8月のカンタレラ
鮎川 雅
第1話 “殉教”
その日の北部九州は、曇天に覆われていた。
昭和43年1月19日、長崎・佐世保。
旧日本海軍の鎮守府が置かれ、第二次大戦後には米海軍基地もできた人口28万人の港町。緩やかな山々の稜線に囲まれたわずかな平地の先には、穏やかな港が長く伸びている。北側の稜線の向こう側を覗けば九十九島が広がるその風光明美は、長崎県下にあって、歴史ある長崎市街にもひけをとらない存在感を放っている。
日本に数少ないアメリカ合衆国海軍の根拠地のある…むしろそれだけに拠って日々の糧を得ていると言うべき佐世保の穏やかな港は、しかしこの日は怒号とざわめきに寒空の下の水面を震わせていた。
遥々太平洋を越えてきた、米海軍の誇る空母・エンタープライズ号が、この日2隻の護衛ミサイル艦を従えて、乗組員の保養のためにこの極東の小国の田舎町の港にその巨体を表したのである。
折しも東西冷戦の代理戦争たるベトナム戦争の開戦から4年が経とうとしていた。だがしかし泥沼化しているこの戦争に参加すべく、爆弾やミサイル、ナパーム弾などを腹いっぱいに抱えたジェット戦闘機やヘリコプターを満載し、エンタープライズ号はまるで一つの島影のような迫力で、この佐世保の港に我が物顔の錨を降ろしていた。エンタープライズ号はここで保養を済ませたのち、一路南下してベトナム近海に赴き、北ベトナム軍に対し大規模な空爆-北爆―を実行する予定であった。米政権から日本側への打診依頼といった形で成った今回の米空母の佐世保入港は、この日本という国の真の主が誰であるかを如実に現わしていた。
「エンプラ帰れ!エンプラ帰れ!」
一つや二つの都市ならば十分に焼き払えるほどの火力を潜めているこのエンタープライズ号を佐世保の地で迎えたのは、日本各地からやってきた左派の学生運動家たちだった。見上げんばかりの城壁…その巨体を岸壁から離れた沖合に停泊させている鋼鉄も割れよと言わんばかりのシュプレヒコールを浴びせ続けている。
今回のエンタープライズ佐世保入港が決定されるや、左派の過激派学生―――主に三派全学連と言われる連中―――たちは黙ってはいなかった。折しも2年後に控えた60年安保条約の自動更新を前に、現在の政権党の対米追従・軍備増強方針に対する学生運動家らの実力を伴ったデモ等の活動は盛りを迎えようとしていた。中でも現在の日本における最大の左派学生運動家勢力である三派全学連が、北爆に向かう米軍の正規空母の佐世保寄港を許せようはずはなかった。
そして彼らは、エンタープライズ号の入港予定が早くて1月の中旬過ぎになると知るや、東京はじめ各地からこの小さな港町に押しかけ、エンタープライズ号の入港を阻止すべく米軍基地に押し入ろうとしつつも、警察力と衝突し…各地で騒乱と流血とを演じていた。
そんな騒ぎを後目に、エンタープライズ号は、およそ四半世紀前に降した属国の港に悠々と巨体を浮かべ、この小さな町を睥睨していた。
いっぽう、佐世保港の反対側の対岸-千尽町のコンクリート岸壁―では、この狂宴に参加できず、ただ力なく傍観している学生運動家らもいた。
いまこの岸壁にいる学生らの大部分は、去る17日・18日の、市内の平瀬橋や佐世保橋における長崎県警機動隊との衝突で傷ついた学生たちだった。ある者は全身に擦り傷や切り傷を作り、泥にまみれてぼろぼろになったジャンパーを羽織ってなお震えており、ある者は片腕を吊っている。おそらく衝突の渦中となった平瀬橋のたもとにある佐世保市民病院で手当てをしてもらったのだろう。またある者は催涙ガスの後遺症で目を真っ赤に腫らし、要するにここにいる学生たちは満身創痍といった様相であった。彼らはいまやここにたたずみ、つい先日までの気鋭ある自分たちの姿を重ねるようにして、遠くに見える新たな学生たちと機動隊との衝突を見ている。市内に宿を見つけることもままならず、腹を減らし、憔悴しきったたたずまいで。
佐世保の小さな出版社の雑誌記者・若松誠二は、今まさにその連中のそばにいた。1キロほど先の沖合に静かにたたずんでいるエンタープライズ号と、陸地での新手の学生たちと機動隊の喧騒とをどこか脱力したたたずまいで、すぐそばの学生連中と一緒にぼんやりと眺めている。
若松の先輩のベテラン記者連中や、鼻息荒く勇ましい新人連中は、機動隊と学生隊が血みどろの衝突を今日も繰り広げている平瀬橋の辺りで、催涙弾にむせびながらも取材を続けているだろう。
………馬鹿馬鹿しい。一様に狂ったような騒ぎを演じ続けている学生たちや、それにつき合わされている警官たちに、若松は嘆息と一抹の同情を禁じ得なかった。
今となっては過去の記憶となった60年安保に学生時代を捧げた若松には、彼らの気持ちは理解できなくもなかった。だが、それは一種の憐みでもあった。
佐世保市内で生まれ、東京で大学生活を送った若松。すでに世界は冷戦構造下にあり、敗戦国だった日本は、自由主義国の陣営の一員として、世界の警察官を自負するアメリカ合衆国から安全保障条約の締結を迫られていた。自由と民主主義を守る、といえば聞こえはいいが、要するにこれは米国の手先となり、事実上の軍事同盟を以って、アジア地域の秩序維持に〝貢献″せよという、〝宗主国からの意向″、日本列島をして棘のある反共の防波堤とせしむる事に他ならなかった。有事となれば、日本はアメリカの先兵として戦い、血を流さなければならなくなる…。
物心ついたときには日本中が焼け野原にされていた若松ら〝60年安保世代″は、それこそ死にもの狂いで安保締結をなきものにしようと足掻いた。。〝戦後〟がどんどん忘れ去られていく危機感、戦前復帰を望んでいるかのような国家の理不尽、世界の冷戦構造がいつ爆発するかという不安感にあらがうように、若松たちの世代は60年安保を戦った。しかし、それで得られたものは何だったか。学生たちの若い力の野放図な運動が結局のところ何を生んだのか。当時の政権を退陣に追い込ませたとはいえ、最大目標だったはずの安保締結は阻止できず、社会構造は変わらず、つまるところ自分たちは左派野党の体のいい操り人形に過ぎなかったことを知った当の若松たち自身もまた“大人”となってその社会構造の一員とならねばならない現実に否応なく直面したとき、若松はとてつもない虚脱感に襲われた。
