……」


シュトルムが妹に話しかけた。


「……父上が許すと思っているのか?」


「それは……」


フィセリアが戸惑いと見せると、ラツカも彼女に話しかけていた。


「フィーネ様も陛下と同じ思いのはず……」


「お母様は、良いって言ったわ……」


その言葉にシュトルムは一瞬驚いたが、なぜか納得していた。


「母上が?……そうか……だが……なぜまた冒険者に?」


フィセリアは感情を、やや高ぶらせながら真剣な表情で答えた。


「さっきも言ったけど、世界を見てみたいのよ。それと自分の実力と、この呪いの事も知りたいし……それに、帝都の事も調べてくるわ!きっと、色んな事を知ることが出来ると思うの!」


シュトルムは、視線を紅茶の入ったカップの中へ向け、様々な考えをめぐらせた。


「うん………そうだな……確かに……」


そして妹が他にも考えそうな事に思い当たった。


「フィー……自分は、この国に居ないほうが良いと……必要の無い者だとは……思っていないだろうな?」


それを聞いたフィセリアの表情は沈んだ。


「……思ってないわ……」


彼女の力無い答えに、ラツカは何かを感じ取った。


「フィー様……もしそのような、お考えでしたら、私は反対です」


「無いって言ったら……嘘になるけど……でも、そんなのほんのちょっとよ……これは本当……」


3人のやり取りを見ていたユラトは、遠慮がちに彼らに話しかけた。


「えーっと……俺は別に……あの、今まで通り、一人の冒険者として十分やって行けるので……だから……ご無理をされなくても……」


ユラトの言葉が気に入らなかったのか、フィセリアは突然振り返ると、彼を睨み付けた。


「何よ!私じゃ、不満なの!?」


ユラトは慌てて答えた。


「いえ!フィセリア様の戦士としての実力は、申し分がないとは思います……ですが……どういった冒険が待っているのか……俺にも分からないのが現状です。ですから、命の保障は出来ませんよ?そんな場所にハイエルフの王族である、あなたが身を置くことになるのは……あまり良い事とは思えません……暗黒世界とは、そう言う場所なんです」


すると彼女は天井を見上げ、何かを思い出していた。


「あなたと風の神殿で……シルフォードに会った時……決めたの……」


ユラトは、その時の事を思い出していた。


「……あの時……」


「シルフォードから、私がずっと疑問に思っていた力について聞いた時……知りたいって……試してみたいって……強く思ったの……この命を懸けてでもって……」


ユラトは彼女の言葉から強い決意を感じ取った。


「そう……ですか……(本当に行く気なのか……)」


シュトルムが3人に話した。


「まあ、その話は、この作戦が終わってからでも遅くないだろう……今はとにかく、森までの領地を取り戻すのが先だ」


フィセリアは表情を元に戻した。


「そうね……まあ、一応考えておいて!」


「分かりました……」


ユラトが返事を返すと、ラツカが近づいてきた。


そして彼はテーブルに片手を付き、真剣な眼差しをユラトに向け、話しかけてきた。


「それで………ユラト殿……今回のこの作戦……お願い出来ますでしょうか?」


ユラトは一瞬、諦めたような表情で答えた。


「ここまで聞いたら……断れるわけないじゃないですか……俺に何が出来るのか分かりませんが……出来る限りの事はします!」


「彼に断られるかもしれない」と思っていた3人は安堵した。


「そうか……」


「感謝いたします!」


「ふぅー……」


「シュトルム王子……それで……俺は何をすれば良いんですか?」


ユラトにそう尋ねられると、彼はラツカと視線を合わせた。


「それについてなんだが……」


シュトルムが答えるのを渋ると、代わりにラツカが答えた。


「ユラト殿……申し訳ないのですが……それに関しては援軍が到着した所で、ご説明させて頂きたいと思っております……」


「それなりの規模になると、言う事ですか?」


「ああ……恐らくそうなるだろう……まだ細かい部分の確認も出来てないのもあってな……」


フィセリアが、部屋の出口へ向かいながら話した。


「ま、しばらくは、ここでゆっくりと過ごす事ね……」


「そうですか……」



そしてユラトは、援軍が来るまで、この国に留まっていた。


その間、彼はエルディアに送る手紙を書いたり、シュトルムやラツカ、フィセリアと修練の間で体を鍛えたりして過ごしていた。


そして数日が経ったある日。


この国に訪問者が現れた。


それは、彼らが予想した者では無かった。


修練の間で、ユラトがシュトルムと手合わせをしている時に、その報はやって来た。


「―――王子!この国の南から、人が現れました!」


ユラトの剣を受け止めていた王子は、彼を押し返すと、部下の方へ振り返った。


彼らは激しい動きしていたため、大量の汗が頬を伝い落ちていた。


王子はラツカから顔を拭く布を受け取り、息を切らせながら部下に答えた。


「はあ……はあ……援軍か……やけに早いな……」


ユラトもまたラツカから布を受け取ると、苦しい表情で息を切らせていた。


「……はあ……はあ……ついに……来たんですか……」


しかし、部下は表情を曇らせながら、違う事を言った。


「王子……実は……やって来たのは援軍ではないようです……」


この部屋にいた4人は布で顔を拭くのを止め、その騎士を見た。


「……?」


シュトルムは、怪訝な表情で部下に尋ねた。


「……どういう事だ?」


「どうやら人間の冒険者のようでして……人数は聞いた所……二人だけだと言うことです……」


フィセリアが木の剣を壁の窪みにはめ込むと、その騎士に近づき、尋ねていた。


「まさか……迷い込んで来たとか?」


騎士の男は、困惑した様子で答えた。


「私は概要を聞き、すぐに王子にお知らせせねばと思い、こちらへ来た次第でして……細かいことまでは……とにかく、その者達と会って頂けませんか?」


シュトルムは、すぐに答えた。


「分かった……会おう」


「はっ!では、入り口の船でお待ちしております!」


「ご苦労様です……」


ラツカが労いの言葉をかけると、騎士は風の敬礼をして部屋から出て行った。


答礼をし、騎士を見送ったシュトルムは、ユラトに話しかけた。


「ファルゼイン、悪いがお前も来てくれ」


「はい」


シュトルムは、ラツカに木の剣を渡しながら話した。


「人間の冒険者だからな……俺たちが分からない事があるかもしれん……その時は頼む」


ユラトもラツカの隣で剣を壁にしまいながら答えた。


「分かりました!」


そしてシュトルムは汗を拭きながら、妹に話しかけた。


「フィーはどうする?」


彼女は一つにまとめられた髪を気だるそうに解きながら答えた。


「冒険者の事だから、私も行くわ」


頭を軽く揺らすと、美しい艶のある長い髪が、広がっていく。


部屋の中にある柔らかな光と合わさることで、彼女は幻想的な美しさを醸し出していた。


ユラトは、そんな彼女の姿をぼんやりと眺めていた。


(やっぱり……ハイエルフって……みんな美しいんだな……)


すると、その視線に気づいたフィセリアは、ユラトを睨み付けた。


「何?」


ユラトは、素直に自分が思った事を言った。


「いえ……すごく綺麗だなって、思いまして……」


その言葉を聞いた瞬間、彼女は目を丸くさせ、顔は赤くなった。


「―――なっ!?」


ユラトの言葉を効いたラツカも驚き、シュトルムは笑みを浮かべていた。


「ユラト殿……」


「ほう……不意打ちとは……やるな……」


ユラトはそこでようやく自分が何か不味い事を言ったと言う事に気づいた。


「あっ……(俺は、またなんかやったのか!?……)」


彼は肩を震わせている彼女に向かって、弁明をし始めた。


「いや……この国にいる全てのハイエルフの事を言っているのであって……ですね……えっと……」


ユラトが必死に誤解を解こうと話しかけていると、フィセリアは何故か、壁に向かって走った。


(あの男!)


彼女は軽やかに飛び上がると、先ほど壁にしまった剣を2本素早く手に取った。


「はっ!」


着地と同時に一本を、ユラトへ向かって投げた。


ユラトの足元へ突き刺さるかの様に、それは飛んできた。


「うわっ!」


彼は身をよじって、なんとか避けた。


(危なかった!)


ユラトは剣が床を跳ね返り、宙に浮いたところを狙って、素早く手に取った。


「ふぅ……突然、何ですか!?」


驚いているユラトへ向ってフィセリアは攻撃をしかけてきた。


「―――はあ!」


驚きながらもユラトは、手に持った剣で彼女の攻撃を受け止めた。


「ちょっと!……待って下さい!」


乾いた木の音が鳴り、お互いの剣同士が交差した。


フィセリアは、そこでようやく口を開いた。


「王女である私を……口説こうだなんて!……分を弁えない召使いね!……」


「いや……そんなつもりは……」


彼女は唇を奪われそうになった時の事も思い出していた。


(いつも乱される!……心が……この男に……何故か……)


フィセリアは手に持った剣に力を込めた。


「いいわ……二度と無礼を言わないように、その身に叩き込んでやるんだから!」


シュトルムとラツカは何故か二人を止める事無く、部屋の出口へ向かって歩き始めた。


「行くぞ……ラツカ……」


「はい……」


そんな二人に向かってユラトは声をかけた。


「王子!ラツカさん!助けてください!」


振り返ったシュトルムは、普段と変わらぬ表情でユラトに答えた。


「二人とも、ある程度時間が経ったら、準備を整え、入り口の船着場に集合だ!」


ラツカは表情を曇らせながら、顔を左右に軽く振ってからユラトに話しかけた。


「ユラト殿……軽々しくハイエルフの女性に、そのような言葉をかけるべきではありません……今回ばかりは……」


どうやら彼らの国の中では、口説くときにしか使わない言葉だと言う事に、ユラトはようやく気づいた。


「いや……知らなかったんです!本当に!」


二人は出口にたどり着いていた。


王子は振り返ると、ユラトに向かって叫んだ。


「悪いが、これに限っては援軍は無しだ。だが、ほどほどにするんだぞ!」


ユラトに鋭い突きを放っていたフィセリアがシュトルムに向かって叫んだ。


「分かってるわ!……あっ、逃げるな!」


ユラトは王子の下へ向かって走った。


「王子、援軍を!友軍を見捨てないで下さい!お願いします!」


しかし王子はラツカと共に部屋から出て行った。


「また後でな……」


「では……」


廊下を歩くと、ラツカが話しかけた。


「王子……よろしいのですか?」


「構わん……しばらく、じゃれさせておけ……それより……」


ラツカが呟く様に言った。


「謎の訪問者……」


「ああ……」


既に二人は突然やって来た人物に、興味が移っていた。


「とにかく……会ってみるか……」


「ええ……」



「いったたた……」


滝の裏側に存在する空洞の中にある船に、ユラトは腕を擦りながら乗っていた。


どうやら彼は、あれから王女に、かなり扱かれていたようだった。


そんな彼の近くにフィセリアは、乗り込んできた。


「だらしが無いわね……ちょっと、躾けただけでしょ」


(そんな感じじゃ全く無かったんだけど……)


ユラトがそんな風に考えていると、王子とラツカも船に乗り込んだ。


「よし、では行くか……」


シュトルムの言葉を聞いたウィスプ達が一斉に櫂を動かし、水をかき上げていく。


僅かな飛沫と波紋を水面に浮かび上がらせながら、船は進んだ。


彼らは滝の洞窟から出て、王城へと向かった。


たどり着くと城の中にある王の間に2名の冒険者は兵士に囲まれて待っていた。


大きな扉が開かれ、淡い水色の軽装に身を包み、腰にサーベルをかけた王子と、同じような服装に身を包んだ3人が現れた。


シュトルムは部屋に入るなり、兵士に尋ねた。


「やって来た冒険者と言うのは、その二人か!?」


ユラト達の目の前には、背中を向けて座っている男女がいた。


出で立ちから、すぐに同業者であると、ユラトには分かった。


(あれが……ここに来た冒険者か……)


彼はその後姿に見覚えがあるような気がした。


(……あれ……あの二人って……)


ユラトが記憶を辿っていると、その冒険者たちが振り返った。


「………」


二人の顔を見た彼の表情は、一気に明るくなった。


「……えっ……―――あっ!!」


だが、ユラトの顔を見た二人は正反対の反応を示した。


「………?」


無表情でお互い顔を見合わせ、相手が誰であるのか考えていた。


「………」


そんな二人にユラトは嬉しそうに近づいた。


「お二人とも、お久しぶりです!いやぁ……まさか、こんな所で再会できるなんて……」


困惑していた二人は、しばらくして同時に彼の事を思い出し、声をあげた。


「ああー!」


シュトルムはユラトに話しかけた。


「ファルゼイン……知り合いか?」


ユラトは自信を持って答えた。


「はい!この二人は優秀な冒険者です!俺が保障します!」


そこでようやく、女の冒険者がユラトに話しかけた。


「久しぶり!一瞬誰だったか、分からなかったわ!」


男の冒険者も、ユラトに話した。


「あの時の奴か!久しぶりだな!名は確か………ユラト!」


「はい!お二人とも元気そうで!」


そんな人間たちの勝手な盛り上がりを見たフィセリアは、不機嫌そうに彼らに言った。


「ちょっと、何あなた達だけで盛り上がってるのよ!」


彼女に言われた事で彼らは自分たちの置かれた状況を思い出した。


(あっ!)


