ミンククジラの漫才「同窓会」

有無谷六次元

同窓会

遠藤「どーもーミンククジラでーす。遠藤と山下でやってまーす」

山下「やらされてまーす」

遠藤「冒頭から嘘やめろ。大丈夫ですよー自主的にやってますよー、ねえ……とまあ、こんな感じで頑張っていきたいなと思ってるんですけども……」

山下「ちょっと聞いてくれるか?」

遠藤「近い近い顔が近い。どうした急に?」

山下「今度高校の同窓会に行く事になったんだけどさ」

遠藤「うん」

山下「すげー不安で」

遠藤「なんで?」

山下「いやほら、俺らもう三十五じゃん? 地元の奴らはちゃんと就職したり家庭持ったりしてるわけよ」

遠藤「まあね」

山下「で、そこへ来て俺芸人じゃん?」

遠藤「うん」

山下「全然売れてないじゃん?」

遠藤「ああ……」

山下「気まずいじゃーん!」

遠藤「なあ、おい! 随分と高いテンションでこっちのテンション下げてくれるなお前は」

山下「どうしたらいい?」

遠藤「まずこの二人の温度差をどうしような」

山下「何着てけばいい?」

遠藤「聞けよ話を」

山下「何装備すればいい?」

遠藤「知らねえよ。お前勇者とかじゃねえんだから『ぬののふく』しか持ってねえだろ」

山下「えっ、じゃあ武器は?」

遠藤「ダメだろ武器は」

山下「嘘……? 武器ダメなの!?」

遠藤「ダメだよ」

山下「流石に丸腰は危険すぎるだろ!」

遠藤「お前は何を退治しに行くんだよ」

山下「女」

遠藤「……は!?」

山下「お・ん・な!」

遠藤「だから近いよ顔が! この距離で喋るボリューム考えろ! 耳血出るわ!」

山下「当時めちゃくちゃ好きだったクラスのマドンナが幹事でさ、それがまだ独身だっつーからさ、確実に仕留めたいんだよおお!」

遠藤「ああ、そういうことね。気まずさを押してでも行きたい、と」

山下「うん」

遠藤「て事は、今でもだいぶ好きなんだな?」

山下「それはもう!」

遠藤「可愛い?」

山下「すごく!」

遠藤「ほう……どんな?」

山下「まず、尻尾が毒蛇でな」

遠藤「尻尾?」

山下「牛と人と羊の三つの頭があって」

遠藤「ちょっ」

山下「足がガチョウで」

遠藤「そ」

山下「手には軍旗と槍を持ってて」

遠藤「それアス」

山下「地獄の竜にまたがって口から火を吹……」

遠藤「アスモデウス! それアスモデウス! ソロモン七十二柱の三十二番目! とんでもねえ奴仕留めに行くんだなお前!」

山下「よくわかったな」

遠藤「自分でも驚いてるわ!」

山下「さすが俺の相方」

遠藤「うるせえよ! あとツッコもうとしてる人間の口塞ぐのやめろ!」

山下「興奮しちゃって」

遠藤「営業妨害だぞ!」

山下「ごめんごめん、一旦落ち着こう」

二人「(深呼吸)」

遠藤「……よし。で、落ち着いたところで色々聞きたいんだけど、お前のクラスのマドンナって……アスモデウスなの?」

山下「ううん、違う、アスモデウスじゃない」

遠藤「だよな、安心した」

山下「洋子ちゃんだ」

遠藤「うんうん」

山下「ごめんな、ごっちゃになってた」

遠藤「何と何がだよ! シナプス混線しすぎだろ」

山下「ごめんって。後でモナ王おごるから」

遠藤「さすが俺の相方」

山下「へへっ……でさ、話戻るんだけど、同窓会行ったところでどんな事話したらいいんだろ?」

遠藤「そこは思い出話で繋いでけばいいだろ」

山下「それだけで二時間も三時間ももたせられねえよ。なんだ俺は、昔話咲かせ爺さんか」

遠藤「なんだよ昔話咲かせ爺さんて」

山下「ほら、病院の待合室とかによくいる、見ず知らずの人間に思い出話を延々語る爺さんだよ。ふがふがしててほとんど何喋ってっかわかんないような」

遠藤「まあ確かにいるけども」​

山下「そいつの話はちゃんと聞かなきゃダメだぞ」

遠藤「なんで?」

山下「聞かない奴はその夜、首を斬り落とされるんだ!」

遠藤「えっ、なに怖っ!」

山下「そしてその首は桜の木の下に埋められる……!」

遠藤「なんだその妖怪!」

山下「そして昔話咲かせ爺さんは次の日もまた、病院の待合室で思い出を語るんだ、前の晩に殺した奴との思い出を……キャアアアアアアア!」

遠藤「『キャアア』じゃねえよ! 突然怪談始めんな!」

山下「だが聞いてほしい」

遠藤「ん?」

山下「本当に恐ろしいのは妖怪なんかじゃない……人間だ」

遠藤「このノリまだ続けんの?」

山下「同窓会で俺が東京で芸人やってるなんて言ってみろ。色々聞かれるぞお? 『どこの事務所?』とか『どんなネタやってんの?』とか『どんな芸人さんと仲いいの?』とか」

