転、常に激戦
「っぶねッ!?」
目前に迫ったキノコ型の物体を、ナジームは裏拳で
「冗談じゃ……ねえってのッ!」
毒づきながら、さらに飛来した三つのうち一つを足場に
「何してるノロマ共ッ! 撃てッ! 撃ちやがれぇッ!」
BLAM! BLAMBLAM! 一斉に拳銃を抜いた部下たちがナジームめがけて発砲する。横殴りの雨めいた爆弾と鉛弾。バク転を止め、ラッシュの構えを取るナジームの耳が、葉木吹の通信を捉えた。
『避けろ。チャカ持ちをやる』
「チィッ!」
舌打ちをし、手近な柱に低姿勢で走る。その背を追うヤクザたちは、遠距離に潜む葉木吹に気が付かなかった。
「ぐぉっ……!?」
「ぐあッ!」
突然、拳銃を持つ二人が前触れもなく気絶した。糸の切れた人形めいて倒れるヤクザ。動揺した近くの男を見止め、葉木吹はプッと口から空気を噴き出す。口元には、目玉のついた赤い筒。
葉木吹のルヴァード『ペトペテンクル』はヤクザめがけて毒針を発射。細く透明な一矢がヤクザの首に突き刺さり、意識を即座に奪い取る。狙撃手の存在を悟ったバグラは横一文字にロケットを乱射。爆炎のバリケードを生み出した。
爆撃音に混じって聞こえる怒声を聞きながら、ナジームは耳のインカムをこつこつ突いた。
「おいオッサン。生きてるよな?」
「まぁな。お前は……聞くまでもねえか」
「たりめーだ。誰に物言ってやがる」
数十メートル間を空けて、軽い口を叩き合う。だが、相手の顔が硬いことは、お互いに察していた。
「……獲物、見ただろ」
「チャカが十二とロケットランチャー。後ろのトラックは、まぁ女詰めた護送車ってとこだろ」
「だよな。ならよ、やたら撃ってきた連中はヤクザだとして、もう一組はどこ行った?」
「普通に考えりゃトラックん中。大穴で上の階。さらに大穴でもう逃げた、だな。おれはトラックん中だと思うが」
やれやれと、葉木吹は
「ちっと、時間無駄にしすぎたか……?」
「酒代持つからぼやくんじゃねえ。それより、大事なことがあるだろうが。……野郎の持ってたあのロケラン、間違いなくルヴァードだ」
爆弾と拳の応酬の中、目に焼き付けた敵勢力。トラックの荷台で仁王立ちし、ひたすら撃ちまくっていた禿頭の男と、肩に担いだロケットランチャー。黒い砲の側面に、グレープフルーツ大の目玉がついていたのを、ナジームは見逃さなかった。
本来ロケットランチャーでは不可能な乱射は、ルヴァードであるが故、だろう。
「もう回路は見るまでもねえな。『ゼロリロード』か」
「それだな。でなきゃ、あんだけバカスカ撃てるわきゃねえ」
物にもよるが、ルヴァードの性能はモデルとなった兵器とほぼ同じだ。使い勝手を求めるならば、普通の兵器を買った方が安く済む。しかし、それでも裏では密売と材料集めが横行している。
ルヴァードを強力な兵器たらしめるているのは、目玉部分『髄核』に組み込まれた『特殊回路』と呼ばれるものだ。回路の能力は『リロードを省略』、『触れた物を分解』、『毒の生成』など様々。物にあった回路を組み込むことで、ルヴァードの力は現存兵器を
もちろん、使用には適合者が必要なため、いつも百パーセント実力を出せるルヴァードは少ない。これがマリアーナの人手不足の原因であり、勝ち筋のひとつなのだが。
「……どうするよ」
ナジームの口に苦味が広がる。張られた煙幕はまだ晴れず、動きらしい動きもない。敵ルヴァードの性能も、どれほどのものかわからない。
葉木吹は、調子を崩さないまま呟いた。
「ヒグロの嬢ちゃんを待ちたいとこだな。やっこさん、今いるのはおれたちだけだとわかってやがる。おれを手ぇ出すまで無視したのが証拠だ」
