第115話 電光の魔剣

 異世界ランドの夜は早い。

 基本的には、日の出と共に起きて、日没と共に寝るのだ。

 明かりを点ける魔法道具もあるのだが、高価な上に魔力を使うので、一般の家庭には余り普及していない。


 ワタル達が泊まる事になったバギー商店は、表通りから少し入った所にあるとはいえ、チルシュの街の中では十分に賑やかな場所である。

 だから、日が暮れたとはいえ、まだ街のざわめきがあっても当たり前なのだが、この夜はシーンと静まり返っている。

 まるで森の中にいる様である。

 いや、魔物や野生動物の鳴き声なども聞こえない為に、森の中よりも更に不気味なほど静かであった。


 活気を無くした街とは、この様なものなのだろう。

 むしろ、廃墟にでもなって、魔物が住み着いてくれた方が賑やかな夜になるのかも知れない。


 ワタル達、チームハナビのメンバーは、バギーに借りた部屋でそれぞれ適当に睡眠をとっている。


「さて、動いたな」


 ワタルは横になっていたベッドから起き上がった。

 隣のベッドで寝ているエスエスも目を覚まし、ワタルに顔を向けたが、ワタルは、そのまま寝ているように、というジェスチャーをしてエスエスを寝かし付けた。


 ワタルは、ササッとベッドから降りて部屋を出る。

 寝間着も用意されていたのだが、ワタルはそれを身に付けてはおらず、すぐに外に出られる格好をしていた。

 そのワタルがターゲットにしている人物は、バギー商店の裏口から外に出ようとしている所だ。


 実は、ワタルは、昼間にバギー達と話している時から違和感を感じていた。

 バギー商店の中から、ワタル達に向かって敵意が向けられていたのである。

 直接の殺意、といった強いものでは無かったが、ワタルにはハッキリと認識出来る敵性の反応であった。


 バギー商店の従業員によっては、キャベチと戦うという厄介事とも言える話を持ち込んだワタル達に、敵意を向ける者がいても不思議では無かった。

 だから、様子を見ていたのだが、どうもその従業員は、その点を考慮したとしても怪しかったのだ。

 これは、ワタルの勘のようなものであった。


 バギーは基本的に親キャベチ派では無い。

 納める薬草の質の高さで、領主には認められてはいるが、決してその統治のやり方を是としている訳では無い。

 以前に、ラナリア達に発行した借金の証文を、キャベチ公爵の腹心であるトルーレ伯爵の手の者に強引に奪われた事もあった。

 この街の権力者の、更には領主のキャベチ公爵をはじめとする貴族たち権力者の、その目に余る横暴を悔しく思って来たのである。


 そういう意味では、バギーは、キャベチ体制を滅ぼそうとしているワタル達と同じ側の人間である。

 だから、ワタルはバギーを信頼しているし、疑ってもいない。

 それだけに、逆にキャベチ側から見れば、バギーは完全に信頼の置ける商売相手ては無かったはずである。

 薬草の質が良かった為に、それなりに重用していた商店に過ぎない。

 従って、バギーの動向を探る為の人間が紛れ込んでいても不思議は無いのであった。


 しかし、一介の商店に過ぎないバギーの元に、熟練のスパイが潜り込んでいるとは考え難い。

 精々、何か不審な動きがあったら伝えるように、と小金を握らされた者がいる位であろう事は想像がつく。


 案の定、夜中にバギー商店を抜け出した男は、チルシュの街の裏通りを進んでいるが、気配を消す事も満足に出来ずに、足音さえも響かせている。


「これじゃ、ステルスもいらなかったかな?」


 後を追うワタルは、男のあまりの素人っぽさに気を抜きかける。

 と、その時、男は大きな建物のドアの前で立ち止まった。

 鉄製のしっかりとしたドアが設えてある。

 そこは、チルシュの街の領主であるトルイネン伯爵の館の敷地の端にある建物であった。

 領主の館は、高い塀に囲まれているが、その建物は、その塀と一体化していて、塀よりも高く物見台の様な塔が造られている。

 領主の敷地を監視し、同時に街中も監視できる様に造られた建物だろう。


 男は、ドア越しに何やら言葉を交わしている様子である。

 ワタルは、ステルスを発動したまま、ドアの近くに寄って行く。


 男は、ドアに向かってペコペコと頭を下げている。


 すると、ガチャリとドアが開き、男は建物の中に入って行った。

 ワタルも男と一緒に、中に滑り込む。

 もちろん、ステルス発動中のワタルに気付く者はいない。


 男は、ドアを開けた者に案内され、建物の中の一室に通された。

 その部屋の中には2人の男が椅子に座って話をしていた。


 それは、ただならぬ雰囲気の2人であった。


「む、何だ?」


 2人のうちの1人が、ワタルがつけて来た男に声をかけた。

