最終話 対決!


 さすがにカシュームも驚いて言葉を失ってるな。

 二個目のマラムナッツを取り出して頭上に掲げる。そのままステージを進むと、ステージ上の兵士たちが左右に分かれて我先にステージから飛び降りはじめた。

「こら~! 逃げるな~! 逃げたやつは死刑だ!! やつを取り押さえた者には褒美をやるぞ! 押さえ込め! 首を切り落としてやる! こっちにはドラゴンスレイヤーがあるんだぞ! 忘れたのか!」

 やっと言葉を取り戻したカシュームが吐いたのは、味方への無茶な命令だった。

 自分の身を犠牲にしてまでおまえを守ろうというやつは居ないようだぞ。死刑と聞いてステージを飛び降りたりする兵士はいなくなったが、みんなオレとの距離はできるだけ取ろうとして、じりじりと下がっている。

 カシュームの顔がやっとよく見える距離になってきたぞ。

 へへへ、あわててやがる。

「どうしたよ! おまえもマラムナッツくらい平気な身体なんだろ? オレを切り殺せるドラゴンスレイヤーを腰にぶら下げてるんだろ? だったら自分でオレと戦えばいいじゃねぇか!」

 オレの言葉で、兵士たちはみなカシュームを見た。

 カシュームは武人じゃない。しかし、オレが言うとおり、オレの攻撃方法であるマラムナッツの爆発にも平気なのはカシュームひとりだし、オレのアンブレイカブルボディに対抗できる武器を持っているのもカシュームひとりだ。なんで、どっちも持ってない兵士たちばかりに戦わせるんだ、ってことになるよな。

 カシュームはまわりの兵士たち数百人分の視線を受け、追われるようにその飾り立てた椅子から立ち上がった。

 もしも、やつが尊敬されるリーダーで、信頼できる忠実な部下がひとりでも居れば、ドラゴンスレイヤーを託してオレと戦わせることもできただろう。しかし、やつの周りにいた側近たちは、後ずさってやつから距離を取った。

 額から大量の脂汗を流し、この場をどう切り抜けようかとあちこち見回していたふうのカシュームは、いきなり

「ひひひ」

と笑った。どうやら覚悟を決めたらしい。

「よ~し! そこまで言うならわたしが自ら、竜王の息子と戦ってやろう! 腰ぬけどもめ! きさまらはそこで見ていろ!」

 やつはぎこちなく剣を抜き、自分の椅子の前で構えた。ひょっとしたら、オレより剣を扱うのが下手なんじゃないのか?

 マラムナッツを掲げて進むと、兵士たちは遠ざかってカシュームへの道をあける。あと階段は十段ほど。もう、オレたちの一騎打ちを邪魔しようっていう兵士はいない。

 なんだ、せっかく苦労してマラムナッツ入れを作ったのに、たった二個でここまで来ちまったじゃねぇか。まあ、たくさん腰にぶら下げてるってことが脅しになったんだろうがな。

 オレは頭上に掲げていたマラムナッツを左手に握り、残りの階段を駆け上がる。カシュームが剣を上段に構える。

「怖くないのか?! これはドラゴンスレーヤー、ドラゴン退治の剣だぞ!」

 そいつはさっき聞いたよ! さては自信がねぇんだな?!

「んなもの効かねぇと思い込みゃあ、効かねぇんだよ!」

 やつに駆け寄る。

 やつは上段からオレの頭めがけて剣を振り下ろしてくる。

 怖くねぇぞ! 振り下ろされる剣を避けずにまっすぐ睨みつけるんだ!

 目を見開いたまま、眉間で受ける!!


 パキン!


 割れたのは俺の頭蓋骨じゃなくて剣の方だ。

 折れた剣の残りを顔面で受け止めたまま右拳を握り締める。

 ここからならやつの顔に拳が届きそうだ。

 右フックを大きく振り回した、が、やつの横っ面までは届かず、なんとか届いたのは長いアゴの先だった。

 やつの首がくるん、と60度ほど回った。

 ボクシングなんぞ知らないから、ワンツーとか打てやしねぇ。右利きだから力が入るのは右パンチだけだ。もう一発やり直しだ! 再び飛び込んで右ストレートでもお見舞いしようと、一歩下がって折れた剣から離れた。

 すると、やつの身体がバランスを失って、前に倒れそうになりひざまずいた。

 足にきてる?