遠藤「ああ、わかる」

山下「だろ?」

遠藤「で、クラスに一人はいるデリカシーって言葉から一番遠いところにいるような馬鹿が言うんだよな」

二人「『なんか面白い事やって』…………………………怖っ!!!」

遠藤「世にある無茶振りの中でも最低最悪のやつだ!」

山下「そこで何もやらないと大変な事になる!」

遠藤「そして即興で何かやっても大抵ウケない!」

山下「あらかじめ何か準備して行ったとしてもやっぱりウケない!」

遠藤「何をどうやってもウケない!」

山下「どのカードを引いても死ぬ!」

遠藤「そうだ、わざわざ死にに行く事はない! 相方として、そして友人として忠告する、行くな!」

山下「そうしよう、そうする!」

遠藤「ああそうしろ、それがいい!」

二人「(深呼吸)」

山下「……でもどうしよう?」

遠藤「何が?」

山下「アスモデウス」

遠藤「洋子ちゃんな。まだごっちゃになってっから。ほどけほどけ、こんがらかったシナプスほどけ」

山下「洋子ちゃんがまだ独身だっていう情報は得ちゃったわけじゃん? そうなったら当時の気持ちがまた、こう……鎌首もたげちゃってるわけよ」

遠藤「蛇かお前は」

山下「同窓会には行かないとして、なんとか他に接点持てないもんかね?」

遠藤「んー……再会のチャンスね……」

山下「何かないかな?」

遠藤「その洋子ちゃんはまだ地元にいる?」

山下「いる」

遠藤「ほう」

山下「家も知ってる」

遠藤「お前まさかストー」

山下「違う違う! 純愛! 純愛だから!」

遠藤「なおさら疑惑が深まったな」

山下「ちーがーうって! 何人かで遊んだ帰りとか、少しでも一緒にいたかったから家の方向全然違うのに『心配だから送ってくよ』っつって一緒に帰ってたの!」

遠藤「ほう、なるほど、青春だ」

山下「それにな、まあ自分で言うのもアレだけど、洋子ちゃんも当時俺のことちょっと気になってたと思うんだよねー」

遠藤「うん、自分で言っちゃったからアレになったな」

山下「信じろよ!」

遠藤「わかったわかった信じる信じる。しかし、どうするよ?」

山下「あっ!」

遠藤「何?」

山下「……ちょっといい事思いついちゃった」

遠藤「顔、怖っ」

山下「いいか、心して聞け! 名付けて『運命って本当にあるんだね大作戦』!」

遠藤「『運命って本当にあるんだね大作戦』?」

山下「ああ。まずな、俺は適当な理由をつけて帰省する。それでな、洋子ちゃんの家の近くで待ち伏せるんだよ。で、洋子ちゃんがそこを通りかかったところで、こう、偶然を装ってバッタリ運命の再会って寸法よ」

遠藤「お前それストー」

山下「ちがーう! 純愛! もしくは忍! 忍の者!」

遠藤「伊賀と甲賀の皆さんに申し訳が立たねえよ」

山下「でな、ひとしきり再会を喜んでちょちょいと盛り上がるんだよ」

遠藤「聞けって」

山下「そんでもって『立ち話もなんだから、場所変えて話そ?』なんて言われてだな、後は……後は流れでお願いします」

遠藤「最後、いつぞやの力士の八百長メールみたいになってんじゃねえか」

山下「いいじゃん、良くね!? この作戦、完璧じゃね!?」

遠藤「うーん……」

山下「なんでよ、完璧じゃん! 完璧だろ?」

遠藤「上手く行く気がしない」

山下「そんな事ないって。わかった、じゃあ一回練習しよ。んで上手く行かなかったら考え直そ」

遠藤「んー……そんなに言うんなら一回やってみるか」



山下「あっ!」

遠藤「あっ!」

山下「遠藤君、久しぶりー!」

遠藤「ちょっ、タイム」

山下「えっ?」

遠藤「『えっ?』じゃなくて。……お前が洋子ちゃんなの?」

山下「?」

遠藤「いや、お前が練習したいって言うから、俺が洋子ちゃんやるんだと思うじゃん? 待ち伏せてる素振りないし歩き方女子っぽいしおかしいとは思ったけど」

山下「あーっ、ごめん、言ってなかった。お前にお手本見せて欲しかったんだ」

遠藤「そういうの先に言えよ。お前が洋子ちゃんで、俺が待ち伏せてバッタリすりゃいいんだな。じゃあ、それでもう一回やるぞ」

山下「おう」



山下「あっ!」

遠藤「あっ!」

山下「遠藤君、久しぶりー!」

遠藤「うん、顔が近いな。お前気付いてないと思うけど、さっきからその妙な距離感のせいで俺の顔の左半分、お前の唾でベッチャベチャになってんだかんな」

山下「おう」

遠藤「あと左耳の耳鳴りも酷い」

山下「おう」

遠藤「気を付けろよ」

山下「おう」

遠藤「よし、もう一回」

山下「おう」



山下「あっ!」

遠藤「あっ!」

山下「遠藤君、久しぶりー!」

遠藤「おお、久しぶり!」

山下「ここで会ったが百年目だね?」

遠藤「待て、おい」

山下「積年の怨み、今ここで晴らさせてもらうねっ?」

遠藤「『ねっ?』じゃねえよ。俺、父の仇じゃねえから。……刀を抜かない! もう一回」

山下「おう」



山下「あっ!」

遠藤「あっ!」

山下「遠藤君、久しぶりー!」

遠藤「おお、久しぶり!」

山下「遠藤君、ラッセンの絵とか興味ない?」

遠藤「ねえよ!」

山下「デート商法の餌食にならない?」

遠藤「直球すぎるわ!もう一回最初から」

山下「おう」



山下「あっ!」

遠藤「あっ!」

山下「遠藤君、久しぶりー!」

遠藤「おお、久しぶり!」

山下「元気?」

遠藤「うん」

山下「どのへんが?」

遠藤「ん?」

山下「体の、どのへんが?」

遠藤「待て待て待て、ここで下ネタか」

山下「遠藤君のぉ~、肉体のぉ~、どの部分がぁ~、元気になっ」

遠藤「んだーっ、気持ち悪い! お前は俺をどうしたいんだよ! もう一回!」

山下「おう」



山下「あっ!」

遠藤「あっ!」

山下「遠藤君、久しぶりー!」

遠藤「だから近いって! おいおいおいおい、お前お客さんから見えない角度でなにキス顔してんだよ」

山下「んー……」

遠藤「だからさっきっからお前は俺をどうしたいんだよ!」

山下「何よ!」

遠藤「何だよ!」

山下「アタイ達、何度も熱い夜を過ごして来たじゃない!」

遠藤「は!?」

山下「何度も、何度もアタイを激しく求めて来たじゃない……!」

遠藤「ただのネタ合わせを誤解招くような言い方すんな!」

山下「ああっ、顔はやめて! アタイは女優よ!」

遠藤「お前は女優じゃなーーーい!」

山下「やっぱり顔ぶたれたーーーーー!」

遠藤「いい加減ちゃんとやれーーー!」

山下「およよよ……およよよ……」

遠藤「……なんなんだこれ。もうほんと頼むよ。頼……泣くなよ……男の子だろ? いや、男の子っつーか、大人だろ? お手本見せろっつったのお前だぞ? な? ちゃんとやろう? よーしよし、よーしよしいい子だ……うん、よし、じゃあもう一回」

