冴えない彼女のなだめかた
青
第2.75話 冴えない彼女の送り方
放課後の視聴覚室に差し込む夕陽がいつの間にかなくなり、職員室を除いた学校全体が夜に覆われた午後十時前…
「ほら安芸くん、もう帰るよ? 早くしないと本当に終電ダッシュになっちゃうよ?」
防音ガラスで仕切られた放送室からスピーカー越しに発せられたフラットな音声。
もう誰のことだかわかるよね。フラットって言ったら加藤だもんね。
「うぅ……。そうだな、帰ろう。でももう一度約束してくれ! 今日の出来事は誰にも言わないことを! 具体的にはついさっきの逆取材の中身だけど!」
膝に力を入れて体勢を立て直しガラス越しの加藤と向かい合うのは、最強のギャルゲー制作サークル主宰にしてクソオタクにして膝枕野郎の俺、安芸倫也。
「あー、はいはい。言わないってば。安芸くんが憧れの作家に膝枕するような優しい男の子だってことは」
「わかった! もうわかったからそのことについてはコメントしないでくださいお願いします!」
放送室から出る最中にも俺の心を折ってくる加藤の表情はフラット……だよな?
俺と加藤は、とある理由により依頼された仕事をこなしていた。その仕事とは、50万部を売り上げる新進気鋭の女子高生ラノベ作家・霞詩子のスペシャルインタビュー記事作成。紆余曲折ありながらも、加藤の協力により無事に目鼻のつく形にまで仕上がったのがつい先ほどのこと。最後のあたりには余計な情報が流出してしまったがそれに関しては忘れてしまうことにする。俺も自分のことが大切なんや……。
とりあえず時間も本当にやばいことになってきたので帰途につくことにする。夜遅くに人気のなくなった学校で男と二人きりだというのに、加藤はいつもと変わらない様子で俺の隣を歩いている。こいつの女の子としてのアンテナぶっ壊れてるんじゃないの。
「加藤さぁ、今更聞くのもあれなんだけど、こんな遅い時間に帰って親から怒られたりしないのか?」
「別に〜? さすがに連絡なしだと怒られちゃうけど、連絡さえしとけばなんとかなるよ」
「お、おぉ……」
加藤の両親の寛大な心に感銘を受けつつも、年頃の女の子の親としてそれはどうなんだと考えざるを得ない。いや別に夜遅く帰すからといって送り狼なんかにはなりませんけどね!そんなエロゲなんかでよくあるシチュエーションなんぞリアルには存在しない!
「まぁ一緒にいるのが安芸くんだから平気だよ」
「え、それってどういう……」
「二次元にしか興味がないオタクだし、安芸くんは倫理にもとることはしないもんね?」
「……っそうですともしませんとも!」
実際に何かする気はもちろんないけど、その言葉のチョイスだけはぜひやめていただきたい。どこぞの黒髪ロング売れっ子ラノベ作家が頭を過るから……。実際に黒いのは髪だけじゃなく性格もでした。
そんな与太話をしながらも下足箱で靴を履き、帰りはじめる。
「当たり前だけどこの時間は暗いな……」
「もう十時くらいだもんね。さすがにこんなに遅くまで学校に残ったのは初めてかなぁ」
「そう言われてみれば俺もだな。……互いに初体験ということで」
「……安芸くん、もうちょっと言葉を選んだほうがいいんじゃない? それになんかおじさんっぽいよ?」
「安心しろ。こんなしょうもないこと加藤にしか言わない」
「……それって私は喜べばいいの?」
相変わらずヒロイン力の弱いヒロインだ。
「まぁそんなことはどうでもいい。送ってってやるから帰るぞ。」
「えー、膝枕する優しい男の子のせいで帰るの遅くなっちゃったのに、そんな扱いでいいの?」
「ご自宅まで送らせていただくので早く帰りましょう加藤さん!」
なんかこれ俺明らかに手綱握られてるよな?
