第1話 4_僕たちは歩き始める

 かじかんだ指先を、自分の吐く白い息で暖めながら、ただまっすぐ続く道を歩いている


「・・・はぁ、・・・まって、まってよぅ」


 彼女は苦しそうに僕を呼ぶ。


「・・・休憩、休憩を・・・」


 ほんの三十分前に休憩したばかりだし。ホント体力無いのな。

 彼女ははあはあと呼吸を荒くし、ふらふらと右へ左へとおぼつかない足取りで歩く。

 僕は傘に積もった雪を落としつつ、彼女の向こう側

今まで歩いてきた道をふと見返した。


・・・・雪。雪が降っている。


 何日も前から降り続いている割には、決してこれ以上は積もらない不思議な雪と

 ただただ永遠とまっすぐ続く道を見ながら

 ああ本当に遠いところへ来てしまったんだなあと、僕はため息を付いた。


「はあ・・・どうしたの?・・・」


 いつのまにか追いついていた彼女は不思議そうに僕に顔を下から覗き込んだ。


「なんでもねぇ」


 僕はそういってぽんっと彼女の頭に手を置き、頭の少し積もった雪を払う。

 彼女はえへへと頬を揺るませ、くすぐったいよーと言いつつも僕のされるがままになっている。


「かさ・・・ささないのか?」


「あんまり冷たく無いからいいかなって。」


「そっか」


「そうだよ」


「・・・・」


「手・・・あったかいね。」


「そうでもないだろ」


「そうでもあるよう」


「・・・・そっか」


「そうだよ」


 彼女は頭にのせた僕の手の上に更に自分の手のひらを重ねた。

 そしてまたえへへと満足そうに頬を緩ませる。


 彼女のその笑顔は僕にとって

 本当に、とても、心の奥から、愛おしい物だった。


 僕たちの距離は、お互いが気づかないうちにゆっくりゆっくり、近づいていく。

 そして互いの吐く息を感じる頃にはもう、彼女は目を潤まし

 僕の手をぎゅっと握り返し、ゆっくりと目を閉じた。



 繋がる手の体温から

 少し荒くなった呼吸音から

 幸せや、寂しさや、悲しさが、いろんな感情が一度に伝わってくる。

 伝わってきてしまう。

 そしてそれに僕が気づいている事も、

 気づいてなお何も言わない事を、彼女はきっと知っているのだ・・・


僕はそんな彼女を想い。頭から手を放し、頬に手を添え、そのまま彼女のおでこに・・・・・・


デコピンを食らわした。


「っあう。」


 彼女は不意な衝撃に小さな声を漏らし

 何が起きたのかわからないとばかりに、目をぱちくりとさせた。

 彼女は1秒くらい固まった後、おでこを手でさすりながら、僕と見つめ合う

 さらに1秒後にようやく自分がデコピンされた事にきづいたようだった。


「・・・いたい」


「痛そうだな」


ちょっと涙目にだった


「・・・なんで、デコピン?」


「・・・・そこにおでこがあったから?」


「んっ・・・訳わかんない」


相変わらずおでこをさすりつつ彼女は言う


「デコピンじゃなくて、他のが良かった・・・・のに。」


「ほう。他のと言いますと」


「わかってるくせに」


「はて・・・なんのことでしょうか?」


「んぅ・・・いじわる」


「おこった?」


「・・・げきおこです」


 そういって彼女は頬を膨らまし僕をにらみつける

 ただただ可愛い生き物がそこにいた。

 わたしはしばらくおこなんですと、彼女は言い、てくてくと先に歩き始める

 その後ろを僕は彼女より大きめの歩幅で追いかける。


「わるかったよ、デコピン。オレにもしていいからさ」


「・・・・・」


「そんなに早く歩くと疲れますよー」


「・・・・・」


あ、少し歩くのがゆっくりになった。


「・・・・・ん」


そしてだんだんと進むペースは遅くなっていく


「・・・はあ・・・はあ」


彼女は息を切らし、今日一番の最低速度を更新した。


「休憩する?」