要するに、彼は自身の学生時代の燃焼運動がまったくの徒労であり、壮大な一つの滑稽であったことを知ったのである。
今この千尽町岸壁にいる連中は、まだ大人しい方だろう、と若松は思った。いま市街で衝突を繰り広げている学生連中がバリバリの武闘派だとすれば、こいつらはそれについていく体力と気力を先日の衝突で一足先に失ってしまった、いわば余りものの落ちこぼれの集まりだろうか。見ればここに張っている警官たちも、どちらかと言えば頼りない若手や年を食ったロートル警官が多いように感じられる。学生らも警官らも、ここでは互いに正面切って対峙する姿勢はまったく見せていない。まるで嘆息だ。この佐世保で今繰り広げられている乱痴気騒ぎ全体の滑稽さが生み出した、どうしようもない嘆息だ。冴えない雑誌記者である自分も、もちろんその一人だが、と若松は自虐的にひとりごちた。 思えば17日・18日の衝突は、まだエンタープライズ号が入港する前、影も形も見えないときに生じたものだった。その事実が滑稽さを増幅させ、岸壁に集まった〝落ち武者たち〟をより一層小さく見せていた。
さかのぼること数日。都内の各大学にその構成員の大部分を有する全学連は、はじめ東京の各地で抗議集会やデモを繰り返した。なかでも法政大学から佐世保に向けて出撃した学生グループは、待ち構えていた警視庁の機動隊と激しい衝突を戦っていた。すでに過激派学生と官憲の衝突は始まっていたのだ。他のグループも、東京駅から特急列車に乗り、次々に佐世保駅へ向かっていた。
東京を出てまずは一路博多へと向かった全学連は、博多駅改札外でまた福岡県警とひと悶着起こしたのちに地元の九州大学の箱崎理学部キャンパスに一泊し、博多から今度は佐世保へと特急列車に乗り込み、その第一陣が大挙して国鉄佐世保駅に押しかけてくるというわけだ。
当然、佐世保の治安維持を担う長崎県警もただ手をこまねいて待っている道理はなかった。佐世保警察署を拠点とし、県警機動隊はもちろんのこと、九州各県から応援に駆け付けた警官たちは、昼夜問わずの態勢で過激派学生らを迎え撃つ態勢を突貫工事で整えていた。佐世保駅に全学連が到着した場合、彼らが突入目標としているであろう佐世保米軍基地まではわずかに1キロほどの一本道が伸びているだけである。若者たちが駆け足で殺到すればものの5分の距離だ。県警機動隊としては、これがアメリカ合衆国領土たる佐世保米軍基地にとりつく前に、実力をもってこれを排除する必要があった。何しろ、もし過激派学生らが米軍基地に侵入する事態となれば、事は外交問題にまで発展し、長崎県警の信用は地に堕ちるのだ。 長崎県警は泣きたくなるような地味な努力をした。各所の検問や警備は言うに及ばず、高圧放水車やバリケードの手配、そして過激派学生らのお家芸とも言える投石に対する対策として、国鉄線路の砕石(バラスト)を可能な限り取り除くという、途方もなく手間のかかることが行われた。そうして、佐世保駅方面から見て米軍佐世保基地の手前を濠のように横切っている佐世保川の河口近くに掛かる平瀬橋が、警察側の定めた最終防衛線であった。平瀬橋とその300メートル上流の佐世保橋のほかに佐世保川に掛かっている橋は上流下流ともに近くにはなく、畢竟、この橋がいずれ来る一大衝突の舞台になるであろうことは疑いがなかった。そしてそれは現実のものとなった。
福岡・博多を出た三派全学連の学生らは1月16日、ついに佐世保駅に辿り着いた。特急西海の客車の扉や窓からわらわらと降り立った彼らは、先行して佐世保に潜入していた味方の手引きもあり、どこからか大量の角材やヘルメット、そして投石に使う石を手に入れ、佐世保駅から基地内に伸びる燃料運搬用の引き込み線沿いに平瀬橋へと殺到した。
火ぶたは切って落とされた。駅前道路から進撃してくるだろうと踏んでいた機動隊の虚を突き、全学連は線路づたいに難なく平瀬橋の手前まで接近、殺到してくる。
「エンプラ帰れ!エンプラ帰れ!」
しかし迎撃態勢を整え、平瀬橋近辺に横一列に待ち構えていた長崎県警機動隊は即座に対応した。平瀬橋の基地側のたもと付近に数台並んで控えている機動隊の高圧放水車が、バスほどの大きな車体の上の砲塔から、轟然と放水を開始する。シュプレヒコールと怒声とを混ぜこぜにして突っ込んできた学生らの先陣は、文字通り横殴りの水の壁に跳ね返された。催涙液体入りの高圧放水が学生らを極地の吹雪よろしく真っ白に飲み込む。折からの海風に身体じゅうを撫でられ、涙と鼻水まみれになった学生らが、文字通りの濡れネズミの体で退却する。逃げていく学生らと、後ろから突っ込んでくる学生ら。しかし体勢が崩れたと悟った全学連側は一度引き潮の動きを取る。わけのわからないまま前面に押し出されてしまった福岡のとある労働組合の若者たちが、新たに催涙放水の洗礼を浴びる。そこへジュラルミンの盾と警棒とを振りながら、屈強な機動隊員らがなだれ込む。あちこちで新たな怒号と悲鳴、殴り合いともみ合いとが発生する。戦線が押し合いながら、平瀬橋の佐世保駅側のたもと、佐世保市立病院の建物の前で押し合いへし合いの衝突を繰り広げる。橋の反対側から白煙の放物線を描いて催涙弾が撃ち込まれ、両陣営に容赦なく降り注ぐ。学生の中には催涙弾を拾って投げ返す猛者も現れ、いよいよ衝突は激化の度合いを増していく。衝突は市民病院内にまでなだれ込み、病院ロビーのあちこちで学生と警官の一騎打ちが演じられた。