加藤も俺も通学は電車を利用している。そのため、学校の最寄り駅まで歩き、電車に乗り、加藤を家のあたりまで送り届けるということが俺に課せられたミッションとなる。もし仮にここで加藤の機嫌を致命的に損ねるようなことがあれば、先ほどの機密情報がどこにリークされるかわかったもんじゃない。そうなると、今後のサークル活動にまで支障が出る。主に原画家とシナリオライターとの関係とか俺の威厳とか。気を引き締めてかからねば。
そんなことをつらつら考えながら校門をくぐり抜け、最寄り駅までの歩き慣れた道をめぐる。
「そうだ加藤。この機会にネタ集めするか」
「どういうこと?」
「ほら、ギャルゲーでよくあるだろ? 帰り道に攻略ヒロインと会話しながら帰るってヤツ」
主にアマ○ミとか。
「あぁ、なんかあるねそういうの」
「あれと同じことをやってみよう! きっと俺たちのゲームにも反映されるはず
だ!」
「やるのはいいんだけど、今から? もう夜遅くて早く帰ろうっていう時に?」
「……いいんだよ思いついた時が吉日なんだよ!」
ネタ集めを口実に膝枕の件をうやむやにしてしまおうという俺の高度な作戦が勘付かれそうになったが、ここはゴリ押し。
「まぁいいや。じゃあなんの話するの? 安芸くんが私に話を振るっていう流れなんだよね?」
「そうだな。ちょっと考えるから待っててくれ」
ここまでは予想通り。加藤のちょろさが実にありがたい。
しかし言い出してみたのはいいものの、実は何も考えてなかった。気をそらすことだけを考えていたのが仇となったか……。とりあえずこういう場面でよくある疑問を適当にあげつらってみる。
「まぁ無難なところだと、趣味だな。加藤は家で何してんだ?」
「趣味かぁ……。家では雑誌読んだりドラマ見たりしてるね。これって趣味って言えるのかな」
「……特技はどうだ? これなら自信を持って得意だと言えるものは!」
「自分が自信を持って得意といえるものって、ほとんどの人は持ってないんじゃないの? 澤村さんくらい絵が描けたり、霞ヶ丘先輩みたいに文章が書けたり、安芸くんみたいにアニメに情熱を注げたらそれは特技だと思うけど」
「何かないのか! ピアノが弾けるとかお菓子作りが上手いとか」
「うーん、ピアノはダメだしお菓子もレシピがあれば作れる程度だね。理由がなければ作らないし」
この会話をしてみて、俺たちのゲームの行く末が本当に不安になった。果たしてこの女の子はギャルゲーヒロインとしてふさわしいのだろうか。霞ケ丘先輩は加藤をベースにキャラクターを作り上げると言っていた。ゼロに何をかけてもゼロなんだよなぁ……。
「やっぱり加藤はキャラが致命的に死んでるんだな……。生きてて楽しいのか?」
「安芸くん、それはちょっと失礼すぎない? 私だって楽しい人生を送ってるよ? 確かに今まで何かにすごく打ち込んだこととかはなかったかもしれないけど……」
「それならいいんだけどな。なんか見つかるといいな、やりたいこと」
「ふあぁ〜っ……。うんうん、そうだよねぇ〜」
「あくびしながら言うなよ。打ち込めること見つける気ないだろ」
「そんなことないんだけどなぁ」
……会話が終了してしまった。いつもは俺が加藤に対して「絶対に見るべき今期オススメアニメbest10」だったり「今だから聴いて欲しいアニソンシリーズ」といった布教活動という名の話題を振っているが、それが使えないのがここまで苦しいとは。
「そうだ! 恋愛の話はどうだ! 女子の間では鉄板ネタだしお前もそういった話題に遭遇したことは一度や二度じゃないはずだ!」
「あ〜、確かにそんな話題あるよねぇ。でもあれって話す人って決まっちゃってるし、その人の話聴いて頷いとけばなんとかなるんだよね」
「なんという枯れた考えなんだ……。それでも『恵はなんかないのー?』とかっていう雑なフリとかあるだろ」
「それこそ『え〜、何にもないよ〜』って返しとけばなんとかなるよ?」
あまりにさっぱりと、あっさりと、フラットな意見過ぎて、どうしようもない。まぁゲームヒロインのモデルが男好きな非処女だったら困るけど。やっぱり多くの人間(特に童貞オタク)に夢を与えられるのって奥ゆかしい美少女(処女に限る)だよね!
