Gods And Death

鷲羽大介

第1話

 でかい男たちであった。

 日本人は小柄だ、と赤毛のジョージは聞いていた。

 しかし、ヨコハマに現れたこの男たちは違う。どいつもこいつもでかい。6フィート2インチ、200ポンドのジョージと比べても劣らなかった。しかもただでかいだけではない。腹はでっぷりと肥っているが、凄まじい筋骨と、獰猛な攻撃性を持っている。こいつらは闘士ファイターだ。ジョージには、彼らは自分と同じタイプの人間たちだ、ということがひと目でわかった。

 海岸に係留されたボートへ荷を積むその現場には、ジョージ・フランプトン上等兵はじめ50人ほどのアメリカ海軍水兵と、異様な風体をした黄色い肌の男たちがいた。

 20人ほどの男たちであった。日本人に特有の、奇怪な髪の結び方をして、裸に近い格好で、米の詰まった大きな俵を担いでいる。ひとつ130ポンドあるというその俵を、こいつらは軽々と運んでいた。両肩にふたつ担ぐ者もいた。この米は、日本の幕府ガバメントから、艦隊責任者であるペリー提督への贈り物ギフトだ、ということだった。今回の寄港は、オランダ以外の国とは交易しないという日本に、合衆国ステーツとの条約を締結させるのが目的だ。贈り物を持ってくるところを見ると、おそらく交渉はうまくいっているのだろう。

「ヘイ赤毛、日本の奴隷はずいぶんでかいんだな。しかも黒ん坊ニガーじゃねえぜ。同じ黄色イエローなのに奴隷と主人がいるとはな」

 同僚のマクフライ上等兵が笑いながら言う。気のいい男だが、こいつは何もわかっていない。この男たちが奴隷でなどあるものか、とジョージは思った。

 故郷のフィラデルフィアで、ジョージ・フランプトンはボクシングをやっていた。蹴り技キック頭突きヘッドバット目潰しサミングが禁止になったのは1838年で、今から16年前のことだ。だが、それらの技を使いたがる輩はまだ多い。しかしジョージは、本場ロンドン帰りのトレーナーから最先端のテクニックを教わり、クリーンファイトを心がけている。

 ボクシングはただの喧嘩ではない。拳のほかに何も武器を持たないふたりの男が、パワーと技術を競い合うのがボクシングだ。兵役を終えて除隊したら、フィラデルフィアに帰ってまたボクシングをやろう。ジョージはそう思っていた。海軍に入ってからも、軍の訓練とは別に、ボクシングの鍛錬トレーニングを欠かしたことはない。だが、練習試合スパーリングだけはできなかった。もう2年以上、人を思い切り殴っていないのだ。拳がうずいて仕方なかった。

 そんなジョージには、リキシとかいうあの男たちの肉体は、あまりにまぶしく見えた。あいつらを思い切り殴ったら、どんな感触がするのだろう。

 20数名の巨体の中に、ひときわジョージの目を引く肉体があった。

 ほかの男たちより頭一つは大きい。6フィート4インチはあるだろう。体重も300ポンドは下らないはずだ。裸の上半身は筋肉がすばらしく盛り上がり、膨れ上がった太ももが見事な下半身には、T字型の白い布を一枚だけ身につけている。中世のヨーロッパで男たちが身につけていたという、股袋コッドピースに似ているとジョージは思った。

 その男は、130ポンドの米俵を両肩にひとつずつ担い、背中にもバック・パックのようにひとつ担ぎ、首からもロープでひとつぶら下げていた。500ポンドを超える重量を、ひとりで運んでいた。さすがに足取りは重かったが、藁のサンダルを履いた足で一歩ずつ着実に、ずっ、ずっ、と砂を削りながら、巨体が前進していく。

 汗にまみれた黄色い肌は赤く染まり、首筋やこめかみ、二の腕には太い血管がどくどくと脈打っているのが見えた。黒い瞳がまっすぐに前を見つめ、怒りとも悲しみともつかない表情を浮かべている。日本人の年齢はよくわからないが、ほかのリキシより若いように見える。その表情を見ても、何を考えているのかジョージには想像できないが、この男が、何かとてつもなく強い感情を、こちらにぶつけているということはわかった。このリキシが今までの人生で流してきた、すべての汗の匂いを嗅いだような気がしていた。

