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 4月に入社した新入社員はまだ研修中で配属はしばらく先になるらしいが、一方で世間では採用のシーズンらしい。彼が就職活動をしていたときは大学3年の10月から説明会などが始まり3月には面談と称した選考がこっそりと行われ4月1日には内定が出ていた、外資系企業はもっと早かった、そんなスケジュールだったから最近の学生は当時に比べれば時期が遅くなった。今年は説明会の解禁が3月で内定を出すのは6月だという。そうはいいながら非公式に採用活動は行われているらしい。

 彼の友人が勤めている会社はいわゆるリクルーターとして社員が駆り出されている。学生と接触して一緒に飯でも食いながら就職活動の悩みでも聞きますよ、でもこれは選考ではありませんよ、という体で選考をする紛れもない選考である。もちろん学生の方もわかっているから選考のつもりで臨んでいる。狐と狸の化かし合いである。

 平日の昼下がり都会の喫茶店の隅に置かれた狭いテーブルを囲むようにスーツ姿の2人が向かい合う。片方はダラけた余裕振ったオッサンでもう片方は緊張した面持ちの学生がテーブルに置かれたコーヒーには手も付けず冷めている。

「私が御社を志望する理由は——」

 などと聞かれもしないのにハキハキと喋り出す実に滑稽な姿があちらこちらで見られる。一杯数百円のコーヒー2杯で小一時間も喋り、会計時に領収書を頼むと、

「どこどこ株式会社ですね、いつもありがとうございます」

 と店員に気を遣われる。

 このリクルーターというのは公式には選考ではないから、もちろん結果の通知などもしない。たまたま会った社員に気に入られれば、また別の社員から非通知で電話がいきなり掛かってくる。気に入らなければそれでおしまい。公にはリクルーターなんかやっていませんよ、と憚らず公言しwebテストなど受けさせて数週間後に「テストの結果、不採用となりました」とメール連絡して終わりだそうである。実のところはその数週間前に友人に会った時に不採用は既に決定している。実にいやらしい。学生にとっても社員にとっても無駄な時間である。いつまで買い手市場のつもりだろうか。

 友人はリクルーターで学生に会う度にドッと疲れると言っていた。人の人生を左右するかもしれない、というのは大袈裟な言い方でそれは採用活動に携わる以上仕方がないことだがそれにしても会社の対応に誠意が感じられない。彼はその会社に入社しなくてよかったとそのとき思った。もっとも彼の場合リクルーターらしき社員から、

「今日のお約束ですが急用が入ってしまったのでキャンセルしてもよろしいでしょうか? 日程はこちらからまたご連絡いたしますので」

 と当日ドタキャンされて、それっきりなのだった。いつになったら連絡を頂けるのでしょうか。


 彼はいつからか就職活動中の学生をまともに見ることができなくなった。ベージュのスプリングコートの下に就職したらもう二度と着ないようなダサい紺のリクルートスーツを着た、普段は明るい茶色の髪を暗く染めた、面接会場の最寄り駅でそこに来るまで履いていた踵の低い靴を脱いでヒールのあるパンプスに履き替える女子大生はエロい。男子学生は椅子に座ってもジャケットのボタンを外さない。ワイシャツはよれよれでネクタイは大剣より小剣が長く出ている。胸ポケットに何本もボールペンを指している。受け応えが過剰に溌剌としている。そういう細かいことが気になってしまう。

 彼と友人は大学の同期で卒業したのも同じ年度であるから二人とも同じ時期にしていた就職活動は彼はあまりいい思い出がない。当時は用意していただろう志望理由も忘れてしまった、自分の強みも弱みも就職活動向けにアレンジしたエピソードもやっていたことにしたアルバイトもでっち上げたサークル幹事長の肩書きもそのサークルの名前も思い出せない、いまとなってはなぜこの会社に就職したのかもわからない、いま自分がこの会社の採用試験を受けたらまず受からない、電話も掛かってこないかもしれない友人がいまでは学生の合否を判断している。

「数ある会社の中でMさんがこの会社を選んだ理由はなんですか」

 と学生に質問されるのが友人は一番堪らない。彼もそんなことは聞かれたくない。

「たまたま内定が出たのがこの会社だけだったからです」

 と友人は答えたのだろうか。

「そんなこと聞いてどうするんですか」

 と逆に聞いたかもしれない。彼がそんなことを聞かれたら、学生に腹が立ってその場で面談を終わらせて帰ってくるに違いない。でも友人は実際には、自分のやりたいことをやらせてもらえる環境があるとか、将来性を感じたとか、挑戦できるとか、社員の人柄に惹かれたとかもっともらしいことを相手の学生に合わせて選択して答えた。

 学生は、

「会社員になるってこういうことなんですね」

 と思った。

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