第8話 苦労人?マイタケ
”マイタケ:もみあげ氏、ちょっと集合”
(おや?)
ある時、仕事中にマイタケさんにチャットで呼び出しを受けた。
斜め後ろの席なので普段なら声をかけてくるのに、一体どういう風の吹き回しだろう?
『おっ、関係に変化が?』
”そういうのではないと思います”
ネ子さんがわざわざ音声を切って突っ込みを入れてきたので、文字でやんわりと否定しておく。
こういうのは常日頃から否定しておくことが肝心だ。
発現を切り貼りして拡散され被害を受けるのは得策ではない……と、ここ数か月で学んだのだ。
そういう意味では、言葉の威力を教えてくれたネ子さんには感謝しても良いかもしれない。
「それで──マイタケさん、用件は何でしょう?」
マイタケさんの席に近づき声をかける。
すると、マイタケさんはどこから用意したのか、持ち運び可能な椅子を指さした。
「とりあえずここに座ろう」
「はぁ」
言われた通りに着席する。
背もたれなし、クッションなしの木製椅子なので硬い。
できれば長時間座りたくないタイプのものだ。
「着席しました」
「うぃ。
それじゃあ……これの改修作業を始めたいと思います」
「これ……?
ああ、なるほど」
ディスプレイに映し出されていたのは、この前私が実装したとある機能のビューだ。
デザイナー側からは問題なしと言われレビューにも通っていたので、完成していると考えていた。
しかし、ビューの実装が得意なマイタケさんにしてみれば、この実装は問題ありということなのだろう。
そのままマイタケさん1人で作業してしまう手もあったのに私を呼び出したのは、同じことを繰り返してほしくないからだろう。
一緒に作業することでスキルを伝授する……ペア作業という方法はソフトウェア開発でよく見かける光景だったりする。
「うーん、こうなるなら最初からマイタケさんに手伝ってもらうべきでしたか」
「そうしたかったけれど、先週は忙しかったからなぁ」
「ですよねぇ」
ペア作業は良い方法なのだが、如何せん2人分の時間が取られてしまう問題がある。
先週までは私もマイタケさんも期限が迫っていたタスクに追われていたため、時間が取れなかったのだ。
幸いにも先週までの作業はひと段落したので、時間のある今のうちに問題点を改善しておこう──というのがマイタケさんの考えだ。
「よろしくお願いします、先生」
「うっす」
それからのことを簡潔に述べれば──破壊と再生だった。
まずは作り終わっていたビューがいくつかの仕えそうなパーツを残して全削除され、更地と化した。
そこからツールの機能を駆使して作られてゆくビューは、変更前と同じ機能を持ちながらも実装が簡潔だった。
肥え太っていた部分が消えスマートになったといえる。
マイタケさんが私の知らない機能を使った時は合間に質問を挟んでいく。
詳しい人にその場で質問できる機会は貴重なので少し脱線した項目についても尋ねておく。
こういう時に一気に聞いておいたほうがトータルのコストは安いのだ。
「これで……はい、完成」
「おー」
最後の作業を終えた時、そこには作業前と全く同じビューが出現していた。
しかし中身は全く別物で、おそらくだが私が実装したときの半分ほどのプログラムで出来上がっている。
初心者と熟練者では作業効率と質がかなり異なるというが、それと似た話だろうと実感させられる。
「精進します」
「うむ、励め」
「ははーっ」
謎のやり取りを行ってから自席に戻る。
なんというか、うん、こういう中身のないやり取りは嫌いではない。
一方のマイタケさんはライターをもって出て行った……どうやら煙草休憩のようだ。
裁量のある職場なのでどのタイミングで休憩を取ろうと問題はない。
ただ、なんとなく煙草を吸いに移動する行為が社内ではそう命名されているだけだ。
他意はない、はず。
(とはいえ、気になるよねぇ)
マイタケさん曰く、喫煙ルームでは立場を問わず様々な情報がやり取りされているらしい。
彼らが使っている喫煙ルームは社内の人間しか利用できないため、プロジェクトに関係することに関しても意見交換できるわけだ。
それ以外にも世間話を始めとした多くの情報が飛び交うらしく、喫煙組はちょっとした情報網を持っているといっても過言ではない。
とはいえ、最近は喫煙組も大変そうである。
喫煙のために席を離れる回数が多くなるとさぼりと疑われかねないのだ。
裁量なのだから成果をみれば良いはずなのだが、どんな場所においても行動を評価したがる人が少なからず居るらしい。
”マイタケ:肩身の狭さよ”
”もみあげ:そういう世の中ですから”
戻ってきて早々に書き込まれた文言に苦笑しつつ作業を進める。
マイタケさんもそれ以上は何も書かず作業にかかろうとして……唐突に名前を呼ばれていた。
彼を呼んでいるのは、プロジェクトでデザイナー陣のリーダーを務める人物だ。
(おおう、ご愁傷さま)
心の中で軽く祈りを捧げる。
リーダーからの呼び出しは無理難題が降ってくるパターンの予兆として有名なのだ。
”マイタケ:ツラミ”
案の定というか、マイタケさんが戻ってきてからの書き込みがこれだった。
どうやら先週の作業が半分ほど無に帰したらしい。
イマイチだったらそれまでの成果物を捨てて作り直せるのがスマートフォンゲームの良いところだが、作る側としてはつらいところがある。
ここは……何かテンションのあがりそうなことを書き込んでみるべきか。
”もみあげ:ツラミ……そうだ、今日は焼肉に行きましょう”
”神:突然だな”
”額:#マイタケさんのおごりで焼肉食べたいJP”
”マイタケ:エリンギ詰め込むぞ”
”もみあげ:折衷案でぶなしめじにしましょう”
”神:なぜきのこ攻め……”
なんかよくわからない流れになったが、これはこれで良しとしよう。
”もみあげ:というわけでマイタケさん、ダッシュで仕事を片付けましょう”
”マイタケ:無茶を言う……ならこのタスクを引き取って”
”もみあげ:あっ、藪蛇だったか……”
なお、必死に作業した結果なんとか肉にありつけた模様である。
めでたし、めでたし。
もみあげは退職しました もみあげマン @momi-age
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