ぶっちゃけ「呂布です」って言いたくなるよねこのひと。
あっいや、わかってます。歴史物語のコメントで一番やっちゃいけないのは、他の時代での比定だと思ってます。しかも侯景と呂布とでは、梟雄となったライフタイムもまるで違う。それでもなお、その武の故に翻弄され、無道を働き、滅んだ姿には、どこか両者を重ねずにおれない。
漢が滅んでより、隋が天下を統一するまでには、実に四度の鼎立が起こっています。曹操、劉備、孫権。劉曜、石勒、王導。慕容儁、苻堅、桓温。そして、高歓、宇文泰、蕭衍。これら天下に己の身命をベットして丁々発止のやり取りを繰り広げた英雄らと引き比べれば、侯景は嫌でも一段落ちる存在とならざるを得ません。
実際のところ、作中でも高歓や宇文泰、また彼らの上役である爾朱栄が活躍しているときには、侯景の存在は脇役、端役でしかありませんでした。というか高歓やべえ。明らかに魔王でしょあんなん。その向こうを張る宇文泰も異次元。そして侯景も、そういう異次元の存在どもから重く見られていたわけでもあり。
魏晋南北朝期に中国で起こった鼎立の立役者たちには、誰一人としてつまらない人物がいません。そしてこの物語が語る侯景は、そんな彼らに、深い爪痕を刻んでいます。
宇宙大将軍(笑)と現代日本人から揶揄される彼ではありますが、その気宇の壮大さ、ここにかけては「凡俗には到底測りきれるはずがない」と言い切って良いでしょう。
測りきれぬものの大小を論じてみたところでなんになりましょう。宇宙はやべえ。なら、侯景もやべえのです。
夜明け前が一番暗いとはよく言われますが、中国史における南北朝末期もそれに近いものがあります。
鮮卑拓跋部が拓いた北魏が華北を統一するも、孝文帝の漢化政策と洛陽遷都の煽りを受けて階層格差が極大化するとともに固定化し、辺境防備軍が賎民として扱われ、あまつさえ流刑の地にされるまでに至ります。
稀代の英主とされる孝文帝は王朝に時限爆弾を仕掛けてしまった感があります。
時とともに蓄積していく不満は解かれることなく、ついに六鎮の乱に形して北魏を東西に割り、山東山西を押さえる東魏と関中河東に拠る西魏の抗争を通じて次代の芽が育まれていきます。
それが隋唐世界帝国になると考えてもあながち誤りではなく、六鎮の乱は南北朝という時代が終焉に向かう転轍点であったとも言い換えられましょう。
さて。
本作は六鎮の乱の後に東魏の主権を握った懐朔鎮軍閥の大立者、南朝梁を事実上の滅亡に追い込んだ侯景という武人の一生を描いた作品です。
先行作品として吉川忠夫(吉川幸次郎先生のご子息、というより東洋史学界の長老格)『侯景の乱始末記』というメチャクチャに面白い新書があり、越えられない壁に近いものになっています。
ただ、上記作品が南朝貴族社会の姿に焦点を当てているのに対し、本作は見捨てられた北辺に生まれて絶望さえ知らずに育った野生児が千載に悪名を遺す怪物になるまでを丹念に追い、視点が大きく違います。
また、その過程の歴史的経緯も過不足なく織り込まれており、北魏の東西分裂の経緯を知りたい向き(ニッチ!)には好適な作品になっています。
ここで冒頭に帰るのですが、梁の武帝蕭衍の死が549年のこと、文帝楊堅による隋の建国が581年ですから、たかだか32年前の出来事です。
本作の時代は隋唐時代の劈頭直前にあり、それゆえに好事家の死角に陥りやすいように思われてなりません。『隋唐演義』により隋末から唐初は比較的よく知られますが、隋成立に至る道行を知る方は少なく、その前史となればなおさらですよね。
テーマのニッチさや文体が本サイトユーザー層のボリュームゾーンから外れていることが主因と観ますが、これだけ丹念に書かれた作品が読まれないのは実に勿体ない。歴史上に実在した怪物がここにおりますよ。
是非お試し下さい。