第2話 3_旅の終着点へ

 窓から差し込んだ光りが、閉じているはずの瞼を通り越し

僕はまぶしくて目を開いた

 差し込んだ光りのカーテンが、僕と彼女を照らしている

横で静かな寝息を立てる彼女を起こさないように僕はベットを抜け出した

  

 あの日、彼女が海の見える町に行きたいと言った。

行く当ての無い僕たちの小さな旅

その終着点を決めるということ

それは僕たちにとってどうゆうことなのか

わかりきった答えだった


 引かれるようにこの場所にたどり着いた僕たち

ここにしよう、と言った彼女の言葉に

すこしだけなにかを決心するような響きがあった事

すこしの悲しみが混じっていた事

それがどうゆう意味を持つのかという事は


僕にはよくわかっていた。


  

 寝室を抜け出し、眠気覚ましに顔を洗う

視線の先にはコップに入った2本の歯ブラシがあった

最初はただの広い空間でしかなかったこの家も

今では僕たち2人の家だ


 色違いのコーヒーカップ、大きめのベット、向かいあわせに並んだ椅子

それらを見るたびに僕は

ちいさな幸せというものを感じた


 そして2人で過ごすようになってわかった事が1つある。

彼女はとても朝が遅い、ということだ

 この家に住み始めて間もない頃は

彼女が起きるまで一緒にまどろみ

目が覚めても彼女の寝顔を見ていたものだ

 とはいえ、人間目がさめて昼近くまでベットの中にいたとしても腹は減るのである。

 ある日に、気まぐれに朝食をつくってみると、匂いにつられて彼女は起きてきた

 2人で食べる朝ご飯もおいしいと感じたし、

なにより、彼女のおいしいと言う言葉とその笑顔が、何より僕は嬉しかった。


 一人コーヒーを飲みながら一息つくころには

寝ぼけ眼の彼女がベットから出てくる


「おはよう、コーヒー飲む?」


「・・・・うん」


 温めてあった牛乳をまぜ、砂糖を多め。

朝から甘い物を飲むのは目を覚ますため・・・らしい

苦いコーヒーこそ目が冴えるのではないだろうかと思うのだが、

彼女曰く、急に夢から覚めるてしまうから朝は甘いもの、だそうだ

 コーヒー(牛乳)を彼女の前のおくと、ぼーっとしたままそれを口にする。


「あんま寝ぼけてっとこぼすぞー」


「・・・・うん」


 ———朝はよわい、いつの間にか椅子に座っててコーヒーを飲んでるの


 昨日、心配になった僕は彼女に朝の状況を伝えると彼女はそう答えた。


 ・・・・そうか、いまは何をしても覚えていない。

僕は彼女の向かいの椅子に付きとりあえず彼女の観察を開始する


「・・・・・・」


 彼女の目は僕を追っているが視線は僕の先だ

多分動いているものを無意識に目で追っているのだろう。

なんて無防備な姿だろうか。

 ぼーっとした彼女の表情を見るのはそれはそれで面白い

寝顔とはまた違ったよさがあるな。うむ

 彼女の髪はおのおのが行きたい方向へいっており

それはまるで子犬のようなイメージだ

彼女の童顔がそれを加速させているかのように思える


 僕は手を伸ばし彼女の髪をすくう

手強そうにみえた彼女の寝癖は、元々の髪の細さと柔らかさのよってか

いとも簡単になおってしまった。


「ふむ」


 僕は席を立ち、部屋を出る

目的の物を探し出し戻ってきた

 彼女の後ろに立ち、そのくしで彼女の髪を梳かす

流れるくしの感触は、思っていた通りの軽い物であった

サラサラとした彼女の髪が僕の手を撫で、ふわりとシャンプーの香りが鼻をなでる。

同じシャンプーで髪の長さはさすがに彼女の方が長いが、こうも感じる香りが違うのはなぜなのだろうか。

顔を埋めたい衝動を押さえつつ、髪を梳かす


 出会った頃の彼女はきれいな長い髪をしていた。

大きな桜の木の下の小さなベンチが彼女の定位置だった

桜の花びらと一緒に舞う彼女の髪がとても神秘的で、その髪を切ってしまったときは少し驚いた。

 だからといって今の彼女の髪型が嫌いな訳ではない。

前に比べて少し明るくなった彼女のイメージ

それに伴うように彼女自身もすこし明るくなったような気がしていた

(この話を彼女にしたときから髪を伸ばすようになった)

表情も以前に比べてだいぶ柔らかくなったし、特に恥ずかしさで真っ赤になる彼女の表情は格別だ。


あぁ・・・なんてかわいいのだろう。


思い出しただけでそんな言葉が口から漏れてしまいそうだ。


「・・・・・あのっ。んっ・・・もう離したほうが、いいとおもう・・・」


「!」


 気づけば彼女の肩を後ろから抱いていた。

もうひとつ言えば顔を耳元に埋めていた。


「・・・・そんな、近くで、・・・・可愛いとか・・・いわなくても」


 さらに言えば心の声がだだ漏れていた。

これは正直恥ずい。


「これは・・・・その・・・」


「・・・んっ」


彼女はおもむろに僕の手を振るほどこうとする


「まって!少しまって!」


「・・・・・」


 どうする。何事も無かったように朝食の準備か?いや不自然すぎる。

はぐらかすか?