17日に平瀬橋近くに取材に駆けつけていた若松もまた労働組合の者と間違えられ、機動隊員から背中と頭をしたたかに殴られた。ブン屋の連中のように記者と記された腕章みたく気の利いたものなど持っていなかったからというのもあるが、若松は機動隊だけを恨む気にもなれなかった。要するに自分の読みも甘かったのだ。長崎の片田舎だが、ここはまさしく国家規模の左翼運動が国家権力と今まさに衝突している最前線なのだった。改めて痛みと共に思い知らされたのである。60年安保の頃より、衝突の激しさが一段と増しているのが分かった。これまで数々の騒乱の場で犠牲者を出してきた警察側は、もう過激派学生に容赦はしないだろう。だから、もうあんな衝突の渦中には入り込みたくない。催涙ガスを浴びて涙の止まらない両眼を市民病院の看護婦に洗浄してもらいながら、若松は惨めな思いで表通りの怒号を聴いていた。この騒乱では市民までもが衝突に巻き込まれ、この日は逮捕者30名、重軽傷者百数十名が出る事態となった。
そして、その衝突から2日後の1月19日。一足先に始まった陸の騒ぎをあざ笑うかのように、エンタープライズ号は、島とみまごう巨体を、原子力機関の怪力でしずしずと佐世保湾の中央にまで乗り出させていた。三方を高台に囲まれ、かつて旧日本海軍の鎮守府すら置かれていた天然の要害とはいえ、小さな湾内に堂々と入り込んできた米海軍第七艦隊旗艦は、さながらプールに入り込んできた象の迫力だった。佐世保の各所から、巨大なエンタープライズ号の姿を見た全学連の学生らも機動隊員も、等しく脱力と徒労感とに襲われた。どれだけ陸地で戦いが繰り広げられようといまいと、エンタープライズ号の巨体は揺るぎようもなく、乗員の休養上陸も艦艤装の修理も、シナリオのように滞りなく進んでいくのだ。最新鋭戦闘機を満載した新鋭空母の足もとで、石器時代にも等しい殴り合いを演じていた日本人達。哀れな役者たちにとって、自分たちの愚かしさを再確認するという、これほどの徒労はなかった。
千尽町の岸壁には、まさにそうしたため息のような連中が集まっていた。痴気騒ぎに身も心も疲れ、さりとてこの佐世保の地から去ろうにも叶わず、彼らは自分たちをこの佐世保の地に引き寄せた磁場の中心…佐世保港に浮かぶ巨大なエンタープライズ号を力なく睨み付けていた。
「エンプラ帰れ、エンプラ帰れ!」
ややあって、学生たちの間から合唱の和が拡がった。エンタープライズ号の姿を見たことで、消えかかっていた闘争心が再燃したのであろう学生たちの合唱が、次第に岸壁を覆いつくしていった。付近に張っていた警官たちが即座に学生たちに向き直る。衝突か。緊張が走る。
即座に人込みから一歩引いたところに下がりつつ、若松は岸壁の緊張の中に奇妙な共感を覚えた。
…本音を言えば、佐世保市民の誰だって、原子力空母なんかには来てほしくない、だろう。エンタープライズ号には核兵器が搭載されているという話も漏れ聞こえていた。となれば、あの巨艦は、ベトナム国土の民を何度でも虐殺できるほどの火力を携えて悠々南下していくのか。そんな想像に至るのは自然なことだし、それを嫌悪するのも自然なことだ。ただ悲しいことに、それぞれの立場の違いだけが、この佐世保での流血を生んでいた。そうだ、俺だっていやだ。核?原子力?いやだ、いやだ、もういやだ!
シュプレヒコールがいよいよ高まる。学生たちの人垣がうねりだす。パトカーのスピーカーが語気荒く解散を呼びかける。険悪が空気に乗って岸壁を覆いつくしかけた。
ふと若松は、背後にエンジン音を聞いた。振り向くと、岸壁に沿って走る二車線道路の路肩に、ホンダ・N360の小さな車体が身を震わせるようにして停まったところだった。
学生らも警官らも興奮状態にある中、若松だけの視線の先で、その黒い車体の運転席扉が開き、女が出てきた。若い修道女だった。
若松は思わず目を見張った。その修道女は、白い肌をした外人だった。頭を覆うブーケの下には、金色のブロンドが見え隠れしている。場違いな場所に、場違いな修道女。長崎と言う土地がそうであるように、この佐世保にもキリスト教の教会は多い。だがなぜ今、修道女がここにいるのか。
車外に降り立った修道女は、若松や学生運動家らの喧騒には目もくれていなかった。彼女の蒼い瞳の先に捉えらえていたのは、まごうことなく原子力空母・エンタープライズ号だった。修道女の視線をたぐってその先にあるものを認めた若松は、再度修道女に視線を戻し、息を飲んだ。修道女の白く整った顔には、いまこの佐世保の空にはない蒼い色の瞳には、湛えようとして叶わないほどの哀しみ、そして怒りがあった。
実に気楽なひとびとだ…と、修道女(シスター)は思った。この資本主義陣営の軍事力の権化たる原子力空母は、この日本国との事実上の軍事同盟たる日米安全保障条約に基づいて堂々入港してきたものだ。しかもその所属は、わずか四半世紀前にこの長崎の地を地獄の業火で焼き尽くした、世界の警察官を自他ともに認めるアメリカ合衆国である。いくら日本全国からかき集まったとはいえ、左派学生連中のこのささやかな抵抗は児戯にも等しく、エンタープライズ号の総排水量9万トンの巨体のどこにも引っ掻き傷一つ、与えることすら叶うまい。まるで幼児の合唱のように行儀よく揃ったシュプレヒコールだけが、虚しく世界最大の原子力空母の同盟国入港を阻むことなく迎えている。それが、いま佐世保の港で粛々と進行している現実だった。
この長崎の地からわずかに3500キロメートル隔たるだけの南方のジャングル…今まさにアメリカ合衆国が兵力を送り込み、一つの小国をリングとして、ソヴィエトら共産主義陣営と互いに代理戦争を戦わせているベトナムでは、かつて類を見ない悲惨な戦争…戦闘が繰り広げられている。第二次大戦ののちも進化し続けて止まらない近代兵器の戦争が、石器時代から変わらない南洋熱帯気候の鬱蒼としたジャングルの中で、互いに信じられないような近距離で、血みどろになって繰り広げられている。アメリカもソヴィエトも、それぞれのイデオロギーに多額の資金と兵器を添え、ベトナムというとてつもなく小さな国土の民にあてがっている。南北に引き裂かれ、互いに銃を持たされて殺し合いを演じざるを得なくなってしまった、元は一つの民族の人々に。そしてその戦いは文字通り高温多湿な国土の中で泥沼化し、長期化するベトナム戦争。その戦いの終焉の兆しは、いまだに見えてこない。ただアメリカのエゴとソヴィエトのエゴが、自国の兵士たち、そしてベトナムの民たちに流血を強いている、冷徹な事実。
