体操着になった私
ひでシス
忘れた体操着の代わりになった私
「えっ! やっば体育って今日までだったの?!」
ゲゲーという顔で彼女はこちらを見返す。まったく、毎日のホームルームを睡眠に割り当てているからこういうことになるのだ。
もうそろそろ暖かくなってもいい季節なのに一向に暖かくならない。それどころか、この冬は、寒波の影響で幾回かマラソンが休講になっていたのであった。今日はその振替授業である。
私は毎回ちゃんと授業へ出てたからいいけど、時たま理由をつけて見学にしてもらっていた彼女は、わりとマズい模様。
「うわー最後は授業出ないと教師の印象悪いって」
「ウケる。」
「体操服貸してくれ~~」
そう言いながら私の机の上にあるたたまれた体操服を広げて見るが、それの胸周りはいく分か彼女よりも大きいのであった。こんなもの着て走ってしまうと、借りたことがバレバレだろう。
「う~ん、大きいなぁ。 ……体操服になってくれない?」
「はぁ? またそういうのか。私があんたの体操服になったら、授業欠席せざるを得ないじゃん。」
「私に体操服貸してくれる時点で、欠席になるのは一緒では」
まぁ、たしかにそれはそうだ。う~ん……
*
「じゃあ、いくよ」
「はい。」
私はイスに座ったまま返事をする。彼女は後ろから抱きつく姿勢で、唱え事をし始めた。
首元からスルスルと手が入れられ、胸元へ。背中へもスカートしたから忍び寄る。
前後からギューと圧力をかけられながら、私は自分の身体が薄っぺらい布状の体操服へなっていくのを感じていた。
*
グラウンドを走る少女たちのうちの一人が着ている体操着(上)に私はなっていた。下は私のものの借用である。
彼女は頻繁にサボりはするけども、やりだしたらわりあい真剣な質だ。寒空の下着物になるだなんて寒いかなと思ったけど、彼女が発する熱気でまったくそんなことはなかった。
汗が胸元の谷間で水滴として結晶して、おへそのあたりで短パンにツッコまれた私に染みこんだ。走る一歩一歩の度に身体中がこすれて強度の快感を感じる。
私は彼女を全身で包む感覚を楽しみながら、体育の時間は過ぎていった。
*
「フー、おつかれー」
机の上に置かれたクシャクシャの体操着にねぎらいの声がかけられる。できれば畳んで欲しいところだけど。
運動による刺激と発汗を吸収した私は、紅潮しながら机の上で丸まってホカホカと湯気を立てていた。
「ぅぅ~。ふぅ。じゃあ、元に戻して。」
「う~ん、なんかばっちぃ」
「えっ?」
「けっこう汗かいちゃったし。私の汗の匂いをされながらこの後の授業を受けられるの迷惑だし、洗濯したから戻してあげる」
「ええっ?!」
「洗濯してー、干してー、キレイにアイロンかけてから戻してあげるよ」
ちょっと待って!という抗議も虚しく、私はクシャクシャのまま短パンとともに体操着入れに入れられ、机の横へ吊るされたのだった。
*
「洗濯モードは『念入り』っと」
バスローブを巻いた彼女は私を他の洗濯物と一緒に洗濯機へ投入した後、風呂の残り湯で私を洗濯しようとしていた。
下には私の短パン、上には彼女のネグリジェ。彼女の匂いの充満するカゴの中で、洗濯機の操作音を聞く。
設定が済むと、アタックバイオジェルEXが上からかけられ、やがて給水が始まった。
(ほんとうは優しく手洗いをして欲しいんだけど……)
身体が伸びちゃわないかなー、と心配しながら、彼女の使い終わった湯が身体に染み込むのを感じていた。
*
ドラム式洗濯機は叩きつけて汚れを落とすけども、伝統的な日本の洗濯機は強い水流で汚れを落とす。
関係ないけど、沖縄出身の友だちはカゴの中に羽が付いているまた別の形の洗濯機を持っていて、被せ蓋をせずに制服を洗濯してしまってエリがボロボロになっていた。
水が回転し私は他の洗濯物と一緒に洗濯物としてもみくちゃにされる。だって私はただの体操着なのだから。
「うぶぶ。」
そんなとき、私は今まで感じたことのない奇妙な感覚を覚えた。なんだか幽体離脱のような、意識が身体から剥がれかけてるような……
もしかして、洗剤と強い水流で、私の意識も『汚れ』として一緒に洗い落とされようとしているのでは?!
もちろん身体の自由は効かずにそのまままだまだ続く洗濯に身を任せるしかない。でも、汚れとして洗い落とされてしまったら……
また私に強くかかる水流に恐怖を覚えながら、私は洗濯機の中で回り続けていた。
*
そうこうしているうちに、ついに私は完全に体操着という身体を失ってしまったのだった。今はただの汚れとして、一部は水面の泡に、一部はミセル化して洗濯水に溶け込んでいた。
(やばいやばいやばいやばい!!)
そろそろ『すすぎ』の工程だろう。洗濯水は洗濯機の中から排除され、代わりに水道水が注ぎ込まれることになる。そうなったら、もう私は元に戻れない。
(助けて! 下水に流れちゃう!)
ついに『洗い』の工程が終了したようだ。洗濯槽下部の栓が開かれ、私は他の汚れとともに汚水として下水管を流れ始めた。
なにも言わなくなった体操着を干すときに、彼女は私が拗ねていると勘違いするだろうか。熱いアイロンを掛けても何も言わないことで驚くだろうか。できれば、そのまま体操着として使い続けて欲しいな……
他の下水と混じり合い意識が薄まっていく中、私は最期の願い事をしたのだった。
オワリ
体操着になった私 ひでシス @hidesys
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