第1.75話 冴えない彼女との打ち上げ方


 お昼過ぎにもかかわらず人々の興奮冷めやらぬイベント会場の片隅に、激闘を振り返る男女二人の姿があった。


「やっと終わったぞ……。喜べ加藤、長時間に及ぶ戦いが今やっと終わったぞ!」

「本当に長かったね…。さばいてもさばいても列が無くならないなんて悪夢そのものだよ」

「あぁ…。明日からはバーコードの読み取りに手間取って長蛇の列を生んでしまうコンビニの新人バイトにも優しくできそうだな」


 テーブルのクロスを片付けながらそんな与太話をしているのは、二次創作同人誌(十八禁)の頒布を行うサークルegoistic-lilyの臨時代表、安芸倫也。そして、当日朝に急遽呼び出された臨時売り子、加藤恵。


 ただの消費オタだった俺が強烈な動機によって最強のギャルゲーを作る同人サークルを立ち上げてから早数ヶ月。プロデューサー兼ディレクターであるはずの俺は、原画家である柏木エリのアシスタントとなっていた。いやだって奴が突然俺のことこき使ってくるからしょうがないんだもん! 俺だってやりたくてやってるんじゃないもん!

 しかも俺たちの最強のギャルゲー(仮)ではなく、自分のサークルの活動を中心に行っているという悪逆非道っぷり。


 一昨日から昨日、そして今日にかけてイラストの塗り分けや夜食の買い出しなど雑用を一挙に引き受ける俺の献身さといったら……。

 挙げ句の果てに、臨時代表として頒布の全てを俺に託してきやがった。過去のいざこざを気にしてなかったら絶対俺こんなに献身的じゃないよ?


 ともあれ突如として臨時代表を託された俺は、作業の負担を少しでも軽くすべく、売り子として加藤を召喚した。


 致命的に死んだキャラに、薄すぎて突っ込みすら難しいリアクション。そんな安心・安全・安定のスーパーモブこと加藤恵は、ある春の日に俺と出会ってしまったが故に、ぼくのかんがえたさいきょうのギャルゲー(仮)におけるメインヒロインとなった。キャラ薄すぎるけど大丈夫なんだろうか…。


 そして現在はドキドキ! 二人きりのサークル活動(主にうまく捌けるかどうか)が無事終了し、一息ついているところである。


「ねぇ安芸くん。質問してもいいかな?」

「おぉ、俺に答えられる範囲ならいいぞ」

「結局、売り上げってどれくらいになったの? 売れた数を数える暇もなかったけど」

「……そこを気にしちゃうか。まぁ確かにあんだけ列あったらどうなるって思うよな。でもお前それ聞いちゃって引いたりしないか? ほら、持ってみろよ」


 そう言って加藤に持ち運び式の金庫を渡す。


「えっ、重っ……。これ持ってきたときはほとんど空っぽだったよね?」

「おう、釣り銭分に少しだけ入れてたけどほぼ空だったよ」


 本当にちょっとシャレにならんことになってるのよ。金庫の重さを抜いて2キロくらいか……。あと実は千円札が軽く百枚はあるよ?


 金庫の重さにちょっと引きつつ、加藤は言葉をつなぐ。


「澤村さんって本当にすごい作家なんだねぇ。こんなすごい人を素人のゲーム作りに引き込むとかやっぱり無謀だよ安芸くん」

「近くにいたのがあいつだけなんだからしょうがないだろぅ!」


 本当にやむを得なかったんだ。別に他意はないんだよわかってくれよ……。


「まぁそれはいいや。ねぇ安芸くん、これからどうするの? もう仕事は終わりなんだよね」

「おう! んじゃ打ち上げ行くか加藤!」

「え、本当に行くんだ? てっきりこき使うだけこき使って、あとはさよならかと思ってた」

「お前の中で俺ってそんなやつなの!?」



***



「ねぇ、安芸くん。打ち上げってここでやるの?」

「おう。ピザでも寿司でもなんでもとっていいんだぞ! しかも何時間騒いでも怒られない! もう打ち上げにはうってつけだな!」


 売り上げを無事銀行の口座に入金し、やるべきことを全て終えた俺たちは。


「確かにそうかもだけど、そうゆうことじゃないってわかってるよね?」

「すみません、今割と金欠なんで勘弁してください」


 いつものサークル会場である安芸家にたどり着いていた。いや、本当にお金ないんですよ! 後々打ち上げ費用を英梨々に請求するにしても、さすがに売り上げをすぐ使うわけにもいかないし!