ユラトはハイエルフ達に、二人のことを紹介する事にした。


「……あっ、すいません!紹介します、冒険者のバルディーノ夫妻です!」


この国に現れた冒険者とは、ユラトが初めて島を離れ、ラスケルクの町へ行く途中、船の中で出会ったケルヴィン・バルディーノとベラーニャ・バルディーノだった。


彼らは、ユラト達のパーティーが冒険していた領域の近くを旅していた。


二人はユラト達がホークスアイを埋めたのを確認すると、すぐにその地域を横断した。


そして彼らの隣の領域に聖石を埋めようと移動している時に、ベラーニャが放ったマナサーチに、この国が捉えられた。


「―――っ!!ケルヴィン!」


「どうした、ベラーニャ!?」


妻の話を聞いたケルヴィンはすぐに進路を変更し、この地へ向かう事にした。


「こりゃ何かある、行こうぜ!」


「え……でも!」


「いいから!」


その後、この夫婦もまた、エンシェント・トレントのアイザスに許可を貰い、ここへとたどり着いたと言う事だった。


ケルヴィンは自分達が、どうやってここまで来たのかを彼らに大まかに話した。


「ってな、訳さ……」


ユラトは彼の話を聞き、納得した。


「なるほど……」


話しを聞き終えたユラトには気になる事があった。


「ですが……えっと……トロール達は大丈夫でしたか?」


二人は何の事か分からず、顔を見合わせていた。


「トロール?」


「何だ、そりゃ……」


ベラーニャはユラトに答えた。


「……そんなの居なかったわよ?」


ユラトは驚いた。


「ええ!?」


すぐに昼間のトロールの姿を見なかったか聞いた。


「大きな石が森の途中にたくさんありませんでしたか?」


記憶を辿ったケルヴィンは、彼の言うものを思い出していた。


「……ああー!……それはあったな……そこら中によ……だが、それがどうかしたのか?」


「ケルヴィンさん………」


ユラトはトロールについて話した。


「実は……」


彼の話を聞いた二人は驚いた。


「まじかよ……」


「えっ……そうだったの!?……」


どうやらこの夫婦は早朝からあの領域に入り、夜になる前に抜け出せていたため、出会う事はなかったようだった。


ユラトは、あの時の事を思い出しながら、二人に話しかけていた。


「運が良かったみたいですね……何もなくて良かった……」


話しを聞いた二人は顔を青ざめさせていた。


「……そんな場所だったのかよ……」


「うそ………」


しばらくして気持ちを落ち着かせたベラーニャは夫に怒りを込めて話しかけた。


「全く!だからあの時私があんたに言ったんでしょ!もっと慎重に行った方が良いって!」


ケルヴィンは苦笑しながら、妻に話しかけていた。


「あははは……ま、まあ……無事にたどり着けたからいいじゃねぇか……な?」


ベラーニャは腕を組み、夫から顔を背け、怒っていた。


「ほんっとに!いっつもこれなんだから!」


どうやらこの二人は、出会った時と同じような冒険を続けているようだった。


ユラトは彼らの幸運に驚きながらも、二人の無事を喜んでいた。


(まあ俺達も分からなかったしな……とりあえず……二人が無事で良かった……)


ひたすら謝っているケルヴィンを見ながら、フィセリアが呟いていた。


「危なっかしいのね……この二人……(こんな冒険者もいるのね……)」


そして彼らの会話が落ち着いた所を見計らってシュトルムが二人に話しかけた。


「ケルヴィンとやら、俺はこの国の王子で、王の代理として今は全ての事柄を取り仕切っているシュトルム・ブラウフェダーと言う者だ」


すぐにケルヴィンは頭を下げた。


「これはどうも……王子様」


そして彼はシュトルムの全体を見ていた。


(こいつが……この国の王子か……ふーん……ハイエルフってのは……どいつも上品で美しい奴らだな……代理か……王はどうしたんだろうな……)


彼がそんな事を考えていると、隣にいたベラーニャは喜んでいた。


「まあ!王子様ですって!」


彼女は表情を輝かせながら王子に近づくと、挨拶をした。


そんな妻の様子を見たケルヴィンは目を細くさせながら、彼女を見ていた。


「ケッ、浮気もんが!」


王子は、ケルヴィンに話しかけた。


「ケルヴィンとベラーニャよ。お前達は、なぜここに来た?」


彼は、それが当然であるかのように答えた。


「そりゃあ、大勢の人の反応があるって聞きゃあ、行きたくもなるってもんですよ……味方であろうが……敵がいようがね……」


ケルヴィンがそう言うと、ベラーニャは諦めたように答えた。


「冒険者として当然ですわ……王子様……」


シュトルムには、彼ら冒険者の気持ちが今ひとつ分からなかった。


(強い探究心か……それがこの世界に存在する黒い霧を晴らし……風の加護を取り戻した……だが……それは度が過ぎると己を滅ぼす事にもなるぞ……危うい存在だな……彼らは……)


しかし、それは自分たちハイエルフも、なんら変わらない事に彼は、すぐに気づいた。


(だが……決断一つ誤れば……危ういのは俺達も同じだ……ならば……自ら選んだ危うさの中で生きる……か……)


シュトルムは、ここでようやく彼ら冒険者の事が分かった気がした。


そして、しばらく考えた彼は、右手の親指と人差し指で自身の顎を軽く掴みながら、呟いた。


「……ふむ……そう言うものなのかもしれんな……」


すると、隣にいたラツカが小さな声で話しかけてきた。


「王子……このお二人に、あれを頼まれると言うのは、どうでしょう?」


シュトルムは、人間たちを見ながら答えた。


「俺も今、そう思った所だ……この二人は使える……」


そう考えた彼は、すぐに目の前にいる夫婦に話しかけた。


「ケルヴィンとベラーニャよ……お前達に頼みたいことがある……」


それを聞いたケルヴィンは、嬉しそうな表情になり、僅かに口元を歪めた。


「何ですか、王子様?(おっと……早速なんか……きやがったぜ!)」


シュトルムは話を続けた。


「俺達は今、大事な時にある……そして人が全く足りていない状況でもある……そこでだ……」


ベラーニャも、期待に満ちた瞳で王子を見ていた。


「はい(クエストかしら?……)」


シュトルムは、二人の隣にいるユラトに指をさした。


「そこにいる冒険者、ユラト・ファルゼインの護衛を頼みたい……引き受けてくれるか?」


王子の言葉にユラトはきょとんとした表情になった。


「……俺の……ですか?……」


「えっと……」


ベラーニャが考える仕草をすると、ケルヴィンは即答していた。


「任せてくれ、王子様!」


ベラーニャは、驚き、夫を睨み付けた。


「ちょっと!ケルヴィン!」


ケルヴィンは、妻に近づき、小さな声で話した。


「ベラーニャ……護衛だったら大丈夫だろ?」


「だけど……どこに行くのかも分かってないじゃない!」


彼女が嫌がるのを見たケルヴィンは、相手の肩に手を回し、顔を近づけて話した。


「よく考えろって、ベラーニャ……ここで上手くクエストをこなせば、この国の王子から知遇を得られるかもしれないんだぜ?そうすりゃ、俺達の夢がやり易くなる……だろ?」


「そうだけど……」


ベラーニャが迷いを見せると、ケルヴィンは真剣な眼差しで、妻を見つめた。


「大丈夫だ……お前だけは、俺が必ず守ってやる……愛しているぜ……ベラーニャ……」


そして彼はベラーニャの頬に軽く、口付けをした。


ベラーニャは、夫を見た。


「ケルヴィン……」


この目の前の男は、自分が惚れている事を知った上で、いつもこうやって言ってくるのだ。


彼女は、夫を静かに見つめた。


(根拠の無い……底抜けに明るくて……自信に満ち溢れた顔……)


彼のその表情を見ていると、「何でも出来る、どうにかなる」と言う思いが彼女の中に、いつも湧き出ていた。


(あたしが断れないのを分かってて……ほんとに卑怯な男……だけど……悔しいけど……)


小さなため息を漏らした後、やや不満げに彼女は頷いた。


「ふぅ……」


(……よし……)


そんな彼女を見たケルヴィンは、王子に答えた。


「……で、王子様……俺達を、どこへ連れて行って下さるんですか?」


「引き受けてくれるか?……」


ケルヴィンは自信を持って答え、ベラーニャは不安げに頷いた。


「ええ……まかせて下さいや!」


「………」


彼の言葉を聞いたシュトルムは決めた。


「よし、お前達、夫婦に任せる事にする!詳しい話は、他の者達が来てからだ。今日は、長旅で疲れただろう……案内をさせるから、休むと良い……」


すると二人は、突然元気が無くなり、疲労の色を見せ始めた。


「そうして貰えると助かりますぜ……実は俺達……」


「まともな食事も取っていなくて……寝てもいないんです……」


フィセリアが、そんな二人に話しかけた。


「しょうがない二人ね………相当疲れているみたい……」


ベラーニャは、その場に座り込んだ。


「はい……」


「大丈夫ですか!?」


ユラトが声をかける中、シュトルムはラツカに命じた。


「ラツカ……」


「はっ!」


ラツカは返事をすると、冒険者の夫婦に近づき、風の敬礼をしてから話しかけた。


「私は王子に仕えております、ラツカ・シェルストレームと言う者です……ラツカと……お呼び下さい……」


ケルヴィンは、眠たそうに妻を抱きしめながら、立ち上がった。


「ああ……分かった……とにかくどこでも良いから……少し休ませてくれ……」


ラツカは、すぐに扉の方へ手を伸ばしながら、二人に話しかけた。


「畏まりました……では……私が休める場所まで、ご案内させて頂きます……どうぞ……こちらへ……」


ユラトが二人の後を付いて行った。


「二人とも……大丈夫ですか!?」


そんな彼らの後姿を、シュトルムは満足げに見つめていた。


(様々なものが……上手く揃いつつある……事態は好転しているようだ……ふふ……)


王子の考えた作戦の中に、あの冒険者の夫婦は、この時点で組み込まれることになった。



そして更に数日が経った、ある日。


シュトルム達が待ちわびていた一団が、ついに現れた。


一角獣に乗って、森の中を突き進み、その者達はここへたどり着いた。


見張りの兵士からその事を聞くと、シュトルムはユラト達と共に、すぐに城を出て、国の南にある場所へ向った。


麦畑の中にある一本の道をユニコーンに乗って進んでいると、目的の一団の姿が見えた。


先頭にいたラツカが、叫んだ。


「王子!援軍のウッドエルフ達が見えます!」


シュトルムは、嬉しそうに彼らを見ていた。


「……ついに来たか……」


ユラトも、ユニコーンの上からその光景を見ていた。


(ウディル村の人達か……レクスさん……)


彼は、共に旅をした仲間のウッドエルフの事を思い出していた。


すると、ハイエルフの騎士に先導された森の民が、彼らの目の前に次々現れた。


その数は、数百はいそうだった。


皆、隊列を作り、整然として王子の所へやって来ていた。


手には槍や弓、体には木の皮や植物のツルを使って作った鎧、フォレストグリーンのマント、長い耳にはピアス、腕には腕輪や刺青のある者もいた。


良く見ると男だけで無く、女のドルイド戦士もいた。


そして、どのウッドエルフも狩りをする時のように目つきは鋭く、一言も喋ることはなかった。


表情を見れば、誰もがやる気に満ちているのが分かった。


ユラトがレクスがいるのかと思い、キョロキョロと頭や体を動かして見ていると、隣にいたフィセリアが話しかけてきた。


「……あなた……何をやっているのよ……」


ユラトは奥にいるウッドエルフを見ながら答えた。


「いや……レクスさんが……ここに共にたどり着いた仲間が来ているのかと思いまして……」


「ふーん……」


フィセリアは、何となくと言った感じで彼らを見ていた。


(思ったよりいるのね……)