山下「あ、ちょっと待って」

遠藤「何?」

山下「おーい!(舞台袖に向かって手招き)」



  呼ばれて、女が登場。



遠藤「えっ、と……誰?」

山下「洋子ちゃん」

洋子「洋子です、よろしくお願いします」

遠藤「…………えーーーっ!?」

山下「俺がやるとどうしてもふざけたくなっちゃうんじゃないかなーと思ってさ、本人、連れてきた」

洋子「本人です。スタンバってました」

遠藤「いや、ちょっ……おかしくね!? えっ……おかしくね!? ええええっ、なんで、なんで!? 本人ここにいるんならさ、そもそも最初っから相談とか、練習とか、えっ、する意味なくね!?」

山下「ぶっつけ本番は不安だからさー」

洋子「結構ビビりなんです、彼(山下と笑い合う)」

遠藤「待てって! おかしいだろ、おい!」

山下「じゃ、打ち合わせ通り頼むね」

洋子「オッケー」

遠藤「打ち合わせもしてんのかよ! 出来上がってんじゃん! ふたりの関係性もう完っ全に出来上がってんじゃん! 作戦とかそういうの全っ然いらねえじゃん! ……えっ、なに二人してキョトンとした顔してんの? 俺おかしい事言ってる!?」

山下「お前しか頼める奴いないんだよお、頼むよお」

遠藤「いや、だから!」

洋子「遠藤君」

遠藤「えっ?」

洋子「私じゃ、ダメ、ですか?(上目遣い)」

遠藤「うっ……」

山下「いいぞ、効いてる効いてる! もうひと押し、もうひと押し!」

洋子「(遠藤の手を取り、切なげに見つめ)遠藤君………………シよ?」

遠藤「……………………………………………………………よし、やろう!」

山下「イェス! じゃあ早速感動の再会シーンから(言いながらセンターマイクを舞台袖にどける。遠藤・洋子は各々スタンバイ)、よーい、アクション!」



  寸劇が始まる。

  山下は舞台後方でその行方を見守る。



洋子「あっ!」

遠藤「あっ!」

洋子「遠藤君、久しぶりー!」

遠藤「おお、久しぶり!」

洋子「元気?」

遠藤「うん」

洋子「えっ、えっ、なんで? こっち戻ってきたの?」

遠藤「いや、今日、たまたま」

洋子「えーっ、なんでなんで?」

遠藤「ああ、まあ、ちょっとね」

洋子「こないだの同窓会も来ないからさー。みんな気にしてたんだよ?」

遠藤「ごめん、スケジュール合わなくてさ。みんな来てた?」

洋子「結構集まったよ」

遠藤「へえ」

洋子「ねえ、清水君って覚えてる? 前髪がこう、しべーっとした……ほら、ズボンが超ハイウェストの……覚えてない? 授業中に消しゴムのカスまとめて鼻に詰めたりしてた」

