序章 師の背を追いて 0-2

 地面がえぐれるほどの衝撃。


 再び土煙が舞い上がり、空高く吹き飛ばされた小石がぱらぱらと落ちてくる――どちらかというと、その小石のひとつが頭に当たったことに、ルーイは舌打ちした。

 同じく、セリスも舌打ちしたらしい。何が気に入らないというのだろう。


「なんで防いでんのよ……腹立つわね、相変わらず」


「いやいやいや!? 防がれて不機嫌とか正気ですかマジで!? 今の止めてないと死ぬし! 相変わらず常識がないですね!」

「うるさい! 弟子に発言権はない!」

「理性もねえー!?」


 再び放たれる赤光しゃっこうを、ルーイは体をねじってかわした。

 背後で起きる爆発にうなじをあぶられながら、続く一撃を術で防ぐ。猛烈な爆圧を直に感じながらも、両足に力をこめて踏み出した。

 走るなどして大きく動き、逃げるようによけるのはいけない。

 結果的に距離を走らされ、そのぶん多く攻撃を受けることになる。まっすぐ最短距離をゆき、まずは接近することだ。


 そうでなければ、万にひとつも勝機などない。

 この大陸最強の魔法使いを相手にして!


「はいストップ」


 古代エルフ語で制止を受け、ルーイは素直に足を止めた。

 幾たびもの攻撃を防御し、すでに息があがっている。

 対して汗ひとつかかず、にやにや笑うセリスまでは、およそ十メートル弱。までは、まだ遠い。


「ほんと、守るのだけは巧くなったわね。? 

「お……おほめにあずかり、ありがたく……!」

「でもそこまでよ。それ以上近づいたら、たとえあんたが防御に徹しても、あたしの攻撃は防げない。無駄な殺生はしたくないのよねー、わかって?」

「その心がけは立派ですけど、街の防壁微塵みじんにした時点で説得力ゼロです」


「うっさい。だいたいあんた、近づいてどうしようっての? ? ?」

「ぐ……!」

「しないわよね? 通用するわけないんだし。意味ないもの」


 ずばずばと告げられる『真実』に、ルーイはただただ歯がみした。

 セリスの言う、その通りである。まことに無念ながら、事実なのである。

 ルーイがセリスを攻撃しても、絶対に通用しない。


「ふ……」


 にもかかわらず笑みをこぼし、ルーイは隠し持っていた荒縄の束を取り出した。

 ズシリと重たい頑丈なそれを、両手で持って身構える。

 冗談だとでも思ったのか、セリスは笑ったまま手元の女神像をこねくり回しはじめた。


「なによそれ。本気でふん縛るつもりだったの? やらしーわね、このエロ弟子」

「やらしーって発想が出ることのほうがやらしーでしょ――」

「よしっ、とれた」

「ちょっとちょっと!? また何をそんな、ほ、宝石外しちゃダメでしょ! 子供か!?」


 女神像が捧げ持っていた、深い藍色のばかでかい宝石。

 像から取り外したそれを、セリスは投げ上げては受け止める。まるで道端の石ころを扱うかのようだ。像本体はより無惨にも、地面にぽいと捨て転がされている。


「像なら返したげるわ。別の宝石でものっけることね」

「ははは、愚かなりセリス・フォレストランナー! 像とセットの完全体で売らなきゃ、大金貨二万なんていくわけないですよ!」

「愚かはあんたよ。こんな確実に足がつく有名工芸品、そのまま買うやついるわけないでしょ。宝石だけで充分よ」

「……そっか。勉強になります」


「よろしい。で? あたし帰るから、そこどいてほしいんだけど?」


 さもなくば排除する。

 言外での断言に、ルーイはごくりとつばを飲んだ。

 セリスはやる。師弟であろうと関係はない、場合によっては親兄弟でも危ない。

 だからといって、退くわけにはいかなかった。

 自分は彼女に、家族以上のものを感じているのだから。


「セリス師匠……」

「なによ。……あっ」


 ルーイが懐から取り出したのは、大陸共通の銅貨一枚。

 ぴん、と指に弾かれて、空中に弧を描いたそれを――水に飛びこむハヤブサのごとく、全身全霊で飛びこんだセリスが、両手でキャッチした。


「お金っ!」


 地面の上を思いきりすべり、しかしなんら気にすることなく女の子座りに身を起こす。降りそそぐ日の光に銅貨をかざし、セリスは心底うれしそうに笑った。


「やったー、銅貨だ! もうあたしのよ! 誰にもあげない渡さない、あたしの――」


 真に必殺の一撃を加えるときには、決して声を出してはならない。

 そう教えてくれたのは、確かロゼルス師だっただろうか――思いきり振り回した荒縄の束でセリスの後頭部をはたき倒し、つぶれたカエルのように地面にのびる彼女を見下ろして、ルーイは額の汗をぬぐった。


 ともかくも、作戦完了。

 振り向き、遠くの森へ向かって叫ぶ。


「おーい、ミレーナ! 終わったぞー!」


 風の魔術を使い忘れた素の大声に、それでも反応があった。

 森の木立の間から、女の子が一人、ひょこっと顔を出す。

 華奢な身体つきに、ふわふわした羽のようなデザインローブ。白くて長い杖を抱えて、兄様ぁ~っ、などと叫びながらいっしょけんめいに駆けてくる。


「兄様、ご無事ですかぁーっ? セ、セリス師匠は……」

「大丈夫。師匠を縛るの手伝ってくれるか?つま先から首まで巻いとかないと危険だ」

「そ、それ、死んじゃうです。いくら師匠でも、息できないです」

「そうか。そうかな? いや、そうか。じゃあ手と足と、このつるぺったい胸を――」


 がり、と地面を削るような音が足下から聞こえて、ルーイは言葉を切った。

 背筋に冷や汗を感じつつ視線を落とす。

 伏せったままのセリス。しかしそのワインレッドの髪の合間から、破壊の魔法よりなお禍々しい瞳の輝きが見て取れた。


 まずい。


「このおおお――」


「っミ……ミレーナ、逃げろぉーッ!」



「バカ弟子がああああああ!!」



 爆発、炸裂。


 地の果てまで響き渡るような轟音とともに、ルーイは高々と宙に舞った。






 ヴォルドメフィス大陸、西の果て。アラル公国首都攻防戦。

 ルーイはここでも、【紅蓮ぐれんの魔法使い】セリスを止めることができなかった。

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師匠どもに告ぐ いいかげん自重してください 著:神秋昌史 角川スニーカー文庫 @sneaker

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