草創期 《ローマ1》








ユーロピア南部に位置し、地中海に面する地域。かつてはローマと呼ばれ、ユーロピア帝国の中心地となり、東西に分裂した後も一定の力を持っていた地域は、分裂後100年足らずで、皇帝は廃され、ローマ公が支配者となった。ローマ公はローマ独立を目指して、ヒスパニアと戦争を行い、ギリシア帝国やサラセン朝、ガリア公の力で独立を達成したが、徐々に統一国家の枠組みが崩壊し、ローマは無数の都市国家が集まる地域となった。各都市国家の権力者は僭主シニョーレと呼ばれ、傭兵を雇い強大な権力を保持していた。




現在のローマ公は…




そして都市国家ローマは…






天におまします われらの母よ


願わくは御名(みな)をあがめさせたまえ


御国(みくに)をきたらせたまえ


みこころの天になるごとく、地にもなさせたまえ


われらの日用(にちよう)の糧(かて)を今日も与えたまえ


われらに罪をおかすものを


われらがゆるすごとく


われらの罪をもゆるしたまえ


われらを試みにあわせず


悪より救い いだしたまえ


国と力と栄えとは


限りなくなんじのものなればなり


アーメン




ここは法王宮サン・ピエトロ


宮殿の最深部にある、このこじんまりとした礼拝堂に一人の男が頭を垂れていた。



「教皇様…様が来られになりました」

修道服を着た若い男性が口を静かに報告する



「わかった」


教皇しか着ることが出来ない純白の服を纏い、出ていく。






「ご機嫌うるわしゅう…聖下。教会軍総司令クレメンス、ただいま戻りました。」

髭を生やした美青年が膝をつく


「うむ、ご苦労…」

教皇グレゴリウスが手をあげる



「では、クレメンス枢機卿カーディナル。報告せよ」

眼鏡をかけた美青年が声を高らかに言う



「女神の恩寵の賜物故か、各僭守達は威光を求めて、続々と寄進しております」

クレメンスが報告する


「うむ、ご苦労様。我は疲れた、少し休むぞ。何時らに女神の祝福があらんことを」


この場にいた全員が頭を下げる




クレメンスは一人の男性に向かって歩を進める。


「ウルバヌス枢機卿カーディナル


先程の眼鏡をかけた美青年だ。




「教理聖省長官殿。ここはまだ、聖中であられますぞ」

ウルバヌスはニッコリと言う


「うっ、それは失礼した。国務聖省長官殿。場所を移そうではありませんか」

クレメンスは提案する。



「それはよろしいですな。他にも…広報聖省長官殿と勇者殿も交えてお話し致しましょう」






幾ばくか時がすぎ…



ここは聖治を司るものでもごく一握りの者しか知られてない高級娼館の一室



「ふぅ~、みんな久しぶり。兄弟姉妹で集まれる時間がなかなかないのは残念だが、せっかく集まれたのだから楽しもうではないか?」

ウルバヌスが砕けた口調で言う



「しっかし、何故此所なのだ?集まるのならもっといい場所があるだろ?ほら!見ろよ。ミハエルが顔を真っ赤にしてるぞ」

クレメンスがやれやれと首を振る


「簡単なことよ。ここは「草」の拠点の一つなのだからね。そうでしょ?ウルバヌス兄様?」

枢機卿しか着ることが出来ない深紅の服を纏った女性が言う


「ありがとう。アレクサンドラ。ところで?情報操作はバッチリかい?」

ウルバヌスが笑みを崩さず問う


「広報聖省を舐めないでよね!バッチリよ」

アレクサンドラはニッコリ笑う


「ふーん、それより親爺殿はなんと?」


もじもじしていたミハエルがムクムクと回復する

「お爺様からのお言葉は…もう潮時だ…と」



「長かったなぁ…」

クレメンスが遠い目をしながら言う


「ようやくか…」

ウルバヌスも同意する


「ようやくこの時が来た…」

アレクサンドラは嬉しそうに頬を弛める


「…」

ミハエルは黙る



「ここまで来たら、我らの悲願を達成させたいものだ」

アレクサンドラが言う


「ああ、だが万一失敗したら最終手段を使えばいい」

クレメンスが物騒なことを言う



「では、我らがローマ公家の再興を祈って、


最高神 女神のデアの導きがあらんことを」

ウルバヌスが血を注いだ杯を掲げる



「導きがあらんことを!」

皆が杯を上げる。



そう、彼らこそが現代のローマ公の4人の孫たちである。

