第116話 キャベチ軍攻略開始

 ワタルが侵入していた建物には、かなりの数の者達がいた様である。

 ワタルが壊した部屋は一階にあったのだか、この建物は物見塔の様な役割も果たしていた様で、上にかなりの階数がある。

 ステルス発動中のワタルとすれ違う様に、幾人もの慌てたキャベチ軍の兵士達が、先程の部屋の方へ向かって行った。

 当然、ステルス発動中のワタルには気付かずに素通りである。


 急いで出口に向かうワタルであったが、途中の階段から降りて来る兵士達で、通路が塞がれてしまった。

 そして、その者達はワタルの方へ向かって来る。


 丁度やり過ごせる様な場所も無かったので、ワタルは再び【電光の魔剣】を振るった。

 通路を塞ぐ様に向かって来る兵士達の後ろに、上の階から降りて来る階段を捉える方向で、魔力を乗せた斬撃を放ったのだ。


 ヴウォォォンバリバリバリ


 ドゴォォォン


【電光の魔剣】の斬撃は、兵士達を両断しながら消し炭に変えると、その後ろの石の階段を、降りて来る者達共々破壊して行った。


「うわぁぁ……」


 攻撃したワタル自身が引くほどの破壊力である。


「こりゃ、あまり室内で使わない方がいいな」


 今更な事を呟きながら、倒れている兵士達を飛び越えて出口に向かうワタルであった。



「凄い音がしてたけど、大丈夫でしたか?」


 バギー商店の中の泊めてもらっている部屋に戻ったワタルに、エスエスが声をかけた。

 静かに帰って来たつもりのワタルだったが、領主であるトルイネン伯爵の館で行った破壊活動の衝撃音は、この部屋まで聞こえていた様である。


「ああ、大丈夫だよ。ちょっとやり過ぎたけどね」


「ふうん……ワタルにはステルスがあるから、そんなに心配はしてないけど、気を付けて下さいね」


 ワタルは、分かった分かった、という様にエスエスに手を振ると、装備を解いてベッドに横になった。


 それ程疲れていないつもりでも、体は正直である。

 バギー商店の安全確保と、キャベチ軍の出陣の妨害に、少しは役に立てたかと考えているうちに、ワタルはすぐに眠りについてしまった。


 寝息をたてるワタルを確認したエスエスも、日の出までの短い間、再び眠りに就いたのであった。



 朝になり、ワタルとエスエスが寝ている部屋にラナリアとシルコが起こしに来た。

 普段は、朝日の昇る前に必ず目を覚ますエスエスが、他の者に起こされるのは珍しい事である。


 昨夜のワタルの騒動で、エスエスは知らない振りをしていただけで、実は睡眠を取れていなかったのだろう。


「夜中の物音はワタルの仕業だったのね」


 ラナリアが呆れた様に言っている。


「で、どうだったのよ」


 シルコがワタルに尋ねる。


「うん、そうだなぁ。結構危なそうな奴らを始末したから、それなりのダメージを与えたと思うけど」


「やっぱりそいつらは闇落ちしてたの?」


「ああ、一人は思いっ切り真っ黒だったよ。闇に呑まれたドルハンよりも危ない奴だった」


「え?あんた、そんな奴をよく一人でやっつけたわね」


「ああ、上手い事思い付いたからね。もう俺は、闇落ちの硬い奴でも大丈夫だよ」


「思い付いたって……まあ、ワタルならそんな感じか……」


 ラナリアは呆れ顔である。


 と、その時、皆を呼ぶバギーの声が聞こえた。

 ワタル達のパーティーを呼んでいるようである。


 ワタル達が身支度を整えて、バギーの呼ぶ部屋へ行ってみると、そこには既に身支度を整えた他のパーティーメンバーが揃っており、簡単な食べ物が沢山用意されていた。


 バギーが口を開く。


「おはようございます、皆さん。実は、信用できる筋から情報が入りまして、キャベチ軍が森の小人族の村に向けて、今日の日中に出陣する事が分かりました。

 何やら、昨夜、原因不明のトラブルがあった様で、出発の時間が半日ほど遅れた様です」


 身に覚えのあるワタルは、頭を掻いているが知らん顔をしている。

 ラナリアが小さく溜息を吐き、それに気付いたルレインが、後で説明しなさいよ、と言わんばかりにワタルに視線を向けている。


 ワタルは気が付いていない様だが、昨夜のワタルの働きは非常に大きなものだったのだ。

 彼は、謀らずともキャベチ軍の中で、最も戦闘力の高い者を暗殺してしまっていた。

 あの黒ずくめの男は、キャベチの政治や武力の陰の部分を支える、実質的な司令官であった。

 元々、武力に優れ、頭も切れる為、平民でありながら貴族達に取り立てられて、キャベチ領の闇に暗躍する者達のトップの地位にいたのだ。