ふと修道女は考えた。アメリカは、ベトナムの地で核兵器を使用するだろうかと。
かつてこの日本は、戦うべきではない相手に戦うべきではない戦争を仕掛け、数年ののちには予想された結果…建国以来直面したことのない、国家規模の敗北に直面することとなった。その戦争の最後の最後に使用されたのが、修道女がその白い素肌の全身全霊で忌み嫌う核兵器―原子爆弾だった。
ひょっとしたらここに大勢いる、戦争を直接知らない若者たちと、その志というか希うところは近いのかもしれない。けれども、私はシュプレヒコールなどで穏やかに抗うつもりはない。そう、私は、このどこまでも哀しいほどに哀れで、そしてどこまでも美しいナガサキという街に、四半世紀前の業火の権化として再来したエンタープライズ号の来航を、私はこの全身全霊をかけて否定する。私はそうしなければならないのだ。なぜなら、今はこの修道服をまとうこの私は、その身に決して赦されることのない罪を背負っているのだから…。
ふと視線を感じて振り向くと、人ごみから逃れるようにして立つ男と目が合った。くたびれたような外見のまだ若い日本人の男だが、この岸壁にいる人々の中で、ひょっとしたら彼だけが、修道女の罪に目を背けずにいてくれるかもしれない、と直感的に感じた。ささやかな安堵に満ちた心が、修道女の表情を柔らかくほころばせた。
ややあって、修道女は深く目を閉じた。若松の耳に、修道女の小さな吐息が聞こえたような気がした。周囲の学生らのシュプレヒコールの声よりも、N360のエンジンのアイドリング音のほうが、若松に一抹の不安を感じさせる。あの修道女、いったい何をするつもりなのか。
思わず一歩を踏み出しかけたとき、修道女が再び目を開けた。若松はまた息を飲んだ。修道女がまっすぐ若松に視線を投げたからである。誰何するような視線は、ややあってゆっくりとほころんだ。微笑を浮かべた修道女を見て、若松はいよいよ修道女に対する理解が叶わなくなった。だが、彼の足がそれ以上なぜか進まなかったのは事実だった。
修道女はゆっくりと若松から視線をそらし、踵を返してN360の運転席に戻った。扉を閉め、うつむきながらごそごそと何かをしているらしい。やがて修道女が顔を上げ、視線を車の天井に向ける。そのまま、修道女は右手でつまみ上げた何かを、小さな舌に載せて口を閉じる。彼女の白い喉の稜線が艶めかしく動き、何かを飲み下したのを若松は見た。
N360が低速で動き出す。修道女がハンドルを切るのを見て、Uターンするのかと思いきや、若松の予想を裏切ったN360は車体をまっすぐに岸壁に向けた。停車した軽自動車から、修道女のなにかしら強烈な意思が立ち昇ったように感じた。しまった、と若松が駆け出したとき、N360はけたたましいエンジンの回転音を上げ、佐世保の海に向かって疾走をはじめた。
待ってくれ、停まれ、という言葉は声にはならず、決然とエンタープライズ号を睨みつけ、ハンドルを強く握った修道女の横顔が、あっという間に若松を置いてきぼりにしていった。タイヤが灼ける匂いを感じながらたたらを踏んだ若松は目だけで修道女を追う。暴走車に気付いた学生らが悲鳴を上げて四方に散る。警官の一人が笛を高く鳴らして警棒を両手に掲げたが、アクセルを全開にしているであろうN360が応じる様子はまったくなかった。
停まれ、停まってくれ!やめろ!!
だが、N360は停まらなかった。
前輪駆動のタイヤが、まず岸壁の車止めを踏んだ。バンパーが金属の悲鳴と火花を散らし、N360の車体が斜め上に浮き上がる。接地摩擦の枷から解放されたエンジン音が、空中で一段と高く不気味な唸りをあげた。続いて後輪タイヤが岸壁から離れ、小さな車体が完全に宙に浮く。若松も、学生運動家らも、警官たちも、その場にいたひとびとが呆気なく見守る前で、N360は、存外にふわりとしたような軌道で、…重いエンジングリル部分から真冬の海面に突き刺さった。誰もが我を忘れて、岸壁の淵まで走り寄る。ヘルメット学生を押しのけた若松は、開け放たれた運転席と助手席の窓から、海水が小さな車内に轟々と流入しているのを見た。
あちこちで悲鳴が続いた。救急車を呼べ、消防車を呼べ、挙句の果てにはすぐそばにいるにも関わらず、警察を呼べなどと叫んでいる者もいる。若松はくたびれたコートを放り出し、迷わず冷たい海面に飛び込んだ。
じわじわと海水が衣服の体の間に流れ込み、やがて痺れるような冷たさが若松の全身を支配したが、構わずに若松は大きく息を吸い、水没していくN360を追って海中に潜った。
太陽光が鈍く、視界が効かない海中に、不気味なほどに存在感を示しつつ着底したN360の姿があった。無我夢中で手足を動かし、若松は海水で満たされたN360の運転席扉に取りついた。修道女は失神しているかのように、しかし姿勢よく運転席に収まっていた。待ってろ、今出してやる!開いている窓からロックを外し、重い扉を開ききる。両手を修道女の胴の背中と太腿の下に差し込み、車内から一気に引き出そうとした若松は、修道女の体がどうにも動かないのに気付いた。修道女の腰の周りには、座席といっしょに巻き付けられた鎖と、その両端を愚直に繋ぎ合わせた南京錠とがあった。…つい先刻、この女が飲み込んでいたのは南京錠の鍵だったのか!!
若松は酸欠になりそうになりながら、まるで怒りをぶつけるように修道女の体を揺さぶった。なぜだ、なぜなんだ!!どうしてあんたはこんなことを、それも俺なんかの目の前で…!!!