 その男は肌の色が黒ずんでおり、普通の町民が着ている様な平凡な服を身に付けていた。

 肌の色や、まとっている雰囲気からして闇落ちしているのは明らかである。


 ワタルは、瞬時に危険な臭いを嗅ぎ取ったのだが、問題なのはもう1人の男であった。

 この男の肌の色は、更に深い闇の色を持っていた。

 ほとんど漆黒に近い茶色のフードを被っているが、チラリと見えたその眼は、白目と黒目の境が無くなっていて、真っ黒な闇の様な眼の色をしている。

 明らかに尋常では無い、闇の気配を色濃くまとっていた。


 ワタルの危険察知能力が警鐘を鳴らす。

 この男達は早急に処分すべきだ、と……


 しかし、ワタルには、この男達、特にフードの男に対する有効な攻撃が思い付かなかった。


 以前に、闇落ちしたドルハンに攻撃を仕掛けた時に、全く斬撃が通らなかった経験があるからだ。

 闇の力を体内に貯めている者は、通常の斬撃では傷付かない程の強靭な皮膚を持っている。

 このフードの男からは、その時のドルハンよりも更に濃い闇の魔力が感じられるのだ。


 剣を振るうのを躊躇するワタル。

 頭の中では、何とか攻撃を通す方法を探している。


 その間に、男達の会話が続く。


「バギー商店で動きがありました事を報告致します」


 バギー商店に潜り込んでいた男が話す。


「今日の昼に、冒険者と思われる一行がバギーを訪ねて来ました。男3名、女5名のパーティーです。戦闘力は大した事が無さそうでしたが、その中に手練れと思われる女と、竜人が入っておりました」


「何だと?竜人だと?」


「はっ。ただ、伝説とまで言われる竜人にしては、まとう気配が小さ過ぎるので、何か他の獣人の亜種かも知れませんが、一応ご報告に上がりました」


 コモドやヒマルは、本気で気配を解放すれば、街のどこにいても分かってしまう程の気配を有している。

 しかし、普段は気配を抑えているのだ。

 これは、彼らの主人であるワタルの影響が大きい。


 ワタル達は、普段から気配を非常に小さく抑えている。

 これは、ワタル達が強力な戦闘力を手に入れる前に、自分達が目立たないようにする為に身に付いてしまった習慣である。


 このランドという世界に転移して来る前の日本でのワタルはいじめられっ子で、常に目立たない様に行動していた。

 だからこそ、ステルスという認識阻害のスキルを身に付けられた可能性が高い。


 ラナリアとシルコは、貧民街でひっそりと暮らしていたので、常に敵から身を隠す必要があった。

 エスエスは、森の小人族という戦闘力の低い種族であり、気配を隠す技術に優れている。


 高ランク冒険者のルレインは、ワタル達と行動を共にする様になった当初は、普通に気配を発していたのだが、段々と気配を抑える様になってしまった。

 このパーティーでは、決して自分が一番強い訳ではないのに、最も強そうに見られる事が恥ずかしくなったのだ。

 コモドやヒマルが仲間に加わってからは、更にその感覚が強くなった。

 たから、いまやルレインのまとう気配は、駆け出しの冒険者とあまり変わらないレベルに抑えられているのだ。


 だから、先程の男の報告にあった「手練れ」というのは、小人族の村で合流したイリアの事を言っているのだろう。


 男達の会話が続く。


「ううむ、その報告だけでは何とも言えないが、明日は出陣を控えているしな……」


「前々から、あそこの商会には問題があったのだ。何かあってからでは遅い。私が見に行こう」


 フードの男が口を開く。


「え?直々にですか?」


 もう一人の男は少し驚いた様子である。

 このフードの男が動く時は、権力者達が直々に命令した時だと知っているからである。

 フードの男は、キャベチ公爵やトルイネン伯爵、トルーレ伯爵と同席していた黒ずくめの男であった。


 この領土の権力者達に同席を許されるほどの地位があり、実力的にも政治の暗部を取り仕切っている者である。


 スパイの男からもたらされた情報は、かなり不確かなものであり、このフードの男が動く程のものには思えなかったのである。

 しかし、フードの男が告げる。


「明日は、大将として我が主人であるトルーレ伯爵が出陣される。万が一があってはならない」


「なるほど、そうでしたな」


「それに、少しでも怪しければ、皆殺しにするだけだ。簡単な事よ」


「……」


 フードの男が微かに口角を吊り上げる。

 それと同時に、身を切る様な闇の魔力が漏れ出して、その部屋にいる者を絶句させた。



 ところで、この部屋の者達が物騒な会話をしている間、ワタルは部屋の隅で悩んでいた。

 どう見ても、普通に斬りつけたのでは、フードの男に斬撃が通りそうも無いからである。


(コモドなら出来るんだろうけど、俺じゃ無理だよなぁ)