彼らが見ている間に、ウッドエルフの一団を引き連れてきた者が、騎士と共に王子の所へやって来ていた。


すると、その人物は王子の目の前へたどり着くと、すぐにユニコーンから降り、その場で地面に片手をつき、ひれ伏した。


そして王子に向って、話しかけた。


「シュトルム王子!私は、この一団を率いてきましたレファート・ミルウッドと言う者です!あなた方ハイエルフと、再び出会えたこと……」


そこで彼は様々な思いを膨れ上がらせると、胸を詰まらせた。


「……これ以上の喜びは……無く……」


それを見た王子は、愛馬から降り、彼に近づくと肩に手をかけ、優しく言葉をかけた。


「………もう良い……お前達の思いは……十分に伝わった……良く……ここまで来てくれた……感謝するぞ……我が同胞達よ……」


シュトルムの言葉を聞いた彼らの目頭は熱くなっていた。


嗚咽する者、空を見上げる者、仲間を慰める者、様々な思いを見せていた。


それらを見たラツカは、馬から降り、レファートに歩み寄った。


「レファート殿……私はラツカと言う者です……さあ、お立ち上がりください……遠い所から来て下さった事……本当に感謝申し上げます……」


彼はレファートの両肩を支え、共に立ち上がっていた。


「感謝します……ラツカ殿……」


ここにやって来たのは、レクスの兄のレファートだった。


彼は村に帰ってきた弟に、ここの事を聞いた。


「―――何!?それは本当か!レクス!」


「ええ……本当です……兄さん……」


「だが……族長が……いない……」


族長はまだ、オリディオール島から帰っていないため、「ここは自分がウッドエルフを率いて行くべきだ」と彼は思った。


そして、すぐに向う準備を始めた。


そんなレファートを見たレクスは、兄と一緒に向おうとした。


しかし、腕の傷があったため、完治するまで、この村に留まるようにと兄に言われた。


そのため、彼は今、ウディル村で留守番をすることになっていた。


そしてこの日、再会を祝して、ささやかな祝賀会が開かれた。


そこでユラトは、レファートから族長やレクスが来ない理由について聞いていた。


他にも、ケルヴィンとベラーニャがウディル村を見つけた時の事、自分が、この国にたどり着くまでの話など、様々な話を彼らとかわした。


そこは、この国の中央広場と呼ばれる場所だった。


風の神殿がある岩山の裏側に広がる場所で、奥には見渡す限りの畑があり、上空には綺麗な夜空が広がっていた。


木を組み上げた松明の炎、木のテーブルに置かれた食事、飲み物をせっせと運ぶウィスプ。


燃え盛る松明から出た火の粉が、幾人かが奏でているシタールの音色と共に、儚げな幻想を生み出しながら、夜空に吸い上げられていた。


そして中心に設けられた舞台では、戦勝祈願の踊りが催されていた。


それはハイエルフの女性たちが、『風の衣』と呼ばれる、袖の長い神秘的な衣装に身を包んで、「風を表現しながら優雅な舞いを踊る」と言うものだった。


その中にフィセリアがいるのを見ながらシュトルムは、隣で食事をしているユラトに話しかけた。


「ファルゼイン……フィーを頼む……」


突然の事でユラトは驚き、食事を中断して、王子の方へ振り返った。


「えっ……」


「あいつも、お前の護衛に付かせることにする……」


「いいんですか?」


ユラトが尋ねると、シュトルムは果実を絞ったものを、ほんの少し口に入れてから答えた。


「あいつが望んだんだ……」


「そうですか……」


ぼんやりと、ユラトが踊りを見ていると、再びシュトルムが、呟くように話しかけてきた。


「いつも妹が……お前ばかりに突っ掛かって、悪いと思っている……」


舞台にいる王女は、他の者達と同じように一糸乱れぬ見事な舞いを見せていた。


体全体を優雅に動かし、軽く飛び上がると、今度はハイエルフの美しさが際立つ仕草をし、見る者を魅了していた。


そんな彼女を見てから、ユラトは答えた。


「いえ……俺は、そんなに気にしていないので、大丈夫です……」


ユラトがそう言うと、シュトルムはテーブルに片肘を付きながら、果汁が入ったグラスを指先で、軽く弾いた。


中の液体が僅かに揺れ、小さな振動音が鳴る中、彼は話した。


「あれは……あいつなりの愛情表現なんだ……」


その言葉にユラトは、少し驚いていた。


「ええ……(とてもそうには見えないんだけど……)」


ただ嫌われている。


そんな風にしか、彼には思えなかった。


ユラトの表情を見たシュトルムは、彼が何を思っているのかが分かった。


「ふふ……そうは見えんか?……」


「いや……なんと言うか……」


困惑している様子のユラトを見た王子は笑っていた。


「ははは!お前は、顔に出やすいな……ふふ……言わなくても分かるぞ……」


心の中を見抜かれたと思ったユラトは、諦めた様に答えた。


「はあ……まあ……申し上げにくいんですが……そうですね……」


するとシュトルムは、まじめな表情になった。


彼は再びグラスを手に取り、僅かに呟く。


「この戦が無事に……」


ユラトに何か言おうとしたが、シュトルムは最後まで言うのを止めた。


「いや……気の早い話だ。後のことは終わってから考えるとしよう……今は……」


その時、心地よい夜風が吹いた。


ほんの少し、冷たいと思わせる風だった。


その風は、ここにいる者達の熱を僅かに奪い取っていく。


久しぶりの賑やかな祭りのような出来事に、心が浮ついていると感じていたユラトは、気が引き締まる思いになった。


ユラトは、その風を全身に受けながら、フィセリア達の頭上にある月を見上げて答えた。


「はい!……王子の作戦が上手くように、がんばってみます!」


「ああ……期待しているぞ!」


二人は、お互いのグラスをその月に向かって掲げると、軽く触れさせ合った。


月夜の下で二人の決意と共に、音は涼しげに響き渡った。


そして次の日からウッドエルフ達と作戦について、彼らは話し合った。


シャーウッドの伝説の話から、どこに兵を配置するか、バハーダン達オークは、どう存在しているのか。


様々な情報がここで話された。


そして、それは連日続く事になった。


すると数日経ったある日、ユニコーンに乗れなかったウッドエルフと、ウディル村周辺にいた人間の冒険者達が、この国に続々とやって来ていた。


冒険者ギルドが『緊急クエスト』として、発令したため、周囲にいた冒険者達の殆どが、集まってきたと言う事だった。


しかし、その数は100に満たないほどであった。



【緊急クエスト】


緊急を要する場合に、その場を任されている冒険者ギルドの職員が、独自の判断で出すことが出来る。


これを発令した場合、冒険者は特別な事由が無い場合は、半強制的に参加をしなければならない。


その代わり、冒険者に支払われる報酬は、非常に高く設定されている。



そんな彼らを交え、シュトルムは会議を続けた。


ユラトの役目は、シュトルムが持ってきたモーニングスターに禁呪を使用し、それを敵の兵が集中している場所へ投げ入れ、相手の数を出来る限り減らす、と言うものだった。


この武器は、風の神殿の下にある岩山の中にあるダンジョンで発見された古代の冒険者が持っていた物だった。


ユラトは、その武器を手に取った瞬間、禁呪が使える事が分かった。


しかも、魔力を込める事で、かなり威力を出せそうだと言う事も分かった。


それを聞いたシュトルム達は喜んだ。


しかし彼らは、ある問題に直面した。


それは、南側にある黒い霧に囲まれたシャーウッドの森に、ユラト達がどうやって近づくかだった。


だがそれは、すぐにユラトの閃きによって、解決される事になった。


それは冒険者達が持ってきた聖石にあった。


ユラトは、大勢の者たちが集まっている会議室で手を上げた。


「あの王子……発言、よろしいでしょうか?」


腕を組んで考えていたシュトルムは、考えるのをやめ、彼を見た。


「………何だ?ファルゼイン、言ってみろ」


周囲には、ハイエルフ側からは、王子とラツカ、フィセリア、レイオス、ラズリーンと他の騎士や魔道師などがいた。


そして数人のウッドエルフとレファート、ユラトとバルディーノ夫妻、人間の冒険者の代表が数名。


大きな円形の木の机には、シャーウッドの森が中心に描かれた地図が広げられていた。


ユラトは、周囲の者達の視線を気にしながら答えた。


「聖石を使って……近づくと言うのはどうでしょう?」


「それは分かっている……しかし……」


王子が再び考える動作をすると、ラツカが代わりに話した。


「ユラト殿……実は……」


森の南側周辺には、黒い霧があり、その中にバハーダンは兵を伏せていた。


ユラト達は、そこへ相手に気づかれず、少数で近づかなければならなかった。


そのため、突然目の前の霧が晴れてしまえば、彼らは警戒してしまい、運が悪ければ、敵の中に孤立してしまう可能性があった。


「黒い霧を一気に晴らしてしまえば、敵は怪しむでしょう……そうなれば、近づくことが厳しくなるかと……」


ラツカがそう言うと、シュトルムが更に話した。


「奴らは俺たちがウッドエルフや人間と合流している事に気づいていない……これは俺たちにとって、かなり有利な事だ……それだけに、戦いが始まるまでは、知られたくない……」


「なるほど……」


ユラトが納得すると、ケルヴィンがハイエルフ達に向かって尋ねた。


「奴らオークは、暗黒世界の中では、どう言う風に見えているんだ?」


彼の投げかけた問いにシュトルムが答えた。


「それは父上とレイオスからから聞いた事がある……レイオス……話してくれ」


「はっ!」


返事をすると、王子の隣に座っていたレイオスが立ち上がった。


「彼らと幾度と無く戦ってきた中で、それは確認した事があります。他の闇の種族達が、どう見えているのかは分かりませんが……少なくとも彼らオーク達は、我々が白い霧の中にいるのと同じぐらいの感覚で、暗黒世界の中を移動しているようです」


ユラトはレイオスに話しかけた。


「つまりは……彼らも視界が良くない状態にあると言う事ですか?……」


レイオスは頷いた。


「その通りだ……そのため、遠くを見通すことは出来ないし、マナサーチも効き目が無い……」


ベラーニャが独り言のように呟いた。


「じゃあ、黒い霧を晴らさない方が近づき易いって事ね……だけど……それじゃあ……」


隣にいた夫が同じように呟いていた。


「近づけねぇ……」


その時、彼らの呟きを聞いたユラトに閃くものがあった。


(………そうだ……)


すぐに彼は、王子に話しかけた。


「シュトルム王子!方法が一つあります」


王子だけでなく、全員が彼を見た。


「何?!……それは何だ?」


ユラトは話した。


「実は聖石には、非常に質の悪い聖石があるんです」


彼の説明を聞いたケルヴィンは、叫んだ。


「そうか!」


ユラトは、説明を続けた。


「それは、石の力を発動させても、家一件分ぐらいしか霧を晴らす事が出来ないんです。それを使うことが出来れば……」


退屈そうに会議の話を聞いていたフィセリアが、グラスに水を注ぎながら話した。


「なるほど……それをたくさん使って、一本の細い道を作るって事ね……」


ユラトは、彼女からグラスを受け取ってから話を続けた。


「あ、どうも……ですが問題は……その聖石を持ってきているかどうかなんです……」


すると、出口に一番近い場所に座っていた人間の冒険者の一人が、突然立ち上がった。


「それならあるぜ!」


金属の鎧を着た筋骨隆々の戦士の男で、右の腕に十字の傷がある人物だった。


背中にはルーン文字の入った片手斧が二つ、腕の傷と同じように、十字に重ねてあった。


彼は、腰に吊るしてあった皮袋を一つ取ると、ここにいる人々に見えるように、それを掲げ見せた。


「これだ!」


そして目の前にある、テーブルに袋を逆さにさせ、中の物を次々振り落としていった。


通常よりも輝きの薄いタイガーズアイの聖石が、周囲に散らばり落ちた。


ユラトはそれを眺めていた。


「結構ありますねー……」


するとケルヴィンも思い出したように妻に話しかけた。


「ベラーニャ……それなら俺達もあったよな?」


「ええ、いくつかあるわよ」


彼女がそう答えると、他の冒険者も自分がいくつか持っている事を思い出していた。


そして次々、聖石は集まり、見る見るうちに、テーブルの上には小さな石の山が出来ていた。


フィセリアは、その山を不思議そうに見ていた。


「なぜそんなに、みんな持っているの?……どう言う事?」


すると先ほどの戦士の男が、石の山を見つめながら答えた。


「ギルドが、せこい事しやがったからなぁ……みんな使わずに持っているんだ」


彼のその言葉に、ユラトは口の悪い魔道師の事を思い出していた。


(ふふ……ダリオさんもそんな事言っていたな………)


シュトルムは立ち上がって、聖石に手を伸ばした。


そして山から一つ聖石を取ると、それを眺めた後、ユラトに尋ねた。


「これが……暗黒世界の霧を晴らす……聖石か……ファルゼイン……これだけあればたどり着けるか?」


ユラトも同じように、石を取り出して見ていた。


「ええ……恐らく……」


そして王子は、すぐにその聖石を部下に命じて、小さな麻袋に詰め込ませた。


「よし、これでかなりの問題が解決した!あとは……」


彼らは、更にどうするか話し合った。



そして何日かの準備期間を終え、彼らはついに王国の門を開け、伝説の森に向かう事になった。


「―――開門!!」


騎士の一人が叫ぶと、重々しい音を出しながら、巨大な門は開いた。


彼らの前に、戦場への世界が広がった。


シュトルムは、隣にいるラツカと目を合わせた。


(行くか……)


(ええ……行きましょう!)


そして同時に頷いた二人は、王子を先頭に、次々と国を出て行った。


ユニコーンでユラトの近くまでやって来たフィセリアが叫んだ。


「ユラト!行くわよ!」


「あっ、はい!」


ケルヴィンとベラーニャも王子たちを追うように、出て行った。


「先に行くぜ!」


「ユラト、行きましょう!」


「はい!」


ユラトはユニコーンで駆け出すと、エルディアの為に書いた手紙の事を思い出していた。


彼の手紙は、ウディル村へ連絡をしに帰った一人のウッドエルフに託していた。


「この手紙を……ギルドへ、お願いします……」


「ああ、任せてくれ!必ず村の中にある、冒険者ギルドまで運ぶよ!」


「はい、お願いします!」


彼の手紙を受け取ると、すぐにウッドエルフの男はユニコーンで森の中へ向かって行った。


(エル……これが終われば……君に会えそうだ……)


手紙がエルディアの下へ無事たどり着く事を願いながらユラトは、仲間達の後を追った。



王城の一番高い場所にある部屋から、ゼナーグは王妃フィーネと共に、幼い次女を抱いて、彼らを見送っていた。


息子を見つめる、その目はやや険しく、多くのシワを生み出していた。


(シュトルム……私の代わりに……行くのだ……果たせなかった夢……お前が羨ましい……蒼き風よ……取り戻した、その力を使い……世界を蒼く染めてゆけ……暗黒世界を蒼き世界へ……)


フィーネは、フィセリアを思っていた。


彼女は、昨夜、娘と二人で様々な話題で話し合った事を思い出していた。


(フィー……)


その時の娘は、何故か、活き活きとしていた。


特に、人間達の事や風の神殿での冒険を話す時は、目を輝かせながら話していた。


(……あの娘……楽しそうだった……きっと、この国には無い風を知ったのね……人が生み出した風……つむじ風……それはあなたの心を楽しませ、乱し、そして癒すもの……)


その時、幼い娘が突然泣き出した。


「………おっと……どうした『サーリャ』よ」


ゼナーグは、娘を抱きかかえながら、あやしていた。


フィーネは、そんな二人を微笑ましく見ていた。


(フィー……あなたは、やっと居場所を見つけたのね……そこは私たちからちょっと遠いけど……だけど……あなたが元気なら、それでいいわ……だから、頑張るのよ……私の大切な娘……フィセリア……)


王と王妃は、この少ない時間の間のみ、父と母に戻り、二人の無事を祈っていた。



そして国を出た彼らは、王国の入り口周辺にある森を抜けると、広大な草原地帯へとたどり着き、そこを更に奥へと進んだ。


「あれは………」


ユニコーンを休ませている間、ユラトは遥か先にある光景を見て驚いていた。


「あっ!?」


上空にある分厚い雲の層から滝のように灰色のものが流れ落ちている。


雲のある上空から草の生える地面まで何も遮る物が無いため、自然に起こったその全てが彼らの眼前に壮大な景色として存在していた。


「これが……大草原地帯………」


ユラトが大自然の景色に圧倒されていると、一角獣に乗ったラツカが近づいて来る。


「あれは、あの辺り一帯で雨が降っているのです……」


「凄い……なんて広い場所なんだ……」


その奥を見ると、北と南の地平線の辺りに暗黒世界の黒い霧が見えている。


(あそこにも霧は存在するのか……)


