第11話 自爆!
オレとフュージュは、ライアスが人払いした観客席の階段まで戻った。観客席はすり鉢状に段になっていて、その途中の通路に出る階段がある。野球場のスタンド席への階段みたいなかんじだ。そのため、階段通路から出ない限り、近くに座っている『観客』からは見られることがない。対面の観客先からはこちらが見えているのだが、二百メートルほど距離があり、もしもこっちを見ていても、何千の観客のうちのひとりにしか見えないはずだ。
階段の手すりの陰からふたり並んでステージの方を見る。
ステージには武器を携帯した兵がひしめいている。野球場で言えばダイヤモンドにあたる位置だ。そしてそこからバックネット裏の貴賓席にあたるバイルー王国側のバルコニーへ幅広い階段が続いている。
やがて、側近たちをひきつれて、カシュームがバルコニー横の通路から現れた。いや、オレはやつを見たことがなかったから知らなかったのだが、それらしい威張りくさった男が出てきたので、フュージュを振り返ると、彼女が目で答えたんだ。
ただの、細身のおっさんだ。黒髭で偉そうな顔つきにしてるつもりらしいが、ぜんぜん強そうでもなけりゃ、威厳も感じない。そいつが堂々と一番でかい椅子に座る。鎧はつけていないが、腰には長剣をぶら下げている。
鎧は必要ない体だったな。そしてあの剣がかーちゃんのナマクラってわけか。
ステージ下の屈辱的な位置に、アテヴィアの宰相たちが並ばされていた。ざわつく会場を、カシュームが手で静めた。
「さ~て! これから、平和的なイベントの開始だ。この調印式をもってアテヴィアは栄光あるバイルー国の一部となり、ともに栄えることとなるのだ! ふふふふふ!」
魔法か何か、拡声器の役目をしてるものがあるらしい。やつの声は競技場全体に響き渡っていた。
痩せぎすの五十男で、人をひきつけるようなものがあるようにも見えない。声も慇懃くさいだけで、うすっぺらな人格を感じさせた。何がどうなったら、あんなやつが一国を牛耳るようになるんだ?
観客席のあちこちからすすり泣く声が聞こえてくる。待っていてくれ・・・・・・必ず、オレが・・・・・・!
そのとき、ステージ横のバイルー兵士の中で声が上がった。
「待て! カシューム! 国王陛下を蔑ろにし! 国民を脅して国を奪った奸賊め! 今こそおまえに神の裁きが下るぞ!」
ライアスの声だ。
生の声だが、カシュームの拡声された声なんかより、よっぽど力強く競技場に響いた。
オレはフュージュを向き直った。
「さあ! いまだ! 早く!」
だが彼女はステージの方を見て、まだ詠唱を開始しない。
「待って、まだ」
何を待つんだ、ライアスがやられてしまうぞ。
振り向いて見ると、ライアスは剣を天にかざして、その剣先をカシュームに向けた。カシュームが下品に笑う。
「ひゃっひゃっひゃっひゃっ」
兵士たちや観客席の民がざわめく。
もう一度フュージュを見ると、詠唱が始まって彼女の胸の前で青白い光が起きていた。
LEDのようなその光は、たしかに遠くからも目立ちそうだった。壁や座席の陰になって、近くに居る兵士からは死角になっているが、ステージや対面の座席からはかなり目立っているだろう。ライアスのおかげで、この周囲の人や兵の注目はステージ下に集中していて光に気がついていないようだ。しかし、対面には、こっちを見て指差してるらしい兵士の動きもあった。間もなくここに兵士が殺到してくるのは間違いないだろう。
オレを転送したあと、ここに残ったフュージュはどうなってしまうんだろう?
フュージュの身を心配して、何か声をかけようとしたとき、ふわっと身体が浮いたような気がした。
次の瞬間、ステージに上る階段が目の前にあった。
よし! 成功だぞ、ライアス! わかるか?! オレはステージ前までたどり着いたぞ! おまえのおかげだ!