———いやーいい匂いだねっ。思わず顔を埋めてはぁはぁしちゃったよっ。てへっ


変態かよっ


「・・・うう、どのくらい、待てばいいのかなぁ・・・」


 彼女の恥ずかしそうな声が聞こえる

僕は覚悟を決めた。せっかくこんなのも彼女を感じられる距離にいるのだ。すぐに離れてしまうのはもったないと思った

 あくまで紳士的にそう、あたかも当然のようにこのポジションをキープするのだ。


「このままずっと、君を感じていたい」


「ず、ずっと?・・・・それは、無理だとおもう・・・」


「無理なわけないさ、大丈夫。きみは何かをする必要は無いさ、感情が、心が、いろいろがあふれるままに、溢れていてくれればそれでいい。それを僕はこの腕の中で感じたいだけなんだ。」


「・・・あふれるままに?」


「そうさ」


「・・・・そっかぁ。顔をうずめて、はぁはぁ、したいの?」


「うぐっ」


それも聞こえていたとは・・・・ここは多少強引に行かなければ。


「ふむ、このまま離すとなると、君のその真っ赤な顔を僕は見る事になる。それでもいいのかい?」


「・・・(ぶんぶん)」


彼女は首をふり否定する。


「それはよかった。君のその赤くほてった顔の潤んだ瞳を見てしまえば、僕はきっと耐えられない。そう、その女神のような美しさに心を奪われてしまうだろう・・・(ドヤっ)」


紳士という物がどうゆうものかはわからないが、ドヤ顔で愛をささやいておけばまちがいない。


「こころ・・・奪われちゃう?」


「あぁそうさ。だがこうゆう言葉もある、愛は惜しみなく奪うものだ。愛せられているものは奪われてはいるが不思議な事に何物もうばわれてはいない。然し愛するものは必ず奪っている。」


「・・・奪われてるけど、奪ってない?」


「君を愛する僕の心は奪われたようで、なにも奪われてはいない。逆に君の心を奪っているのさ」


「・・・わたしは、心と奪われている、でも私にとってそれが愛であるなら奪われていなく、君の心を奪っている?」


「僕たちはだがいを奪い合う。でも奪われ続けたら、そこになにが残るんだろうな」


「ん・・・生きている限り、人間はすべてを奪われる事は無い」


「そうゆう言葉もあるな、だとすれば僕らは一生お互いを奪いあえるということか。」


「・・・それもいい、かな」


たしかにな。


 、人間はすべてを奪われる事は無い

だとすればそこに生がなくなれば、人はすべてを奪うことができるのだろうか

先ほどの恥ずかしさはどこかへ消え、僕はそのふとした疑問を考える

 僕らは互いに何か考える事があったようで、僕は彼女の肩を抱いたまま、彼女は抱かれたまま、しばらく無言のときが流れた




 彼女から伝わる体温が先ほどより暖かくなっている事に気づいたのは、それからまたしばらくたったあとだった

なにやらもぞもぞとしている


「・・・ん、やっぱりまだ離さない?」


「まだまだだねっ」


僕は意味も無く右手のくしラケットを左手に持ち変える


「・・・もう十分、だとおもうのだけれども」


「嫌なら離れるよ?朝飯もせっかくつくったしなぁ」


「いやじゃ、ないんだけれど・・・・その、ね・・・」


「だったら後すこしだけ、このままいさせてくれ。堪能するから、はぁ、はぁ」


彼女の甘い匂いにやられ僕は紳士的に変態だった


「うん。じゃあ・・・もうすこしがまん、する」


ん?がまん?何をがまんするというのだろう


「・・・ん、・・・うぅ」


 何かを耐えるようにくぐもった声を出す彼女

何となく上げた視線の先に空になったコーヒーカップが見えた

考えろ、考えるんだ。その答えにたどり着くピースはもうそろっているはずだ。寝癖の彼女、飲み干したコーヒー、もじもじとすりあわせる両足、がまんというキーワード。僕は彼女を放し、目を合わせる


「・・・ふえ?」


そう真実はいつも一つ


「おまえまさか・・・トイレにいきたいのか?」


「うん・・・でも大丈夫、がまんするよぉ」


「いいやっ今行けよ!」


すこし声を張った突っ込みに彼女はびくっと肩をふるわせた


「あ・・・」


「え・・・」


おまえまさか・・・

静寂が二人を包み込む

彼女はちょっと恥ずかしそうにこういった


「大丈夫・・・・ちょっと、ちょっとだから・・・」


「全然大丈夫じゃねえよ!」


「うう・・・大きい声、あんまりよくない」


「おぅ、すまん。・・・・じゃなくて!」


とっくに彼女は解放しているのだ、早くトイレでもどこへでもいけばいいというのに。


「だ、だって・・・・言ってた、溢れるままにって」


ん?


「この両腕ですべてを感じたいって・・・・」


たしかに僕はそういっていた。


「か、顔を・・・埋めて、・・・・はぁはぁ、したいんでしょ?」

いや、少し待ってほしい。さらにピースが集まり、それは全くちがう物事の真相を写し始める


「・・・ほんとうは、恥ずかしいけど、君がいうなら・・・・んぅ」


まってくれそうじゃないんだ。


「んぁ・・・うぅ、もう、むりぃ・・・・はぁ・・・こっち、来て・・・」


完全に思考が停止した僕は言われるがまま、彼女の足下にすわった


「はぁ・・・・んっ!」







そのとき僕は人間として何か一つ大切な物を奪われ

彼女も同時にそれと同じ物を僕に奪われていた



このあとむちゃくちゃ掃除した

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世界の終リハ君ト二人で @ku_o

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