シュトルムはアリオンに乗った。


「最初の目的の地はあと少しだ、行くぞ!」


「はっ!」


騎士達が返事をすると、彼らは更に奥へと進んだ。



季節は春を終え、この地域では短い雨季に入っており、時折、彼らは生暖かい風と共に大粒の雨にも打たれた。


しかし彼らは気にする事無く、大草原の中を進んで行く。


そして数日が経った。


彼らは最初の目的の地である、かつてハイエルフ達が住んでいた村、『オルペ』と言う場所にたどり着いた。


そこは草原の中にある、大きな木の柵で囲われた村だった。


石と粘着性のある土を混ぜて作られた家で、元々は赤い木の屋根だったのか、僅かに塗装が残っているのが見えた。


どの家もオークに荒らされた形跡があり、家屋の一部は崩れ落ちている。


村の中心には井戸があり、外には畑が作られ、その近くを小さな小川が流れていた。


全体を眺めると2~300人が住める程の大きさの場所だ。


彼らは、その村の中へ入った。


「酷いわ……」


フィセリアがユニコーンから降りると、すぐにそう呟いていた。


「こっち側なんて……家の壁が真っ黒で屋根がねぇ……焼かれちまったんだな……」


ケルヴィンが見ていた周辺の家々は全て焼かれた跡があった。


黒く炭化した何かが散らばっている。


その様子を見たシュトルムは表情を険しくさせた。


「オーク共……許さん……」


彼の心の中にオークに対する憎しみが増幅した。


王子は部下に命じた。


「周辺の安全を確認したい、マナサーチを!」


「はっ!」


部下はすぐにマナサーチの魔法を唱えた。


「………―――マナサーチ!」


騎士の男は周囲に探りを入れた。


「………これは……何かに……」


一瞬の間を置いてから何かの反応があった。


「―――王子!村を出て下さい!」


部下のただならぬ気配を感じたシュトルムは、急いで彼に尋ねた。


「どうした!?」


騎士が答える前に彼らの周囲の地面が揺れ、次々と何かが這い上がって来る。


「―――っ!?」


ユラトは、それを目の前で見ていた。


「こいつは!?……」


彼はそれが何であるかを知っていた。


すぐに名を叫んだ。


「スケルトンだ!」


地面から這い出てきたのは、骨の魔物だった。


ゆっくりと地面から土を振り落として、それらは現れていく。


骨が見えており、体にはボロボロの布切れを纏っていた。


ラツカは剣を抜き放つと、目を細めた。


「……ここに存在していた……かつての住人達ですか……」


ユラトとフィセリアも剣を抜き放つと、敵は一斉に襲い掛かって来た。


ラツカは周囲の者達に声をかけた。


「シュトルム王子とフィセリア王女をお守りせよ!ダイアモンド・フォーメーション!」


王子と王女を取り囲むように、すぐに騎士達がやって来る。


この村にたどり着いていたのはユニコーンに乗れた者と、荷馬車に乗れた者たちだけであった。


そのため、魔道師部隊の一部、タロスとエンキドゥ、人間の冒険者達も、まだここへはたどり着いていなかった。


彼らは素早くユニコーンに騎乗すると、隊形を維持したまま、村の外へ出た。


村の外で待機していた者達へ向かって王子は叫んだ。


「―――敵だ!これより、戦闘を開始する!」


王子はすぐにここにいる全体を4つに分けると四方から村に入り、スケルトンを掃討する事にした。


ユラトはケルヴィンとベラーニャ、そしてフィセリアとハイエルフの魔道師部隊の一部と共に西側から中央へ向かう部隊の中にいた。


村を囲っている木の柵のいくつかを破壊し、彼らは中へ入った。


中へ入ると南側から入った王子達の集団が既に戦いをしているのが分かった。


「青い風が……巻き上がっている……」


遠くの建物の隙間から蒼い風が吹き抜けているのが見えた。


剣を構えながらフィセリアが話した。


「シュトルム達は既に戦っているみたいね………」


ケルヴィンは目の前にある家の壁に背中をつけると、道の先を見ていた。


「よし、俺達も行こうぜ!」


「はい!」


ユラト達は民家と民家の間にある細い道を進んで行く。


しばらく歩いた所で、その先の通路にスケルトンが数体いるのが見えた。


彼らはフラフラと行く当ても無く彷徨っている。


ケルヴィンはユラトに向かって小さな声で話しかけた。


「ユラト、敵を引き付けてくれ……」


「分かりました」


ユラトが武器を構えて先へ進もうとすると、フィセリアが彼らに話しかけた。


「私は!?」


ケルヴィンは彼女が黙って後方に控えているだろうと思っていた。


彼はフィセリアの自信に満ちた表情を見た瞬間、どうすれば良いか分からなくなった。


「お姫様は……(下手に怪我をさせる訳にはいかねぇからな……うーん……)」


そんな夫を見たベラーニャは、ここにいるように話しかけた。


「私たちと一緒に……」


夫婦の表情を見たフィセリアは二人を睨み付けた。


「特別扱いしないで!私も行くんだから!」


冒険者として暗黒世界に行く自分が、「こんな場所で他人任せであってはならない」と、彼女は思っていた。


すぐ後ろにいた魔道師たちも彼女の扱いに迷っている様子だった。


お互い顔を合わせ、決め兼ねていた。


「しかし……」


「あまり危険な事は……」


そんな彼らを見たフィセリアは、すぐにユラトの後を追った。


「もう良いわ!自分で決めるから!」


彼女には周囲の者達の反応が腹立たしかった。


(みんな責任を取りたくないから……シュトルムも戦っているのに!……私だけみんなに守られているなんて……絶対に嫌!)


しかし、彼らの反応も当然といえば当然だった。


その事が余計にフィセリアを息苦しくさせた。


「何かがあっても、それは私自信の責任だから、みんなは気にしないで!」


ハイエルフの魔道師たちは、ただ彼女を見送るだけだった。


「―――あっ……」


「フィセリア様!」


ベラーニャは腰のベルトにぶら下げてあったワンドを手に持ち構えると、夫に話しかけた。


「ケルヴィン!あの二人を援護するわよ!」


「ああー!……しょうがねぇ!」


ケルヴィンもまた、すぐに気持ちを切り替え、弓を構えた。


二人のやり取りを聞いた周囲の魔道師たちも杖を構え、魔法の詠唱に入る。


「仕方がない……」


「やるぞ……」


「ええ……」


ユラトはスケルトンがいる場所までたどりついていた。


勢い良く走った彼は飛び上ると、一体のスケルトンの頭蓋骨目掛けて叩き付ける様に剣を振り下ろした。


「はあ!」


彼の剣は見事当たった。


スケルトンの頭部は胴の部分から切り離され、地面に叩きつけられた。


頭蓋骨が彼らの方へ向かって転がり落ちて来る中、フィセリアがそこへたどり着く。


(あそこね!)


彼女もユラトの攻撃を見て、同じように彼の隣にいるスケルトンの頭部を狙った。


フィセリアは力を込めて鋭い突きを放った。


「はっ!」


真っすぐに進んだ彼女の剣は、スケルトンの開いた口の中へ入った。


顎の骨を破壊し、剣先は骨から突き出た。


(よし!)


アンデッドの頭部はスルリと彼女の剣から抜け出すと胴体から離れ、飛び上がって家の壁に当たり、そのまま落ちた。


「―――ピュー!」


目の前の二人が鮮やかに敵を倒したのを見たケルヴィンは驚き、思わず口笛を鳴らしていた。


「やるねえ!……あの二人……」


ベラーニャも夫と同じ思いだった。


「そうね……思ったよりも、ずっと手馴れているわ……」


「これなら俺達の任務も難なく、こなせそうだぜ!」


気を良くした彼は妻に話しかけた。


「よし、じゃあ俺たちもやろうぜ!ベラーニャ!」


「ええ!」


二人はユラトとフィセリアを見た事で闘志が湧き上がった。


ケルヴィンは肩にかけている矢筒から矢を3本、素早く抜き放った。


「見せてやるぜ……俺のマルチショットをよ!」


矢を弓の上に乗せると片目を閉じながら、顔を弓へ寄せた。


隣にいたベラーニャは、魔法の詠唱を続けていた。


「………」


彼らの後ろにいたハイエルフの魔道師たちは詠唱をし終えると、突然走り出した。


弓を構えていたケルヴィンは彼らが攻撃範囲に入ってしまったため、矢を放つことを中断した。


「あっ、おい!」


ベラーニャは魔法を完成させると、夫に話しかけた。


「ケルヴィン!私たちも行くわよ!」


そう言われた彼は矢を3本持ったまま、妻の後を追った。


「ふぅ……しょうがねぇ!」



ユラトとフィセリアはスケルトンの集団を追っていた。


敵はなぜか一斉に後方へ引いて行く。


そして通路の先にある広い開けた場所にたどり着くと振り返り、地面に落ちている木の枝や短い角材を手に取った。


ユラトとフィセリアは、そこへたどり着いた。


「武器を持っている!」


「ユラト!あなたは右から行って!」


「はい!」


二人が分かれ、別々の場所から攻撃をしようと思った時、奥にいるスケルトン達の手が光った。


(ん……何だ!?)


(あっ!……)


すぐに二人は、その異変に気づいた。


骨の魔物は二人が見ている中、光る手を軽く振り払う。


「―――魔法です!」


「分かってるわ!」


いくつかの風の刃が二人の下へ向かった。


ユラトとフィセリアは走る速度を上げ、何とかその攻撃を避けた。


「うわっと!」


「危ない!」


避けられた魔法は民家の壁に当たり、一瞬、黄緑色の風となって消えた。


「魔法を使ってくるスケルトン……」


「スケルトンメイジか……」


この村にいるスケルトンは元々ハイエルフであったため、魔法に長けた存在だった。


苦々しくユラトが彼らを見ながら回り込んでいると、ハイエルフの魔道師たちがやって来た。


彼らは、この場所に来るなり、次々ウィンド・スラッシュを放っていた。


「―――喰らえ!」


それらはスケルトン達に向かって行く。


ユラトとフィセリアの目の前で風の魔法同士が衝突し合った。


「―――うっ!」


「……強い風……」


風の魔法はぶつかり合うと混ざり合い、一瞬、竜巻の様なものを作り上げると、今度は周囲に向かって吹き抜ける風となって消えた。


その風をまともに受けたユラトとフィセリアは少し後退する事になった。


「くっ……」


「強い風が!」


するとそこへ、ケルヴィンとベラーニャが現れた。


「―――動くなよ、お二人さん!」


ケルヴィンが弓を構えながらそう叫ぶと、隣にいたベラーニャがワンドに宿った通常よりも大きめの炎を敵に向かって撃ち出した。


「―――ファイアー!」


中央に複数固まって存在していたスケルトン達にそれは向かった。


そして集団の真ん中にたどり着いた瞬間、彼女は手に持っていたワンドを慣れた手つきで素早く一回転させて止めると、再び叫んだ。


「―――ディフュージョン!」


炎がその場で砕け散り、周囲に拡散していく。


ユラトはその光景を近くで見ていた。


「炎を砕いた!?」


ベラーニャの放った拡散する火はスケルトン達に次々着弾していき、彼らの体を炎で包み込んでいった。


そして、その敵に向かってケルヴィンが3本の矢を放つと、スケルトンの頭に当たった。


頭部が砕け、そこから濃い紫色の気体が噴出されていく。


「よし!効いているみたいだな……」


ケルヴィンが、そう言って敵を見ていると、炎と矢によって攻撃された骸骨の魔物は次々地面に倒れ、バラバラに分解されていった。



【ファイアー・ディフュージョン】


炎の中級魔法。


ファイアーボールを発展させた魔法で、術者のタイミングで撃ち出した炎を砕き、周囲に拡散させることが出来る。


そうすることで炎の攻撃を、より広い範囲に渡ってすることが可能となる。


魔力を込めることで威力や拡散の範囲を広げる事もできる。



「ユラト、行くわよ!」


「はい!」


再びユラトとフィセリアが敵に向かおうとすると、二人のハイエルフがそれぞれの後ろから走り寄って来た。


「ヴァルハラに流れる……軽やかなる風を……」


ユラトは思わず振り返った。


「ん?……」


二人の女魔道師がユラトとフィセリアの背中に優しく手を付けた。


「―――ウィンド・ヘイスト!」


二人の体を淡い青緑の風が吹き上がった。


「!?」


フィセリアは感謝の言葉を述べるとユラトに向かって叫んだ。


「行くわよ、ユラト!」


「はい!」


ユラトとフィセリアは走る速度を上げ、敵の魔法を避けながら攻撃も加えていった。


「風の補助魔法……良いわね……」


ベラーニャは興味深く、その魔法の効果を見ていた。


(様々な速度を上げているみたい……なるほど……)


見ていると夫が話しかけてきた。


「ベラーニャ!さっさと、ここにいる敵を倒しちまおうぜ!」


「ええ……そうね……(もうちょっと、見ていたかったけど……)」


ユラトとフィセリアを後方から援護するようにケルヴィンとベラーニャ、そしてハイエルフの魔道師達は矢と魔法を次々放っていき、敵を倒していった。


彼らはすぐに戦い方に慣れ、上手く連携をし合うと、敵の数を一気に減らす事に成功していった。


そして、あっという間に周囲にいるスケルトンは全て倒されていった。


「はあ!」


ユラトはスケルトンメイジが魔法を放つ為に自分に向かって差し出された手を左腕で力強く振り払った。


「させるか!」


体勢が崩れた瞬間を狙って敵の頭部を手に持った剣で叩き付けた。


「ふん!」


頭蓋骨が地面に転がった。


するとそこへ、ケルヴィンが矢を放った。


「これで終わりだぜ!」


スケルトンの頭部に矢が刺さり、そこから気体が出た。


敵の活動停止を確認するとユラトは周囲を見た。


「……ここにいるのは……全部倒せたのかな?」


周囲を見ていると、悲痛な表情で地面に散らばっている骨を眺めながらフィセリアがやって来た。


「倒せた……みたいね……」


ユラトはハイエルフ達が悲しい表情なっている意味に気づいた。


(……そうだった……ここにいるスケルトンは……全て……彼らと同じ……)


