第14話 絶っても 経っても

 ナナミと別れて間もなく、僕は電話帳、メッセージアプリ、SNSアカウントのすべてを削除した。こんなに愛した人さえも失ってしまうのなら、どんなに大切にしていてもいずれ離れてしまうのなら、もう二度と誰とも関り合いを持ちたくない。心からそう感じたからだ。

 けれど、寂しさを感じないわけではない。一生を一人で過ごす、なんてことを本能は許してはくれなかった。それでも、愛欲や性欲さえも拒絶して、女性不信に陥った僕に唯一残ったものは、家族でもなく、友だった。


 大学からの気の置けない友人の一人。その彼の電話番号がシンプルで覚えやすく、なぜか頭に残っていた。連絡先をすべて消し去った自分には、ただそれだけが、眼前に下りてきた蜘蛛の糸に他ならなかった。


 時刻は夜中だったにも関わらず、迷惑にもその番号に電話をかけてみると、以前のように難なく繋がり、そして以前のように彼は応えてくれた。


「おうなんや」

 生まれてこのかた東京から出たことがないはずの彼は、冗談ぽくおちゃらけた関西弁をよく使う。本場の大阪人が耳にしたら怒るようなクオリティの低さで。


「俺、頭おかしくなったかもしれん」

 僕は何の前置きもなく、突然そう話した。そして、その途端、どう反応されるのか怖くなった。そんな単純なSOSしか発せないほどに、ただでさえ足りない脳みそが、我が儘に幼く退化してしまっていたことに、恥ずかしくなりながら。


「まあ、とりあえず……」

 彼の返事が耳に届くまでの刹那の間が、ひどく長く感じられた。


「うち来いよ」


 答えでもなく、

 諭すでもなく、

 以前のように変わらずに受け入れてくれたその台詞が、何よりも染みた。

 僕は泣くのを必死に抑えながら「うん、行く」と告げて、昔のように、週末に泊まりにいく約束を交わした。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

逢いたいと呟くだけの呼吸器官 XYI @XYI

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る