遠藤「(山下に)誰だよそいつ?」

山下「同級生にいたんだよ」

遠藤「ほんとに?」

山下「ほんとほんと。そんなんでも勉強は割とできる奴だったんだよ」

遠藤「その情報いらねえよ」

山下「いいから話合わせろ、大事なのはこの後なんだから」

遠藤「だったら余計いらなくね? ……わかった、わかったよ合わせるよ……(洋子に)ああ、覚えてる覚えてる」

洋子「清水君も来たんだけど、一言も喋らないですぐ帰っちゃった」

遠藤「掴めねえ奴だな」

洋子「乾杯して十分もいなかったよ」

遠藤「なんで来たんだそいつ?」

洋子「前髪も相変わらずしべーっとしてた」

遠藤「ズボンは?」

洋子「超ハイウェスト」

遠藤「……変わんねーなー」

洋子「ねえ、今から時間ある?」

遠藤「そこ結構唐突に来んのね。余計に清水君のとこいらなかったんじゃ……ああ、大丈夫」

洋子「立ち話じゃなんだからさ、あっちの公園で話さない?」

遠藤「店とかじゃないんだ」

山下「高校時代よくみんなでだべってた公園があるんだよ」

遠藤「ああ、そういう事ね。じゃあはい、公園に着きました、と。……いやー、懐かしいなー」

洋子「いっつもここでだべってたもんね。そう言えば、こないだここで清水君に会ったんだ」

遠藤「また清水君出て来んのかよ」

洋子「その時に声かけたから、同窓会来てくれたのかも」

遠藤「……へえ」

洋子「なんかね、あのへんの隅っこで木の枝振り回してた」

遠藤「は?」

洋子「『何やってるの?』って聞いたら(独特の仕草で前髪をかき上げ)『修行』だって」

遠藤「(山下に)そいつもう三十五だろ?」

山下「三十五だね」

遠藤「大丈夫かそいつ」

山下「わかんない」

遠藤「(洋子に)ズボンは?」

洋子「超ハイウェスト」

遠藤「……変わんねーなー」

洋子「あ、変わったとこもあったよ」

遠藤「何?」

洋子「3Dメガネかけてた」

遠藤「ああ、そう……」

洋子「……あーあ、なんだかんだでもう三十五だね」

遠藤「な」

洋子「高校の時は『三十までに絶対結婚する!』って思ってたんだけどな……」

遠藤「上手く行かないもんだ」

洋子「まだ諦めないよ私は」

遠藤「えっ?」

洋子「私、早生まれだから。四捨五入すればまだ三十だし」

遠藤「それアリなの?」

洋子「……で、どうなの?」

遠藤「何が?」

洋子「芸人、やってるんでしょ?」

遠藤「えっ、なんで知ってんの!?」

洋子「知ってるよー、本名で活動してるんだもん、ネットで調べたら一発だよ。みんな陰ながら応援してるんだからね」

遠藤「ああ、そっか……」

洋子「その内ライブとかも観てみたいなーって思ってるけど、なかなか、ね、東京は遠いから」

遠藤「……洋子ちゃんは今何やってんの?」

洋子「ジムでトレーナー」

遠藤「えっ、そうなんだ!? 意外だなー」

洋子「もう、私のことはいいの! ねえ、どうなの? 売れそう?」

遠藤「それがねえ……」

洋子「何、手応え良くないの?」

遠藤「蒸発しちゃってさ、相方が」

山下「おい!」

遠藤「何だよ」

山下「なに勝手に俺蒸発させてんだよ!」

遠藤「お前が洋子ちゃん本人呼んで来たり、なんか変な清水君のくだり挟んで来たりすっからだろ。全然話進まねえし、もうこうなったら俺もめちゃくちゃやらしてもらわなきゃフェアじゃねえだろ!」

山下「いや、でも……」

遠藤「その上で絶対にちゃんと着地させてやっから! いいか、もうお前は手出しすんなよ!」

山下「クソ……洋子ちゃん、プラン変更! もう好きにやっちゃって! ……負けんなよ!」

洋子「了解!」



  山下、去る。



遠藤「(去って行く山下に)『負けんなよ!』って、何の勝負だよ! つか急にどこ行……おーい……!」



  去った方向からやたら重い扉(と言うよりもはや城門)が閉まる音。



遠藤「(音の異様な重さに)ええっ!?」

洋子「ねえねえ、相方さん蒸発しちゃったって、本当?」

遠藤「(去って行った方を気にしつつ)えっ? あ、ああ、うん」

洋子「大丈夫なの?」

遠藤「な(笑う)」

洋子「いや、笑い事じゃないよ」

遠藤「……いやー、でも実際、生で見たら思わず笑っちゃうよ、蒸発」



  間。



洋子「………えっ?」

遠藤「公園でネタ合わせしてたらさ、突然『ジュワー!』、っつって」

洋子「えっ、なっ、どういう……?」

遠藤「ゼットン」

洋子「ん?」

遠藤「ゼットン」

洋子「何?」

遠藤「一兆度のやつ」



  間。



洋子「………ああ! 喰らっちゃった?」

遠藤「うん」

洋子「へえ……」

遠藤「俺、つい言っちゃったもん、『アカン!』って、関西人でもないのに」

洋子「そりゃ言うよ。私でも言っちゃうよ、『アカン!』って、関西人じゃないのに。えっ、なんで?」

遠藤「……んー、なんか、自販機でコーヒー買ったら、お釣り、全部十円玉で出てきたんだって」

洋子「全部?」

遠藤「うん。千円入れたっつってたから、八百八十円分か。で、途中でお釣り出るてくとこ、十円玉でパンッパンになっちゃって。んで何とか開けようとしてあれこれしてる内にイライラして、つい『ブワッ!』って」

洋子「一兆度のを?」

遠藤「一兆度のを」

洋子「うわあ……」

遠藤「な。ほんと迷惑な話だよ(苦笑)」

洋子「そっかそっか……(何故か嬉しそう)」

遠藤「それより科特隊の取り調べの方が頭来たわ」

洋子「あのさ」

遠藤「(気付かず)あああ思い出したら腹立ってきた! なんだあのアラシとかいう奴!」

洋子「あの」

遠藤「(気付かず)あいつ人殺しの目してたぞ!」

洋子「あのさ!」

遠藤「(気付かず)でも何故かババアには人気あんのな!」

洋子「ねえ!」

遠藤「(気付いて)何?」

洋子「これから、どうするの?」

遠藤「何を?」

洋子「お笑い、続けるの?」

遠藤「うん、まあ、そのつもり。新しい相方探すか、一人でやるか、今は色々悩んでるとこ」

洋子「(何故か焦る)えっ、でも、お母さん事故で入院してるんでしょ? これから色々お世話が必要になってくるんじゃないの? そういうの全部お兄さんに押し付けちゃうの?」

遠藤「……兄貴は、いないよ……」

洋子「あれ、いなかったっけ?」

遠藤「いたけど……蒸発した」

洋子「えっ、お兄さんも!?」

遠藤「ヤバイとこから金借りて……」

洋子「そっち!?」

遠藤「何が?」

洋子「いや、なんて言うかその……そっちは、そっちの意味なんだ」

遠藤「ああ……」

洋子「ねえ、ほんとにこっちには戻らないの?」

遠藤「うん」

洋子「お母さんは?」

遠藤「ああ、お袋の方は大丈夫そう。結構なスピードで撥ねられたみたいなんだけどさ、吹っ飛んだ先が田んぼだったお陰で大した事ないって。ただ全身泥まみれになっちゃって、通報してくれた人が言うには『泥田坊みたいだった』って」

洋子「泥田坊?」

遠藤「うん」



  間。



洋子「……そっか……(呟く様に)戻らないんだ………。ごめんね、なんかおせっかいな事言っちゃって」

遠藤「いや……(何と返して良いか困って)ありがとう」



  気まずい間。



洋子「……思ったんだけどさ」

遠藤「ん?」

洋子「『アカン!』って、どこの人でも言っちゃうのかな?」

遠藤「言っちゃうんじゃない?」

洋子「東北の人でも?」

遠藤「うん」

洋子「アメリカ人も?」

遠藤「ああ、アメリカ人なら『ノー!』とか『ファック!』とか?」

洋子「中国人は?」

遠藤「『アイヤー!』でしょ」

洋子「イタリア人なら!?」

遠藤「マンマミーア!」

洋子「フランス人!」

遠藤「ジュテーム!」

洋子「スペイン!」

遠藤「アレグリーアー!」

洋子「ピカチュウ!」

遠藤「ビシャァー!」

洋子「ブタゴリラの父親!」

遠藤「なんてこった、らっしゃい!」

洋子「ロッキー!」

遠藤「何何何何どうしたどうした!? グイグイ来るな!」

洋子「(笑う)さっすが芸人さんだね」

遠藤「やめて、突然! 『ロッキー!』って来たら『エイドリアーン!』って答えちゃうとこだけどさ! あと、咄嗟に出ちゃったけどアレグリアはスペイン関係ねえから! せめてピカチュウの『ビシャァー!』で止めて!」