 どうやら、さっきのパンチで脳が揺れたってやつらしい。オレが下がって支えがなくなったら立てない状態になっていたのだ。

 両膝がぜんぜん言うことをきかないらしく、なんとか立ち上がろうとするのだが、すぐに膝が地面についてしまう。こんなはずじゃないって言いたげな表情が、いかにも小物っぽくて、さっきまで威張り散らしていた姿とのギャップで笑えてくる。

 ふたつの国を牛耳る独裁者になろうという男としては、こっ恥ずかしい姿を晒しちまったわけだ。

 結果オーライだぜ、ざまー見ろ。

「ちくしょう~!」

 意識はちゃんとしてるらしい。それにまだ、悪態はつけるようだな。折れた剣を杖がわりに地面に突いて、必死に震える足で立とうとしているやつがオレを睨んで毒づいた。

 オレが一歩前に出るとちょうどやつの頭がオレのへその前あたりの殴り易い高さにあった。

「畜生なのは・・・・・・」オレは拳に怒りを注入した。不条理もモヤモヤも、ぜんぶこいつのせいにして「きさまの!」膝や腰もひねって溜めに溜めた力をやつのこめかみあたりに「ほうだぁ!!」叩き込んで思いっきり振りぬいた。


 ゴキーンって音が拡声器でドームにこだました。


 ドーム内には何万っていう人が集まってひしめいているにもかかわらず、やつが倒れるパタンという音まで隅々まで聞こえたようだ。みんな息を止めたまま衣ずれの音も立てずにこっちを見ていた。まるで無人のような静けさだ。

 やつはみっともなく白目を剥いて、幽霊のように手首を力なくダラ~ンとさせ、ヒクヒク痙攣していた。

 止まっていた時間が動き出すように、ドーム内の人々にざわめきが起こった。大勢の人の気配が戻ってくる。

 オレはやつの取り巻きの高官や将軍たちを睨みつけた。左手のマラムナッツをやつらに見えるように持ち替えながらだ。

「まだオレとやろうってやつは居るか!!」

 剣を持っていた者はあわてて剣を投げ捨て、文官たちは武官の陰に隠れてオレと目を合わさないようにして震えている。あの、フェト将軍も震えていた。

 よっしゃ! 制圧したぞ!

 最後のひと仕事だ。オレは向こう十年、この場面を覚えている者がアテヴィア国をどうこうしようと微塵も思いつかないように、守護者としての強さを印象付けるんだ。

 かっこいい剣かなにかの特製必殺アイテムでもあれば、そいつを振り上げるところだが、こちとら自爆と素手でここまで来たんだ。生っ白いこの身体以外にアピールするものはない。

 両手を握り締めて胸を張り、腹の底からありったけの空気をしぼり出し声を上げた。

「うおおおおおおおお!」

 なんとかさまになる勝利の雄たけびになったらしい。なんでも、このときドームにいた霊力の強い人間たちは皆、竜の姿のオーラがオレを包むのを見、竜の咆哮が響きわたるのを聞いたそうだから。


 アテヴィアの民の歓声が沸き起こり、戦意喪失したバイルーの戦士たちは逃げ出すか武装解除して降参した。


 あとは、まあ、政治の得意な人にまかせちまおう。さすがに疲れたから、どこか人目につかないところで、ぐったりして休みたいな。・・・・・・一応、人目があるところでは、凛としてなきゃいけないだろうからなぁ。

 てへへ。マリッサのひざまくらとか無理かなあ。クラニスか、なんならフュージュでもいいや。トミックさんのひざはライアスに譲ろう。

 そう思った瞬間、気が抜けて、あやうく眠っちまいそうになった。オレが倒れないですんだのは駆けつけたライアスのおかげだ。

 ライアスはオレを肩車して両手を持ってオレの上体を支えながら、神輿を担ぐように揺さぶり、同じく駆けつけたアテヴィアの民といっしょになって踊るようにオレを運んでくれた。