彼らが倒したのは姿こそ変わってはいたが、この村でかつて生きていた人々だった。


フィセリアは心の中で倒してしまったことを謝っていた。


(みんな……ごめんなさい……)


ユラトは、そんなフィセリアを見ていた。


(悲しそうな……顔……彼らに申し訳ないと……思っているんだろうな……だけど……こればかりは……)


敵を倒し終えたケルヴィンとベラーニャがユラトの近くへやって来た。


「この辺にスケルトンは、もういないみたいだ」


「私がサーチで確認したから、間違いは無いはずよ」


「そうですか……」


彼の沈んだ表情を見たケルヴィンは、ユラトの肩に手を置いた。


「ユラト、あんまり気にするんじゃねぇ」


ベラーニャも同じようにして話しかけてきた。


「そうよ、これからも戦わなきゃいけないんだから……」


「はい……」


顔を暗くしたフィセリアがやって来た。


「………」


ケルヴィンとベラーニャが同じことを彼女にも言おうとしたその時、大きな破裂音のような音が彼らの下へやって来る。


皆、一斉にその音がした方へ顔を向けた。


「―――!?」


その光景を見たケルヴィンが叫んだ。


「―――なんだ……ありゃあ!?」


建物の屋根が邪魔で全体が見えないと思ったベラーニャは夫から少し離れて、それを見ていた。


「あれは……この村の中央ね……」


ユラトとフィセリア、他のハイエルフ達もベラーニャの近くへ移動し、それを見た。


「何かが……噴きあがっている……」


ユラトが言った通り、それは村の中心辺りで、起こっていた。


土と水、それから木材と炭などが混ざり合う事で一本の太い巨大な柱となった物が噴出されている。


我に返ったフィセリアが他の者達に向かって叫んだ。


「シュトルム達が、あそこにたどり着いているはず……行きましょう!」


ユラト達は返事をした。


「はい!」


「ああ、行こうぜ!」


「分かったわ!」


「分かりました!」


彼らはすぐに村の中心にある場所へ向かった。


村の中心で噴き上がるものをシュトルムは見ていた。


「なんだ!?……これは……」


そこは井戸があった場所だった。


彼の後ろからラツカがやって来る。


「王子、この辺りのスケルトンは全て倒しました……」


「ああ……わかった」


シュトルムがそう言うと、噴出は終わった。


「王子、先ほどの水柱は……一体!?」


「俺にも分からん……」


噴き上がった水が薄い水の膜を作り、徐々に周囲の地面を濡らしながらシュトルムの足元へとやって来ている。


水面に反射した自分を見つめた後、ラツカは王子に話しかけた。


「どうなさいますか?」


シュトルムは答えた。


「手間取っている部隊があるかもしれん……そこへ……」


周辺を見ていると、目の前の井戸に変化が起こった。


《ゴゴゴゴ………》


「ん?……」


シュトルム達は音がした場所を見つめた。


それは井戸だった。


何かがうねる様な音がして、周囲の地面を僅かな振動と共に揺らしていく。


(一体何が!?)


様子を窺っているとユラト達が来た。


フィセリアが王子に声をかけた。


「シュトルム!何があったの!?」


彼女が尋ねると同時に、彼らの目の前で井戸から爆発のようなものが起こった。


「―――!?」


風が起こり、すぐに彼らを包み込んでいく。


地面も大きく横に揺れた。


突然の事で彼らはバランスを崩して倒れそうになった。


「うわぁ!」


「きゃ!」


「うお!」


彼らがその揺れに驚いていると、今度は井戸を破壊しながら、再び何かが噴き上がってきた。


「何が起こって……」


現れたのは巨大な白い骨の塊だった。


いくつもの骨が重って一つの手と腕になり、空の雲を捕らえ様と手を伸ばしていた。


シュトルムの隣にいたラツカはすぐに叫んだ。


「王子!ここにいては!!」


シュトルムは命令を下した。


「―――全員、ここから離れろ!」


彼がそう叫ぶと、地面に亀裂が走った。


「っ!?」


亀裂は広がり、井戸を地中に落とすと、勢い良く全ての方角へ向かって伸びていった。


ユラトの目の前にも亀裂はやって来る。


「うわっ!」


彼は後ろへ飛び跳ねると、後退を開始した。


(逃げなきゃ!)


他の者達も一斉に村の外側へ向かって走った。


「退避!」


シュトルムは走りながら時折振り返って、村の中心を見ていた。


(何かが……地面から、這い上がってくる!?……)


彼らがある程度後退した時、それは姿を現した。


もう一本の白く大きな骨の腕が地面から突き出ると、今度は巨大な頭蓋骨が現れた。


それは大量のハイエルフの頭蓋骨で形作られた巨大なものだった。


噴出された瓦礫の一部を避けながら走っていたフィセリアは、思わず声を出して叫んだ。


「なによ!……―――あれ!……」


土と水を頭から流しながら真っ赤な目を光らせ、頭蓋骨は外へ姿を現した。


シュトルムはユラト達に向かって叫んだ。


「―――冒険者たちよ!あれが何か知っているか!?」


ユラトには分からなかった。


「俺は知らないです!」


彼はケルヴィンとベラーニャを見た。


「……お二人は知ってますか!?」


ユラトが尋ねると謎の敵と思われるものは、地面から骨の胴体を出現させていた。


巨大な手で家屋の屋根に手を置くと、一気に体を持ち上げていく。


周囲に地震ような振動が再び起こった。


「くっ!」


その振動に耐えながら、ケルヴィンはシュトルムに向かって叫んだ。


「王子様!悪いが俺達にも、あれが何なのかは分からねぇ!」


ラツカは全体の姿を現し始めた敵を見てから、シュトルムに話しかけた。


「王子!どうなさいますか!?」


「後続部隊を待っている余裕は無い!……放置すればバハーダンとの戦いの時、邪魔になるかもしれん……それに、あれは……」


詳しく見ると謎の敵の全ての部位は、全てハイエルフの骨をいくつも重ね合わせて作られているようだった。


それが分かるとシュトルムとラツカは悲哀に満ちた表情になった。


「彼らを一刻も早く、風に戻してやりたい……」


シュトルムは苦しそうに隣にいるラツカにそう言った。


「王子……」


ラツカには彼の思いが良く分かっていた。


(このまま奴を……この草原地帯を彷徨わせるには……あまりにも!……)


すぐに王子は決断した。


「ラツカ、あれを倒すぞ!」


「はっ!了解しました!」


ラツカは返事をすると、部下に命令した。


「青いフラッグを!」


すぐに青い輝きを放つ玉が打ち上げられ、草原の空に輝いた。


それを見たユラトは剣を抜き放った。


「……あれを……倒すのか……」


敵は地面から完全にその姿を現していた。


全て大量のハイエルフの骨で出来ており、立ち上がると、この村にあるどんな建物よりも高かった。


敵はユラト達がいる場所へ向かって砂埃を立てながら、ゆっくりとした足取りでやって来ていた。


それを見たケルヴィンは妻に向かって面倒くさそうに言った。


「はぁ~………本当は……やりたくはねぇんだが……」


フィセリアは既に剣を構え、敵に向かおうとしていた。


「行くわよ、あなた達!」


王女のその言葉を聞いたベラーニャは、夫に諦めたように言った。


「ですって……」


そこでようやくケルヴィンは、やる気を奮い立たせた。


「しょうがねえな……くそう……」


弓を手に取ると、敵を見つめながらフィセリアに向かって話しかけた。


「追加の報酬を……たのんますぜ!」



そして謎の敵との戦いが始まった。


敵は集団で近づいてきた南側のハイエルフの騎士達を大きな腕を使い、内側に向かって振り払って来た。


近くにあった家屋を次々破壊しながら手は風の騎士達へ向かった。


シュトルムは叫んだ。


「来るぞ、―――避けろ!」


一斉に敵に向かっていた彼らは飛び上がった。


「はっ!」


すると敵の腕は彼らを捕らえる事無く、下を通過していった。


王子はやって来たユラト達に向かって叫んだ。


「よし!俺達も行くぞ!」


ユラトは剣を握り締め、闘志の篭った返事を返した。


「はい!」


戦いが始まると、ユラトにウィンド・ヘイストがかけられた。


心地よい噴き上がっていく風をその身に受けると、ユラトは敵に向かって走った。


(よし!行こう!)


フィセリアとケルヴィン達も敵へ向う。


「どこか高い場所へ!」


「わかった、お姫様!」


「ええ……」


動き出した彼らを見たシュトルムはラツカに話しかけた。


「ラツカ!俺達は右側から回り込むぞ!」


「はっ!」


騎士と共にラツカは走った。


王子は後ろで控えている魔道師たちにも命令を下した。


「魔道師部隊は補助魔法と攻撃魔法を上手く使い、連携を図れ!」


「はっ!」


彼らはすぐに魔法の詠唱に入った。


(……よし……)


それを見たシュトルムは無言で頷いた後、ラツカの後を追うため、敵の側面へ回った。


(長引かなければ良いが……)



一足先にユラトは敵が目の前にいる場所へ、たどり着いていた。


そこは半壊した家の屋根の上だった。


(大きいな……)


彼がそんな感想を抱いていると、ケルヴィンが話しかけてきた。


「ユラト、まずは敵の弱点や急所を探すぞ!」


「はい!」


そう言うとユラトとフィセリアは屋根から飛び降り、敵の腕へとたどり着いた。


敵は大きな髑髏の顔を二人に向けた。


「………」


目の奥が真っ赤に輝いており、二人を視界に捉えると、すぐに口を大きく開いた。


《ガガガガ……》


口の中の奥に一つだけ半透明の緑色の頭蓋骨がある事にフィセリアは気づく。


(……あれって!?……)


彼女が見ていると、口の中は青白い光を生み出し始めた。


敵の肩へ駆け上がっていたユラトは冷たい空気を感じた。


(凍るように寒い……)


敵の冷気が溢れ出ると、口から流れ落ち始める。


危険を感じたフィセリアは走ってユラトの下へたどり着くと、彼の腕を引っ張った。


「ユラト!」


「えっ!?……」


敵は自分の肩へ向かって勢い良く、冷たい息を吐いた。


「―――っ!」


勢い良く吐いた息の中には、矢尻のような尖った氷の結晶がいくつもあった。


二人はその息を落ちる事でなんとか避けた。


「くっ!」


「あぶなかった……」


地面に着地すると、避けられた敵の息は家の壁に当たり、氷の斑模様を作っていく。


その模様を見たベラーニャは驚いていた。


「『アイスブレス』……」



【アイスブレス】


氷のように冷たい息を吐き、相手に様々な症状を引き起こさせることが出来る。


氷竜が特に威力の高い息を吐きつけてくる。


凍傷を引き起こしたり、足や体に吹きつけ、移動や行動を一時的に阻害したり、矢のような氷を飛ばして攻撃することも可能。


鍛冶師リルディーフの物語に、この攻撃は詳細に出てきていた。



ベラーニャはリルディーフの物語を読んでいため、知っていた。


すぐに彼女は大きな声で叫び、その危険性について話した。


「気を付けて!」


すると敵の近くへ辿りついた王子達が側面から攻撃を仕掛けた。


「―――風を放て!」


風の騎士達は一斉に魔物に向かってウィンド・スラッシュを放った。


「―――喰らえ!」


シュトルムも彼らに続いて蒼い風の刃を放った。


「はあ!」


彼らの魔法は敵の頭へ次々当たっていった。


《グガア!》


敵は体のバランスを崩し、横に倒れそうになった。


しかし、ぎりぎりのところで高い家の屋根に手を付けると、そこで踏ん張った。


ラツカはその様子を見て、ある事に気づいた。


「風の攻撃魔法が……ほとんど効いていない?……」


シュトルムにも、それは分かった。


「そのようだな……風の民の骨だからか……」


どうやら敵は元々風の民であるハイエルフであったため、強い風の抵抗を持っているようだった。


ケルヴィンは2本の矢を敵の目に向かって放った。


「どうだ!?」


矢は体勢を立て直したばかりの敵の両目に見事、当たった。


しかし敵は何も変わる事無く、屋根の上にいるケルヴィンとベラーニャを見ただけだった。


「あそこは違うのか?……」


ケルヴィンは声で妻に合図を送った。


「ベラーニャ!」


彼女は詠唱を終えたばかりの火の魔法をワンドから撃ち出した。


「敵に炎の一撃を!―――ファイア・ボール!」


ベラーニャが魔法を撃ちだすと、すぐに敵は二人の所へ向かってきた。


「……うぇ……きやがったぜ!」


「ケルヴィン!ここから離れるわよ!」


二人が後退すると、火の玉は敵の右目に入った。


しかし全く動じることも無く、敵は二人がいた屋根に向かって腕を振り下ろした。


「やべぇぜ!」


「飛ぶわよ!」


二人はすぐに飛び上がった。


敵の振り下ろした手から発生する風が彼らの髪や衣服を揺らした。


壊された屋根の破片が飛び散っていく。


二人は顔を両腕で覆いながら、地面に着地した。


「うっ!」


「っ!」


彼らは僅かにふわりと一瞬浮き上がってから、着地することになっていた。


「―――これは!?」


二人が着地の衝撃が殆ど無かった事に驚いていると、ハイエルフの魔道師の一人が話しかけてきた。


「風の壁の魔法で、お二人の衝撃を緩和したのです!」


「なるほど……助かったぜ……」


ベラーニャは礼を言った。


「ありがとう!」


「いえ!それより下がりましょう!」


魔道師の男がそう言うと、すぐに彼らは敵から距離をとるため、村の外へ向かって走った。



一方、敵は、後ろから風の魔法を撃ってきたハイエルフの部隊に向かって、冷たい息を吐いていた。


「下がるぞ!」


彼らも下がって避けようとした。


しかし、彼らに向けて吐き出された息の範囲と濃度は濃く、一瞬にして彼らの足元を凍らせることになった。


「―――何だこれは!?」


薄い氷の膜のようなものが、彼らの半身を包み込んだ。


「動けん!」


「不味い!」


敵が近づく中、必死に彼らはもがいた。


「くそっ!」


もがくことで氷の膜は破壊され、動けるようにはなった。


「よし!」


だが、すぐに次の氷の膜が現れ、彼らの足元を凍らした。


「敵が……来る……」


冷たく青白い靄の中を、骨の巨人は彼らの前に現れた。


素早く腕を振り上げた。


「こんな所で!」


「くそ!!」


藻掻いていると、彼らの足元へ魔法が放たれた。


「ファイアーボール!」


その魔法はユラトが放ったものだった。


彼の放った火の玉は、足元に着弾すると、氷を溶かし、周囲の靄を僅かだが、かき消した。


「よし!」


喜んでいると今度はシュトルムとラツカが現れ、敵が振り下ろした手に向かってウィンド・バーストを放ち、手を一瞬だったが浮かせた。


「―――っ!」


凍らされていた魔道師達は、ユラトとシュトルムに向かって叫んだ。


「ありがとう御座います!王子!ラツカ殿!」


「ワールウィンド殿!感謝致します!」


シュトルムは叫んだ。


「そんなことより、そこから距離を取れ!」


「はっ!」


すぐに魔道師達は後退した。


フィセリアは敵の腕に飛び乗り、顔に向かって走った。


(さっき見たあれが……急所のはず!……)