「けどよ、このままはマズいだろ。それに、姐さんにゃ新入りがくっついてる。詳しく聞いてねーけど、新入りのは近接型なんだろ? 遠距離型相手にやれるか?」
「大丈夫だ。それよか、逃げられねえよう気ィ張らんと……」
シュゴッ! 葉木吹の声を
あらぬ方向へ飛ぶ爆弾は、弧を描いて床を爆破。ゆらめく黒煙の向こうから、がなり立てる声が響く。
「おうコラ! さっさとかかってきやがれッ! ビビッてんのかあァン!?」
盛大に自分を棚上げした発言に、ナジームは眉をひそめる。
「時間稼ぎなんざナメたマネしやがって! マリアーナだかマヨネーズだか知らねえがよお、実は大したことねえのかァ!? どーなんだよお巡りさんよぉ!」
ついでとばかりに再度発砲。ロケットはナジームの居場所より少し離れたところを爆破。焦げ臭い空気が立ちこめる。
「…………なんだアイツ」
柱の影に潜んだまま、金のペンダントに手を添える。ナジームの両手にはまった、無骨なガントレットが警戒するように震え始めた。
安い挑発に煙幕越しの当てずっぽうな狙撃。罠を張ってますと言わんばかりの態度に、警戒が高まる。
「オッサン、どうなってる」
「あー、煙が邪魔でよくわからん。ま、ヒグロの嬢ちゃんとハル坊には連絡したしな。もう少し様子を見る」
「……了解だ」
ナジームは気を張り詰め、柱からわずかに顔を出す。適当な爆破は今なお続き、がなり立てる声も聞こえてくる。通り過ぎるロケット弾を横目で流し、一向に晴れない煙幕を凝視。彼の首にかかったペンダント、ルヴァード『フラッツパッキィ』は、弾の軌跡を退屈そうに追いかける。
柱を横切り、数十メートル後方に着弾、爆発。もくもくと黒い霧が上がり、周囲に広がっていく。
くい、と視線をあげると、ナジームが小声で会話をしている。煙が濃い、目視が不可能。漏れる情報を聞きつつ、
「あ? なんだ……?」
振動する両手、次いで相棒の視線に気づいて振り返るナジーム。直後。
「行けバグラ!」
最低限の声量とともに、煙幕から人影が飛び出した! 鍔広のハットを被った色白の男が、音もなく走る。その右手には、音叉かフォークのように刃を並べたナイフの輝き! 同時にスタートする二台のトラック。エンジン音は開戦の合図!
「ヒャアーッハァァァァッ! 引っかかったなウスノロがァッ!」
「なッ、野郎ッ!」
武装した荷台の上から、バグラが高笑い。一瞬そちらを睨むナジームだったが、歯噛みをしつつ身構える。前から伏兵が迫っている!
「じゃあなレギアンッ! とっとと殺せよ!」
「ああ」
レギアンと呼ばれたハットの男は、地を舐めるような姿勢で駆ける。刃が
「クソがッ!」
ナジームは慌てて腕を掲げるも、レギアンはガードの
「ム……」
ナイフを引っ込め、レギアンはバックジャンプ。跳躍の軌跡をなぞるように連続で銃弾が飛来。直線状でぴたりと静止した弾丸は、90度角度を変えてレギアンを追う。レギアンはドリルめいて回転する弾丸を次々と斬ってバク転。煙の中に逃げ込んだ。
「すまないバグラ。仕留め損ねた」
「あァ!?」
柱を蹴り、三角跳びの要領で寄る相方に、バグラは振り返る。見返したハットの下で目が見開かれた。
「バグラ!」
警鐘を鳴らす第六感。釣られるようにずらした視界に、紺色の少年がダイブする。日本刀に手をかけ、魁人は体を大きくねじった。
「いっ……けぇぇぇッ!」
「うおおおおッ!?」
抜き放つ! 頭を狙った居合い斬りは、とっさに掲げられたランチャーにぶつかり火花を散らす。魁人は刀を支点に前転し、足先で岩めいた禿頭を挟んだ。さらに宙でもう一回転、バグラの巨体を投げ飛ばす!