息が続かなかった。だが、浮かび上がろうとは思えなかった。そうすればもう完全にこの修道女を見捨ててしまうことになるからだった。しかし酸欠でぼやけた若松の目に、修道女がうっすらと目を開けたのが見えた。幻覚かもしれなかったが、若松には、修道女が最期に微笑んでくれたように見えた。ブロンドの髪が海流に揺られて漂う。柔らかく緩んだ修道女の口から、ほんの少しだけ気泡が零れて昇っていった。海面に上がる前に若松が見た最後の修道女は、まるで西洋絵画のオフィーリアの美しさを、その亡骸に纏っていた。
海面に浮かんできた若松を、後から飛び込んで来た数人の学生と警官とが迎える。憔悴しきった彼に、岸壁の上から機動隊員とヘルメット学生とが手を伸ばしてくれる。上からは引っ張りあげられ、下からは尻を押されて再び岸壁の上に戻り、その場にへたり込んだ若松に、警官の一人が膝まづいて何事か問うた。若松は力なく首を振る事しかできなかった。
岸壁が、一様に落胆と暗澹とで静まり返った。対岸のシュプレヒコールと怒号が、まるで異世界のものであるかのように、遠く遠く響いていた。
2日後、1月21日午後
若松は今、自社の仮眠室にいた。
佐世保タイムス本社ビルとはいっても、何とか5階建て雑居ビルの2階から4階を借り切っているに過ぎない。終戦間際の佐世保大空襲を生き残ったという薄汚れたコンクリートの建物の胎内が、若松の職場だった。とはいえ、彼の勤務時間の大半はもっぱら取材やら打ち合わせやらの外出に費やされているのだが。
仮眠室の何とも座り午後地の悪い堅ソファーで、皺だらけのワイシャツ姿の若松がまどろんでいると、同僚記者の坂田が、邪魔するよ、と入ってきた。彼もまた、今回のエンタープライズ号関連の取材に動員されている記者の一人だった。坂田のシャツもここ数日の泊まり込みで、いい加減にくたびれてきている。これが地元で大スクープの起きている報道屋の記者の姿なのだが、もう少しで骨が皮膚を破り出てきそうな堅ソファーに沈め切らない身を沈めている若松の全身からは、また別の類の疲れが立ち昇っていた。
「風邪ばひかんでよかったな」
「…おう」
「それで?…まだ例の投身自殺事件を当たっとるとね?」
記者仲間の中ではもっとも親しくしている坂田の問いかけには答えず、若松はもそりとシャツのポケットをまさぐり、セブンスターの箱を取り出した。一本抜きだしたところで、また100円ライターをどこかに失くしたらしいことに気付く。いつものことだった。自分のライターの火を差し出してくれた坂田に、若松はセブンスターを一本くれてやった。
「県警からは何か新しい発表は?」
質問に質問で返した若松に、坂田は貰いタバコを旨そうに喫いながら首を振る。
「いいや。特に何も」
若松は憮然として顔を上げた。
「――――おかしか。俺は県警に呼ばれて一部始終ば話したとに」
「だから情報は昨日の県警発表のままよ。女ば一人、千尽町の岸壁で投身自殺したて」
「それだけや!?どうして県警は黙ってとる。いったい何ば考えて…」
「なんのことや。俺に聞かれても知らんばい」
坂田にとっては、千尽町の投身自殺事件はさほど興味をそそられるほどのものでもないらしい。二日前の事件は、過激派の一部の構成員の自殺という形で警察も結論を下し、報道もそれに準じていた。そもそもが佐世保市内での騒乱のさなかである以上、それほど大きな扱いとはならなかったというのが正確なところだった。だが、それでも若松は、坂田の様子がおかしいことに気付いていた。気のない様子を装いながら、坂田はちらちらと若松の様子や反応をうかがっている。若松は再び口を開いた。
「―---外人だったんよ、あの女」
「外人?」
「ああ。俺は見たと。あれは外人の修道女やった!」
そう聞いた坂田は顔を上げ、喫いかけの煙草をもみ消して向き直る。
「待て待て待て待て。だとしたらお前、今日は一日どこばほっつき歩いとったんや?」
「…女ば探しとった」
「なんの冗談ね。口説く用の?」
「そうじゃなか。…あの事件の直後に、現場に別の外人っぽい女が来とったんや。起重機で車の吊上げらとるんを、遠くからじっと見とった。若い女やった」
あの事件ののち、N360はクレーンで海中から引き揚げられ、修道女の遺体は救急車で市民病院に運ばれていった。おそらくそこで医師の検死がなされるであろうと分かっていた若松は、ふとまた不思議な視線を遠巻きに投げている若い女を見つけていたのである。
…………似ていたのだ。その若い女は、つい先ほど昇天した修道女の面影を映していた。修道服を着ていたわけではないし、純粋な白人にも見えなかったが、おそらく縁者なのだろう。でなければ、亡骸となってしまった修道女を見て涙を零していた理由がわからない。
「じゃあ、お前が県警の会見ば俺に放り投げたとは、その新たな外人女を探すためだけとや?」
「ああ」
「……」
若松は向き直り、無人のパトカーに隠れるようにたたずんでいたその若い女に歩み寄った。もし修道女と縁者であれば、ぜひ話を聞きたいと思ったからだ。だが若い女は、得体のしれない男が近づいてくるのを見るや、急に踵を返し、猫のように逃げ去ったのだ。若松は追いかけたが、佐世保駅あたりまで追いかけたところで見失ってしまっていた。その後、事情聴取をしようと待ち構えていた警官に説教を食らったのは言うまでもない。
「…似とったと。その若い外人女、投身した修道女に」
「おい。そもそもその自殺した女、本当に外人だったんね?海ん中じゃ…」
「当たり前たい!俺はあの女の身投げばする直前にも顔ばしっかり見とる!」
「気のせいじゃなかか?お前も17日の衝突で頭ぁ殴られとるけん、記憶の…」
「気のせいやなか!」
思わず怒鳴った若松の様子に、坂田は一瞬戸惑い…そして、苦虫を噛み潰した。
「…なあ、誠二」
「……あ?」
「…これ以上は、深追いせんがええ」
「…どういうことや。県警が何か隠してるのはお前もわかっとろう?これに突っ込みば入れんでどげんする」
「こっちからも聞いてよかね」
「…なんね」
「どうしてこの事件にそげんこだわると。目の当たりにしたから?」
「違う。…そう、これは…いや、言葉では説明しにくか」
「お前、記者失格やぞ」
坂田が苦笑交じりに言った言葉に、若松も場のわだかまりを解くべく目を伏せたままの微笑で応える。
「なあ、坂田。お前だってこの事件、なんだかおかしかとは思わんか?」
「…まあな。そりゃまあ、おかしかことばっかたい」