「まぁとりあえず上がれって! おいしいお茶とお菓子が待ってるぞ!」


 そう言ってドアを勢いよく開ける。ちなみに、本日は休日ですが両親はお友達と一緒に映画鑑賞に行っているため、席を外しております。


「……なんかもう本当に安芸くんってつくづくわたしに興味を持ってないんだねぇ」


 突然そんなセリフを吐きながらも、おとなしく敷居をまたいで安芸家への上陸を果たす加藤。最近は我が家に慣れてきたのかその表情はいたってリラックスしており、俺が先導するまでもなく、玄関で靴を脱ぎ、階段を上っていく。

 細すぎるわけでもなく、かといって余計な脂肪がついているわけでもない、実に健康的なふくらはぎや膝の裏が自然と視界に入ってしまう。いやいや、別に見ようとしてるわけじゃないんだ。目の前にあるからつい目に入ってしまうだけなんだよ!

 そんな緊張の階段登りを終え、俺の部屋に二人きり。


「ほら、まぁ座れよ」


 ま、加藤を部屋に呼ぶのも数回目なので、俺自身も基本的には慣れたものである。さっきみたいなドキドキ階段登りは別だけどな!

 あと、サークル活動(勧誘も含む)という名目以外では誘ったことないけど。


「うん。あ、この本続きが出たんだ」


 加藤は座ると同時に、机の上に何気なく置かれていたラノベの新刊に手を伸ばす。しかしながら、その行動をクソオタクである俺は許すことができなかった。


「おい加藤、ちょっとそこに直れ」


 すぐさま読書タイムに入ろうとした加藤を俺が呼び止める。


「え、どしたの突然」

「いいから! ほらそこに正座!」

「わかったからいきなり暑苦しくならないでよぉ」


 加藤は思い切り嫌そうな顔を浮かべつつ、言われた通り足元を正す。


「…その作品は先日のサークル活動で加藤に進めたものだったな」

「ひたすらにオタク文化を普及されるのがサークル活動なのかはわからないけど。うん、そうだよ。だって安芸くんが読み終わるまでは帰さないってうるさく言うから」

「ねぇそれ最初の一言必要だった!? …まぁいいや。それで、読み終えた感想は?」

「えーっと、前回もこのやりとりやったから覚えてるよね? 安芸くんが熱く勧めてくるだけあって、面白かったよ。特に4巻の最後はずるいよねぇ。すごい気になる終わり方してたから……」

「そう! そうなんだよ!」


 確かに加藤は前回のサークル活動で、俺のことを完っ全に無視してそのシリーズを読みふけっていた。……全然落ち込んでないから! 布教した人間にとってはご褒美のようなリアクションだから!


「でもな加藤。この作品を気に入ってくれたからこそ、最近になって読み始めたんじゃわからない、この作品の本質に触れて欲しい!」

「本質?」

「あぁ… この作品の本質は『究極の焦らし』、これに尽きる」


 そう告げると、加藤は視線を宙にさまよわせながら考える仕草をする。

 ちょっと待て、その仕草なんか知らんが可愛くてキャラ立っちゃう!


「確かに主人公とヒロインがくっつきそうでなかなかくっつかないけど、それが本質なの?」

「いや、そうじゃない。…実はそのシリーズ、最新刊が出るまで11ヶ月も空いたんだよ…」


 わかってくれるよな! オタクの仲間達読者の皆様ならわかってくれるよな!このどうしようもない気持ち!



