第1話-12

「………理由は?」

「居ると断言できないから」

 津向の瞳は、弁当箱に向いたままだ。中身は空なのだが、物足りなかったのか、それとも俺の方を見たくないだけなのか。

 まあ、いい。別に、互いに顔を付き合わせないと話が出来ないなんて訳はない。

「単純に、方法が解らない」津向は何かを諦め、丁寧な仕草で弁当箱を片付け始める。「君の話で不思議だったことは、そんなに多くないから」

「ふうん?例えば、どんなところが?」

「………天井から、舞い降りてきた紙。あれは、最初から天井に貼ってあった」

「そんで、都合よく剥がれたって?馬鹿な」

」俺の言葉を遮るように、津向は口を開く。「………紙は全部、濡れてたんでしょう?それで貼り付いてただけだった。それが、乾いて落ちてきたのよ」

 包み終えて、津向は漸く俺に目を向けた。退屈そうな、冷たい瞳だ。

「話のなかで、クラスメートたちは『暑い』って言ってたよね。語り手の子も『あのときの夏みたい』と言ってた。けどその前に、彼女は。エアコンが入ったのに暑いとしたら、それは、わざと

「………重要なことは一つ。この話、。彼女がしたこと全て、復讐に有意義なことだわ」

 ぱちぱちと、俺は拍手する。

「成る程ね。じゃあ、【亡霊】は?」

「変装と、幻覚」少し自信なさげに、津向は言った。「それまでの手段で、生徒たちは充分に動揺してた。全身を濡らしてカツラを被れば、皆動転して混乱する」

「ちょっと弱いんじゃないか?それに、幻覚ってのは?」

「断言できないけど、窓かな。………語り手の子は、花粉症って言って窓を閉めさせた。教室のドアもロックされてた。密閉されて、暖房が入っていて、湿気も充分。気分が悪くなるのも当たり前じゃないかな」

「………ま、ギリギリ説明はつくか」俺は肩をすくめると、しかしと続けた。「他の点は?【悪魔】が人に見えなかったりとかさ」

「………教室のときは、さっきも言ったけど皆熱中症状態だった。そして、家でのことは、一応説明がつくわ。



「………不思議なことをいうな?」

「そうでもないよ?母親が言ってたじゃない。

「………下山紀子には、兄がいたって言ってたよね?そして、語り手の子は家が近かったとも。つまり、家族同士は知り合いなんだよ。語り手の子は忘れていたようだけど。………子供同士の会話だもの、悪魔だ復讐だなんて言葉が出ても、気にはしない」

「………詰まり、それが。………【悪魔】は、

「………………」

「………海月は、謝りにいった。その時に、。だから、最初の図書館の帰り道、あそこから既に、彼女と【悪魔】は通じていたのよ。どう?筋は通るでしょ」

「………確かに。だが、確実じゃあない。それじゃあ説明できない部分が幾つもある」

「それに関しては同意するけど。悪魔でなきゃ不可能、ということはないってだけだから。それに、不審な点は解決の方法がひとつあるわ」

「………『語り手おれが信用できない』?」

 津向が微笑む。俺もまた、微笑んだ。

 昼休みの終わりを告げるチャイムが鳴り、津向は立ち上がった。それから、思い出したように口を開いた。

「………そういえば、君………?」

 返事はない。振り返ると、そこには誰もいなかった。

 消えたのか、それとも、最初から誰もいなかったのか。確かなことは解らない――まるで、悪魔のように。



 ………やあ、どうだった?

 いるかいないか、魔法かトリックか。君はどちらだと思います?

 ん?

 あぁ、そうか。もう、目が覚めるんですね。

 残念だったな、答えを聞いてみたかったのに。

 悪魔がいるかどうか。

 ………結局のところ、いるかいないか解らないっていうのが、悪魔は大好きなんですよ。不安定で、不思議で、それ故に自由だ。

 それでは、ごきげんよう。

 夜と朝の境、曖昧模糊な境界時に、またお会いしましょう。


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Teufel Autobiographie レライエ @relajie-grimoire

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