「特にどのあたりがそう感じる?」
「……県警の発表で、本部長がこう言ったと。〝自殺した日本人女性は…〟ってくさ」
「…!」
「……基地の町だからあえて日本人であることを強調した、ということかも知れんばってん、どうも俺にはそこが引っかかってくさ」
「…」
「…くそ、俺が今この話をしたことば他には言うなよ。特にデスクにはな」
やはりデスクか。若松は失笑した。あの禿オヤジ、坂田に俺の動きを探らせてやがったのか。俺がアメリカを刺激するようなことをしないように…と。
「………なあ坂田。とにかく、俺はこの事件ば調べる。記事にするとかせんとかやなか。これは俺の意地ばい」
「…誠二」
「ん?」
「…お前の性分からしてそげん言うとはわかっとる。けどくさ…」
「…」
「わが社ば危機に晒すようなことはやめてくれ。これは本当に後生たい」
「…」
「…正直言うと、お前がその自殺した女ば外人やったって言うとは間違っとらんとは思う。県警の反応ば見ると、特にな」
「…そうか」
「だけどな。それば本当やった場合、それはそれで逆にまずかことのあると」
「…この時期にアメリカさんの機嫌ばこれ以上損ねるようなことはするなってことね」
「お前の好きな単刀直入の言い方で言えばそういうことたい」
「…」
「…投身自殺したのが日本人やったら、特にどうということはなか。アメリカさんとしても、そうですか、そりゃご勝手に、という話たい。日本国内でニュースになっても、米国世論にまで伝播していくとは思えん」
「…」
「…だがこれが外人やったとしたら話は別たい。もし仮に自殺した女がアメリカ国籍やった場合、これはかなり政治的な思想背景によるものやなかかっていう疑いば出てくる」
「…」
「…もちろん、自殺した女ば白人やったからと言ってそれがアメリカ人と決まったわけやなか。けどくさ、ここは米軍の町たい。ひょっとしたらその関係者か縁者かもしれなん。つまり、アメリカにとっちゃ、自分たちと同じ肌の女が、太平洋ば股にかける米海軍第七艦隊の旗艦の佐世保入港を投身自殺というショッキングな形で迎え入れたんや。明らかにこれは、アメリカの対ベトナム政策への強烈な抗議と受け取られかねん。…このニュースが米本土に、いやソ連や中国なんかの共産圏に飛び込んでみ。いずれにしろ米政権は強烈な打撃ば被ることになる」
「…そんなことで揺らいじまうアメリカの政権なら、俺はいっそ崩壊させてしまいたい気分や」
「…誠二!」
「…」
「…それはお前の〝私怨〟ね?」
「…」
「だったら別の質問ばするぜ。その身投げした外人女が、左派過激派の殉教者として祭り上げられてもええんか?第二の樺美智子として、くさ」
「…違うっ!」
「…」
「…あの外人女は、法を侵して圧死した活動家とは違う。あの女は自分自身の意思で、自分の体ば投げたったい!」
「…そうか。つまりお前は、どうしてその外人女がその決断を下したのか、そればどうしても知りたかったわけやね」
「…ご明察」
「…そうか」
すべて得心がいった、という表情で坂田はひとつ息をついた。若松の監視という役回りとして、ひとまずは安堵したらしい。
「悪かね。俺はやるところまではやる。しばらくは俺も暇じゃなくなるけん、そのつもりで」
「…同僚ば失業者にはするなよ。重ね重ね頼むぜ」
「…ああ。それはもちろんわかっとる」
ヤニ臭い仮眠室を坂田が後にする。若松もまた、堅ソファーから勢いよく上体を起こした。
1月22日午前
この時期にしては珍しく晴れ上がった日だった。その日は朝から、若松は例の少女を探しに、佐世保市内の北側の地域を歩き回っていた。
佐世保もそうだが、長崎の街はどこもかしこもほとんどが高台や山肌に貼り付くように存在している。決して不便な起伏を均してしまうことなく、そのままの地形を生かし、そこに人が寄り添うようにして住み着いている。だから街には縦横に坂があり、狭い階段があり、曲がりくねった登り道路があった。
よって、初めての者には歩きづらく、そして住みづらい土地でもある。同時に、不思議が多い街でもあり、たとえば周囲からは見上げることができても、そこまでどのように道を辿り歩けば辿り着くのかがまったく分からず、途方に暮れるといったような建物や小さな杜が、町のそこかしこに点在している。どこを通り抜けて、どこをくぐって、どこの階段を登って…と、長崎の街はそれ自体一つの迷路とすら言っても過言ではない。それだけ密度も機密度も高度も高い街。それが、ナガサキであった。
若松もまた、そうした路地を歩き回り、時折り目的の場所を睨むように仰ぎ見ながら、そこまでの道をしらみつぶしに一つ一つ当たっていた。
長崎生まれの若松ですら、歩きなれないこの地域は迷路そのものに感じられた。
振り仰げば上のほうに小さな神社のある杜や、古びた家屋が見えるにも関わらあず、どう進んでいこうとそこまでたどり着けない、といった場所については、これはもう地元の人間以外には分かりようもない、と若松は感じた。視線は受け止めてやるが、招き入れることはしない。まるでお高い女みたいだな、とひとりごちつつ、若松は腕時計に目をやる。すでに日は高く、針は正午を過ぎていた。
19日に若い女を見失ったのは佐世保駅の北側だった。つまり女は、そこから先の斜面の地区に逃げ込んだものと思われた。まさにナガサキそのものを体現する厄介な場所に逃げ込まれたものだ。
となれば、この地区のどこかに、若い女の…そして、修道女の生活空間があるものと思われる。それを探すのが、若松の喫緊の課題だった。
すでに昨日一日をそれで棒に振っている若松だったが、目星をつけていた場所がひとつあった。それは佐世保駅から北側にしばらく坂を上り、見晴らしのいい階段の一つからのみ視界に入れることができる、緑に囲まれた洋館だった。見方によっては教会様式に見えなくもないその洋館への道を探すべく、今日もまた若松は足を棒にしてあちこち歩き回っていた。しかしそこへの道が見つからない。誰かに聞こうにもそう都合よく通行人には出会えず、じりじりと時間だけが無駄に過ぎていく。
また今日も空振りか…と思った矢先、若松は、ある家庭へ続く細い階段の途中に、茨に覆われた一角があるのを見た。よく見ると、そこには洋式の金属扉が蔦で巧妙にカムフラージュされている。ここに、秘密の入り口があるらしい。修道女の女のいでたちといい、まさにこのような場所から出てきたと思えるではないか!
