Love letter from.

美綴

第1話From me.

午前七時。

僕は出来上がった朝食がテーブルに並んでいるのを見て、椅子に座って、食事を始める。考え事をしながら朝食を食べることが多い僕。何故かと問われれば、食べながら喋れなくても、食べながら考えることはできるからで、僕の頭は朝から言葉で溢れかえりそうになってそういうときに彼女が話し相手になってくれることは、間違いなく救いだ。

「例えばさ、この子になら殺されても良いって、この子に殺されるなら本望だって、それぐらい人を好きになれることなんてこれから先どのくらいあると思う?」

 僕は朝食を食べながら彼女にそう尋ねた。

「そうね」彼女はすでに朝食を食べ終えて、僕の真向かいに座って言葉を続ける。「じゃあ、わたしで最後にしてあげようか?」そんな冗談を澄ました顔で済み切ったことのように澄んだ声で言うものだから僕は寸でのところで朝食の手を止めてしまう。

「つまり、僕を殺してくれるってこと?」ならば――本望だ、と言わんばかりの僕。

「つまり、あなたを殺すってことね」ならば――当然だ、と言わんばかりの彼女。

お互い気が付けばこんな会話ばかりをしている。こんなにも取り留めもなく、誰からも取られることも何によっても留めることができないような、とても本当に近い会話ばかりしている。だから、気づけば朝食をとり始めて既に三十分が経過していた。僕にしては時間をかけ過ぎだ。

「どうかな。この話の続きは僕が仕事から帰ってきてからってことで」

「ええ、もちろん 」彼女は朝食の片づけをしながら僕を一目見て二言目を告げる「ちゃんと生きて帰ってこれたらね」

 こういう余計な伏線を張るのが彼女の悪い癖だ。そういった言葉はたとえ本当でも、たとえどんなに気がきいたセリフでも、あんまり言うべきじゃないと思う。だって、言葉は口に出してしまえば消せないのだから、悪い予感は悪い発想を、悪い発想は悪い世界を作り出しかねない。以前、一度だけそういう風なことは言わない方が良いと彼女を咎めたことがあったけど、彼女はあっさりこう切り返したのを僕は忘れない。

「なら私がいくらでも上書き保存するわ。悪い予感を良い予感に、悪い発想を良い発想に、ね。でも、それでもどうしようもないことがあることぐらい私だってわかってる。そういう時の為にね――。」


「私には世界を変える力があるのよ。世界には内緒よ?」


 僕はドアを開け仕事に出かける。そして彼女もまた内緒の蓋を開ける。お互いにどのような関係があるのか、その物語もまた幕を開ける。


2

 僕の仕事を言葉にするのは少し難しい。日本にはあまりなじみのない仕事だから表すための日本語がないっていうのもあるけれど、なによりも僕自身がよくわかっていないのだから表しようがない。

 「おはよう」「おはよう」

 僕の仕事場である事務所につくと既に同僚である深那本ミナモトが出勤していてコーヒーを入れていた。こだまする「おはよう」もこれで一年が経つ。

 「どうだい彼女?今日は何か言ってたかい?」「いや、いたっていつも通りだよ」「同居して今日で一年記念だっていうのに?」「そんなこと彼女は気にしないよ。彼女と時間は相性が悪いんでね。」「ははっ、君もいうようになったじゃないか。今年一番の驚きだよ。」

 深那本が入れたコーヒーを飲みながらテレビをつける。この事務所には人が寝泊りするには十分な家具が揃っていて、なぜなら人が寝泊りする可能性があるからで、なぜ寝泊りするかといえば、それは僕たちがそうさせるからで、それが僕の仕事だったりする。

 「まだ報道されていないのか」僕はテレビを見ながら深那本に話しかける。

 「テレビがいったい何を報道するというんだ? 君は”報道”がどういう意味か辞書で引いたことはあるかい?」「あいにく辞書を持ち歩く癖はないものでね」「なら教えてあげよう。報道とはね”道に報いる”ってことさ」

 相変わらず意味の分からないことを意味があるようにいう事において深那本の右に出るものはいないな、なんて思いながらもそういう空気ではないことがわからないほど僕たちは子供ではない。

 「それで?」と僕。「テレビ向きのニュースじゃないからね。」と前おいて深那本は続ける「インターネットじゃすでに尾ひれがついてるレベルで広まってるけどね。ただしフィクション方向に強い傾きがみられるから一過性のものとしてすぐに消化されると僕は踏んでいるよ。ただ、見る人が見れば分かってしまうのは世の常でね、<優れた人>マイナスの奴らの動きが少し気になるな。あまりに静かすぎる。」

 

3.5

≪人の一生を俯瞰してみれば物語だ。私はそう思う、だからきっとそうなのだろう。その物語を端から端まですべて読み終えるには人の一生というのは短すぎる。だから人は物語を書き留める。一つの物語が一つ時代になり一つの歴史になり一つの世界になり、そしてようやく真の一つの物語となる。その物語には星の数の物語を包含して人々はなお飽き足らず空想の物語を紡ぐ。こうして虚に虚を重ね、時に真を織り交ぜる物語はなぜだか人々の手のひら程の大きさに圧縮され人々はようやく俯瞰の視点を手に入れる。目の前の真実から目を背き、手のひらの虚構に満足する。人間など所詮その程度だ。ならば私は———。≫


3 

 彼が仕事に出かけてから食器を片付けて洗濯機を動かして今日買うものリストを作りながらテレビを見ているとふと今朝の会話が蘇る。

 「今日で一年なんだけどね」

 男の人は記念日に疎いなんてよく言うけれど彼もそんな有象無象の一人にすぎないのかと思うと私がまるでつまらない人間に恋しちゃってるみたいになってひどく滑稽になっちゃうからダメダメってそんな思考を頭から追い払ってなんとか彼に思い出させるために1年という単語から思いつくものをひたすら買い物メモに書きだす。

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