***
全く役に立たないネタ集めをしていると学校の最寄駅に到着した。なんとか終電ダッシュは免れたみたいだな。改札をくぐり、ホームで電車を待つ。加藤は隣でスマホをいじるでもなく、ただただ静かに見慣れた光景を眺めていた。いつも以上に気配が薄く、目に力も入ってないように見える。
「加藤?」
「………」
「加藤? おい?」
「……何? 安芸くん」
「お前今日いつにも増してぼーっとしてないか? 生きてる気配がないとかそれはもうキャラ立ちとかいう問題じゃなくなってくるぞ」
「……ねむい」
「そんなにか? 確かに時間は遅いけど…。俺の部屋でゲームの制作会議やってるときはもっと遅くなるときあっただろ? お前そんとき元気だったじゃん」
「そうだよねぇ……。昨日夜遅くまでパズ◯ラやりすぎちゃったからかなぁ」
「ふーん。まぁ家帰ってからゆっくり寝ろよ」
話している間にホームにアナウンスが流れ、電車が滑り込んでくる。働いているみなさんの帰宅時間から上手い具合に外れているためか、座席に座れそうなほどの乗車率だ。
電車内に入りドア付近の座席に座ると、加藤が左隣に並んで座る。
電車内で大声で喋るわけにもいかず、なんとなくスマホを弄る。加藤と一緒にいるときはそういったところに気兼ねがないのが楽でいい。どっかの金髪とか黒ストは俺がスマホいじってるとなんか機嫌悪くなるしな……。自分たちは弄るくせに。人にやられて嫌なことを他人にはやるなって幼稚園のときにならったでしょーが。
***
視界の端をさらさらと何かがよぎる。スマホから目を上げ、隣を見ると加藤が可愛らしく船を漕いでいた。やや茶色がかった中途半端な長さの髪が船をこぐごとに揺れている。
「おい、加藤?」
「………ん」
「……」
すぐ隣にある加藤の寝顔に、思わず見入ってしまう。キメの細かい肌、薄いけれど形のいい唇、長い睫毛が閉じられた瞼を彩っている。
こいつ、改めて見てみると普通に可愛いな……。寝てればキャラの薄さが現れないからか、ただの美少女になってしまう。
加藤が降りる駅まではまだ少しある。ちょっとでも体力回復させといてやるか。そう思った俺は、話しかけるのをやめて再びスマホの画面へと目をうつす。
「うぅ〜ん……」
そんな声と同時に、左肩に軽い衝撃。
「……んふふ」
ちょっとちょっと加藤さん。微妙にポジション調整とかやめて! あなただけはそういうことしないはずでしょキャラ的に! バランスがおかしくなっちゃうでしょ!
いかん。これ以上は倫理的にいかん! いや今まで散々寝顔見てるだろとか部屋で二人きりで朝まで過ごしただろとかツッコミどころはたくさんあるだろうけど、ここまでインファイトなのは初めてなんだよ!
「おい、起きろよ加藤。そろそろお前が降りる駅だぞ」
「……ん〜? まだ三駅もあるよぅ」
「おいちょっと待て。お前なんで残りの駅数わかるんだよ。寝てたんだろ」
「……」
「おい」
「……も〜、うるさいなぁ安芸くん。霞ヶ丘先輩みたいに膝枕してとは言わないからぁ…肩くらいは貸してよ…」
ここでそれを引き合いに出してくるとか、こいつ確信犯だな? なんなの? そんなに膝枕が羨ましかったの?
というかなんなんだよ、この圧倒的キャラ立ち。加藤のくせにそういう行動をとるのは本当やめていただきたい。何かと無視できなくなるし。
***
「いい加減に起きてくれ、加藤。もうお前の降りる駅だぞ」
「うぅ〜ん」
こいつ、結局降りる駅まで寝やがった。その間一ミリも動けなかったじゃねーかよ。
「ほら、降りるぞ加藤」
「うん。あぁー、ちょっと眠気が覚めたよ〜」
そりゃあんだけ寝れば眠気も覚めるだろう。どことなくいつもよりも元気に見える加藤を見ながらそう思う。
「ふふっ……」
「なんだよ」
「別に? ただ、安芸くんにもたれかかって寝ちゃったなんてあの二人には言えないな、と思っただけ」
「…お前なぁ」
もしかしたら、俺が考えているよりも加藤って子供っぽいのかもしれないな、何て思ってしまう帰り道の出来事だった。
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