ふと若松は視線を感じた。振り仰げば、この位置からもあの洋館が、距離はあれどまっすぐに見通せる!蔦に覆われた外壁にぽつんとはめ込まれているガラス窓の向こうから、あの若い女が…二日前のあの惨劇の場を遠目に見つめていた女が、息をのんだ表情で、暗い屋内から若松を見下ろしていた。
若松もまた、同じように息をのんでいた。しかし我に返るや、互いに戒めが解けたかのように、女もまた屋内へと消えてしまう。
もう疑いはなかった。思い切って扉を押し開ける。錠はかかっていない。
そのままの勢いに任せ、目の前に続く赤煉瓦の階段を駆け上がる。両脇の花壇に寒空の下咲き誇っている深紅の薔薇が、よく手入れされているのがわかる。長い長い階段。館への道が隠されていたというより、道そのものの入り口が隠されていたのだった。
登り切ったそこには、明るく開けた芝生の庭園が広がっており、その緑の海に浮かぶように、先刻からずっと見上げるばかりだった2階建ての洋館が建っていた。まるで長崎市街にあるグラバー邸のようだ、と若松は思った。だが、ここには人の賑わいはない。
不意に後ろから右手を捻りあげられた。まったく気配を感じることができないまま、若松は無様にうめき声をあげる。
「何だ、あなたは」
問いかけたのは、黒い燕尾服を来た、見るからに執事然とした50がらみの男だった。背は高い。短髪には白いものが混じっているが、その眼光は錐のように鋭かった。妙にがっしりとした体格が、この男の不気味さを一段と増幅させていた。
「突然お邪魔して申し訳ありません。私は…」
「用がないなら帰りなさい。ここはあなたの来るところではない」
男からは、どうあってもここから先にはお前を招き入れることはしない、という決然とした意志がありありと伝わってくる。
「自己紹介が遅れました。私は佐世保タイムスの記者で、若松と…」
もはや名乗らずにはいられない状況だったが、記者と聞いた男の目がすっと細くなったのを見て、名刺を出しにかかっていた若松は万事休すだと思った。
「記者に来てもらう用はない。帰れ」
いったん若松の右腕を解放した男が、すぐまた万力のような力で若松の肩を掴みにかかる。
「教えてください!二日前に投身自殺した女性は、こちらの方ではないんですか?」
若松の肩を掴んでいた男の握力が、一瞬だけ緩んだ。虚を突かれた、という感じでこちらを見つめる男に、若松は畳みかけようとした。だが、再度男の目は冷ややかさをたたえ、闖入者の肩を掴む力は一気に倍増した。
「帰れ。さもないと不法侵入罪で当局に通報するぞ」
「ろくに事件を調べもせず、あれは日本人女性だったと言い張る県警を呼ぶってのか?」
男が再度、明らかに驚愕したのが分かった。その時だった。
「相良、手をお離しなさい」
声のする方を思わず見やる。
そこにいたのは、あの外人女が纏っていたのと同じ修道服に身を包んだ日本人の女性だった。顔つきはまだ若い部類に入りそうだが、歳はおそらく30後半かと若松には思われた。二人の声を聞いて、押し問答をしている間に庭に出てきたらしい。
「で、ですが…」
「構いません。その方から手をお離しなさいな」
不承不承、というよりはむしろ戸惑いがちな男の手が、ゆっくりと若松を解放した。しびれた利き腕に再び血が通いだすのを感じながら、若松は目の前の修道女に問うた。
「二日前に焼身された修道女は、こちらにいらっしゃった方でしょうか?」
「それをお調べになっていかがなさると仰るのですか?」
否定はせず、むしろ決然と反問したその修道女の気迫に、またも若松は圧倒された。すぐ横で畏まっている執事男から感じたそれとはまた別次元の畏れを、若松は感じ取っていた。
「…私がここに来たのは、あの事件を記事にするためではありません」
「ではあなたの興味本位ということでしょうか?」
再び鋭い反問。一対の黒い瞳が、まるで拳銃の銃口よろしく若松に指向されている。この女、人を殺したことがあるんじゃないか、そう思わせるほどの迫力だった。
「…そう言われれば、そうでないと強弁することはできません」
「…」
修道女が静かに目を閉じ、嘆息したのが分かった。しかし、その後に修道女が口を開こうとするのを、若松はさせなかった。
「そうです、興味です。しかしそれは、私の職業に由来するものじゃない。そう、俺が記者であることなんて、もともと関係ないんだ」
若松から迸りだした言葉に、目を閉じていた修道女は少し驚いたように目を開けた。
「俺が嫌いな人間ってのは、群れて騒いで何もかもめちゃくちゃにして、そして事が済めば責任逃れにひた走る連中です。俺は記者を10年やってきた。そしていろんな人間を見てきました。正直な話、取材の対象にしてきた中で、嫌いだと思えない人間はただの一人だっていやしなかったんだ」
「…」
「俺は二日前、やっと初めて会ったんです。踊らされてるんじゃなく。群れるんじゃなく、そして静かに自分自身の背負っているものに向かい合って、自分でそれを解消していった女性に」
「…」
「何も悔いを感じなかった。いや、悔いを感じたのはこっちのほうです。すぐそばにいながら、俺はあの人の自殺を止めることができなかった」
「あなたの善意には感謝しています。それは彼女の魂の救いになるでしょう」
ややあって、修道女が苦しげに口を開いた。まるで、どこかで見ていたか、見ていた誰かから聞いていたような口ぶりだった。
「…いや、彼女にとっては、結局それは水を差す行為にしかならなかったでしょう」
「…」
「俺が本当にわからないのはですね、なぜあの人はあれほど救われるように死んでしまったんですか!?それも、折しもアメリカの原子力の化け物が乗り込んできたあの日に、その姿が見えたあの場所で!あなたは彼女と親しかったんでしょう!?なぜです!なぜなんです!?」
今や若松の激情を止められる者はそこにはいなかった。
修道女が苦し気に顔を背ける。
「…そう、ですか。分かりました」
どもるように答えた修道女は、若松を洋館内に案内するようにと、静かに執事男に促した。
日の当たる広間の一室に、若松は通された。テーブルを挟んで向かい側に、心持ち目線を伏せた修道女が座る。多少落ち着きを取り戻した若松は、慣れない場所に恐縮すらしていた。華美な洋装の部屋ではあったが、かといってそれが過剰なわけではなく、ただあるものがあるがままに調和している、そのような感じの調度がなされている洋間だった。
「…立派な装いですね」
「…恐れ入ります」
「あれは…?」
若松は修道女の背後の壁を指した。陽に焼けた壁紙の一部に、黒く焼け焦げた跡があり、中央には孔が開いていた。
「…終戦間際の佐世保空襲のおりにアメリカ軍の艦載機から機銃掃射されたものです。曳光弾が一発、この館にも飛び込んで来たと聞いております」
「…」
カンサイキ、キジュウソウシャ、エイコウダンといった一般の人間であれば出てこないような言葉を、修道女が立て板の水のように口にしたことは若松を軽く驚かせた。
先刻の執事男が銀の盆にティーセットを載せて入ってきた。目の前で湯気を立てる上品な香りの紅茶を、若松は異世界のものに接するように見つめた。あんな腕っぷしの強い男が、こんないい香りのするものを作ってくるなんて。
「…あなたがここにいらしたのが取材目的ではないということはよくわかりました」
修道女が口を開いた。
「その通りです」
「…大変失礼ですが、同時に金銭目的でないことも確認させていただいても?」
まったく考えもしなかったことを言われ、若松は少し憮然とした。
「…お答えするまでもありません」