 ワタルも武器に魔力をまとわせる練習をそれなりにしてはいたのだ。

 だが、他の男達は何とかなるとしても、フードの男は格が違う様に感じられる。


 元々ビビリでヘタレだったワタルの、こういう予感は良く当たるのだ。

 最早、確信と言っても良いレベルである。


 その時、ワタルの脳裏に閃くものがあった。


(そう言えば、電気の魔法は光の魔法の上位バージョンだってラナリアが言ってたよな。だったら、電気の魔法で闇を相殺できるかも)


 そう考えたワタルは、ステルスが切れてしまわない様に気を付けながら【風の魔剣】を構えて、そこに電流を流し始める。


 剣の周りに強風が渦を巻き、その渦は濃縮される様に【風の魔剣】の周囲2、3センチの間を吹き荒れている。

 狭い部屋の中で、これ程、強力かつ緻密な風のコントロールをこなすワタルの技量は、かなりのレベルにあると言えるだろう。


「カチッ」


 ワタルが呟いた。

 剣にコーティングされた風に火花が飛び、風に電気が流れる。

 もちろんステルス発動中のワタルの声が、他の者に認識される事は無い。


 バリバリバリ


 ワタルの剣が電気をまとう。

 そして、その電流は凝縮されて、剣の中に閉じ込められて行った。

 既に【風の魔剣】と言って良いのかも分からないその魔剣は、チリチリと小さな放電を繰り返し、その刀身は眩い光を放っている。


 ヴゥゥゥゥン


 何やら電気的で機械的な音を立てて安定している様だ。


(綺麗だな……)


 呑気な感想を考えているワタルだが、やっている事は、恐らくコモドが平伏して、ヒマルが唖然とするレベルの魔法であった。

 これは、ワタルが手にしているのが魔剣だから成立しているのであって、普通の剣ならば、跡形も無く消滅しているはずであった。

 そこまでの魔法的な威力が、この剣に込められている。


 ここまでの作業をワタルが成したのと、先程のこの部屋の男達の会話が終了したのが、ほぼ同時であった。


 ワタルがこれだけ派手な魔法を行使していても、全く気付かずに男達は会話を続けていた事になる。

 電気の魔法がバリバリと大きな音を立てていたのだが、それに合わせて自分達の会話の声も大きくなっていた事にすら、誰も気付かない。


 これは、ワタルのステルスが持つ規格外の効果の証左でもある。


 そして、ワタルは、自分が手にしている剣、いまや【電光の魔剣】とも呼ぶべきその剣の輝きが、闇落ちした者の闇の魔力を侵食している事を感じていた。


 徐ろにワタルが【電光の魔剣】を振る。


 ヴウウォォン


 放電を伴ったその斬撃は、アッサリと闇の魔力を霧散させ、フードの男の肩口に斬り込み、斜めに反対側の腰の辺りに抜けた。


 ドサッ


 呆気無く、フードの男は床に倒れた。

 2つに別れた体から、床に血の海が広がって行く。


 あまりに簡単に通用した斬撃に、少し戸惑うワタルだったが、返す刀で、もう一人の闇落ちの男の首を刎ねる。

 これも呆気無く、フードの男よりも更に小さな手ごたえで、その命を奪ったのである。


「こんなに軽いのか……」


 自分でやった事ながら、ワタルは【電光の魔剣】の斬撃の威力に驚いていた。

【電光の魔剣】には、元の【風の魔剣】の効果が残っていて、軽く素早い攻撃を可能としているのだ。

 そして、電磁力的な作用が働いているのか、剣を振る動作は更に軽くなっている様であった。


 ただ剣を振っただけでこの威力である。

 ワタルは、しっかりと魔力を乗せて攻撃したらどうなるのか試したくなっていた。


 部屋に残っているのは、あと2人。

 ワタルの存在と行動は認識出来ないものの、自分達の上司で、戦闘力もかなり上の2人が死んだ事は認識し始めていた。

 部屋の出入口の方に後ずさる2人の男。

 何かきっかけがあれば、大声をあげて逃げ出す事になるだろう。


 ワタルは【電光の魔剣】に魔力を乗せて、その2人に向かって横薙ぎに斬撃を繰り出した。


 ヴウウォォォンバリバリバリ


 斬撃の軌跡の後を追う様に、高圧電流の放電が放たれた。

 2人の男の体は、揃って上下に分断され、その後の放電による電流によって瞬く間に炭化し、粉々になって消えてしまった。

 そして、斬撃と放電の勢いは止まらず、部屋の壁を壊し、その先の廊下の壁も粉々にしながら、どんどんと進んで行く。


 その結果、ワタルの侵入した建物の一階の壁を全て打ち壊して、領主の館の方へ抜ける中庭まで続く大穴を開ける事になった。


「うわぁ、やっちゃったな」


 この威力に最も驚いたのはワタル自身であった。


 凄まじい破壊音に、領主の館の方でも慌てた様な声が上がっている。


 ワタルは、ステルスを維持したまま、コッソリと帰路に着いたのであった。




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