「・・・うんっ」


「じゃあ・・・・」


視線を道の先に伸ばすと、少し先に小さな建物が見えた


「ちょっとさきいくわ」


「・・・・・はあ・・・はあ」


 返事もする余裕も無いらしい・・・

彼女を残しその建物へ向かう


 よくみると建物と言うほど大きい物ではなかった

小さなベンチと、雨風をしのげるくらいの木造の家

立て付けの悪いドアをガラガラと開け、中の様子をうかがった


「・・・バス停の待合所・・・かな、ぼろいな」


これ以上雪が積もれば危ないが・・・

この雪は積もらないみたいだし大丈夫だな

休憩するにはもってこいの場所である


「おーい、ここまで来たら休憩だ。がんばれー」


 彼女は手を挙げ合図を返す

先にベンチにすわり、鞄から水筒を取り出し、彼女を待つ

本日何度目になるかわからない休憩だ

今日はここで野宿かな・・・

彼女の体力も限界みたいだし

 荷物の中からマットと寝袋をだし、それとアウトドア用の小さなコンロを用意しお湯をわかした

2、3年前の少しかじった程度のアウトドアの知識が今になって生きている


そこまで用意し終わった頃、彼女がドアを開け中に入ってきた


「・・・・・ちゃんといた」


「おかえりー、ちょとまってな今暖かいもの作ってやるから」


「・・・・うん、ありがと」


「火、小さいけどな、それでもあったかいから近く来た方がいいぞ」


「うん、そうする」


 彼女はうなずき僕の横に座った


「あったかい・・・君も火も」


 彼女の言葉に心は暖かくなる

とはいえ気恥ずかしさで答えられず

オレはちょっと前からあたっててからな・・・と返した


「・・・・そうゆう事じゃ・・・ないんだけどなぁ」


「ん?なんかいったか?」


「なんでもない」


「そっか」


 彼女は僕に身体をよせる、より身体は密着し、身体も顔も熱くなる

彼女からのスキンシップはどうも気恥ずかしのだ・・・

逆に自分からするのは全然恥ずかしくないのが不思議なとこである

 僕の顔を覗き込みこういった 


「・・・暖かいのは、火だけなのかな」


「・・・・」


 彼女の目がまっすぐ僕を見つめる。


「私は、こうして2人で小さくなって、距離も近くて、君と暖かさを共有するとさ、あぁ今ちゃんと2人でいるんだなぁ、って思うんだ。

そうするとさ、ふれあってる肌からじゃなくて、身体の中からさ、あったかいのがあふれてくる。

それはとっても気持ちがよくてさ、もうこれ以上ないってくらいにしあわせなんだ」


・・・・それは僕もだ


彼女の言葉が僕を暖める


「でもね・・・・私には、多すぎる幸せみたいでさ。

私のなかで爆発しそうなんだ、ドキドキが止まらないんだ

できればさ・・・外に出ないように・・・

蓋・・・してくれないかな、んっ」


彼女の言葉の終わりに僕はその唇に少しだけ蓋をした

目を潤ませ、頬が上気している彼女は僕と目が合うと

恥ずかしそうに少し笑った


あぁ彼女の気持ちがよくわかる


「・・・・」


「どうしたの?」


「困った事になった」


「困った事?」


彼女は心配そうに僕を見つめる


「・・・・こっちもあふれそうでドキドキが止まらないんだが、

こうゆう場合はどうしたらいいんだ?」


僕たちは見つめ合う


「たくさんすれば・・・いいとおもう」


彼女はそういって僕に身体を預けた。



互いに小さなキスを重ねるだけのこの行為は、

幼稚でもどかしい愛情表現なのかもしれない

でも彼女に触れるたび心が重なっていくようなこの感覚は

幸せでもあって、怖くもあった。


2人からあふれた幸せが小さな空間を満たしていく


そのまどろみの中で僕たちは少し眠り、キスをして、また眠った。

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