生まれた順から、長男ウルバヌス、次男クレメンス、長女アレクサンドラ、三男ミハエル。全員枢機卿カーディナルである




この秘密の会合の数日後、教皇グレゴリウスが崩御した。


この4日後、聖ぺトロサン・ピエトロ大聖堂で葬儀が行われた。この葬儀は各聖職者や信徒だけでなく、各地の僭主も列席していた。



さかのぼって、葬儀当日



大聖堂の奥の部屋に聖骸が静かに安置されていた。


そして、その静かな空間に、複数の人がいた。

その顔ぶれは

中央庁長官カメルレンゴ、典礼聖庁長官、聖職者聖省代表、使徒団団長だ。




教皇が死ぬ直前、カメルレンゴに就任したウルバヌスが、銀の槌を手に取り、グレゴリウスの額を静かに叩く


「グレゴリオ…」


反応がない。


ウルバヌスは首を振る。


儀典長が頷く。

教皇パパの死を確認…これより葬儀を始める」



ウルバヌスはグレゴリウスの指にはめられた「漁夫の指輪」を外し、聖職者聖省代表が持つ板の上に置く。


代表は板を抱えたまま、静かに部屋を出て、階段を登る。残りの者達もついていく。



彼は大聖堂にたどり着いた。大聖堂には多くの弔問客がところ狭しと並んでいた。



ウルバヌスは息を吸い

「聖下は女神の御許へ旅立たれた。我らはこれより聖下の旅たちを祝福する時ぞ!」


ウルバヌスは金の槌を手に持ち、代表が持つ板に振りかぶる


カーン



槌をあげるとそこには、粉砕された指輪があった。


 

カランカランカラン


教皇庁属領都市…通称教皇庁領、全土で鐘が鳴らされ、至る所で精霊の化身と呼ばれる白鳩が放たれる


各地で祝福の歌を歌う


これは


世界で


最後の


最も幸せな葬儀だろう



では、


これからは…





葬儀が終わった後、教皇庁ヴァチカン9日間の喪ノヴェンディアレスに服さなければならない。

それでも、教皇庁ヴァチカンの最高意思決定機関である枢機卿会議コンナストウーロ枢機卿会議コンチストーロを行わなければならない。この場に参加できる枢機卿カーディナルは70名

のみ



「では、教皇選出会議コンクラーベは15日後に行われることに相違はないかね?」

ウルバヌスが問う


「誰も反応なしだね。15日後に行おう」





教皇選出会議コンクラーベは次の教皇を選ぶ選挙である。70名の枢機卿が全員集められ、投票総数の3分の2+1以上の票数が得られるまで続けられる過酷な選挙である。




今回の最大の候補者は三人




・ウルバヌス枢機卿


中央庁長官カメルレンゴ、国務聖省長官を務め、守旧派の枢機卿や利権主義の財界人を中心とする保守派の首魁である。


彼の務める国務聖省の仕事は周囲の世俗諸侯との外交、ギリシア帝国ツアラ・ヘレンとの水面下で行われている秘密外交、各国に配された司教区の統括、及び事務事業である。教皇庁の「国家」としての側面を代表している。




・クレメンス枢機卿


現教理聖省長官、教会軍総司令官を務め、若手タカ派高位聖職者や軍部に熱狂的に支持を受ける急進派の指導者である。


教理聖省とは、教皇庁ヴァチカンの聖治と信仰を守護する官庁である。傘下に異端審問局、軍事院、秘密警巡を傘下に置き、教皇庁領内の政治犯罪、テロを取り締まっている。教皇庁の「超国家機関」としての側面を代表しており、国務聖省とは伝統的に仲が悪い。





・アレクサンドラ枢機卿


現広報聖庁長官、教皇宮パラツッオ・ラテラノ付神学顧問を務めている。上記のどちらにも所属せず、且つなかれ主義者と断絶した穏健派の代表。


広報聖省とは、教皇庁ヴァチカンの公式声明、意向・動向を対外的及び民衆の宣伝を担当する官庁である。その他にも、周囲の国に対しては各国の情報収集・分析を行い、民衆に対してはプロパガンダを駆使して情報統制を行っている。




他にも、枢機卿の派閥にはなかれ主義の中立派がおり、ミハエル枢機卿を支援しているが、大した力はない


逆に他の三つの派閥は同程度の力を持ち、三極鼎立状態である。







選挙当日の朝…枢機卿団は聖ペトロサン・ピエトロ大聖堂に集まってミサをささげる。


午後、枢機卿たちは法王宮サン・ピエトロ内のパウロ礼拝堂に集合し、聖霊の助けを願う歌「ヴェニ・クレアトール」を歌いながらシスティーナ礼拝堂へと移動し、礼拝堂に到着すると、首席枢機卿であるウルバヌスの先導のもとに宣誓文がとなえられる。