 上官たちが唸り声を挙げていた。これは我々への示威行為デモンストレーションだ、ということであろう。大人物ぶるのが好きなペリー提督は、たいして気にも留めていないふうを装っているが、内心は気が気でないに違いない。

 ジョージの肉の裡に、自分の意志とは別のものが膨れ上がるのを感じた。ほかのリキシを目にしたときとは桁違いの強さだった。腰骨のあたりで竜巻が起こり、そこから全身に強烈なパワーが行き渡るようだった。唇が渇く。身体は燃えるように熱いのに、汗が引いていき、背筋を冷たいものが走り抜けていく。わずかでも緊張を緩めたら、全身の筋肉が弾け飛びそうな気がしていた。

「どうした、赤毛? 小便でもしたいのか?」

 マクフライの軽口も、ジョージの耳には入っていなかった。


 木と紙でできた、広いことは広いが、立派なのか粗末なのかわからない屋敷であった。

 その庭に、リキシたちが集まる。ジョージたち水兵は、裸の男たちを囲んで彼らの肉体を眺めていた。

 土の庭に、直径4ヤードほどの円形リングが書かれていた。土を木の棒でひっかいただけの簡単なものだ。今から、リキシたちが戦うのだという。オープンな作りになっている屋敷の中にしつらえた観覧席には、ペリー提督はじめ海軍の幹部たちと、縮こまった日本の役人たちが腰かけていた。リキシたちの肉体に比べると、役人たちはひどく貧相に見えた。腰には2本ずつサーベルをぶら下げているが、こんなひ弱な男たちに刃物が振れるのだろうか、とジョージは思った。

「スモーはただのレスリングではない。リキシはレスラーであると同時に、祈祷師シャーマンでもあるのだ。相手の肉体を大地に叩きつけることで、そのパワーを大地の精霊に伝える。そうして、勝利を精霊に捧げることで、豊作を願う儀式とするのだ」

 通訳の男が、スモーについて解説している。リングの中では、選ばれた6人ほどのリキシたちが、内側を向いて円型に並んでいた。いっせいに右脚を地面から放す。股を大きく開くと、右脚が信じられないほど高く上がった。そして、肩幅より広いぐらいのスタンスで、脚を降ろす。地面を踏みしめて、腰を大きく落とした。

 ゆっくり立ち上がると、今度は左脚を上げて、同じ動作をする。

「あの運動エクササイズはシコといって、地面を踏みしめることで地獄の悪霊デーモンを封じ込める意味がある」

 マクフライがげらげらと笑っていた。未開人の野蛮な風習、としかこの男は思っていないようだ。しかし、これは合理的なトレーニングだ。股関節の柔軟体操ストレッチと、足腰を鍛える屈伸運動スクワットが一体になっている。そのことに気づいた水兵は、ジョージだけではないようだ。唸る声があちこちから聞こえた。

 ウォーミングアップを終えたリキシたちは、次いでスパーリングを始めた。

 その獰猛さに、さっきまでへらへらしていたマクフライの顔が、見る見る青くなる。

 ふたりのリキシが、リングの真ん中で向かい合い、腰を落として手を地面につく。

 リキシのボスらしい、年かさの肥った男が声で合図をすると、ふたりの男は勢いよく立ち上がり、頭からぶつかり合う。

 頭蓋骨と頭蓋骨が激突する鈍い音が、その場にいる全員の耳を貫いた。

 ジョージの背骨にまで、その音は響いた。

 頭から激突したふたりの男は、それでダウンすることもなく、そのまま組み合っていた。

 腰に巻いた布を、お互いに両手で掴んでいる。あれがレスリング・パンツなのだろう。

「スモーでは、相手をリングの外に出すか、相手を地面に倒すと勝ちになる」

 片方の男は、さっき500ポンドの米を運び、ジョージの裡に竜巻を起こさせたやつだった。額にうっすら血がにじんでいる。もうひとりは、背たけは5フィート半ほどと低いが、身体が分厚く、体重は300ポンドほどありそうなリキシだ。