彼女は先ほど自分が見た一つだけ色の違う髑髏の事をユラトに話していた。


「ユラト、聞いて!実は………」


「そんなものが……」


たどり着いたフィセリアは、敵の口の中へ飛び込もうとした。


「あっ!」


しかし、敵は素早く手を振り払い、彼女を空中で叩き落とした。


「―――きゃあ!」


地面へ彼女の体は向かった。


しかしフィセリアは空中で体勢を立て直すと、剣を地面に刺し、何とかその攻撃に耐えた。


「痛……い…………意外に隙の無い奴ね……」


苦々しく敵を見ていると、彼女へ向け、氷の息を吐いてきた。


「うそ!……」


彼女はすぐに後ろへ下がった。


「冷た!……」


するとそこへ、西の側面から風の魔法が一斉に放たれた。


「フィセリア様を守れ!」


「―――ウィンド・スラッシュ!」


フィセリアを追いかけようとした敵は肩を浮かせ、体勢を崩した。


しかし崩しながらも彼女へ向かって手を振り下ろしていた。


「しぶといわね!」


彼女は両足に魔力を込めて走る速度を上げると、一気に振り下ろされた手から逃げた。


「当たらないわ!」


すると敵は地面に両手を付け、四つん這いになった。


全身を小刻みに震わせ、口を大きく開け、周囲の空気を吸い込み始めた。


ユラトは正面からそれを見ていた。


(何を……する気だ!?……)


敵の顔を構成している頭蓋骨一つ一つが目の部分を青白く輝かせながら口を開き、息を吸い込んでいた。


正面に集まった人々に向かって、フィセリアは口の中にある一つだけ色の違う髑髏について話した。


「みんな聞いて!実は……」


妹の話を聞いたシュトルムは、敵の口の中を見つめた。


「……敵の巨大な冷気の塊のせいで……良く分からんな……」


ケルヴィンもまた、目を尖らせて敵を見ていた。


「くっそ!……レンジャーの俺の目でも、良くわからねえ……」


ユラトはシュトルムに尋ねた。


「どうしますか、王子?」


「そうだな……まずは敵に近づき……そしてどうにかして……奴の口の中へ……」


王子が考えていると、敵を見ていたラツカが叫んだ。


「王子!とにかく、ここにいては!」


「ああ、分かっている!」


そしてシュトルムが次の命令を下そうとした時、敵は地面に向かって氷の息を吐きつけた。


冷気が周囲に広がっていく。


「もう少し距離を取るぞ!イエローフラッグを!」


彼がそう言うと、すぐに部下が黄色い警戒のための輝く玉を空に打ち上げた。


敵の周囲にいた彼らは、すぐに後ろに下がった。


建物の上に上がって敵を見ていたベラーニャが叫んだ。


「さっきの息は、攻撃じゃないみたい!……あれは……魔法陣!?」


彼女に視線の先には、地面に円で囲まれた氷の結晶が描かれていた。


6枚の棘のある花びらのような模様だった。


(あれは……どこかの書物で見たことが……)


完成した魔法陣を見たベラーニャは気づいた。


「―――『精霊魔法』!何かを呼び出すみたいよ!」



【精霊魔法】


この世界では、召喚魔法の一つである。


世界に存在する精霊を呼び出し、その力を借りて魔法を発動させる。


魔法の効果は、呼び出された精霊によって変わる。


古代世界には四大精霊を呼び出すものが特に有名なものとして存在していた。



「魔法の詠唱を始めろ!」


王子がそう言うと、敵は両手を上へ持ち上げた。


「!?」


両手が光り、そこから冷気を生み出した。


敵は、その手を地面に描かれた魔法陣へ向かって、咆哮をあげながら叩き付けた。


《ヴガアアアアアアーー!》


敵の頭の上に何かが現れた。


氷のドレスを着た小さな少女だった。


背中まである長い髪で、全て氷で出来ていたため、半透明だった。


手には雪の結晶を思わせる物が先端に付いた杖を持っている。


少女は骸骨の頭の上に降り立った。


すると頭の先端が僅かに凍った。


再び骸骨の魔物は咆哮を上げ、立ち上がる。


現れた精霊の姿を見たベラーニャは、驚きの声をあげた。


「あれは……まさか……―――『スヴァリア』!」


ラツカは彼女の顔を見ながら何かを思い出そうとしていた。


(スヴァリア?……どこかで……聞いた……)


シュトルムは知っていた。


「それは確か……『氷狼フェンリル』に付き従う……氷の精霊か……」



【氷狼フェンリル】


氷の幻獣。


この世界の神話によると炎の神フレムドの娘に飼われていたと言われている。


神々の戦いにも参加し、強大な魔力を有していると言う。


氷の精霊『スヴァリア』を付き従え、敵対するものを容赦なく凍らせ、破壊する。


また体内には『ヴァナルガンド』と言う、フレムドから盗み取った氷の炎を出す伝説の杖を持っている。



【スヴァリア】


氷の精霊。


氷で出来た少女の姿をしている。


氷の力を使うものに、より強大な力を与える効果を生み出す事ができる。


この精霊単体では、特に強い力を持っている訳ではない。


古代世界では氷の大地に多く存在したと言う。



村の地面を次々凍らせながら、敵は魔道師たちが固まっている場所へ向かった。


スヴァリアは骸骨が歩き出すと、肩にふわりと降りた。


そして骨の魔物が歩き出す度に杖を掲げ、周囲に冷気を撒いていた。


その冷気は地面に流れ落ち、周辺を冷たくさせながら、雲のようにモクモクと這い広がった。


「奴に有利な場所になっちまったら、倒せねえぞ!」


ケルヴィンの叫びを聞いた王子は、すぐに決断した。


「皆よ、聞け!戦闘が長引けば無駄に犠牲を増やしてしまう。だから一気に、この魔物との戦いを終わらせるぞ!」


騎士や魔道師達は返事をした。


「はっ!」


彼は建物の屋根に素早く上ると、全ての者に聞こえるように、大きな声で叫んだ。


「全ての方向から敵に向かい、たどり着いた者が奴の口の中に攻撃を加えるんだ!」


彼は近くにいる冒険者の夫婦にも話しかけた。


「ケルヴィンとベラーニャよ。お前達は我々が突入する事で敵に生じた隙を突き、矢と魔法で敵の弱点と思われる場所を狙え!」


ケルヴィンは矢を一本取り出してから答えた。


「任せてくれ!」


ベラーニャは炎が宿ったワンドを縦に構えた。


「分かりました!」


王子は二人が準備に入ったのを満足げに頷くと、部下に話しかけた。


「よし!では行くぞ!」


「はっ!」


すぐに彼は敵に向かって駆け出した。


ユラトもまた二人に声をかけた。


「お二人とも、お願いします!」


彼はフィセリアと共に敵に向かおうとした。


すると走り出した二人の背中に向かってベラーニャが声をかけてきた。


「―――あっ、ちょっと待って!」


ユラトは彼女の方へ振り返った。


「……?」


ユラトが立ち止まると、すぐにフィセリアにも彼女は声をかけた。


「王女様も!」


「……何?」


二人は怪訝な表情のまま、ベラーニャに近づいた。


すると彼女はワンドの先端に宿っていた炎をより強く燃え上がらせた。


「これで良し……」


炎を確認したベラーニャは、二人に話しかけた。


「二人とも、剣を前に出して!」


突然の事で二人は戸惑った。


「えっ?……」


「何を?……」


そんな二人に向かってベラーニャは少し苛立ったように話しかけた。


「いいから、早く!」


ユラトとフィセリアは顔を見合わせてから、赤毛の女魔道師に剣を差し出した。


「はい……」


「………」


ベラーニャは二人の剣が目の前に来ると、すぐに魔法を発動させた。


「……猛き炎よ、剣に宿れ!―――ファイアーエンチャント!」


ワンドの先端に存在していた炎は勢い良く飛び出すと二つの剣に向かった。


「!?」


二人の持つ剣は、とぐろを巻く炎に包まれていく。


ユラトとフィセリアは驚いた。


「この魔法は……」


「何……これ……」


驚いている二人に向かって夫であるケルヴィンが説明をした。


「そいつは最新の魔法の一つさ!俺達が炎の聖堂で見つけた新発見だぜ!」


ユラトは剣を見た。


「炎が……消えた?……」


彼の言うとおり、とぐろを巻いていた炎は消えた。


しかし代わりに刃は、赤いオーラを出しながら輝いていた。


呆然と見ている二人に向かって、ベラーニャはウィンクをしてから話した。


「氷には炎でしょ?」


「なるほど……」


ユラトが感心していると、フィセリアは既に敵に向かっているシュトルム達を見た。


(行かなくちゃ!)


すぐにベラーニャに礼を言うと、ユラトに話しかけた。


「ありがとう!行くわよ、ユラト!」


「はい!」


二人はすぐに王子の後を追って行った。


そんな二人を見送った後、ケルヴィンは弓を勇ましく構えながら妻に話しかけた。


「ベラーニャ!俺の矢にも飛び切り熱いのを頼むぜ!」


夫の声を聞いた彼女は思い出したように呟いた。


「あっ……あんたの分……忘れてた……また詠唱し直さなきゃ……」


ケルヴィンは弓を構えたまま、立ち尽くしていた。


「……そりゃあねぇぜ……ベラーニャ……」



青白い冷気が建物の隙間を広がる中、ハイエルフ達は戦っていた。


「王子!敵が何か……仕掛けてくるようです!」


「……あれは?」


巨大な骸骨の魔物の近くへたどり着いたシュトルム達は、戦闘を再び開始していた。


敵は周囲に立ち込めさせた冷気の靄を使い、様々な攻撃を繰り出していた。


その一つがアイスニードルだった。


その攻撃は冷気を瞬時に固め、ツララを生み出し、彼らに向かって撃ち出すものだった。


数本の尖った氷柱が冷気の中から作り出されると、シュトルムとラツカの下へやって来た。


「王子!来ます!」


ラツカがそう叫ぶとシュトルムは、低い体勢で走りながら次々避けて行った。


飛んで来た氷柱は、民家の壁に連続して刺さっていく。


王子の側面にも先読みして放たれた氷柱がやって来た。


「……―――っ!」


「王子!」


叫んだラツカは自身に向かって飛んできたワインボトル程の大きさの氷の刺を軽く避けてから剣で素早く切り落とした。


「はっ!」


切り落とされた先端が壁に刺さる中、シュトルムは側面から来た氷柱を後ろに飛ぶことで避けた。


(思ったより……近づきにくい……)


シュトルムが、どうやって近づくか考えようとしたとき、冷気の霧の中から先の尖った氷柱が彼を目掛けて何本かやって来た。


「くっ!」


シュトルムは壁に刺さった氷柱に片手を乗せると、くるっと一回転しながら切り上げた。


「はあ!」


壁に刺さっている氷柱に着地すると、今度はその氷を利用し、屋根に向かって軽やかに駆け上がっていった。


(上へ……)