「……ごめんなさい。大変申し訳ないことをお伺いしました」
「…」
庭先で初めて会った時に見た気の鋭さはどこへとばかりに、修道女は心から若松に詫びていた。憮然とした気持ちが霧散していくのを感じながら、若松は、目の前の修道女の物腰があまりにも誠実でなお気品あるものであることに驚きもしていた。この修道女、かなりいい家庭の育ちなんじゃないか。だとしたら不思議な女だ。殺気と気品と物腰の良さが、奇妙に同居している修道女。
若松がひとりあれこれと想像しかけていたとき、修道女が再び口を開く。
「…あの娘の最期を誠実に見届けてくださった方に、わたくしとしたらあまりにも愚かなことをお尋ねしてしまいました」
「あの娘、とは…」
「あなたの目の前で天に召されたシスターです」
あの娘、と聞いて若松は一瞬あの現場を遠目から見ていた若い女のことかと思ったが、いささか不思議な思いで修道女の答えを聞いた。
「…ああ、若松さんは智美のこととお思いになったんでしょう?」
「さとみ…?」
「若松さんをここまでご案内してきたであろう娘です。ですが、わたくしが先ほど申し上げた娘のことではありません」
「…」
「…ご明察の通りです。あの娘は、わたくし共とつい二日前まで苦楽を共にしてきた、大切な仲間でした」
「…」
「とても心優しく、そして繊細な娘でした。はるか昔に故郷を離れ、遠く離れたこの異郷の地で、つい二日前まで頑張って生きていたのです」
「…故郷とは、アメリカ…ですか?」
「いいえ。彼女の故国は、あの国ではありません」
「…」
「…意外、だったでしょうか?」
「その彼女が、いったいどうして今回のようなことを…」
若松は核心に迫ろうとした。修道女は苦しげに目を伏せる。逸りすぎてしまったか、と若松は後悔した。しかし修道女は目を上げ、その目線をゆっくりと窓の外に向けた。佐世保市街と港が一望できるその眺めの中に、午後の海の穏やかなきらめきを無骨に切り裂いている灰色のエンタープライズ号が、護衛のミサイル艦2杯を従えて悠々浮かんでいた。
「若松さん」
「は、はい」
「…あなたもご存じでしょうけれど、今回のあの娘の死に対する県警の対応についてですが、あれは敢えて、わたくしから県警にそうお願いしたのです。あの娘が白人の血を引いていることを公表しないでほしい、と」
「えっ…」
「…あの娘は、センセーショナルな死を望んでいたわけではありませんから」
「…」
「…それに、もしこれが広く公の知るところとなれば、あの娘の正体は世間にまで露見してしまう。…それだけは決して避けなければなりませんでした」
「…正体…?」
「若松さん。もう一つお伺いいたします」
「…」
「…あなたは、今回のエンタープライズ号の佐世保入港を、どうお感じになっておられますか」
「それは…」
「記者としてではなく、あなたご自身のお考えとして、お伺いしております」
まっすぐな一対の瞳が、また若松を射抜く。本当を知りたい、真実に妥協したくない、という強烈な意思は、若松自身にも劣らないものだった。
いつの間にか、手元のティーカップと、そこから立ち昇る湯気の影絵をテーブルにはっきり切り出していた午後の陽光が、佐世保市の上空にじわじわと押し寄せてくる雲に遮られていた。湾に浮かぶエンタープライズ号が、曇天の下に溶け込み始めていた。
修道女はまっすぐに若松を見つめていた。気が付くと、退出したとばかり思っていた執事男も、離れたところに立ち、若松の様子をうかがっている。が、そこにはもう先刻の刺々しい敵意はなりをひそめている。
「………あの日、俺はまだ9歳でした。住んでいたのは長崎市内です。生まれはこっちですが、佐世保は軍都だからと、親類の家に疎開することになった形でした」
あの日、ナガサキ、という言葉を聞いた修道女と執事男とが、やはり、と一様に心を揺らしたようだった。だが自分を吐露しだした若松はそれに気づかず、時々呼吸を乱して喘ぐように続ける。
「ガキだった俺は、無邪気なもんで、戦争には必ず勝つ、それまではいろんなことを我慢していきながら頑張ろうって思ってました。あの日もそうでした。けど……言葉にするのも、いや思い出したくもありません。分かってるのは、ちょっと前まで晴れ上がっていた空が巨大な入道雲に覆われて、地上は一切がっさいが吹き飛ばされて…そのうち火が廻りだして…言葉にするのも…きつい。ピカドンは当時の俺の世界をすべて破壊していった。好きなものも嫌いなものも、いいものもわるいものも一切合切消し炭にして吹っ飛ばしちまった」
言葉を切り、若松は修道女の反応を見た。彼女の目は、つくりものなどではない、ほんとうの憐憫と悲哀の色を浮かべ、若松を見つめていた。若松は続ける。
「大義とか正義とかなんて、もうみんなといっしょにどこかに吹っ飛んでいってしまった。いったいあの場所にいた俺たちが、いやたくさんの人々が、いったい何をしたっていうんです!?そりゃ、俺たちは当時どこかの国にとっての敵国の中の一人だったかもしれない。けど…けど……あんまりだ。叔父さんも叔母さんも、従弟たちも、短い間だったけど仲良くしてくれた國民学校の先生や友達も、みんなみぃんな潰されて焼かれてそして血ぃ吐いて殺されちまったんですよ!だから戦後になって、俺もいっときはどえらい理想のために闘争に明け暮れましたよ。けど…そりゃ…大人になってみりゃ、武力が絶対悪とは言えないって理屈はわかる。わかるんです。ですけどね…ピカドンだけは、核兵器はもうあれっきりにしてほしかった!あれ一発だけで、何万人も殺されたんだぞ!あれだけ死んだんだから、そして戦後になって進駐軍だって自分たちで調査したんだから、もうあんなものがどんな形であれ使われちゃいけないって気づくべきだったんだ!それがどうしてだよ、核兵器は減るどころか世界中で増えてるじゃないか!しかも爆弾だけじゃなくて、空母の原動力にまで応用されちまってるなんて!いい加減にしてくれ!どうして今になってあんなものが!俺たちを、長崎をなんだと思ってやがるんだ!ふざけるなアメリカ!ふざけるな日本!ふざけるなよ……頼むよ…」
最後のほうはもう言葉にならなかった。若松は子供のようにべそをかきながら、吐露すべきものを吐露して黙った。
修道女は静かに聞いていた。身じろぎ一つしなかった。
そして、若松をじっと見つめる両目から、嗚咽は漏らさずに、とめどなく涙を溢れさせていた。誰かのために涙を流すということが、どれほど相手にとって心の救いになるかを教えてくれる涙であった。
部屋の隅で聞いていた執事男もまた、胸ポケットのハンカチも忘れ、燕尾服の袖でしきりにまなじりを拭っていた。
修道女の涙を見て、若松は心のどこかが救われたように感じた。今日初めて会ったばかりのこの修道女が、ほんとうに若松の忌まわしい記憶に寄り添うように、滂沱の涙を流している。まぎれもなく、聖母の涙。若松は悟った。おそらく、焼身した修道女も、この人たちと同じように―――。
ややあって、ハンカチでそっと涙の筋を拭った修道女は、少し息を整えたのち、つぶやくように語り始めた。
「あの敗戦の年………昭和20年、私はまだ17歳の少女でした。…当時いたのは東京でしたが」
「えっ…?」
修道女は、まるで若松の原爆の記憶をなぞるかのように、少女のようにうつむきがちに、ぽつり、ぽつりと言葉を紡ぎだした。
長崎市街に、いつもの雨が降り出していた。
8月のカンタレラ 鮎川 雅 @masa-miyabi
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