 ワタルの【電光の魔剣】にあっさりとやられてしまったが、乱戦、混戦の最中に彼を暗躍させると、非常に厄介な存在になり得たのだ。

 彼を失った事は、キャベチ軍にとって大きな痛手になっている事は間違いない。


 バギーの話が続く。


「私は、これから、キャベチ軍が出陣する前に、最後の薬草の納品に領主の館に参ります」


 この納品の為の馬車に紛れて、ワタル達は領主の館に潜入して、キャベチ軍を殲滅する計画である。

 バギーの視線に、ワタル達は頷いている。


「よし、それじゃあ作戦開始だ。みんな気を付けてな」


 ワタル達は、昨夜立てた計画通りに行動を開始したのだった。



 薬草を山のように積んだ馬車が、領主の館の裏門にさしかかる。

 バギー商店の馬車である。

 大きな馬車が2台連なっている。


 そこは、裏門とは言うものの、流石は領主の館だけあって、馬車も悠々と通れるだけの大きな門である。

 門の脇には衛兵が立っている。


「バギー商店でございます。御出陣の前に、急ぎ薬草をお持ち致しました。このまま、兵站の部所に乗り付ける様に言われていますが、如何致しましょう」


「おお、そうか。出立まで時間が無い。急ぎ運ぶ様に」


 バギーの言葉に、衛兵は、特に薬草を検める事無く馬車を通過させた。

 普段なら、一応は薬草の山の中に槍を突き刺してみたりする位の事はするのだが、今回はそれも無かった。

 元々、バギーと衛兵は顔見知りであった事と、出陣の時間が迫っていたからであろう。


 この薬草の山の中には、ワタル達、チームハナビのメンバーが隠れていたのである。

 もし、見つかっていたら、ワタル達が飛び出して暴れて、強行突破するつもりだったのだ。

 この衛兵達が手抜きをした事は、両者にとって運が良かったとも言えるだろう。


 バギー商店の馬車は、領主の館の広い敷地中を進んで行く。

 商店の馬車が薬草を運んでいる事は、特に珍しい事でも無いので、誰に咎められる事も無く、バギーは軍の兵站を管理している倉庫の様な所に到着した。


 大きな倉庫の扉は開け放たれ、続々と荷物が運び出されている。

 軍の出陣か間近に迫っているので慌しい様子である。


 大きく開かれた倉庫の入り口にバギーの馬車が近づくと、近くにいた騎士が声をかけて来た。


「おお、薬草の商人か。そのまま中に乗り入れてくれ」


 倉庫の中に馬車が入って行く。

 薄暗い倉庫の中では、幾人かの者達が忙しそうに動いていたが、バギーの馬車に意識を向ける者もいない。


 と、その時、


 ドガガーン


 と表で轟音が響いた。

 領主の館の正門の方向である。

 ガラガラと何がが崩れる様な音もする。

 少し地面が揺れる様な地響きさえ感じられる。


「な、何だ?」


 倉庫にいた騎士や兵士は、驚いて倉庫の外に出て行った。

 この隙に、ワタル達は馬車から降りて、倉庫の中に身を隠してしまった。


 そしてバギーは、手早く薬草を降ろすと、何食わぬ顔で倉庫を後にしたのだった。



 さて、表の轟音は、打ち合わせ通りに、正門正面から強行突破を敢行したコモドとヒマルの仕業である。

 彼らは、キャベチ軍の注意を引きつける役割を担っていた。


 2人は、館の正門の前に悠々と姿を現した。

 その正門は、観音開きの巨大なもので、高さは5メートルを超える、見るからに重厚な扉である。

 その両脇には、塀の上に小さな塔があって、そこに兵士が詰めている様である。

 門の脇には普通の大きさの扉があり、通常の出入りは、こちらの扉を使っているのであろう。


 その巨大な正門の前で胸を張り、コモドが大声をあげた。


「罪も無き小人族の民に、謂れ無き迫害を為す公爵の軍よ。我が主人の命により、その企み叩き潰しに参った」


 ヒマルの風魔法により、コモドの声は拡大され、辺りに響き渡った。


 門の脇の塔にいた兵士は、コモドの声に驚いたものの、全く慌てた様子は無かった。

 むしろ、コモドとヒマルを見て、バカにした様な笑い声をあげていた。


 コモドが伝説のドラゴノイドだとは、遠目には分からなかったのかも知れないし、そもそも稀少なドラゴノイドなど見た事も無いのかも知れなかった。

 ましてや、ヒマルは、少女の姿のままであった。

 アルビノガルーダの姿をしていたら、兵士達も相当に慌てた事だろう。


「はは、何だあれは。変なのが来たぞ」


「うるさいから追い払え」


 どうやら、この領主の館の警備兵は、相手の力量を推し量る能力に欠けていた様である。

 もっとも、この時、館の敷地の中にはキャベチ軍の精鋭が出陣を待っている状態であり、警備兵達も、何時もより外敵に対して気が大きくなっていたのかも知れなかった。