 まわりにはオレに触ろうとする群衆が押し寄せていて、どっちを向いても、みんな笑顔でオレを見てる。ドームのスタンド席を見回しても、喜ぶアテヴィアの民たちが歓声を送ってくれてる。ワーワー聞こえていた歓声は、そのうち「アテヴィア万歳、竜王万歳」の大合唱になった。

 真下を見たらライアスまで子供みたいな笑顔でオレを見上げていた。

 こいつがこんなに楽しそうに笑ってるの、はじめて見たな。

 オレも笑った。上体に力がはいらないけど、とにかくみんなといっしょに、心から大笑いした。



     エピローグ



 バイルーの国王は復権し、国王同士の会見によりアテヴィアとバイルーは和平協定を結んで戦争は終結した。

 カシュームは『無傷の肉体』の魔法を解かれた上で追放処分となった。まあ、簡単に死刑ってわけにもいかない大人の事情があるらしい。

 アテヴィアの民と共に城へ戻ったオレは、人間の英雄扱いというより、神様扱いを受けた。あまりのもてなしぶりに、はっきり言って一日ともたず禁足の洞窟へ逃げ込んでしまった。

 「オヤジの傍にいたい」と理由を付けたら、無理に引き止めるやつはいなかった。よほどの用事がないかぎり訪れる者はなく、オヤジの傍というより、ジンクじいさんのところでゆっくり過ごせた。

 ここに篭ってしまったせいで、無事帰国したクラニスたちとは、まだ面会していない。ライアスのおかげで、大切に扱われていたらしい。

 戻ってきて三日目になると、日本の生活が恋しくなってきた。

 たぶん今日はもう水曜日だ。高校を三日も休んでしまっている。まあ、オレの高校生活なんて、クラニスにあちこち引っ張りまわされたり、マリッサの視線にドギマギしたりが主で、その二人はこっちに居るわけだから、いまさら何が恋しいのかと言われてしまえばそれまでだが。

 オヤジは、オレが話しかけても寝ていることが多い。

 今もオヤジの目を見上げて話しかけてるが、寝てるのか聞いてるのかよくわからない。だけど、なんとなく話しておきたかった。かーちゃんとオレのあっちでの生活とか、なんとか。

 そして、ひととおり、話すことは話したかなってときに、言ってみることにしたんだ。

「・・・・・・なぁ、オヤジ。オレ、かーちゃんのとこに戻っちゃ、ダメかな?」

 オヤジの左瞼がゆっくりとひらいた。

「おまえの存在が、この国の支えだ」

 オヤジの声が響いてきた。落胆するオレにオヤジが続けた。

「だが、おまえがこの城に縛られていなければならないわけでもない」

「それって、つまり、この城を離れてもいいけど、なにかあれば帰って来れなくちゃだめだってことか?」

 あっちで死ななきゃ戻れないんじゃ、無理じゃないか。あの竜の子供みたいに、あっちでゲートを作ってくれる竜がいない限り。

「その件について、ご提案があります」

 オレの背後から声をかけたのは、アテヴィアの宰相だった。あの、調印式のステージ下で、オレが押しのけちゃった人だ。

 その後ろに続いてやってきたのは、トミックさんと、クラニス、マリッサ、そしてフュージュだった。

「やあ、少年! 大活躍だったんだって? 信じられないな」

 クラニスは相変わらずだな。宰相が嗜めるように睨んだので、ペロリと舌を出している。

「ライアス様を説得してくださったそうですね。ライアス様から伝言です。あなたに魂を救われたと」

 いやあ、トミックさん、彼が改心したのはあなたのためですよ。

「わたしのこと、口添えしてくださったそうですね。ありがとう」

 だって、フュージュ、おまえもりっぱな功労者じゃないか。

「その、なんだ。ハンマーがわりにしてすまなかったな」

 すまんな、マリッサ、そのことはもう、忘れたい。

 宰相のさっきの言葉からすると、彼女たちを、ただ、オレに会わせるためだけに連れてきたんじゃないようだ。そもそも、ここは禁足の洞窟だから、ただの挨拶じゃ、宰相本人も来ない。