「吹っ飛べッ!」
床に背中を打ちつけられるバグラ。しかし、すぐさまバックフリップで立ち上がり、ランチャーを発砲。爆風を使って距離を取る。
相棒の行方を目で追うレギアン。さらに柱を蹴って加速。走行するトラックに跳び……左手のナイフを閃かせた。
三枚に下ろした銃弾を地に置き去り、狙撃手を探す。BRRRRR! 銃声が響いた瞬間、レギアンは竜巻のように回転した。三方向から襲い来る弾丸を全て斬る! そしてその勢いのまま背後を振り向く。
「ナマしてくれてんじゃねえぞオラァァァッ!」
レギアンよりも高い位置から、ナジームは握った拳を突き下ろす。BRRRRR! 再び銃声。自由軌道を描く弾!
「クッ……」
パンチを素早く見切って宙で体勢を整える。拳をかわしてナイフで刺殺。残った死体を盾に荷台に着地。素早くそこまで判断しナイフを構える。しかし。
CRAAAASH! トラックが横転! 二台のうち後ろ側にいた一台だ。扉が開き、末端ギャングがまろび出る。続いて甲高い音を立てて前のトラックが急停止。横転トラックはスライディングめいて前のトラックに衝突し、タイヤを虚しく回転させた。足場がない!
左ストレート回避。ナジームの心臓めがけて突き出す刃! ナジームは右手でこれをガード。ペンダントの目が大きく見開く。
「何をしてる! 銃を抜けッ!」
部下を
BLAMBLAMBLAMBLAMBLAMBLAM! レギアンがガードの反動で離れたところに銃弾が注ぐ! ナジームは集中力と反射神経を総動員して全てキャッチ。手の中で粉砕!
「抵抗すんなッ! 大人しくのされろッ!」
「ご
一足先に降りたレギアンも発砲! 全弾丸を撃ち尽くす! 舌打ちしつつナジームも着地。すぐさま飛び出しレギアンの脇腹を、黄金の
「ナジーム君、下がってッ!」
BLAM! BLAMBLAM! 間を置いて三回、ヒグロは離れた場所で引き金を引く。空中で跳弾めいて軌道を変える弾丸は、手首を刺して持ち上げる。がら空きになった腹に拳が突き刺さった。レギアンは苦悶!
「ヘッ。ようやくいいのが入ったぜ」
「がはっ、ばかな……!」
懐に潜ったナジームがさらにショートフック、そしてアッパー! 跳ね上がるレギアンに、追撃せんと構える彼を、爆風が包む! CABOOOOM!
「なんだってんだテメーはよォッ!」
爆撃の主、バグラは吠える。連続発射したロケットは、全て標的、魁人の目前で寸断されて後ろへ流れる。BBBBOOM! トラック近くで着弾・爆発!
軽く跳び、ロケット発射の勢いを使って後退するも、魁人は刀を振るって弾頭を斬り、どんどん距離を詰めてくる。爆弾使いのバグラにとって、近距離戦は自殺と同じ! 魁人もそれを理解している!
「クソッ! クソがッ! こンなところでッ!」
リロード、撃つ。再装填、撃つ! しかしロケットをチーズのように斬り捨て魁人が追随。じわじわと縮まる両者の間合いは、既に5メートルを切っている!
「クソランチャーッ! なんとかしやがれッ!」
引き金を連続して鳴らしつつ、バグラは叫ぶ。半ば恐慌に陥った主を、ロケットランチャーは
「テメーがッ……テメーが役に立つって聞いたから使ってやってんだ! どうにかしろよ! このスクラップがァーッ!」
BOOM! 爆発の炎が魁人の姿を影にする。迫る爆弾を斬るたびに、刃は徐々に揺らめいていく。あたかもそれは陽炎のように。ランチャーは主と敵を交互に見ると、その瞳を時計回りに一回転。見開いた目が青く輝く!
BBBBBBBBB! 十八連射! 超高速リロードによる息をもつかせぬ飽和爆撃! 勢い余ったバグラは吹き飛び、数メートルを一気に後退。魁人は編隊を組んで飛来する弾頭群を鋭く見据える。恐れはない。鞘に納めた愛刀の目は、仕方ないとばかりに瞑想を始める。魁人は決断的に一歩踏み込み、愛刀の名を呼ぶ!