ラツカも敵の攻撃を避けながら氷の階段を上り、王子の後に続いた。


「王子!」


上へたどり着いたシュトルムは、不機嫌そうに敵を見ていた。


「フンッ!……中々楽しませてくれるではないか……」


騎士達がなんとか敵に近づこうと善戦している姿が見えた。


しかし敵は生み出された冷気を無駄なく利用しているようだった。


地面と接触している靴の裏を氷で張り付けたり、様々な場所から氷柱を飛ばしてきたりと、彼らを近づけさせない事に見事成功していた。


「これでは駄目だ……」


苦しげにラツカが見ていると、手を振り上げた骸骨の巨人に向かって一直線に走る二人の人物の姿が見えた。


「フィーとファルゼインだ……」


「どうします王子!?」


「行くぞ!」


シュトルムとラツカはユラトとフィセリアのいる場所へ向かうため、屋根から飛び降りた。


途中で地面にスラッシュを放ち、二人はふわりと着地する。


「はっ!」


シュトルムは敵を見た。


「あの場所は……」


敵は魔道師たちの魔法によって冷気ごと奥へ押され、民家や大きな倉がある場所に移動していた。


それに気づいたシュトルムは、隣にいるラツカにすぐに話しかけた。


「あそこなら、冷気の効果が薄まりそうだ!」


「そうですね!」


大量のウィンド・スラッシュが飛び交う中、ユラトとフィセリアは敵に向かって走っていた。


目の前に冷気が来ると、後ろや側面からハイエルフの魔道師達が風を放ち、それをなんとか食い止めていた。


何とかユラトとフィセリアは敵の場所へたどり着いた。


「ふう……」


「あいつ……」


既に風の騎士達が敵と戦っている姿が見えていた。


騎士達は振り下ろされた手を避けながら、なんとか腕に乗り、敵の口へ向かおうとしている最中だった。


しかし、振り撒かれる冷気のせいで移動速度が阻害され、中々近づけずにいるようだった。


それを見たフィセリアは剣を構えながら、ユラトに話しかけた。


「私たちも行くわよ!」


「はい!」


ユラトとフィセリアは敵の足元へ向かった。


それに気づいた敵は新たに現れた二人に向かって、地面から氷の刺を撃ち出した。


それを二人は炎の宿った剣で切り落とした。


「はあ!」


「切れる!?」


切られた氷の断面は溶け、水を滴らせている。


また、冷気も剣を振り払うことで、僅かにかき消された。


それを見た敵は両手を地面に叩きつけるようにして、二人に攻撃を加えてきた。


ユラトとフィセリアは左右に分かれて避けた。


「っ!」


すると敵は地面に冷気を吐いた。


《ハアアァァァーーー!》


地面に小さな氷の山が出来ていく。


冷たい風が広がり、敵の腕に上ろうとした騎士達の足が凍りつき、動きを止めた。


「くそう、ダメか!」


炎の剣のおかげで無事だったユラトとフィセリアは、すぐに敵の腕に飛び乗った。


「私達がいくわ!」


一気に左右の腕を二人は駆け上った。


「あそこだ!」


敵はフィセリアに向かって口を開いた。


「ユラト!私がこいつの攻撃を引き付けるわ!」


「分かりました!」


フィセリアは勢い良く飛び上がった。


「はあああ!」


その姿を見た敵は氷の息を吐き出した。


《ガアアアアーー!》


彼女は敵の額に到達すると、そこにいるスヴァリアに向かって剣を振り払った。


「消えて貰う!」


しかし敵は杖でそれを受け止めると、今度はユラトの方へ向かって飛び上がった。


(こっちへ来る!)


ユラトは氷の精霊を確実に捉えようと、武器を構えた。


しかし敵は彼の目の前で宙に浮きながら、両手を広げた。


からだ全体から冷気が噴出されていく。


「うわっ!」


魔物は、そのまま宙に浮きながら彼の体に薄い氷の膜を張らせた。


そのためユラトの剣は途中で止まった。


「―――ぐあ!……」


敵は炎の魔法が宿った彼の剣の上に乗った。


《フフフ……》


「ジュウ!」と言う、水が蒸発するような音が鳴ると、氷の精霊の止まった場所から水が何滴か滴り落ちた。


しかし、すぐにそれは凍り、小さな氷柱を生み出していていく。


「ユラト!」


フィセリアが敵の頭の上から飛び降り、彼の下へ向かおうとした。


しかし、骸骨の巨人が片手を彼女へ向けて伸ばしたため、向かえなかった。


(無理!)


フィセリアは寸前のところで敵の手から逃れ、飛び上がった。


「はっ!」


ユラトの場所へ向かって巨人の目の前を通り過ぎようとした。


すると敵は吸い込みを中断し、まだ準備の出来ていない冷気を吐き出した。


それは通常よりも弱いものだったが、彼女の体を包み込むには、十分なものだった。


「ああ!……」


フィセリアは体を半分凍らせながら飛ばされた。


骸骨の敵はユラトへ向け、手を伸ばしていく。


動けないでいる彼の顔を氷の精霊が両手で触れた。


「フフフ……」


少女が妖しげな笑みを浮かべると、ユラトの顔に薄い氷の膜が覆い始めた。


(なんだ……これは!?……冷たい……)


すぐに今度は意識が薄くなり始める。


(くそ……急に眠く……)


氷の精霊は彼の左手の甲へ向かって口を開いた。


口の中は鋭い氷の刃のような歯が見えている。


(あんなのに……噛まれたら……)


氷の歯は彼の手の甲を僅かに傷つけると、歯の先から彼の血を吸い上げた。


(こいつ……魔力も……吸っているのか……)


ユラトの体から魔力が奪われていく感覚がやって来た。


《フフ……美味しい……》


敵の半透明な氷の喉を彼の血が通り抜けるのが見えた。


(だ……だめだ……動けない!……)


彼は必死にそれに抗おうとした。


しかし、強い眠気と氷の膜のせいで全く動くことが出来なかった。


動けないでいると、骸骨の手がやって来た。


(ああ、くそう!)


必死にもがいたが、殆ど動くことは出来ない。


手が彼の頭に迫ったとき、敵の手にフィセリアが肩でチャージをかけた。


「はあああ!」


敵の大きな骨の手は僅かにはねられ、フィセリアは地面に向かった。


「ずらせた!」


彼女が着地するとユラトの首筋に蒼い風が吹いた。


(……この風は!?……)


彼がそれを見たとき、氷の精霊の悲鳴が響いた。


《キャアアアアアーー!》


ユラトの目の前にいた精霊の体からサーベルの刃が突き出ていた。


そして声が聞こえた。


「―――無事か!?ファルゼイン!」


シュトルムがたどり着き、敵の体を貫いていた。


地面に落下していたフィセリアをラツカが抱き止めている。


「………フィー様……大丈夫ですか!?」


「ありがとう、ラツカ!」


ラツカは微笑みながら、優しげに言った。


「いえ、お気になさらず……ご無事で何よりです……」


ユラトの体は自由になった。


「―――!?」


彼はすぐに敵の腕を蹴って後方へ下がった。


着地すると左手の甲を押さえながら、咳を出していた。


「ゲホッ!ゲホッ!………(危なかった……)」


ユラトが敵を見ると、王子は冷気を噴出している精霊の体を両断していた。


「はあああ!」


魔物が拳で攻撃をしてくるが、シュトルムはそれを飛び上がって避けた。


「遅いな!」


地面にたどり着いた王子は剣を持ち上げて叫んだ。


「―――さあ、一気に倒すぞ!」


「はっ!」


部下達が答えると、彼らは一気に敵に向かって走った。


すると敵は地面に落ちた氷の精霊を片手で拾い上げ、再び氷の息を吐こうと口を大きく開いた。


「―――させねぇ!」


ケルヴィンの声がした。


彼は炎の矢を放っていた。


ケルヴィンの矢は勢い良く敵の口の中へ入った。


骸骨の魔物は口を開けたまま、頭を震わせ、膝を地面に落とした。


《グブガアアアアーーー!》


ユラトはそれを見ていた。


「―――効いている!?」


「よし、終わらせるぞ……」


シュトルム達は、だらりと垂れ下がった敵の腕を駆け上った。


顔にたどり着く前に敵は突然、勢い良く立ち上がった。


「っ!?」


ふわりと浮き上がり、何人かが地面に落ちた。


するとそこへ、ベラーニャの放ったファイアーボールが敵の頭を包み込んだ。


《グガアアアア!》


骸骨の巨人は冷気を空へ向かって吐き出しながら咆哮をあげた。


派手に腕を回し、家屋を破壊した。


そこに留まる事が出来なかった彼らは、すぐに飛び降りて、その攻撃を避けた。


石や家の破片が飛び散る中、彼らはそれを上手く避けながら、敵の攻撃が静まるのを待った。


しばらくして敵は突然立ち止まり、握り締めていたスヴァリアの破片を両手で握り締めながら、そこに冷たい息を吹きかけていた。


「再生するつもり?」


フィセリアのその言葉を聞いたシュトルムは、一斉に攻撃を仕掛けることにした。


「―――全員、敵に向かえ!精霊を再生させるな!」


彼らは敵に向かって走った。


敵の腕に騎士の一人が飛び乗ると、骸骨の魔物は手の中にいる再生中の精霊を口の中へ入れた。


ユラトは、そのありえない行動に驚いた。


「―――何を!?」


彼らが見ている中、敵は口に入れた精霊を噛み砕いた。


「ゴリッ!」っと言う音がすると、一瞬その部分は光った。


「―――!?」


すぐにその効果が現れた。


それは敵の頭を構成している髑髏の全ての目と口のあった部分から強い冷気が周囲に向かって吐き出されると言う効果だった。



一瞬にして周囲に煙のような冷気が立ち込め、膨れ上がった。


その冷たい気体の塊は、ゆっくりとした冷気の波となって、周囲にいる者達を次々飲み込んでいく。


「ぐわあぁぁ……」


「ああ……」


「何だ、これは!?」


「体が!?」


敵に近い順に彼らの体を氷の膜が覆っていく。


それはシュトルム達にもやって来た。


最初に氷に包まれたのはフィセリアだった。


「ちょっと!……ああ……」


冷気の波は、彼女の下半身を一瞬にして凍りつかせると、すぐに肩まで氷が覆い始めた。


「フィー!」


妹の事を心配したシュトルムが声を出したとき、彼もまた氷で包まれ始めた。


「―――くっ!」


「王子!」


ラツカは声を出し、王子の下へ向かった。


すると駆け寄ったラツカもまた、氷に体を奪われ始めた。


「……なんだこれは……体が!?」


ユラトは彼らを助けようと近づいた。


「王子、ラツカさん!」


氷の膜を何度も破壊しながら、後退していたフィセリアがユラトに向かって叫んだ。


「こっちに来ては駄目よ!」


そう言うと、彼女はシュトルムとラツカの間の地面に向かって剣を差し込み、宿っていた炎を放出した。


「炎よ……私たちを守って!」


すると炎は地面に広がっていく。


それはラツカとシュトルムの膝にまで到達した。


「フィー!」


「フィー様!」


二人は僅かに動けるようになった。


フィセリアは、その場に膝を着いた。


「もう……ダメ……」


それを見たケルヴィンは妻に話しかけた。


「―――ベラーニャ!あそこにファイアーウォールを!」


「分かってる!」


彼女は既にワンドを構え、詠唱をし始めていた。


そんな中、敵は再び彼らに止めのアイスブレスを吐きかけようとしていた。


四つんばいになり、大きく口を開き、息を吸い込み始めていた。


(あれを喰らえば……完全に凍り付いてしまう……)


そう思ったシュトルムは、自分の手に宿った蒼い風の魔法を見た。


(……これを……ファルゼインに……)


彼は力を振り絞り、なんとか飛び上がった。


そして冷気の波に包まれようとしているユラトの目の前にたどり着いた。


シュトルムは何故かラツカに向かって叫んだ。


「ラツカ!お前は向こうの崩れた壁に向かえ、そして魔法の準備を!」


「はい!」


ラツカはもがきながらも、その場所へ向かった。


冷気に覆われながらシュトルムはユラトに話しかけた。


「ファルゼイン!俺は、これ以上動けん!お前が奴を倒すんだ!」


そう言うと彼はユラトに自らの蒼い風を放った。


「―――ウィンド・ヘイスト!」


その風は瞬時にユラトの体を包み込んだ。


ユラトは王子を見た。


「王子!」


彼は顔の半分を氷に覆われ始めている。


しかし、ユラトに向かって力強く叫んだ。


「俺に構うな、行け!」


シュトルムの叫びを聞いたユラトは、すぐに敵に向かって走った。


(やるしかない!)


蒼い風に身を包んだ彼は、素早く移動することが出来た。


(……凄い!……これが……王子の……蒼い風の力……)


通常のヘイストよりも体全体を覆う風は強く、そして足は速かった。


崩れた壁のある側面へ向かって冷気を避けながら、彼は走った。


(こっち側は、冷気が弱いみたいだ……)


そしてヘイストの効果が切れかけた時、彼の体にも冷たい冷気がやって来た。


左肩が凍り始めた。


(くそ……不味いぞ!)


ユラトがそう思っていると、そこにはラツカがいた。


「ユラト殿!」


ラツカは腹の辺りまで氷に包まれていた。


「ラツカさん!」


ユラトがそう叫ぶと、敵が突然、空気を吸いながら片手を振り下ろしてきた。


それを見たラツカは、その場で魔法を、すぐに発動させることにした。


彼は両手に宿った魔法の球体を両手を閉じるように重ねた。


「―――ウィンド・バースト!」


すると敵の片手に小さないくつもの亀裂を生み出す風が起こった。


渾身の風は敵の手を跳ね上げた。


「―――うわ!」


しかし風は近くにいたユラトをも巻き込んだ。


(―――しまった!……氷に体が覆われて……少し発動場所を間違えてしまった……)


ラツカが悔しそうにユラトを見ると、彼は生み出された力強い風に弾かれるように、勢い良く飛ばされていた。


「うわあああ!」


ユラトの体は大きな倉の壁に向かった。


(叩きつけられる!)


そう思った彼は壁に衝突する瞬間、靴の効果を発動させた。


「魔法の砂よ!流砂となり、―――走れ!」


ユラトの靴は僅かに光った。


(よし!)


足が壁に触れた瞬間、彼は斜め上に石の壁を滑り上がっていった。


その光景を見た者達は驚いていた。


「何だ……あれは!?」


「ファルゼイン!?」


「また……あいつ……」


「すげぇ!」


「ほんと……」


彼らが驚いている間、ユラトは壁を滑っていた。


(上手くいっている!?)


彼の視線の先には敵の口が見えている。


(あそこか……このまま行けるか!?)


冷気の波から次々アイスニードルが飛んでくる。


「―――くっ!」


しかしユラトは、それらを足を捻ることで進む軌道を変え、何とか避けていった。


氷の刺は壁に連続して突き刺さっていく。


しばらくして壁の終わりに彼はたどり着いた。


(行けるか!?……いや……―――やるんだ!!)


