深夜のインターホン

 ピンポーン。


 ふいに鳴ったそのチャイムは、私の身体を硬直させた。

 深夜2時45分。

 こんなマンションのワンルームで、こんな時間に玄関のチャイムが鳴るなんて、あり得ない時間帯である。

 こんな時間に訪問客が来る予定など確か無いはずだったと思うし。

 

 そのとき、部屋のテレビにニュースが流れた。


『○○区内において、連続殺人事件の速報です。狙われているのはおもに10代から20代の女性で、被害者は深夜帯に狙われている模様です。夜間の外出などは避けるか、複数人で外出するよう――』


 連続殺人事件のニュース。

 私の大学でも、怯えている女生徒は多い。

 この事件による影響なのか、今までは多くの女子生徒が出席していた、若い男性講師によるマクロ経済学の授業にすら出席する生徒は激減している。


 そういえば受講している女子大生のこんな話を聞いたことがある。

「マクロ経済とか興味ないけど、森先生格好いいからな~」

「なんか他クラスの美樹って子が、森先生とヤッたらしいよ」

「まじ!? 羨ましい~な~。あたしのことも襲ってくれないかな~。超歓迎!」

 最近の女子大生などこんなものであるのか、と私は幻滅したものだった。

 

 ピンポーン。

 

 2度目のチャイムが鳴った。

 知らぬフリを突き通そうと思っていたが、もしや玄関の外に部屋の明かりが漏れているのかもしれない。

 つまりは私がいるということが向こうに知れているのかもしれない。

 私はゆっくりと玄関に近づき小さな覗き穴に目をやった。

 

 そこには私の知らない女が立っていた。

 誰だ、この女は……?

 そう思っているとき、その女が声を張り上げた。


「先生! 森先生! わかってます。そこにいるんですよね? ごめんなさい……私のせいで変な噂がたってしまって……私、すごく申し訳なくって……先生のところには講義の質問に行っていただけだったのに……誤解されてしまって……」


 徐々にその女の声は小さく掠れていき、その場にしゃがみこんだ。


「こんな時間に……迷惑なのもわかってます……でも私……明日、大学やめることにしました……だから森先生には謝っておきたくて……」


 ひんひん、と涙をひきずる音を鳴らしながら、その女は謝り続けていた。

 

 なるほど、この女は森先生と噂になっている美樹という女か……。

 どうやら、真相と噂とは違ったようだが、

 私の豊かな勉学に励む大学生活の根本を崩した張本人2人のうちの一人であることには違いない。


 あの下世話な噂をしていた女学生たちも。

 今、私の後ろで血まみれで倒れている森という教師も。

 私の学の妨げにしかならない。


 そして、今泣き崩れているこの女も。

 

 私は手に持つ包丁に力を込め、ゆっくりと玄関のドアを開けた。


 * * * * *


『昨夜未明。都内大学に通う石川美樹さん18歳と、同じく大学で講師を務める森健太郎さん33歳の遺体が○○区内の森さんのマンションで発見されました。それぞれの遺体には無数の刺し傷があり、警察は今までの連続殺人犯と同じ犯人として捜査を――』


 end

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人喰奇談 ――ホラー短編小説集 Kfumi @kfumi09

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