結、夜明けの桜
「あーららぁ。やられちゃったの」
空色の和服に桜模様の羽織を纏い、足には防水仕様のスニーカー。やや違和感のある格好ながら、長く伸びた黒髪が小粋な風情を映し出す。その顔立ちは、傘に隠れて伺えない。
「カスではあったけど……失敗作、じゃなかったはずなんだけどなぁ。何がダメだったんだろうね? ペルキーツァ、どう思う?」
和傘を揺すると、桜の羽織が風になびく。飛ばされないよう羽織をつかみ、彼は手にした傘を回し始めた。足元には、巨木に群がる蟻めいて集まるパトカーが集まっていた。飛び出していた鑑識と、制服を着た警官たちはスロープを下り、ぽっかり開いた穴へと入っていく。脇にいる、数名の男女を労って。
「やっぱり彼らが優秀だからかな。ひよこが一匹混じってるけど……ねぇ、ヘリュテュアレー?」
傘に隠れた彼の瞳が、ある少年に向けられる。紫の鞘に納められた一本の剣に彼は
「飛び立ちて、我が手に戻らぬ鳳凰の、夏の霧へと消えゆく定めか……」
羽織から、はらはらと桜の花びらが散る。ピンクの花弁は彼を中心に
●
一同が地下を出る頃には、空はほとんど青かった。
現場到着が三時半頃。十分後に突撃し、戦ったのを踏まえると、夜が明けるのはむしろ当然なのだろう。……魁人としては、今すぐ帰って眠りたいのだが。
一足先に出たナジームは、首を回して欠伸をかます。
「はー、だりィ……おい、俺もう帰っていいか? 服が臭ェし風呂入りてえし寝てえ」
「ダメに決まってるでしょ」
ごきごきと骨をならしながら呟く彼に、ヒグロがランチャーを投げつけた。
「うぉっと!」
「前それやって、課長にえらい怒られたじゃない。私、あなたの分まで報告書書かされたのよ?」
「いーじゃねえかそんぐらい。こっちは命張って
「あー……」
汗でべたつく髪に触れながら、魁人は生返事を返す。頭から足まで冷や汗でぐっしょり濡れていて、シャワーを浴びて早く寝たい。だが、これでも曲りなりに社会人。初日に仕事を放りだすのはいかがなものか。
なんと言うべきか首をひねる魁人の肩を、葉木吹の手がぽんと叩いた。
「おいおい、新人に変なことを吹き込むな。ほれ、忘れもんだぞ」
「おっ、わりーなオッサン。燃えちまったかと思ったぜ」
投げられた上着をキャッチし、素早く袖を通すナジーム。その後ろから、小柄な影がちょこちょことついてくる。
ツインテールにした黒髪に、くりくりとしたどんぐり
「一応お前さんの写真は見せたが、直接会うのは初めてだな。
「中山華です。えっと……こんばんは? おはよう?」
首を左右に傾げるたびに、ツインテールが
「多分、おはようかな。さっきはありがとう。助かったよ」
「……うん!」
嬉しそうに
「人手不足が
「それともうひとつ言っとくぜ。そいつ、オッサンの娘じゃねえから。バツイチではあるんだっけか?」
「余計なことを言うな……全員分の報告書書かすぞ」
「待った。そればっかりは勘弁してくれ」
悪い笑みのナジームに、葉木吹は帽子のつばをおさえて呆れる。しかし、駆け足で若い刑事が走ってくると流れるように敬礼を返した。
「葉木吹さん、お疲れ様です!」
「ああ、お疲れ。ホシは中で全員寝てる。ガイシャの人数も合ってると思うが、一応確認しといてくれ。それと、デカイのは
「了解しましたッ!」
ビシッと背筋を伸ばして敬礼すると、若い刑事は駆け足で去る。後に続く鑑識や、彼の同僚と思しき刑事たちも、こちらを見るなり
「さて、邪魔にならんように俺たちゃ帰る。とっとと報告書出して……坊主、歓迎会でもするか?」
「遠慮しときます。疲れたんで……」
「ハハハ、そりゃそうか。なら、またの機会にするとしよう。ナジーム、それ落とすなよ」
長大なランチャーを持つナジームが絶句する。
「なっ……なんでオレが! アンタが持てよ! ピンピンしてんだろ!」
「お前も十分元気だろう。ほれ、しっかり持て。ルヴァードだって生きてるんだ」
「オレも生きてんだよッ!」
「わかったわかった。早く車に乗せておけ」
「後で覚えてやがれよクソジジイ……!」
言い争いをしながら歩く二人に、ヒグロはアイグラティカと苦笑こぼす。
「どの辺が疲れてるの、って感じよね」
「……あれが普通なんですか」
「いいえ、全然」
さらりと言い切る。
「ハルちゃんも、こないだまではああやってたけど……終わった後は毎回うとうとしてたわね。だから、倉島君が寝たいって言うのもわかるのよ」
「じゃあ、寝ていいですか?」
「それはダメ」
またも即答。半ば予想していたためか、魁人の肩ががっくり落ちる。一方のヒグロはクスクスと笑う。
「ほんとは仕事終わって十二時間以内だったんだけど、ナジーム君がやらかしちゃってね。うちの班は終わったらすぐ書けって言われたのよ」
「あぁ、なるほど……」
寝過ごして怒られるナジームの絵が想像できて、魁人はげんなり
「わかりました。真面目に書いてから寝ます」
「よろしい。じゃ、早く行きましょうか。ケースは後で送ってくれるから」
アイグラティカを抱き直し、ヒグロは車の方へ行ってしまう。魁人はその背を追いかけ、ふと出てきた道を振り返った。
吹き飛ばされたゲートの代わりに、張り巡らされた黄色いテープ。『KEEP OUT』の文字の奥では、刑事や鑑識が忙しそうに走り回っている。
これから、本格的に調査が始まる。きっと、様々なことがわかるのだろう。ナジームが持つランチャーと、魁人の手にあるナイフの出自も、また……。
二連刃を持つダガーナイフは目を閉じじっと沈黙している。好きにしろ、と言いたそうな雰囲気は、それこそ刃のように刺々しい。
「お兄ちゃん、お兄ちゃん」
「ん……ああ、うん。何?」
上着の
「大丈夫? 怖い顔してた……」
「こ、怖い顔? ……してたかな?」
触れた頬が強張っている。硬い肉で作った笑みは、泣き笑いに近い気がした。
「大丈夫。ちょっと疲れてるだけだから」
「……ほんと?」
「本当」
華は、なおもじっと魁人を見上げていたが、軽く頭を
「怖い顔、大丈夫、か……」
細い糸を
それらが因縁につながる道かは、まだわからない。しかし、今手元にある
「ヘリュテュアレー、その時お前は……ヘリュテュアレー?」
妙な気配に、愛刀を見やる。桐と鳳凰が刻まれた球体。いつもは感情の薄いはずの目が見開かれ、背後の虚空を強く睨む。同時に感じる、虚無的な視線!
「……っ!」
氷柱を突きこまれたような悪寒。身を
ただひとつ、とあるビルの頂上で、季節外れの桜吹雪が細く渦を巻いていた。
ルヴァード×ヘリュテュアレー(短編) 闇世ケルネ @seeker02
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