「背の高いリキシはグリーン・ボーイのシロマユミ、背の低いほうがチャンピオンのコヤナギだ」

 通訳の男が、ふたりのリキシを紹介している。妙ちきりんな名前は、いちど聞いただけでは覚えられそうになかった。

「むおおおおおっ」

 絞り出すような声を挙げた背の低いリキシが、相手を投げ飛ばそうとする。しかし、背の高い男は、バランスを崩しながらこらえた。お互いに掴んでいたレスリング・パンツから、手が離れる。

 コヤナギが、シロマユミの顔面に平手打ちオープンハンド・ブローを見舞う。

「ナックル・パンチは反則だが、オープンハンドは認められる」

 ジョージのやってきたボクシングとは、正反対のルールだった。コヤナギは、顔面に一発の次は、胸のあたりをめがけて、両手で立て続けにオープンハンドを打ち込む。このままリングの外に押し出すつもりなのだろう。

 肉と肉が、皮膚と皮膚がぶつかり合う高い音がした。

 背の高いシロマユミは、胸を突かれつつもコヤナギのパンツを掴もうと手を伸ばす。しかし、コヤナギの両手の回転に阻まれて届かない。

 徐々に、シロマユミの巨体が後退していった。

 海の匂いがかき消されるほど、濃密な血と汗の匂いが漂う。

 ペリー提督が、眉をひそめているのが見えた。

「がああっ」

 シロマユミの喉からも声が漏れた。コヤナギの手が、シロマユミの喉を掴んで押していた。リングの線ぎりぎりでこらえていた足が、外へ出た。そのまま2歩、3歩とたたらを踏み、飛び退くようにリングから離れていった。

 提督が手を叩いて勝者をたたえる。下士官や水兵たちも、それに倣った。

 ジョージも周りに合わせて、拍手を送る。だが釈然としない思いがあった。

 こんなものか。

 お前の力はこんなものじゃないだろう。

なぜ、同じ突き押しプッシングを使わないのだ。リーチならお前のほうが長い。やり合えば勝ったはずだ。

 余興の模範試合スパーリングだから手を抜いたのか。

 外国人に、本当のスモーは見せられないというのか。

 それとも、グリーン・ボーイだから、チャンピオンに遠慮したのか。

 そんなやつはファイターではない。いくら強くてもただの奴隷だ。

 畜生ファック

 俺の拳で、目を覚ましてやる。

「上官殿!」

 ジョージは声を挙げた。

「合衆国と日本の親善のため、親善試合エキシビジョンを提案いたします、サー!」

 水兵たちがいっせいにどよめく。歓声が挙がる。口笛を吹くものもいた。賓席に腰掛けていたペリー提督が、鷹揚にうなづいた。


 両手の拳に、布を巻いていく。

 きつく締めて、手首から指のつけ根までかっちりと固める。

「本当にやるのか、赤毛よお」

 支度を手伝いながら、マクフライが声を震わせていた。普段は威勢のいいことを言っていても、いざ戦闘となるとこんなものだ。

「ああ、あの黄色い顔イエローフェイスに、こいつをぶちこんでやるのさ」

 握り込んだ右の拳を眼前に突き出すと、マクフライは両手をすくめて、やれやれというゼスチャーをした。

 リングの中で、シロマユミは腕を組み、こちらを見ていた。

 上官と役人の話し合いにより、試合はすんなりと決まった。ルールはスモーに合わせて、リングから出されたら負け。ダウンしたら負け。投げられたら負け。ただし、スモーでは反則となる、ナックルパンチが許される。それを考えても、明らかにこちらが不利だ。

 しかし、かまうものか、とジョージは思った。

 とにかく、こいつのボディにパンチを打ち込むことさえできればいいんだ。

 もう、俺の中で起こっている竜巻を、自分ではどうすることもできない。

 ジョージはすでに歓喜していた。女の待つベッドへすべり込む、その直前と同じ気持ちになっていた。上半身裸になり、リングの中に入る。

 シロマユミのそばに、リキシのボスがやってきて何か話しかけている。

 日本語はまったくわからないが、シロマユミも何か返事をしているようだ。ふいに、嬉しそうな顔になって大きな声を挙げる。


――神々ゴッズそしてアンド死神デス――


 英語でそう言ったように、ジョージには聞こえた。リキシはシャーマンも兼ねている、ということだったが、勝利の栄光を神に捧げ、相手の生命を死神の贄とする、と宣言したのだろうか。こちらにもわかるように、わざわざ英語で。