洋子「知ってるよ?」

遠藤「えっ?」

洋子「ゲーム版の方でしょ?」

遠藤「ん?」

洋子「あいつアニメじゃあんな可愛い声出してるけど、ゲームボーイの最初のやつだと甲高い電子音だもんね」

遠藤「よく知ってたな!」

洋子「実物もそっち寄りだし」

遠藤「実物!?」

洋子「うん、先週獲った。(鞄からモンスターボールを出して)これ」



  間。



遠藤「えっ………………マジで!?」

洋子「うん」

遠藤「あ、ジムでトレーナーって、そっちの! えっ、えっ、すげえじゃん! すっ、えっ、いけんじゃね!? いけんじゃね、ポケモンマスター!」

洋子「いやいや、そんな簡単なもんじゃないよ」

遠藤「いやいやいやいや! えっ、だって、野生のピカチュウってなかなか捕まえらんないんだろ!?」

洋子「うん、でも、それだけじゃ、ね」

遠藤「そうなの?」

洋子「もっとレアで強い奴なんかいっぱいいるし。それにこっちの業界も色々めんどくさいよ、序列とか、縄張り争いとか」

遠藤「そっか。そっちはそっちで色々大変なんだね」

洋子「きっと芸人さんと同じだよ。好きなことで食べてくのって、ほんと大変。それに、好きで始めた仕事なのにね、最近なんか楽しくなくなってきちゃって……やっぱ向いてないのかなー、いっそもうすっぱり辞めちゃった方がいいのかなー、って、そんな事ばっかり考えてる」

遠藤「……」



  気まずい間。



二人「あのさ」

洋子「あ……」

遠藤「ごめん、何?」

洋子「………遠藤君、ほんとに芸人続けるの?」

遠藤「うん」

洋子「もう三十五だよ?正直な話、好きで続けるのもそろそろ限界だと思うんだ」

遠藤「そりゃまあ……そうだけど……」

洋子「足洗うなら今がチャンスだよ。このままズルズル続ければ続ける程、堅気の仕事に就けなくなっちゃうよ」

遠藤「わかってる」

洋子「全然わかってない! 三十五歳だよ、三十五歳! 私もう待ちきれないよ!」

遠藤「えっ?」

洋子「……ああもう! この歳になって自分からこういう事言うの凄く恥ずかしいけど、もう言うよ! 言う! ……(深呼吸)……好きなの! 高校の時からずっと! だから……だから同窓会も一生懸命誘ったし、それなのに来てくれなかったの、凄く寂しかったし……」

遠藤「洋子ちゃん……」

洋子「そしたら今日久しぶりに会えて、それが本当に嬉しくって、だから何とかこっちに戻って来て欲しいって伝えたかった! ……でも遠藤君……遠藤君……東京で芸人続けるって……(涙ぐむ)」

遠藤「……実はさ、俺も今日たまたまこっちに戻って来て、もし洋子ちゃんに会えたら……(白々しく)まさか本当に会えるとは思わなかったけど……そしたらその時に伝えようと思ってた事があるんだ。……先に言われちゃったけど……芸人の癖に気の利いた言い方もできないけど……俺も、洋子ちゃんが好きだ。高校の時からずっと。……でも、ごめん、こっちには戻れない」

洋子「……」

遠藤「だから洋子ちゃん、俺と一緒に東京で暮らさない? 芸人を続けるにしろ辞めるにしろ、東京の方が働き口は多いし、第一、今更戻るのもさ……。だから、もし、もし良ければ、東京に付いて来て欲しい……」

洋子「遠藤君……!」



  洋子、感極まって遠藤に抱きつこうと。



遠藤「(制して)と、思ってたんだけど……」

洋子「えっ?」



  間。



遠藤「その前に聞きたい事があるんだ」

洋子「えっ……何?」

遠藤「洋子ちゃん……うちのお袋が事故に遭った事、なんで知ってんの?」

洋子「……えっ?」

遠藤「当て逃げに遭ったの今朝なんだけど」

洋子「えっ、と、それは……」

遠藤「犯人、まだ捕まってないんだ」

洋子「違う! 私じゃ……」

遠藤「それだけじゃない。最近、俺の周りで変な事が起きすぎなんだよ。兄貴は突然借金作っていなくなるし、相方はゼットンにやられるし……」

洋子「ほんとに違うの! それは私じゃない!」

遠藤「『それは』って……」

洋子「あっ……」

遠藤「それと、(洋子の鞄を指して)その物騒なやつ、出して」

洋子「えっ?」

遠藤「鞄の中の。さっきチラッと見えちゃった。(促して)ほら」



  洋子、鞄の中からおずおずとナイフ(およそ女性が持たないであろう大ぶりなサバイバルナイフ)を出す。

  そして震える両手でナイフを握ったまま逡巡した後、小さく笑って。



洋子「はあ……失敗したなあ……こんな事ならちゃんと脚の一本も潰しておけば良かった……!」



  洋子、遠藤を睨み付け、身体ごとぶつかる様に突進。

  遠藤、ギリギリのところで躱し、洋子の腕を掴む。



遠藤「……洋子ちゃん!」

洋子「離して!」



  しばし揉み合った末に、遠藤、ナイフを奪い地面に捨てる。

  尚も暴れようとする洋子の手首を掴む。



遠藤「やめろよ!」

洋子「(手を振り解こうと暴れながら)嫌! 離して!」

遠藤「どうしてこんな事……!」

洋子「遠藤君のせいだよ!」

遠藤「えっ?」

洋子「いつまでもぐずぐずぐずぐずお笑いなんかやってさ! だからすっぱり諦めて地元に戻れるようにきっかけ作ってあげようって思ったんじゃない! 言ったでしょ、もう限界なの! 自分でも気持ち悪くなるくらい意地になって操守って、あっと言う間に三十五歳なの! なのに……なのに、遠藤君戻って来ないし、せっかく考えた計画もバレてダメになっちゃうし……もう全部終わりなの! 終わりにするの!! ……ね、だから死んで。私も死ぬから。遠藤君も死んで!(無理矢理手を振り解き、ナイフを拾おうと)」

