月曜日は雨でよろしく

新樫 樹

月曜日は雨でよろしく

 土日の休みが終わって月曜日。今日は天気がいい。空は青く雲がない。

「行ってきます」

 と、ゴミを片手に玄関で微笑む人。

 頼んだわけじゃないのに、いつの間にか彼の役目になっていて、なんでこうなったんだっけと思い出そうとしても思い出せない。

 仕事行く人にゴミ出させるってどうなんだろうと思うけど、彼はちっとも気にしてない。いいのかなぁ。私は専業主婦なんだけど。

「知ってる? 行ってらっしゃいのチューすると、3年寿命が延びるらしいよ」

 だから、そんな信用していいのかどうかわからない友人情報を真に受けて、せめてもとほっぺにチューなんかしてみる。

「お、どうした?」

「これやると、3年長生きするんだって」

「へぇ」

 まんざらでもない顔をして、先週末はゴミが多かったから袋2つなんだけど、ひょいと片手にまとめて持って、空いた方の手を振って出かけて行く。

 若いときにはいろいろあって、家でもいろいろあって、人には言えないし言ってもわかってくれる人もいないだろうけど、なんかいつも悲しかった。

 自分を悪く言うのは嫌なんだけど、どう考えてもたいした女じゃないし、恋愛とか結婚とかにも夢はなかった。

 大事にされたら幸せだろうなぁとは思ったけど、そんな物好きがこの世にいるはずもない。

「ちょっと会ってみない?」

 お世話になっているご婦人に言われて、写真を渡された。

 浮いた噂もない娘に業を煮やしたんだろう。家族に強力にプッシュされ、クリスマスの日にご婦人の家に呼ばれていった。

 さあどうぞと通された客間の真ん中で、背広姿の人が脚立に乗って電球をかえていた。

「あ、どうも」

 優しい微笑みが、脚立の上で振り向いた。

 あなた、何させてるの! いや、急に電気が切れちゃってさ、俺じゃ届かなくてかえてもらったんだよ。やぁねぇ、もう、ごめんなさいねぇ。

 そんなやりとりを聞きながら、脚立の上の背広の背中をぼんやり眺めた。

 それが彼と私の最初だった。

 ロマンチックなこともドラマチックなこともサプライズなことも、彼との時間の中には全然なかったけど、穏やかで温かなものにいつも満たされていて居心地がいい。良すぎるから困る。だからゴミなんか捨てさせてしまってるのかもしれない。

「今日は雨がすごいから、私が捨てるよ」

 いつの月曜日だったか、車通勤の彼がいつも傘を持たないのを思い出して、言ったことがあった。

「そう? 大丈夫?」

 いや、私だって傘さしてゴミくらい出せるよ。

 大丈夫?って、なによ。

「じゃあ、お願いしようかな」

「うん、いいよ」

 なのに、なんかちょっと私って偉いみたいになってるから、馬鹿みたいだ。

 ただのゴミ出しなんだってば。

 そうして、いつものように3年の寿命を延ばそうとほっぺにチューしようとしたとき、くるんと彼の腕が私に巻きついた。

「行ってくるね」

 夫婦なんだし。今さらハグくらいでわぁぁぁっとかならないし。

 けど、なんだけど。

 いつものサンダル履いて傘さして、雨の中ゴミ持って歩く足がふわふわしてた。

 サンダルだからさっそく足濡れてるし、ビュービュー吹いてる風にバシャバシャ雨が混じってずぶ濡れで最悪だったけど、ぽかぽかあったかくてなんか変だった。


 できることなら、許されるものならば。

 このあったかくて変な時間がずっと続くといい。

 そうして時々、月曜日は雨がいい。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

月曜日は雨でよろしく 新樫 樹 @arakashi-itsuki

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