 嬉しいぞ、シロマユミ。

 お前は、コヤナギとのスパーリングでは、明らかに本気を出していなかった。

 それが、俺には本気を見せてくれるんだな。

 俺を殺すつもりで、戦ってくれるんだな。

 だったら、俺もお前を殺すつもりでいくぞ。

 いいんだな。

「楽しもうじゃないか!」

 ジョージは、初めてシロマユミに声をかけた。シロマユミが、初めてこちらを見た。黒い瞳が、ジョージの赤毛を、青い目を、胸毛のびっしり生えた肉体を見つめた。口の端がかすかに上がる。

 シロマユミも、楽しんでいるのだ。言葉はわからないはずだが、言いたいことは伝わっているようだ。

 どうせ、男たちが闘いを前にして思うことなど、白人ホワイトだろうと黄色イエローだろうと、黒ん坊ニガーだろうと、原住民インディアンだろうと、変わらないのだろう。少なくとも、俺とシロマユミは同じだ。ジョージはそう思った。

 強く拳を握った両手を胸の前に出し、ファイティング・ポーズをとる。

 シロマユミはしゃがみ込むと、前かがみになり、両の拳を地面につけた。さっきのスパーリングで見せたのと、同じ体勢だ。ここから立ち上がって、突進してくるのだろう。

試合開始ファイト!」

 貴賓席のペリー提督が叫ぶ。同時に、リキシのボスが両手を叩く。それが合図だった。

 シロマユミの頭が、ジョージの顔面をめがけ、悪魔のような速さで低いところから浮き上がってきた。

 ジョージの身体は、反射的に左へと飛び退いていた。そこへ、シロマユミの手が飛んでくる。

 オープンハンドでの打撃だった。右の掌が、顔面を狙う。ジョージは、握ったままの左拳でその手をガードした。

 重い。

 石炭を満載したバケツで、ふりかぶって叩かれたような衝撃を感じた。

 今まで感じたことがないほどの、重い一撃だった。試合時間の長いボクシングでは、拳や手首を痛めないよう、序盤は軽く当てて様子を見るのが定石セオリーだ。しかし、短期決戦で、しかもオープンハンドで打つスモーでは、最初から全力で叩いてくるようだ。

 オーケイ、それなら俺も最初から思い切りいく。どうせこのルールなら、先に当てたほうの勝ちだ。だらだら様子を見るヒマなんて、あるはずがない。

 ジョージは心の中でそう言うと、右の拳にさらに力を込めながら、一歩踏み込む。シロマユミの、顔面の中心をめがけてストレートパンチを放った。

 鼻の軟骨が潰れる感触があった。

 パンチが当たった瞬間、拳から右手首、右ひじ、右肩を通じて、背中へと快感が走り抜けた。射精の瞬間に似た感動が、背骨から頭のてっぺんまで、内臓を揺らしながら突き抜けていった。

 これまでのボクシング人生で最高のパンチだ。それがこのタイミングで出たことを、ジョージは神に感謝した。おそらく、自分の拳もただではすまないだろう。しかし、その痛みはまだやってこない。あまりに強い歓喜が、苦痛を寄せ付けないのだ。右拳の悲鳴が脳に届く前に、ジョージは左拳でシロマユミの肝臓レバーを狙った。シロマユミはおそらくもう失神しているだろうが、身体が倒れる前に、もう一発パンチを打ち込みたい。