遠藤「待って!(すぐに反応し、後ろから羽交い絞めにする)」

洋子「邪魔しないで! 離して!」



  不意にやたら重い扉の音。

  二人、思わず振り向く。

  と、何処からか声。



声 「待てーーーーーーーーーーーーーーーーい!!」



  雷鳴。

  「北斗の拳」オープニングテーマが鳴り響き、扉の音がした方向とは全く別の場所から男が飛び込んでくる。

  白いランニングシャツ、白いブリーフ姿で、片手に木の枝を持っている。

  呆然とする二人。

  遠藤は驚きのあまり拘束を解いてしまう。



男 「お久しぶりでーーーーーーーーーーーーす!!」

遠藤「お前は!?」

洋子「清水君!」

清水「(独特の仕草で前髪をかき上げて)そうだ! 話は全部聞かせてもらった!」

遠藤「何だお前その……無課金ユーザーみたいな格好は!?」

清水「君達が僕のズボンがどうのと言っているのを聞いて恥ずかしくなったから脱いで来ましたーーーー!」

洋子「そっちの方がよっぽど恥ずかしいよ!」

遠藤「だいぶ序盤から聞いてたんだなお前!」

清水「いやはやいやはや、お取り込み中のところ申し訳ない。辛抱たまらなくなって出て来てしまったよ。遠藤君、君は間違っている!」

遠藤「ああ!?」

清水「(不敵な笑み)君の相方さんの件についてだが……それは『蒸発』ではなく『昇華』ではないかな!?」



  雷鳴。

  スライドで文字。

  『昇華【しょうか】 固体が液体になることなしに、直接気体になること』



洋子「ああ……」

遠藤「本当に勉強はできる奴なんだな……」

清水「そして!」

遠藤「まだあんのか」

清水「泥田坊だゼットンだアスモデウスだと間口の狭いワードばかり出して、それはウケなくて当然ではないかな?」

遠藤「なっ……!」

清水「そしてコント部分に入るまでが長い!」

遠藤「んぐ……!」

清水「笑わせどころが少ない上にひとつひとつのパンチも弱い!」

遠藤「ああああ……」

清水「既視感のあるくだりばかりで、全体的にセンスが感じられない!」

遠藤「あああああ自分でも薄々気づいてる欠点をずらずらと! 耳痛すぎて耳血出るわ!」

清水「フン(得意気)」

遠藤「突然出て来て好き放題言いやがって! だいたいお前がアスモデウスのくだり聞いてんのおかしいだろ!」

清水「そんな事はどうでもいい!」

遠藤「良くねえよ!」

清水「そもそも僕は洋子さんに話があったのだからね!」

洋子「えっ、わ、私!?」

清水「(独特の仕草で前髪をかき上げ)そうさ!」



  「北斗の拳」止まる。

  間。



清水「……(咳払い)洋子さん、僕と……僕と、結婚を前提に結婚して下さい!!!」



  雷鳴。

  どうしようもない間。



遠藤・洋子「いやいやいやいやいやいやいやいや!」

洋子「言ってる事めちゃくちゃだよ?」

遠藤「『結婚を前提に結婚』て……」

洋子「ほんとに話聞いてた?」

遠藤「そのあたりについて俺らめちゃくちゃ緊迫した場面だっただろ」

清水「うるさーーーーーーーーーい!! 洋子さん、こんな三十過ぎて完成度の低い漫才などしてくすぶっている芸人ふぜい、貴女には相応しくない! 断じて相応しくない! 相応しくないという説を僕は支持する! 僕の方が、いやこの僕こそが、真に貴女を幸せにできるんだい!」

遠藤「『だい!』って……」

洋子「その格好で言われても……」

清水「服装や髪型やボディアクションの問題は追い追い改善していくのでご心配なく! それに僕はちゃんと手に職を持っている。正社員雇用だよ、そこの彼とは違ってね!」

遠藤「嘘つけ!」

清水「嘘じゃない!」

遠藤「じゃあどこで働いてんだ、言ってみろ!」

清水「ゴールドマン・サックス!(何故か声にエコー)」



  雷鳴。

  間。

  ものすごく長い間。



遠藤「悪い、聞き取れなかった」

清水「ゴーールドゥマーーーーン・サァーーーックス!(先程より強めのエコー)」



  雷鳴。

  間。

  ものすごく長い間。



遠藤「悪い、聞き取れなかった」

清水「ゴーールドゥマーー」

遠藤「やっぱいいやもう言わなくて。いちいち雷うるさいし。……さっきから気になってんだけどこれ(エコーとか雷とか)どうなってんの? ……まあいいや、とにかく帰れ。ったく、お前のせいでさっきまでの緊張感台無しじゃねえか」