心の中に生まれた不安を一瞬でかき消すと、ユラトは壁の角を力強く蹴り上げた。


「はあ!」


敵の手が彼目掛け振り下ろされる。


しかし、ユラトは敵の大きな骨の指の間をすり抜けた。


(よし!)


すり抜けていく中、彼は冷気を全身に浴びた。


「うわ!」


ユラトは剣を構えたまま、氷に覆われた。


全身がヒヤッとした後、刺すような痛みがやって来る。


「―――ぐっ!」


しかし、彼の飛び上がった勢いは落ちていなかった。


口の中にある緑色の髑髏が見えた。


(あれだ!)


ユラトは突き進むと、そのまま一気に敵の頭蓋骨の口の中へ剣を差し込んだ。


「―――うおおおおおお!」


彼の剣は見事一つだけ色の違う髑髏の口を捉え、敵を貫いた。


「どうだあああああ!」


頭蓋骨の固まりから離れ、宙に浮くユラト。


彼の剣の先には、半透明の緑色の髑髏だけがあった。


皆がそれを無言で見ていたが、ケルヴィンだけは笑顔で声を出していた。


「あいつ……やりやがったぜ!!」


ユラトは近くの屋根の上に落ちた。


「がは!」


そこから枯れ草が積み上げられている場所へ転がると、落下していった。


本体から切り離された敵は、そのまま地面に巨体を倒れさせた。


重い音が鳴ると、地響きが起こった。


砕かれた氷と冷気が巻き上がり、太陽の光を受けることでキラキラと輝いた。


シュトルム達は、その巻き上がった最後の冷気を受けると、すぐに日の光によって自身を覆っていた氷が溶け出した事によって動けるようになった。


前髪や着ているマントから水がポタポタと落ちる中、シュトルムは近くにいる妹の名を呼んだ。


「フィセリア!大丈夫か!?」


彼女は剣を地面に刺し込み、跪いたまま、荒い息をついていた。


「はぁ……はぁ……寒かった……全身にアイアンボディーをやってみたけど……魔力の消費が激しすぎて……疲れた……」


妹の無事を確認すると、王子はすぐに立ち上がった。


するとケルヴィンとベラーニャがやって来た。


慌てたようにベラーニャが声をかけてきた。


「ご無事ですか!?王子様!お姫様!」


「俺とフィーは無事だ。それより……」


王子は周囲にいる部下達の無事を確認していた。


彼らもまた、殆ど無傷でいるようだった。


(良かった……皆無事のようだな……ここで大きな損害が出れば、作戦の継続は困難だからな……あとは……)


多くの魔道師や騎士達が無事を確かめ合っている中、シュトルムはラツカとユラトの事を思い出していた。


(二人は無事か?……)


振り返ると、ラツカの肩を借りながらやって来るユラトの姿が見えた。


ようやく王子の顔に笑顔が生まれた。


「無事だったか、二人とも!」


二人の下へシュトルムは駆け寄った。


近付いた所でラツカが話しかけてきた。


「王子もご無事でしたか……良かった……」


「ああ……あの程度でやられはせん……」


ラツカと目を合わせ、頷きあった後、シュトルムはユラトを見た。


すると彼は緑色の半透明の髑髏を手に持っているのが分かった。


目の奥には何故か、青い輝きと冷気が未だに生み出され、流れ落ちているのが見えた。


それを見たシュトルムの表情は険しくなった。


「ファルゼイン……それは、さっきの魔物の中にあった物か?」


するとケルヴィンとベラーニャ、フィセリアがやって来た。


ケルヴィンは、妻の肩に手を回してやって来ていた。


「おいおい……ユラト……そいつは何だ?」


フィセリアは知っていた。


「それは……さっき私が見た……」


ユラトは答えた。


「そうです……これはさっき俺が貫いた頭蓋骨です」


「ちょっと、見せて……」


ベラーニャがユラトから髑髏を受け取り、様々な角度から調べていた。


彼女は何かに気づいた。


「……あっ……目のあった部分の奥に何かが、はめ込まれているわ……これは……」


そこには青く冷たい石があった。


その石は氷のように冷たく、冷気も生み出している。


(もしかして……)


ベラーニャは髑髏を太陽に掲げた。


すると髑髏の目から光が放たれ、地面に雪の結晶の模様が映し出された。


それぞれの模様の大きさは小さく、いくつもの結晶がゆっくり回りながら地面に描かれていた。


それを見たユラト達は驚いた。


「これは一体……」


描かれた模様を見ていたシュトルムはラツカに尋ねた。


「ラツカ……あれを知っているか?」


ラツカは無言で首を振るだけだった。


フィセリアも知らないようだった。


「見たことも聞いたこともないわ……」


夫であるケルヴィンがベラーニャに尋ねた。


「ベラーニャ、それが何か分かるか?」


彼女は頷いた。


「ええ……恐らくだけど……これは氷凍石よ……大図書館の中にある本で読んだことがあるの……確か……リルディーフに関するもので……」


「そうか……」


彼らを襲った魔物の正体は後日、東の大陸で冒険をしている者が発見した書物の中に載っている事が判明する。


この魔物の正体は、『ガシャドクロ』と言われるものだった。



【ガシャドクロ】


この世界では、様々な理由で埋葬されなかった死体が多く集まる場所に、翡翠で出来た髑髏を入れ、悪霊や怨念をそれに宿し、出来たのがこの魔物である。


大量の死体がある場所にしか、生み出されることは無い。


髑髏を多くの骨や死体から切り離せば、活動を停止する。


また、様々な効果のある石を頭蓋骨の中に入れることで、更なる能力を持たせる事ができる。


これはオークの国の近くにある大空洞から発見された物だった。


それをバハーダンが譲り受け、井戸の中に大量に投棄された死体の中に投げ入れる事で、生み出されたものだった。


古代世界では、遥か東の地に存在していたと言われている。


シュトルムは周囲に散らばった、かつての同胞達の亡骸を見た。


「酷い有様になってしまった………これは恐らく……バハーダンがやったトラップだろう……」


ユラトは呆然として周囲をみていた。


「そんな……」


ラツカは地面にしゃがむと骨を手に取り、悲しげな表情になった。


「奴なら……するでしょう……」


ケルヴィンとベラーニャは、ぼんやりと周囲を見ていた。


「死者をも利用するのか……」


「流石は……闇の種族たち……」


するとそこへ、魔道師が一人やって来た。


「王子!村の北側に大きな地下施設が発見されました!」


シュトルムは振り返った。


「何!?」


魔道師は話を続けた。


「先ほどの巨大な魔物が現れた時に起きた地割れで、一部が現れたそうです。どうか見に来てください!」


シュトルムは頷くと、ユラト達にも話しかけた。


「分かった。すぐに行こう。皆も付いてきてくれ!」


「はい!」


すぐに彼らは、村の北側へ向かった。



「うひょー!結構な大きさだな、王子様!」


北へたどり着き、地下に広がる空間を見たケルヴィンが最初に感想をもらしていた。


ユラトもその場所を見た。


「ここは?……」


家が数件は、すっぽりと入る程の大きさの穴が地面に開いていた。


地下へは土砂が大量に入り込んでいたが、白いタイルの様な物で囲まれた空間が見える。


床、壁、天井、全てがそのタイルで覆われていた。


そしていくつも部屋があり、そこには窯の様な物や、書物の入った棚、土を固めた動かすことの出来ないテーブルと椅子もあった。


大きな壺がたくさん置かれた場所の近くに、陶器の人形が半分壊れた状態で横たわっているのも見えた。


それらを見たフィセリアは思わず叫んでいた。


「あれは……エンキドゥ!と言う事は……ここは工房ね!……」


すると奥にいたラツカが王子に話しかけた。


「王子!この先の家の床に地下へ入ることが出来る梯子があるようです!」


「分かった」


すぐに彼らは村の一番奥にある、大きな家の床へと向かった。


そこへたどり着くと、すぐに彼らは梯子を降りた。


周囲は全てのタイルが僅かに光を生み出していたため、見渡せる程の明るさがある。


正方形の部屋で四隅に大きめの壺と畑道具が置いてあった。


どれも埃をかぶっており、年月が経っているのが分かる姿をしていた。


そして四方の壁には、次の部屋へ行くための穴があった。


楕円を縦にした形の穴だった。


その中一つから、強い光が出ているのが見えた。


(あっちは、さっき俺たちがいた場所の方だな……)


ユラトが見ていたのは地割れによって天井が崩れ、日の光が入っていた場所だった。


彼の視線の先を見たフィセリアが話しかけてきた。


「あっちは……さっきの場所よね?」


「はい……そうだと思います……」


ユラトがそう答えると、違う方向へ進もうとしていた王子が声をかけてきた。


「フィー、ファルゼイン!こっちに行くぞ!」


「わかったわ」


「はい!」


彼らは北側に位置する場所へ向かった。


下へ進む階段があり、そこをしばらく進んだ。


進んで行くと、今度は大きく開けた空間に出た。


ユラトは、ひんやりした空気を肌に感じながら周囲を見た。


「……ここは……」


そこは球形に近い形をしており、そこには先ほどの光るタイルは無く、苔の付いた土や岩がいくつも複雑に合わさり、露出していた。


上を見上げると結構な高さがあり、部屋の天井の中心部分に僅かな穴が開いているのが見え、そこからポツポツと雨のように雫が落ち、外の光が差し込んでいた。


また、下には水が貯まっており、その中心には若木を何本か使用して組み上げた扇の様な物に、鳥の羽を隙間に差し込んだ物がプカプカと、水面の上で浮いているのが見えた。


(何かの儀式でもする場所なのかな?)


ユラトが不思議そうに見ていると、ラツカがこの場所について話した。


「ユラト殿、ここはウィスプを作るための水を貯めておく場所です」


「へえ……そうなんですか……」


興味深く見ていると、先行して調べていた魔道師の一人が奥の穴から現れた。


「王子、こっちに来てください!」


「ああ……」


シュトルムが返事をすると、ケルヴィンはユラトの肩に手を置き話しかけた。


「行こうぜ、ユラト!」


「はい」


彼らは更に奥へと進んだ。


そしてすぐに次の部屋へとたどり着いた。


そこは大きな正方形の部屋で、先ほどのタイルが敷き詰められた部屋だった。


ぼんやりと見えるその場所には、陶器のようなツルツルな表面をした棚があった。


それはいくつもあり、その中には食器であったり、小さなビンや壺が置いてあった。


更に奥へいくと、そこには武器や鎧などがあった。


ユラトやシュトルム達は、そこにあるものを手にとって見ていた。


(ここにある物は、王子達の国の中にある物に似ているな……)


シュトルム達、ハイエルフは懐かしさのようなものを感じながら見ていた。


シュトルムは小さな壺を一つ手に取り、それを眺めた。


(……なぜか……故郷に戻ったかのような……そんな郷愁を感じる……)


見ていると、棚の中身を調べていた魔道師の一人が王子を呼んだ。


「シュトルム王子!こっちに来てください!」


「………ん……どうした?!」


すぐにシュトルムと他の者達は、そこへ向かった。


たどり着くと王子を呼んだ者が布のようなものを手に持ってやって来た。


「王子、これをご覧下さい!」


「……?」


シュトルムは手渡された布を見た。


「これは……」


それは華やかな色が使われた、多彩で美しい外套だった。


手に持つと非常に軽く、細長い葉のようなものを大量に付け合わしたような形が僅かにあり、どの部分も鮮やかな色と独特の模様があった。


縞模様や斑模様であったり、色の明暗がつき、段階的変化のある模様など、様々だった。


しかしシュトルムには、少し派手なマントにしか見えなかった。


「これがどうかしたのか?」


そう王子が尋ねると、部下は話した。


「王子……私も最初は、そう思って片付けようとしたんですが……」


「何を言っている?……」


シュトルムが不思議そうにしていると、部下は突然、マントを天井に向かって放り投げた。


「これをご覧ください!」


《―――ヴァサ!》


外套は音を立てると、広がった。


そしてすぐに地面に落ちるかと思われた。


「……―――!?」


しかし、それはまだ空中に浮いていた。


全体を横に広げ、ユラユラと僅かに波打ちながら、ゆっくりとした速度で床に向かっていた。


王子は美しい瞳を細めた。


「奇妙だな……これは……」


他の者達も同じような反応を見せていたが、ラツカには閃くものがあった。


(………まさか!……)


彼は、ようやく床に落ちたマントを拾い上げ、王子に話しかけた。


「王子……これは、もしや……言い伝えにあった物では?」


ラツカの言葉を聞いたシュトルムは、記憶を辿った。


「言い伝え……?」


自身も思い出そうとしたが、何も思い出せ無かったフィセリアがラツカに話しかけた。


「ラツカには分かるの?」


「はい……恐らくですが……」


彼はそう答えると、外套を持ったまま、周囲の棚を調べ始めた。


ユラトには、その行動が奇妙に見えた。


(ラツカさん……一体何を探しているんだろう?……)


この部屋にある全ての棚は、陶器のような物で作られていた。


高さはユラトよりも、やや高いぐらいしか無かった。


しかし、大きな部屋の中に所狭しと、置いてあった。


更に壁面にも穴が開いており、そこにも小さな道具などが入っていた。


そしてラツカは、大量にマントが置いてある場所から離れ、壁の穴の中にある何かを見つけた。


「―――ありました!」


彼はそれを見つけると、すぐに王子の下へとやって来た。


「これを見てください、王子!これはやはり……」


シュトルムは、ラツカが手に持つ物を見て、ようやく記憶の断片にたどり着いた。


「ん?………これは……」


彼は思い出した。


「―――そうか!これは……『上風(うわかぜ)のマント』か!!」


ラツカが手に持っていた物は、赤いサンゴで出来た指輪だった。


ユラトには、それが何なのか全く分からなかった。


(一体……何に使うんだろう……)


王子の言うマントは一体、彼らにどんな意味をもたらすのか、この時、その意味を知っているのはハイエルフ達だけだった。


ユラトの伝説の森へ向かう旅は、まだ続く。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

Dark world~Adventurers~ @yamaken52

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