 その瞬間、ジョージは胸郭に強い衝撃を受けた。

 ごう、という吐息が口から漏れる。

 あのパンチを受けてなお、シロマユミは戦意を、意識を失っていなかった。鼻から血を流しながら、シロマユミは憤然と頭を上げ、反撃してきたのだ。

 さっきの、コヤナギとのスパーリングではやらなかった、突き押しプッシングだ。右手をまっすぐに伸ばし、ジョージの胸の中心を掌で叩き、押し込んだのである。

 心臓が止まりそうな衝撃とともに、ジョージの身体は重心が浮き上がり、足をふんばることがまったくできなくなった。

「どすこい!」

 シロマユミが、鼻と口から血を噴き出しながら、吼えた。

 左。

 右。

 左。

 右。

 一瞬のうちに、ジョージの胸には4発の突きプッシュが入っていた。戦艦のスクリューを思わせる、回転力の早さであった。

 つい1秒ほど前までリングの中央にいたジョージは、5ヤードほども突き飛ばされて、リングの外に転がり倒れた。囲んでいた水兵の列が、そこだけ割れて、地面に仰向けに倒れていた。

 立ち上がれない。

 倒れたときの衝撃で、頭がもうろうとしている。胸に強い痛みがあるから、肋骨が折れたのかもしれない。さっきパンチを打ち込んだ右拳も、ようやく痛みを訴えはじめた。

――負けた。

 極東の島国まではるばるやってきて、野蛮な風習を持つ未開の民族の、異形の闘士に、俺は敗北したのだ。霧のかかったような意識の中で、ジョージはそれを理解していた。

 悔しさより、嬉しさが勝っていた。

 どうせ正式なボクシングではない。勝ち負けなど最初から問題ではない。

 それは負け惜しみではなく、右手の感触がそう思わせていた。あのパンチを打つことができたのだから、ほかのことは何もかも瑣末事に過ぎなかった。

 マクフライが駆け寄ってきた。

「大丈夫か、赤毛」

 上体を抱え起こされると、視界がいくらかすっきりしてきた。

「ああ、たいしたことはない。マッキー、あの黄色いグリーン・ボーイはマーベラスだ。あいつと話がしたい。通訳を呼んでくれないか」

 鼻血を布でふきながら、シロマユミと、通訳の日本人が、地面に座ったままのジョージのところにやってきた。

「あんたのパンチは痛かった、こんなパンチは初めてだ。そう言っている」

「俺の拳も痛いし、お前のプッシングほどではないさ。そう伝えてくれ」

 血まみれになりながら、シロマユミは笑っていた。大きな赤ん坊のように見えた。

「ひとつ聞きたい。なぜ英語を話せた? 神々と死神――そう言っていたよな。どこで英語を覚えたんだ?」

 シロマユミは、困ったような顔をしてから、通訳の男にぼそぼそと日本語で何かを話す。

「あんたの言っていることが、シロマユミにはわからない。英語なんて知らないし、そんな言葉は言っていないそうだ」

「そんなはずはない。たしかにGods And Deathと言っていた」

 通訳の男と、シロマユミが顔を見合わせ、そして突然、大きな声で笑った。

「あんたは勘違いをしている。それは英語じゃない、日本語だよ。

――ごっつぁんです――

リキシがよく使う言葉で、サンキュー、という意味さ。リキシのボスが、シロマユミがあんたに勝ったらボーナスをやる、と言ったんだそうだ。それでサンキューと言っただけだよ」

 ジョージは拍子抜けがした。そんなどうでもいい言葉に、俺は命を懸けていたのか。

「そうか……。じゃあ、生死を懸けて戦うつもりなんてなかった、というわけか」

通訳の男が伝えると、シロマユミは首を大きく横に振った。

「とんでもない、と言っている。リングではいつも相手を殺すつもりでやっているし、殺されても恨みはしない、と決めている。きっとあんたもそうなんだろう、とシロマユミは言っている――」

 歓喜とともに、ひゅう、と声が漏れた。

 やはり、こいつは俺と同じタイプの人間だったのだ。俺の目に間違いはなかった。ジョージはようやく立ち上がると、シロマユミに握手を求めた。戸惑っている様子だった。日本には握手という習慣がないらしい。通訳の男に促されて、やっとシロマユミはジョージの手を握った。痛む右手だが、気にせずにジョージは言った。


――ゴッツアンデス――


 リングでは、チャンピオンのコヤナギが自分の腹をぽんぽんと叩き、俺の相手は誰だ、とでも言いたげな笑みを浮かべていた。

すぐに、何人もの水兵が我も我も、と手を挙げる。

男たちの宴は、まだまだ終わらないようだ。

(了)




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Gods And Death 鷲羽大介 @washburn1975

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