 どんな手練れであろうとも、千人を超える軍が控えている館に、たった2人で攻めて来るなど、正気とは思えなかったのである。


 そして、大門の脇の扉を開けて、大柄な騎士が姿を現した。


「こら、貴様ら。どういうつもりだ。ふざけた真似は許さんぞ」


 その騎士は、そう言いながら、腰に下げた大剣を抜き放った。

 最初からコモド達を切り捨てる気満々である。

 筋骨隆々とした体格で、上背もコモドに引けを取っていない。


 相当に腕に自信があるのだろう。

 だが、コモドの実力を見抜けない時点で、この騎士にコモドを斬り伏せる力があるとは思えなかった。


 走り寄る騎士を醒めた目で見ながらコモドが言い放つ。


「剣を抜いた者には容赦はせぬぞ」


 コモドの【古竜の槍】による突きが、流れる様な動作で放たれた。

 騎士の大剣の間合いよりもかなり離れた位置からの攻撃であったが、十分にコモドの間合いの内である。

 そして、騎士の目にはコモドの突きが映らなかった。

 騎士にとっては、瞬光の様な攻撃であったのだろう。


「えっ?」


 次の瞬間、自分の身体の中央に大きな穴が空いている事に気が付いた騎士は、間の抜けた声をあげながら、後方に吹き飛んで行った。


 見張り台から、にやつきながら眺めていた兵士にも、何が起こったのか直ぐには分からなかった。

 呆然と倒れた騎士を眺めている。


「さて、派手に行こうかの」


 少女の姿のヒマルが口を開く。

 そして、その口から指向性を持った超音波が放たれた。


 キィィィン


 館の大門に向けられたヒマルの攻撃は、微かな金属音を伴っていた。

 それは、数秒の間の短い時間であったが、館の大門とその周りの防御壁に致命的な傷を付けていた。


 そして、大門に走り寄ったコモドが突きを放つ。


「はっ」


 ドガガーン


 コモドの一撃で、轟音と共に館の大門だけでなく、その脇の物見塔や、館の敷地を囲っている壁も広範囲に崩れ去った。


 本来ならヒマルの超音波だけで、館の壁などは粉々にする事も可能だったのだが、派手に注目を浴びるために、この様な目立つ方法をとったのである。

 それは、もちろんワタル達潜入組が行動し易くするためである。


 轟音と共に崩された館の正門の中には、沢山の兵士達がいた。

 数百人はいると思われる兵士達は、何が起こったのか判断が出来ずに、呆然と崩れた門の方を見ている。


 モウモウと立ち込める砂煙の中を、コモドとヒマルは悠然と瓦礫を乗り越えて兵士達の方へ歩いて行く。

 そこでヒマルがヒュッと口笛を吹くと、彼女達の周りの砂埃が風に巻き取られ、何処かへ飛んで行く。

 そして、視界を遮るものが無くなった兵士達の前に、コモドとヒマルがはっきりと姿を現した。


「我は竜人のコモド。我が主人の命により、此度の出兵を止めに参った。邪魔立てする者には容赦はせぬ故、心して参られよ」


 コモドは名乗りをあげると同時に槍を構え、抑えていた気配を解放した。

 コモドの持つ巨大な巌の様な気配に、キャベチ軍の兵士達の間に動揺が走った。


 コモドと比較的近い位置にいる気の弱い者や、実力の低い者の中には、気を失ってしまった者もいる。

 そこまで酷くなくても、自由に身動き出来る者は数少ない。


「……竜人……くっ、これ程とは……」


 ある程度以上の力のある者は、戦う事は出来るのだが、実際にコモドに襲いかかる事が出来るかどうかは別である。


 それでも、幾人かの騎士は声をあげて味方を鼓舞しようとした。


「誰かこの無礼者を打ち取れい!」


「ええい、気圧されるな!相手はたった2人だぞ」


 しかし、ここでヒマルが動いた。


「この様な弱い軍など、幾ら人数を集めても同じ事じゃ」


 風の魔法により良く通る声でヒマルはそう告げると、彼女も気配を解放する。

 それと同時に、ヒマルの身体が光に包まれて、大きく発光した。

 そして、その光が収まると、アルビノガルーダの姿に変身したヒマルの姿がそこに現れた。


「な、なに!アルビノガルーダだと……」


「うわぁぁ、白の魔物だぁ」


 翼を広げて舞い上がったヒマルの姿を見て、呆然とする騎士や、気配に当てられて腰を抜かしながら逃げようとする兵士によって、キャベチ軍は大混乱に陥ったのであった。



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ヘタレ高校生の最強物語〜超ステルス男の異世界紀行 念魚 @nengyo

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