§



 そんなこんなで加藤がラノベにどハマりし、俺の存在を無きものとしているという、ゆったりとした時間が流れていた。

 でも、そんな穏やかな時間を壊すように、玄関の呼び鈴が鳴る。


「安芸くん。呼び鈴がなってるよ」

「んー、最近アマゾンで注文とかしてないし、誰だろ。まぁ居留守でいいよ」

「わかってたけど、安芸くんって結構ダメ人間だよね」


 しばらくすると、呼び鈴は鳴り止んだ。これで静かになるかと思った矢先。


「ねぇ安芸くん。今ドアが開く音しなかった?」

「怖いこというなよ加藤。俺ちゃんと鍵かけたぞ?」


 果たして加藤の言うとおり。ドアが閉まる音とともに、階段を誰かが登ってくる。



「倫也! いるんでしょ!? 居留守使ってんじゃないわよ!」



 玄関の鍵を勝手に開けることができ、迷わず階段を登ってくるヤツといえば。



「……ちょっと倫也!」



 合鍵の場所を把握しており、さらに言えば俺の部屋に来たことがあるヤツで。



「なんでここに……えっと……加藤さん? がいるのよ!」


「澤村さん?」

「お前そこはタイムラグなしですぐに呼んでやれよ……」



 本日の打ち上げの遠因である、金髪ツインテールしかいない。



 英国人の父と日本人の母を持つハーフであり、俺こと安芸倫也の幼馴染の腐れ縁を持つ、金髪ツインテールでおなじみの、澤村・スペンサー・英梨々。

 その実態はクソオタクの父とクソオタクの母を両親に持つ生粋のクソオタクであり、コミケで余裕の壁サークル、egoistic-lily所属のイラストレーター、柏木エリ。

 そしてそして、この春から始動した最強ギャルゲーサークル(主宰:安芸倫也)の看板グラフィッカーである。



「……で? 日曜から女の子連れ込んでお部屋デートだなんて、いい度胸してるじゃない倫也。別にあたしにはあんたが誰と何してようが少しも関係ありませんが!」

「はぁ、ちげーよそんなんじゃねーよ。だいたい、お前にだけはそんなこと言われる筋合いはない! これはサークル活動終了後の打ち上げという歴とした行事だ!」

「……どういうこと?」

「いやだから、今日のイベント、俺だけじゃどうにもならなかったから加藤にも売り子として手伝ってもらったんだよ」


 顔を合わせて早々、よくわからないデートとかいう勘違いをしている英梨々に、こうなった経緯を簡単に説明する。


「はぁ!? なんであたしに無断で勝手に雇ってんのよ!」

「別にいいだろそれくらい。っていうかあの部数を一人で捌けるかよ」


 実際二人でもギリギリだったし。というか文句があるなら手伝いに来いよって話なわけで。


「うぐっ……。でも別にこの子じゃなくたっていいじゃない! なんであえてこの子なのよ」

「いや〜、朝一にいきなり連絡してすぐ来てくれるヤツって言ったら、加藤ぐらいしか思いつかなかったし」

「安芸くんって、わたしのことそんな風に思ってたんだ……」


「…なんでそんなに信頼してんのよ! まだ出会って一ヶ月くらいなんでしょ! どんな好感度設定よ!」

「なんでわざわざギャルゲーみたいな表現するんだよ? 別に加藤攻略しようとは思ってねぇよだってモブキャラは攻略できねーもん」

「わたし、そんなにキャラ薄いんだ…」


 なんか後ろの方で加藤の目から光が失われているような気がするがまぁそれは置いておこう。


「まったく油断も隙もないわね……」

「で、お前何しに来たんだよ?」


 まさかこんなしょうもない喧嘩をするためだけに来たのではあるまい。


「そ、それは……今日の売上について聞くためよ! 別に、散々雑用押し付けて、臨時代表までさせて申し訳なかったから謝りにきたわけじゃないんだから!」

「あ〜、はいはい。今回も誠に喜ばしいことに完売いたしましたよ!」


 なんかすごいツンデレなセリフだな。やはり感情が高まった英梨々は凡百のツンデレキャラに成り下がってしまうな……。


「ほら、もう用事済んだんなら帰れよお前。俺には加藤をゆっくりともてなすという任務が控えてるんだから」

「え〜っと、今のところわたしをもてなしてくれてるのはラノベであって安芸くんではないと思うんだけど、その辺のところはどう考えてるのかなぁ?」


 後ろで加藤からチクチク刺されているがそれはやっぱり黙殺して。


「……あたしも打ち上げ、参加する」

「いやお前売り子してねぇじゃん」

「い、いいじゃない別に。本作り終わったんだから打ち上げに参加する権利はあるでしょ?」



 そんなわけで英梨々も参加し、結局朝までギャルゲー談義に花が咲いたのだった……。



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冴えない彼女のなだめかた @kou_ity

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