彼女の涙が綺麗な理由(ワケ)。

ひっきぃ

第一話 奇妙な転校生

朝のホームルームは他愛もない雑談と、課題を仕上げていない愚者の声でとても騒がしい。以前はこの光景に憤慨していたが、慣れというものは非常に恐ろしいものだ。半年も経てば、喧しいだけの声も、聴き心地のいいメロディと同格のものへと変わってしまうのだから。僕にとってのそんな癒しの喧騒は、突如として破られた。

「お前ら、席に着いて静かにしろ。」

普段より10分以上早く教室に入って来た担任に、生徒達は皆驚き、沈黙した。どのクラスにもいる‘‘騒がしい奴ら”を除いては。そんな奴らが口々に発する疑問の言葉などお構いなしに、担任は話し始めた。

「今日は、新しいクラスの仲間を紹介する。一昨日入学が確定した生徒で、私もさっき初めて顔を見たところだ。」

そう彼が言った瞬間、先程までの沈黙は生徒たち各々の期待の込められた騒めきの声へと変わった。男子達は教室のドアを、清楚な女子が可憐な白百合の様な手で開いてくるのを期待していた。一方、女子の方からは「イケメン」という単語がちらほら聞こえる。まあ、十中八九そういう期待をしているのだろう。

ガラガラと音を立てて教室のドアが開いた。入って来たのは女子だ。男子からは歓声が上がる。高校生男子のこのような行為に品格を求める人間もいるが、思春期真っ只中の男子というのは所詮この程度のもの。品位に満ち溢れる貴族とは違うのである。

「静かにしろと言っているだろう。」

担任がそう言って生徒達に目を向けると、教室は一瞬にして再び沈黙に包まれた。決して声を荒げた訳では無いのに、「従わなければ。」という謎の使命感に苛まれる。ベテラン教師独特の風格がそうさせたのだろうか。この担任、流石である。

入ってきた女子の外見を一言で表すならば「平凡」。特に顔立ちが良いという訳でもなければ、背が高い訳でもない。どこにでもいる普通の女の子、という印象だ。

「えっと…笹本由美です。趣味は読書で、好きな教科は国語です。よろしくお願いします。」

文系女子…その割には眼鏡を掛けていないのか。趣味が読書で国語が得意な女子は眼鏡を掛けている、という僕の中の勝手なイメージは、その瞬間に崩れ去った。


四限目が終わって昼食の時間になると、笹本の周りには7、8人の女子が群がっていた。「転校生」という魔法の肩書きは、周囲の男女、特に同性の注意を一点に惹きつける効果がある。どんな本を読むのか、彼氏はいるのか、他に趣味はないか、などの質問が飛び交っていた。しかし彼女は、一般人であれば間違いなく口ごもってしまうであろうスピードで押し寄せる質問をひとつ残らず完璧に捌き切っていた。まるで、対応の仕方を何度も繰り返し練習したかのように。僕の眼には、それがとても奇妙な光景に映った。そんな僕に気付いたのか、彼女は僕に会釈をした。しかしその会釈も妙に手慣れている感じがしてとても奇妙だった。「何か」が変なのだ。その「何か」を形容するのに相応しい言葉は、僕の頭にはインプットされていなかった。これ以上考えても埒があかないと悟った僕は席に戻り、次の授業で使う教科書の頁をペラペラとめくった。


六限目。僕は全身に鳥肌が立っていた。何故なら彼女、笹本の行動に気付き、畏怖したからだ。僕の隣の席に座った彼女は頭が良い。いや、頭が良いとかそういう次元ではない。彼女がノートに書いた言葉を、まるで指示を受けているかのように教師が黒板に文字を走らせていく。笹本はその光景を頬杖をついて退屈そうに眺めていた。全てのクラスに全く同じ文面で授業を行う教師などまずいない。仮にいたとして、転校初日の彼女がどうやってその文面を知り得るのか。僕は底知れぬ恐怖を覚えた。額から冷や汗が滴る。一刻も早くこの得体の知れない転校生から離れたい。そう思った。時計を見ると時刻は午後三時二七分。授業が終わる三分前。漢字の書き取りでも行っていれば一瞬で終わるであろうその時間が、僕には無限に感じられた。いつもの聞き慣れたチャイムが聞こえる。教科担当の教師と担任が入れ替わり、午後のホームルームが始まった。ホームルームとは名ばかりの恒例の担任の雑談タイム。普段はこの時間を心待ちにしているが、今日はとてもそんな気分にはなれなかった。

「起立!気を付け!礼!ありがとうございました!」

1日の終わりを告げる生徒達のルーティーン。それが終わると僕は誰よりも早く教室を飛び出した。とにかく早く帰りたい。その一心で。

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