「ご提案というのは?」

 四人の女性陣にはアイコンタクトで返事したつもりだったので言葉を返さず、宰相にたずねてみた。

「竜殺しの剣が、あなたにまったく効かなかったことで、学者たちに文献をくまなく調べさせましたところ、竜のアンブレイカブルボディは、心を通じ合った異性によってのみ傷つけられるとのこと。聞けば、これなるクラニスは、わずかだがあなたを傷つけたことがあるとか」

 消えちゃった切り傷のことらしい。実際には、マリッサにビンタされてもみじ跡ができたこともあったんだが、あれは彼女も知らないはずだ。

「あなたを傷つけることができる者が、あちらの世界でおそばにいれば、帰ってこられることも可能なのです。今すぐは無理でしょうが、そもそも、ご成人後にお帰りいただく予定だったのですから、ここに控えておりますあなたに縁の者たちを、あちらの世界にお連れいただく、というのはいかがでしょう」

 つまり、それは、彼女たちと日本に帰って、誰かといい仲になって、成人するなりこっちでオレが必要になるなりしたら、その女性に殺されて帰れってことかな、平たく言えば。

「なによ。嫌そうな顔しなかった? 今」

 クラニスが詰め寄って来る。いや、そうじゃなくてな。

 それに、トミックさんなんて、ライアスを置いてっていいのかよ。トミックさんを見ると、言いたいことを察したらしい。

「わたくしは、三人のお目付け役なんですよ。羽目を外さないようにって。ライアス様はしばらく国の建て直しにお忙しそうですわ。あのかわいそうな竜の子は、ライアス様がさっそく手配なさって、もうこちらに戻って自由の身になっていますの。あなたが戻る方法は、宰相がおっしゃった方法しかありません。この三人以外の、あちらの世界の女性と親しくなられたとしても、その方はあなたを殺したりできないでしょ?」

 まあ、普通そうだよな。クラニスやマリッサなら、迷わず殺してくれるだろうけど。

「みんながそれでいいんなら、オレはそれでいいよ」

 平静を装ったが、心の中では、複雑な感情が渦巻いてた。

 上から片目で見ているオヤジが、笑ってるような気がした。

 オレと『心を通じ合う』のは、第一候補第二候補――鉄板のツートップ(?)――クラニスとマリッサのどっちかってことになるんだろうけど、さらにはダークホースとしてフュージュも居て、みんな、オレとラブラブになるのが任務ってわけだから、バラ色の高校生活になりそうではある。しかし、結局、その相手に殺される運命っていうのも確定なわけだ。

 う~ん。


 提案を受け入れたあとも、いろいろ思い悩んでいたオレを取り残して、話はどんどん進み、出発のときがきた。

 オヤジに挨拶したあと、ゲートまで見送りに来てくれたのは、ジンクじいさんと宰相さんだけだった。

「では、行って参ります」

 トミックさんが丁寧にお辞儀して、光り始めたゲートに入って行った。ほかの三人もそれに倣う。

 オレもみんなに続いて、光の壁に脚を踏み入れた。

 オレが成人するまでの数年間、四人の女性はみんな同居ってことだから、一見するとハーレムと言えなくもない状況になるわけだが、この四人の中に現段階でオレに惚れてるっていう女性がいるわけでもなく、しかも、もしうまくいった場合にも、成人したらその女性に殺されるという運命が待っているわけだ。あんまり喜べる状況じゃないかもな。

 いったい誰になるやらわからないが、オレを殺すときは、お手柔らかにお願いしたいね。


 あ! 

 これって向こうに着いたら、みんな全裸なんじゃなかったっけ?!




                    完

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アンブレイカブルなオレを殺したいガールフレンズ 荒城 醍醐 @arakidaigo

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