清水「信じないのかい!? 本当だよ!? 本当に僕はゴールドマン・サックスの暗殺部隊に」

遠藤「ねえよ! 証券会社に暗殺部隊なんかねえよ! いいから帰れ無課金ユーザー!」

清水「だから服装は改善していくと言っているだろうがあああ!!(遠藤を殴り飛ばす)」

洋子「(悲鳴)」

清水「クックック……信じないと言うなら仕方ない。ならばその体で僕の実力をたっぷりと味わってもらおう」

遠藤「(起き上がり)てめえ……!」

洋子「(清水を制して)ちょっと、暴力はやめて!」

清水「安心してくれたまえ、手加減はするさ。(洋子の制止を振り解き、遠藤に歩み寄る)」

洋子「やめてーーっ!!」



  突如、河合奈保子『けんかをやめて』が流れ、遠藤と清水の動きがスローモーションになる。

  スポットライトが当たり、洋子歌い出す。

  熱唱する洋子の脇でスローモーションで格闘する遠藤と清水。

  最初のサビを歌ったところで音楽が止まり、スローモーション格闘も終わる。

  荒く息をつく遠藤と清水。



洋子「ねえ、もうやめて!」

遠藤「なんでもありとは言え、まさかこのタイミングでミュージカルまで飛び出すとはな……」

清水「遠藤君も少しはやるようだ。まあいい、お遊びもこの位にして少し本気を出させてもらうとしよう」

遠藤「上等だコラあああああ!!(殴りかかる)」

洋子「やめてーーっ!!」



  『けんかをやめて』が流れ、洋子熱唱。

  スローモーション格闘再び。

  また最初のサビを歌ったところで止まる。

  荒く息をつく遠藤と清水。



洋子「やめてってば!」

遠藤「洋子ちゃん、これミュージカルって言うより志村けんワールド入ってるよ」

清水「洋子さん、男同士の決闘に口を挟まないでもらえないか」

遠藤「てめえが勝手に喧嘩売ってきただけだろうが!」

清水「うるさーーーーい! 洋子さんは僕の物だーーー!(殴りかかる)」

洋子「やめてーーっ!!」



  『けんかをやめて』が流れ、洋子熱唱。

  みたびスローモーション格闘。

  最初のサビが終わったところで遠藤と清水は一旦止まって洋子を見る。

  しかし音楽止まらず、洋子が続きを歌い始めてしまったので仕方なく格闘再開。

  それまでのどこかコミカルな(或いはダンスの様な)争いは徐々に過激さを増し、清水が一方的に遠藤をいたぶる展開に変わる。

  清水、マウントポジションを取って遠藤の首を絞める。

  その様子に気付く事なく、結局洋子はたっぷりワンコーラス歌いきる。

  歌い終わるのとほぼ同時に遠藤、絶命。

  満足した様子の洋子が振り返り、やっと遠藤と清水の状況に気付く。



洋子「…………えっ?」



  雷鳴。

  清水、ゆっくりと立ち上がり、哄笑。



清水「(独特の仕草で前髪をかき上げ)ようやく邪魔者もいなくなった」

洋子「ッ……!」

清水「本当は同窓会の日に打ち明けようと思っていたんだよ……その為に、僕は日々修行を積み重ねてきた……貴女の為に、貴女に相応しい男になる為に! ずっとずっとその時を待ちながら! ……だが一大決心を胸に秘め臨んだ同窓会の日、貴女の口から出てきたのは遠藤君の事ばかり……。流石の僕も全てを悟った。……十年以上想い続けた末の仕打ちに僕はたまらず同窓会を抜け出して、惨めに泣きながら一晩中この公園の木を殴り続けた! ……それからはより一層修行と暗殺任務に打ち込んだよ。忘れよう、洋子さんの事などすっぱり忘れてしまおう、とね。だがどうにも上手く行かなかった。何をしていても貴女のキラキラした笑顔と、遠藤君の醜悪なしたり顔ばかりが瞼の裏にこびり付いて離れない。どうにかしなければ……そう思ってまずは伝手を頼って邪魔な遠藤君を消そうと思った。手を変え品を変え、使えるものは金も人も全てつぎ込んだが、(自嘲気味に笑う)遠藤君のなんと悪運の強いことか、打った手はことごとく失敗に終わった。僕が彼から奪えたのはせいぜい彼の兄と相方くらいのもの。使えない無能どもを全て処分し終え、とうとうこの手には何も得られず、そしてもう何も残っていない……そのことを改めて感じた時、言い知れない程の絶望に僕は心臓を抉り取られた様な気がした! もう未練も何もない。この無様な僕を僕自身の手で終わらせよう……そう思ってこの公園を訪れた今日、最後の最後に一筋の希望の光が舞い降りた! 貴女達二人が揃ってこの公園に現れたのだ! まさに僥倖! 洋子さんにこの身から溢れ迸る想いを届け、そして目障りな遠藤君をこの手でひねり潰す千載一遇の好機! まずは遠藤君の手足の骨を叩き潰して身体の自由を奪う! そして目の玉を指で圧し潰し、口には大量の毒虫を押し込める! 爪も生皮も全て剥ぎ取って満遍なく塩を擦り込み、耳には溶けた鉛を流し込んで……(笑う)……死すら生ぬるいと思える程のありとあらゆる苦しみを与えてから息の根を止めてやる……そのつもりだったのだが、まあ終わってしまった事は仕方がない。遠藤君も今やこの通りだ。苦しみは去った! 最も厚く大きな障害は今取り除かれた! さあ洋子さん、ここからはゆっくり二人で愛を語り合おうじゃないか」

