3

 iPhoneが鳴った。彼のiPhoneではない。彼はiPhoneを2台持っているが彼が個人的に所有するのはiPhone5Sの1台でもう1台は会社から支給されているiPhone6が鳴った。彼はiPhone6のサイズにまだ馴染めていなかった。


 iPhone6の無駄に大きい液晶画面に知らない番号が表示されている。番号が表示されているということは連絡先に登録されている番号ではない。090から始まる携帯電話の番号だ。しかし090から始まるからといって携帯電話とは限らない。彼のiPhone6は080から始まる番号を持っていたが03から始まる固定電話の番号に掛かってきた電話も取ることができた。それは外出先でも同じだった。彼の会社の番号である03から始まる10桁の番号をダイヤルして電話を掛けてきた相手は彼がオフィスの自分のデスクに座っているものだと思っているが彼は外出していた。03から始まるからといって席について固定電話で話しているとは限らないのならば080から始まるからといって携帯電話とは限らないのは同じことだ。

「あのー、櫻井です。本日は貴重なお時間をいただきまして、ありがとうございました。営業の仕事の違いとか、マネジメントのこととか色々教えていただきまして、具体的にイメージができるようになりまして、より志望度が高くなりました。お薦めしていただいたお店も今日あのあと時間があったので見学しました。やっぱり実際見てみると色々わかったような気がします。ありがとうございます。それからこんなことお願いしては失礼かもしれないのですが、よろしいでしょうか」

「なんでしょうか」

「あの、今日いただいたDVDなんですけど。あれを作られた方にお話を伺いたいと思いまして、ご紹介いただくことというのは可能でしょうか。いえ、無理なら諦めるのですが。はい、お忙しいでしょうから。すいません、こんなお願いしてしまって」

 電話の相手は携帯電話だった。

「私からは直接紹介できないのでもし話を聞きたいと思われるのでしたら人事部へ問い合わせてみてください。それと電話でお礼なんて必要ありませんよ。仕事の邪魔になるとは考えなかったんですか? なぜあなたにわざわざ他の社員を紹介してあげなければいけないのですか。こんなことなら私の携帯電話の番号を教えたりするんじゃなかった」

 後半部分は彼は口には出さなかったがきっと思っていただろう。

「わかりました。ではそうします。わざわざすみませんでした。今日は本当にどうもありがとうございました」

 学生は電話を切った。


 彼はその日学生に会っている間、これは選考ではないと何度も言った。言った手前、選考をするべきではないとも同時に思っていた。ここで合否の判断はしないと決めた。

 いや本当は会う前から判断しないと決めていた。前任者の書いた報告書の「期待○」の文字を見ていた。しかし面談中彼は何度ここで不合格にしてやろうと思ったことか! こいつの顔など二度と見たくないという考えが何度頭を過ったことか! 彼は学生が聞かれもしないのに歯の浮くような綺麗事を並べ立てるのが許せなかった。静かな喫茶店で周りの迷惑を顧みずに大声を上げて志望理由を捲し立てる学生を摘まみ出してやりたかった。

「もうちょっと声のトーン下げようか」

「はい?」

「もう少し抑えて。それから食べてからでいいから、話すのは」

「はい、わかりました」

「あと君の志望理由には別に興味とかないから」

 もちろん最後の言葉は彼は言わなかった。彼は会社に戻ってから面談結果を報告書にまとめた。不合格にしてやりたい気持ちで一杯だったが、判断は保留にした。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

その日その日 @pwveh

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