宣誓文の読み上げが終わると、枢機卿は一人づつ前に出て、福音書に手を置き、宣誓を行う。



そして序列最後であるミハエル枢機卿が福音書の上に手を置き、宣誓する

「Et ego M. Cardinalis M.spendeo,voveo ac iuro: Sic me Deus adiuvet et haec Sancta Dei Evangelia,guae manu mea tango.而して我、枢機卿M.M.は茲に宣誓す。而して神よ、我と茲に手を置く神聖なる福音を助けたまえ」



宣誓が終わり、典礼長が「全員退去」の宣言を行い、典礼長を含め、枢機卿団以外は礼拝堂から退出し、退出を見届けた典礼長は入り口に進み、外側から鍵をかける。


ウルバヌスの主導のもと祈りをささげ、選挙が始まる





そして、長い戦いが始まる。


第1日目の午後、最初の投票がおこなわれる。


結果は黒い煙である



第2日目は午前2回、午後2回の計4回の投票がおこなわれたが…


いずれも黒い煙である



第3日目も2回目と同じように、計4回の投票が行われたが…


これも黒い煙である


その後、7回選挙が行われたが


これも黒い煙である



結局、これを7度…112回選挙が行われ、次の113回目は上位二組の決選投票となるはずが…


あっさりと全会一致で


新教皇ノイエ・ヴァティカーンが誕生したのだ。



古来より全会一致は精霊の働きかけ、という意味であり、特別な意味を含んでいる




さっそく、新教皇ノイエ・ヴァティカーンが決まったとして白い煙を焚く


そして、





3日目になっても決まらない場合は、1日投票のない日が入り、祈りと助祭枢機卿の最年長者による講話がおこなわれる。さらに7回の投票がおこなわれて決まらない場合、再び無投票の日が入り、今度は司祭枢機卿の最年長者が講話をおこなう。さらに7回の投票によっても決まらない場合も、同じようなプロセスが繰り返され、今度は司教枢機卿の年長者が講話をおこなう。さらに7度の投票によっても決まらない場合は、最後の投票で最多得票を得た上位2名の候補者による決選投票に移行する。決選投票に候補者たちは加わることができない。



聖ペトロサン・ピエトロ大聖堂の鐘を一斉に鳴らす




礼拝堂の扉が開けられ、外から、典礼長が入り、ウルバヌスに新たな「漁夫の指輪」が乗ったクッションを渡す。中央庁の聖職者から白衣の法衣を貰い、纏う。

そして、ウルバヌスから指輪を貰い、ウルバヌスによって、教皇冠をかぶせられる



新教皇ノイエ・ヴァティカーンが口を開く

「今日から我はマルティアナと名乗ろう」


その言葉の後、祭壇近くにすえられた椅子に座り、枢機卿団一人一人からの敬意の表明を受ける。



終わった後、外に出る



目の前には多くの人が新教皇を待ち構えていた



マルティアナが手をあげる


辺りは静まり返る




マルティアナは深く息を吸う


そして、ただ一言呟く

「Urbi et Orbi、ローマと世界へ」




これが、彼女の、世界に対する宣戦布告と気付けた者は何人いるのだろうか?






後のイタリア半島全土を支配する教皇庁ヴァチカンの最高権力者マルティアナは、その美貌と、信仰を説く姿勢から、信徒からは虔王と呼ばれ、絶大な支持を受け、兄弟達と手を取り合い、国を繁栄させていくが…



裏の顔として、自分と自分の血に連なるもの以外を完全に見下しており、ある程度時代が経つと、公然と独裁を始めることから、傲慢な王、つまり矜王と呼ばれるようになる






教皇就任から1か月、世界で激震が走る




ミハエル率いる教会軍と勇者軍がイーモラ、フォルリ、チェゼーナ、リミニ、ファエンツァ、ペーザロ、ファーノなどの都市国家を征服し、ロマーニャに組み込んだ。




そして、それだけにとどまらず、更に1か月後


カプア、ナポリ、カステル・ガンドルフォ、ピオンビーノ、フェラーラ、ピサ、アレッツォ、ウルビーノ、マントヴァ、サンマリノ、カメリーノ、ボローニャを征服した




それから1か月後、彼らの快進撃は止まらず

チッタ・ディ・カステッロ、 グラヴィーナ、ペルージャ、フェルモ、シエナ、フォッソンブローネ、シニガッリアを占領



これで、ナポリを除く、中小都市国家はほぼ全てローマの手に落ち、残るはヴェネツィア、ミラノ、フィレンツェ、ジェノヴァなどの大都市国家のみである






もうじき、ローマは統一される






汝、しかと目を離すべからずや

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六神七王国八王記 sh1126 @sh1126

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