洋子「……こ、来ないで!」



  洋子、咄嗟にモンスターボールを取り出すが、清水に腕を木の枝で打ち据えられ、取り落とす。

  痛みに蹲る洋子。

  清水、モンスターボールを拾い上げる。



清水「余計な事を……するなああああああああああ!!!!!」



  雷鳴。

  清水、モンスターボールを遠くへ放り投げる。

  数瞬置いて、モンスターボールが割れる音と甲高い電子音のような鳴き声が聞こえる。

  清水、叫びながら音のした方へ走り去る。

  遠くから断続的に清水の叫び声、殴る蹴る音。

  洋子はへたり込んだまま耳を塞いで悲鳴を上げ続ける。

  やがて断末魔の鳴き声が響き、静寂が訪れる。



洋子「嫌……………嫌…………………」



  洋子、泣きながらよろよろと逃げようとするが恐怖で足腰が立たない。

  清水、戻ってくる。

  木の枝は折れ、白かったランニングシャツと言いブリーフと言い、全身が返り血で赤黒く染まっている。


清水「(笑う)折角のプロポーズなのに、これでは格好がつかないじゃないか。もう妙な真似はしないでくれたまえ」



  笑いながらゆっくりと洋子に近付く清水。

  必死に、這いずる様に逃げる洋子。

  先ほどのナイフを見付けて拾い上げ、すかさず覆い被さろうとする清水の腹に突き刺す。

  呆然とナイフが刺さった腹を確認する清水。



清水「………あああああああああああああああああ!!!!!」



  逆上した清水、ナイフが刺さっているのも構わず言葉にならない叫び声を上げ洋子の顔面を滅茶苦茶に殴り、髪を引っ掴んで何度も地面に叩き付ける。

  洋子、必死に抵抗するが、次第にその力も弱まっていき、絶命。

  それでもなお、清水は暫く洋子を殴打し続けるが、突然咳き込み始める。

  吐血。

  掌に付いた己の血を見て、哄笑。

  笑いながら洋子の死体をまさぐり、もはや原形を無くした顔をベロベロと舐める。



清水「あああああ……洋子さんの匂いだぁ………味だぁ………」



  清水、大きく痙攣して白眼を剥き絶命。

  雷鳴。

  程なくして、山下登場。



山下「ごめんごめーん。長くなりそうだったから下のコンビニ行ってた。今どんな感じ?」



  山下、倒れている遠藤を発見する。



山下「あれ、何やってんの? おーい、モナ王買って来たぞーい」



  やたら重い扉の音。

  そしてそれが施錠される音。

  山下、その音は気に留めず遠藤の顔を覗き込み、彼が既に事切れている事に気付く。

  間。



山下「……えっ、嘘だろ……遠藤……えっ……おい……? そうだ、洋子ちゃ……!」



  振り返り、血塗れでもつれ合って倒れている洋子と清水を見付け、小さく悲鳴を上げる。

  思わず駆け寄ろうとするが、そのむごたらしい死に様と血の臭いで吐き気をもよおす。

  が、なんとか飲み込んで後ずさる。



山下「なんで……? なんで……?」



  助けを呼ぼうとしたのか、或いはただこの場から逃げ出したいという気持ちからか、走り出す。

  しかし、途中で目に見えない壁のようなものにぶつかり、そこから先へ進むことができない。

  どこからか擦弦楽器の奇妙な不協和音が聴こえる。

  針の飛んだレコードのように、短いフレーズが延々と繰り返される。

  ならば、と違う方向へ走り出すが、やはり見えない壁に阻まれる。

  困惑しながらも四方八方走り回るが、見えない壁は全方位を取り囲んでおり、山下はどこへも行く事ができない。



山下「なんだよ、これ……!?」



  見えない壁に向かい、体当たりしたり叩いたりするが破る事はできない。

  足掻けば足掻く程、山下を囲む見えない壁は徐々にその範囲を狭め、遂には全く身動きが取れなくなってしまう。

  いつの間にか倒れていた三人の姿も、周囲の景色も、全て忽然と消えている。

  不協和音はどんどん大きくなっていく。



山下「おい……なんだよこれ、どうなってんだよ……! どうなってんだよ!! おーーーい!! 誰かーーーーーー!! 助けてくれーーー!! 誰かーーーーーーーー!!!!!」



  暗転、静寂。

  いつの間にか、客席の扉の前に奇妙な着ぐるみが立っている。

  一応手足は二本ずつあり直立してはいるが、全体的に奇妙なシルエットとカラーリングをしており、顔はパーツの位置も数もデタラメで、それらは手足や胴体にまで侵食している。

  声にはボイスチェンジャーが掛かり、しかもランダムなタイミングで高くなったり低くなったりする。

  それに伴って口調や動きもいちいち変化するので、着ぐるみの中身は年齢も性別も(果ては人間であるかどうかも)判然としない。



着ぐるみ「やっほーい。エビバデお元気ー? お元気真っ盛りー? ……オーケイオーケイ、お集まりの子猫ちゃん達のその『誰?』っていう視線ね、僕チンてば大好物ー。あんがとねー、(投げキッス)んーまっ、んーまっ、アモーレ、アモーレ。……あー、某は有無谷六次元と申す者ざんすー、きゃぴっ。ちょーっとねー、込み入った事情でもってアチキも立場上ここで出て来ざるを得ない格好になっちゃったものであるからして、あんまし心の準備もないまま出て来ちゃったもんでおじゃるから、色々不安定だけんどもそのへんはアレしておいて欲しいでごんす、ぺこり。での、大変恐縮なんじゃが、誠に勝手ながら、本日はここでお開きとさせて頂きとう御座候。…まあね、エンドする為にスタートしたものとしては、こう、プレイボールしちゃった以上ゲームセットは義務っちゃから、まあそんなところでありんして…まあ、よもやまさか彼らがこういう形でこっち側に来はるとはウチも思わしまへんかったし、で、まあ今ご覧の通りアレでやんすから、ここから先も汝らを付き合わせてしまうのも…まあ正直なところ我輩自身はそれでも良いかと少しく思ったのではあるが、そこまでやっちゃうと流石に、非常にアレでゲスからね…。ま、そげんこつやけん、おまはん等はワタクシ達には辿り着けない『月よりも遠い場所』まで、どうぞお帰りあそばせ。出口は、こっちづらぜよ。ちゃおー」



  軽い足取りで客席の扉から去りかけ、慌てて戻って来る。



有無谷「(喋りながら走って舞台に上がる)わーーっ! アカーン! 大切なこと忘れてたべやー! ……おー、危ねがったー。誰かがこれやらんとみんな帰られへんからね、漫才は」



  舞台袖からセンターマイクを持って来て舞台中央に置く。



有無谷「よいしょ、んだば(勿体ぶって一呼吸置いてから漫才っぽい仕草で)『もういいよ、ありがとうございました』」



  深々と一礼すると、再び劇場は暗闇と静寂に包まれる。

  客席が明るくなれば、観客達はそれぞれの現実(或いはまた別の虚構)へと帰って行く。




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ミンククジラの漫才「同窓会」 有無谷六次元 @meme_monofoli

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