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 前回の終わりに「学生は「会社員になるってこういうことなんですね」と思った。」と書いたら友人から、

「『思った』って。学生がどう思ったかなんてわかるわけないだろ。どうせ学生はそう思ってるんだろうなーって俺が思っただけだよ」

 と指摘が入ったので、そこは「学生は思っただろう」だとか「学生は思ったかもしれない」だとか「学生は思ったと思った」などのどれかに訂正してもらいたいが、彼はしかし確かに学生は思った。


「まさかこの会社に第一志望で入社したとか言うんじゃないですよね? この業界ではここしか内定が出なかったか、出たとしてももっと小さいところしか出なかったんじゃないですか。図星ですか。例えばM社とかM社から内定が出れば普通はそっち行きますもんね。私だったらそうします。

 私がさっき『御社が第一志望です』って言ったのも、どうせ嘘に決まってると思ってるんですよね」

 学生はそうは言わなかったが彼にしてみればそれは言ったのと同じことだ。


 ついでにいま前回分を読み返してみたら、彼が学生だったときにリクルーターらしき社員からドタキャンされてそれっきりだった、そのリクルーターの会社がいま友人が勤めている会社であるかのように書かれているがこれは間違いで彼に電話を掛けてきた社員と友人は別の会社だった。

 彼との面談の約束をドタキャンしたリクルーターは大手生命保険会社の社員で彼のゼミの先輩の、といっても10年は離れているから一緒にゼミを受けたのではない、OB会の幹事——学年の連絡窓口——をやっていたのでOB会で何度か見かけたことのある、久保さんだった。久保という名前はいま考えたもので、名前は大久保かもしれないし和田か大和田だったかもしれないが彼は覚えていない。

 久保さんは12月頃にゼミの後輩たちを集め丸の内のビルの地下にあるレストランで簡単な食事会を開いた。久保さんの同僚も来ていた。費用は久保さんの会社持ちで即ちこれも採用活動の一部だった。参加している学生みんながみんな保険会社に興味があるわけではないから、選考ではなくどちらかというと趣旨は説明会に近い。選考はこのあとで、食事会に来た学生(ゼミの後輩たち)に久保さんとその同僚が電話を掛けて個別に面談の予定を入れていく、面談は丸の内か東京駅の日本橋口の近くの喫茶店で行われる、社員に気に入られればまた別の社員から電話が掛かってくるが気に入られなければそれで終わりのこれが選考だ。

 当時は大学3年の10月が説明会の、4年の4月が選考の解禁だったから12月は選考の期間ではない。だからこれは公式には選考ではない。公式とか非公式とかいうのは経団連の倫理憲章のことで別に法的拘束力なんかない、守っていない会社もある、公には守っていても実際は守っていない会社も多い、そもそも外資系企業には関係ない、経団連に属していない企業にも関係ない。けれど学生が入りたがる日本の大企業はだいたい経団連に入っている、でも守っていない。

 選考とは言わずに説明会と称して学生を集めその席でグループワークやグループディスカッションなどと呼ばれるゲームをやらせ離れたところで社員が見ている。社員は五六人で一つのグループの中から合格不合格を判断するため学生の言動を監視している。社員は何故こんなつまらないことをしなければならないのかと思っている。学生は選考だとわかっているから自分の有能さを必死になってアピールする。そういうことのひとつがリクルーターだった。もちろん学生は学生でリクルーターの存在を認識していて、これが選考だとちゃんとわかっている。

 当時『みんなの就活日記』(通称『みんしゅう』)と呼ばれるサイトがあった。そこには各社の選考の状況が匿名で書かれている。

「ここはリクルーターのようですね」

「14日リクルーター3人目会ってきました」

「もう3人目ですか?早いですね!私明日1人目」

「私たぶん落ちました……1週間連絡来ない」

「3日連絡なしはお祈り確定ですか?」

「リク会ってきたら同じ喫茶店で3組リク面やってたw」

「それ俺だわw」

「ここの内定持ってた先輩は毎日掛かってきたって言ってた」

「ここ非通知ですよね。着信あったのに取れなかった……」

 学生はカキコミを読んでいた。ここでいう学生とは彼のことだが友人と会った学生のことでもある。


 彼と友人が就職活動をしていた当時のリクルーターといえば、4月の選考解禁など関係なく何度も何度も学生を呼びつけて何人もの社員に代わる代わる会わせ、ときには飲みに連れていき、とにかく学生を時間も身体も拘束して競合する企業の採用活動に参加できないようにする。リクルートスーツを身に纏った女子大生の身体を文字通り拘束して逮捕されてしまった人もいた。

 そして、というと何がそしてなんだかわからないが解禁日の4月1日に形ばかりの最終面接をして内々定を出す。実際には3月中に最終面接まで終えていて、4月1日には競合他社の面接に行けないように学生を集めてバスに乗せディズニーランドへ連れて行く企業もあったという。その日はもう内定が出ていたも同然だから学生はスーツではなく私服で集合した。まさかリクルートスーツでディズニーランドに行くわけにはいかない。スーツ姿の女子大生がスプラッシュマウンテンで落下するところなど想像するとエロい、もちろんスーツはダサい紺のスカートでなければいけない、などと当時学生だった彼は考えもしなかった。


 久保さんは食事会のあと電話を掛けてきて、いついつの何時にどこで、と時間と場所を指定した。電話をした日から一週間以内の未来だったはずだ。それから当日になって、

「今日の面談のお約束なんですが、急な予定が入ってしまいまして、キャンセルしてもよろしいでしょうか。すみません。日程はまたこちらから連絡しますので。よろしくお願いします」

 という電話があり、それっきり久保さんとは電話どころかゼミのOB会でも顔を合わせていない。ということは久保さんはゼミの先輩ではないのかもしれない。久保さんの同僚の方が先輩だったのか。でも記憶では久保さんがゼミの先輩だ。もちろん久保という名前ではない。名前は覚えていないが久保ではないということは覚えている。

 それは急な予定が入ったんじゃなくて不採用通知だったんだ、と思う人がいるかもしれない。いまとなってはどちらでもいい。「不採用通知ならもう少し上手い言い方もあるだろうし、リスケするといって連絡を寄越さないのはどうかと思うが、久保さんもリクルーターとして会わなければいけない学生は一人ではないから余裕がなかった、あるいは本当にリスケをするつもりだったが忘れてしまった、なにしろリクルーターをやらされると10人も20人も学生に会わなければならないので1人くらい忘れることもある、自分もリクルーターをしているからそういうことがわかる、学生には本当に申し訳ないと思う、けれど忘れられたということはその程度だったということで仮に忘れられずに久保さんと会っていたとしても採用されることはなかっただろうから結局は同じことだ」と言ったのは友人だ。

 OB会に久保さんが来ていたら聞いてみようとずっと思っているのに久保さんは来ない。私は毎年出席しているから私がいないときに久保さんが来ているというのでもない。久保さんに聞いてみてもおそらく彼は覚えていない、彼のことすら覚えていない、それを片方の当事者である彼の方はいつまでも覚えているというのはどういうことなのか。

 リクルーターをやっていても会った学生のことなんか大半は忘れてしまうか、忘れたことすら忘れている。社員の意識なんてそんなものだ。友人もそれは例外ではない。むしろ忘れよう忘れようとしているようにさえ見える。けれど忘れられた方は忘れられたことを案外覚えている。

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