「『ヘリュテュアレー』ぇぇぇッ!」
横薙ぎ一閃! 陽炎引き連れ刃が通る! 橙色の赤熱は円弧を描き、弾頭三発をまとめて破壊!
「せあっ!」
身を引き絞り、返す刀で五発を切り裂く。鞘を捨て、持ち替えた手で斬り上げさらに五発! 手放した柄を空中でキャッチ。V字を描いて二発を切断! 時間差で来た二発をそれぞれ破壊し、残る一発に突きを放つ!
裂けた弾頭が二つに別れ、魁人を抜けて後方爆発。飽和爆撃を全てかわされ、恐怖に歪むバグラの眉間に、鋭い峰打ちが放たれた。
「ごあっ……熱ィィィィィッ!」
じゅっ、と肉が焼ける音。ランチャーを取り落とし、
「ヒッ……!」
「ここまでだ。投降しろ」
腰を抜かすバグラ。落ちたランチャーの目が不快そうに細められ、魁人と彼の刀を
「捕まえる前に、ひとつ聞きたい。そのルヴァード、誰からもらった?」
「ハ? い、言ってる意味わかんねーぜ……」
最後の虚勢か、引きつった笑みを浮かべるバグラ。だが、魁人はロケットランチャー側面にじっと視線を注ぐ。剣呑な光を帯びた目のそばに刻まれた、金色の刻印に。
「その金細工の
ランチャーの目が、驚愕に見開いた。鳥籠状の鍔の中、いかなる原理か浮遊する球体に描かれた『
バグラは禿頭に青筋を浮かせ、歯を
「ゴチャゴチャと……るっせェんだよこのクソガキがァァァッ!」
怒鳴り、ランチャーに手を伸ばすバグラに、しかし魁人は瞬時に反応。突きつけた刃を
直後、魁人の後ろで煙が割れた。
「っ!?」
「ようやく、一人!」
振り返った魁人の視界に、二連刃のダガーナイフ。飛びかかるレギアンを目で賞賛し、バグラはランチャーを拾い上げた。
「ははははははッ!
ロケットランチャーを素早く構え、トリガーに指を引っかける。弾頭装填。ナイフと銃口に前後を挟まれ、魁人は迷った。隙の上に重なる隙は、無慈悲な死神めいて彼の命を刈りにかかる! キリキリと絞られるトリガー。振り上げられた二連刃。念仏を唱えるかの如く、ヘリュテュアレーは目を閉じた。
BLAM! 弾頭が発射される寸前で、銃声が
『坊主、頭下げろ』
魁人の耳に、葉木吹の指示。問い返す間もなく、天井が弾け飛んだ。
CRAAAASH!
「えぇぇぇい、やっ!」
「ハ?」
粉コンクリートから、可愛らしい掛け声。バグラの顔面に平らな円が降り注ぎ……激突。後頭部を床に沈めた。落ちてきた幼女は、身の丈ほどもあるハンマーを腰だめに構えた。
「お兄ちゃんっ! そこどいてぇぇぇぇぇっ!」
「…………っ!?」
SMAAASH! 慌てて屈む魁人の頭上を、巨大な
「新手だと……!」
海老反りになって制動をかけ、紙一重でハンマーを回避するレギアン。体勢を変えた勢いでナイフを引き、
BLAM! 弧を描いて飛ぶ銃弾が、ナイフを持った手首を破壊! さらに彼の襟首を、金のガントレットが捕まえた!
「さっきぁよくも……やってくれたよなァッ!」
「貴様、いつの間に!」
背後から引かれ、レギアンは目を
「ごぼっ……」
小さく
「不意打ちなんざしやがって。……落とし前だ」
からんからんとナイフが落下。ややあって身を起こした魁人の耳に、ヒグロからの通信が入った。
『だから言ったでしょ? あなたは注意不足なのよ。気をつけなさい』
停止したトラック付近でライフルを持ち、直立するヒグロを見つける。ターゲットサイトめいた紋様に囲われた目が、小さくウィンク。魁人はインカムに指をあて、
「……すいませんでした」
「おい新入り、何してやがんだ。突っ立ってねーでそっち手伝え」
手錠を取り出すナジームに呼ばれ、魁人は大きく溜め息をつく。その手に収まるヘリュテュアレーは、やれやれとばかりに瞳を揺らした。
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