フュージュの身は心配だが、オレが勝てばいいこと、ってはずなんだ。前を向いて進むしかない。
ライアスは三十人ほどの黒い鎧の剣士に取り囲まれてしまっていた。鎧の色からして皆、ライアスの部下たち、元親衛隊だ。
元親衛隊の兵士たちは複雑な表情だった。自分たちが取り囲んでいるのは隊長のライアスなのだから無理もない。
「ひゃっひゃっひゃっ。ラ~イアス。おお、わがバイルー最強の剣士よ。ついに我慢できなくなってわたしに歯向かう道を選んだか。今までた~っぷり役にたってくれたおまえを殺すのは忍びないが、反逆者を許すわけにはいかんな~」
カシュームは楽しそうに笑ってやがる。
「お~や、元親衛隊の諸君、どうしたのかな~? わたしに歯向かう者を排除するのが、君たちの使命だぞ。忘れたのかな~。ライアスといっしょになってわたしに歯向かおうとでも考えているのか? ふふ~ん。わたしの身体に傷つける自信があるなら、やってみたまえ。」
元親衛隊兵士たちの手が怒りに震えている。それを見たライアスは、構えていた剣先を下ろし、直立の姿勢をとって、剣を投げ捨てた。
剣が落ちてはねる音がした。
「わたしは抵抗しない」
それは、まわりにいる部下たちへの言葉だった。
このままでは元親衛隊兵士たちはライアスとともに反旗を翻していただろう。そして、カシュームに傷つけることもできぬままに全滅していたに違いない。ライアスは部下たちを守ったんだ。
もしもオレがいなければ、ライアスはそれでも部下たちとともに戦う道を選んだのかもしれない。しかし、ライアスはオレに賭けた。
「おや~あ? 抵抗しな~い。残念だねぇ。ま、じゃあ、元親衛隊の諸君、その反逆者を殺してしまいなさい。ほら、さあ、今すぐ」
むかつく野郎だ。見てやがれ!
オレは、階段下にいたアテヴィアの宰相たちを「どいてろ!」と押しのけ、ステージまで駆け上がった。
今度はオレが注目を浴びる番だ。
「おやおや! やっと主役のお出ましだ! ほ~ら見ろ! アテヴィアの希望、竜王の息子だぞ~? ・・・・・・おや~ぁ? おかしいなぁ。ち~っとも強そうじゃない」
カシュームがこっちを見下ろした。オレを全然問題にしていないようだ。
ステージの上には、バイルー兵がぎっしりひしめいている。オレをあざ笑い、アテヴィアの民を侮辱しているカシュームの野郎は、ステージからさらに階段を登った上に作られた特設の席にいる。その階段にも、やつの両脇から兵士がなだれ込み、オレの行く手をふさぐ。さらに、オレが登ってきた階段にも、グラウンドにいた兵士が集まって退路を断った。
オレはやつを睨みつけて怒鳴った。
「てめえ! 今からそこに殴りにいくから待ってやがれ!」
それを聞いたカシュームは、膝を叩いて大げさに笑った。
「はっはははは! ひーっひっひっひ! 笑わせてくれるじゃないか。おまえとわたしの間に、いったい何百人の兵士が居るとおもってるんだ?」
ざっと三百人は立ちふさがってるさ! それくらい見りゃあわかる!
「ふふふふ、はははは! 知ってるぞ! 竜王のアンブレイカブルボディ『だけ』! を受け継いでるそうだなあ! たしかに、おまえはその兵士たちに殺されもしなきゃ傷つけられもしない。ははは! しかし、怪力や魔力があるわけじゃないおまえでは、兵士をひとりも倒せまい。羽があるわけじゃないおまえは、ここまで兵士を飛び越えて来る事もできまい。非力なおまえは兵士がふたりも居れば簡単に取り押さえられるそうじゃないか」
ああ、そうだよ。おまえの言うとおりだ。
「それにわたしの腰にあるのは、あれれ~ぇ? なんと『竜殺しの剣』ドラゴンスレイヤーだぁ! はははははは! 兵士に取り押さえられたおまえの首をわたしが直々にこいつで切り落としてやろう!」
たしかに、オレはそうなる運命だったかもしれないさ。だが、今のオレは違うぞ。
オレは腰の容器からマラムナッツをひとつ取り出し、両手を頭の上に上げて、ナッツの二つの殻を左右の手の指でそれぞれつまんだ。
「これが何か分かるか! マラムナッツだ! ほ~ら、開けるぞ! 脅しじゃねぇ!! 命が惜しけりゃ下がりやがれ!」
オレのまわりの兵士からは、オレが持っているのがマラムナッツだってことは十分に見えていただろう。ラッキーなことに、オレがアンブレイカブルボディの持ち主だってことはカシュームがさっき宣伝してくれてる。つまり、オレが本気でこいつを爆発させるつもりだというのは誰でも分かったはずだ。
オレに近づいていた兵士たちは、あわててオレから逃げ出した。オレの周りから波紋が広がるように兵が逃げていく。パニクった兵士たちは押し合って階段やステージから落ちるやつまでいる。
オレの周りが半径五メートルほど無人になったときを見計らって、オレはマラムナッツの殻を両側に引っ張った。
ドカン! ときた衝撃で、両手は左右にいっぱい広がっちまうし、頭や肩を強く押さえつけられる感覚があり、足はステージの石に数センチめり込んじまった。
しかし、オレは無傷だし、腰巻もマラムナッツ入れも無事だ。
爆発はオレの想定より激しかったらしく、オレの周りにいた兵士には負傷者も出たようだ。死人はいないらしいが、足をひきずったり、倒れて立ち上がれず這いつくばって逃げようとしてる兵士が数人いた。そいつらには気の毒だが、演出効果は抜群だった。
《最終話につづく》
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