第6話 女王、覚醒

『ごめんなさい、遅れるわ』


 そんな連絡がきたのは、俺が待ち合わせの夜々木公園に到着してからすぐのことだった。


『山ノ足線で人身事故が起きたみたい。もうしばらく動きそうにないわ』 

「はぁ……わかった。じゃあ待ってるから」


 通話の終了ボタンを押す。

 花島由美と会ってから、二日が過ぎていた。その間、花島は何度か捕捉されたらしいが、使い魔を使って空を飛べる彼女を捕らえるのは中々に難題だった。その機動力を活かして、今なお逃げ回っている。

 それに直接対面出来たとしても、あの五体の悪魔を使役する能力は厄介だ。あれをどうにかしない限りは厳しいだろう。

 どうしたものか……。公園のベンチに座り、悶々と考え込んでいると、急に視界が遮られた。


「だ~れだっ?」


 どうやら手で目隠しされたらしい。そして、背中からビシビシと感じる魔力の気配。


「……花島、か?」

「せいか~い。でも、あたしのことは由美って呼んでいいのよ?」


 魔法少女、花島由美その人だった。


「ふふふ、先日のお礼がしたくって、探しちゃった」


 気のせいか、声に怒気が含まれているような。いや、怒ってるんだろうなぁ……。


「男の子の恰好してても、可愛いわね……」


 挑発するような声色。絶対わかってて言ってる。しかし、宮備が居ない今、迂闊な動きは出来ない。宮備が到着するまで、何とか時間を稼いで……問題はその後だが。


「時間稼ぎなら無駄よ? もう出発するから」

「……ッ!」


 しまった。理由はどうあれ、ここに宮備が来ることがバレている。

 咄嗟に手を振り払って逃げようとする。だが、黒くて太い腕が、俺を背中から抱え込んだ。


「うわ、うわわ!」


 浮遊感。地面がどんどん離れていく。


「暴れたら落ちるわよ?」

「……このやろー」

「抱き上げられた猫みたいで可愛いわね、あなた」


 景色が横へと流れ始める。


「どこへ連れて行こうってんだ……?」

「イ・イ・ト・コ・ロ♪」

「不安しか無いんだが! ちょ、あ、早いって! 揺らすなって! 怖いだろ!?」


 こうして俺は、始めて空を飛んだのだった。



               △▼△



「もう……どこにいるのよ佐良山くんは」


 数分後、夜々木公園には宮備玲奈の姿があった。そして、待ち合わせていた佐良山潤を探していた。


「……はぁ、もしかして、だけど」


 電話してから、ここに来るまでの間に何かがあった? 佐良山くんが由美さんを見つけて追いかけた、とか? だったら連絡があるはずだ。

 悪いパターンだと、佐良山くんが由美さんに攫われた線もあるのだけれど。


「そんなまさか、そこまで馬鹿じゃないでしょう」


 そこまで考えたところで、周囲に意識を向ける。もちろん佐良山くんを探すのが目的だ。だったのだが。


「さっきすげぇの見た!」


 子供たちの興奮した声が聞こえ、耳を傾ける。

 興奮気味の男の子が、友達であろう男の子に向けて必死に語っている。


「さっき、すげぇカッコしたねーちゃんが空飛んでったんだよ!」

「嘘だー!人が空飛ぶわけないじゃん!」


 もしかしなくても由美さんのことだろう。


「ねぇ君」


 私は男の子に声をかける。


「その人の他には誰かいた?」


 男の子は一瞬きょとんとするが、


「変な男女が一緒だった!」


 おとこおんな……多分、男の恰好をした女と言いたかったのだろう。それは間違いなく佐良山くんだ。


「どっちに行ったかわかる?」


 ん! と男の子が指を指す。方角で言えば、南南東。港区のある方角だ。


「港区……ね。ありがとう」


 それだけ告げると、私は早足に港区へと向かう。


「あのバカ……」


 呟いた時には、もう駆け出していた。



               △▼△



「あのさ、逃げたりしないから離してくれくれないか?」

「ダメー」


 俺は今、二体の悪魔に両脇を抱えられながら、倉庫街を歩いていた。ナイトと呼ばれていた角付きの個体だ。視線を逸らすと、ざわざわと波音を立てる東京湾。

 そして、倉庫街の一角にある大きめの貸倉庫の前までやってくると、ルークと呼ばれた大型の個体が鉄の戸を開く。

 中は結構な広さがあり、中央にぽっかりと穴を開けるような形で、周囲には木箱が積み上げられている。換気がされていなかったのか、窓からの光が差し込み、埃が舞っているのかはっきりとわかるほどだった。


「ここはあたしが昔使ってた貸倉庫でね。今はもう別の誰かが使っているんだろうけど、隠れ家として間借りしているの」

「ここに潜伏していたのか。つか、そんなこと俺に話しちまっていいのかよ」

「問題ないわ。だってしばらくあなたはここから出られないんだもの」


 監禁する気満々か!


「騒いでも無駄よ? この辺は誰も住んでいないし、この周辺も少なくとも一か月は利用者が来ないわ。そういう長期間の荷物が預けられる場所だから」

「……一体こんな場所に監禁してどうしようってんだ?」

「決まってるじゃない、ナニよ」


 そう言って、身をくねらせて煽情的なポーズを取る花島由美二十九歳。


「ナニ、じゃねぇよこの痴女が!」

「ふふふ、強がっちゃって可愛いわー。すぐそんなこと言えなくなるくらい気持ちよくしてあ・げ・る」

「ぎゃぁぁ! やめ……十八禁はやめろって! やめろォ、離せぇ!」


 両腕をがっちりとナイトに押さえ込まれたまま押し倒される。

 そして、花島は俺のズボンに手をかけて……。


「ぎゃぁぁぁ…………あ?」

 そこで止まった。ズボンを掴んだ指に力が入ったり抜けたりする。花島は顔を俯かせたまま、心なしか頬が紅潮しているようにも見えて、それは……


「もしかして……あんた……」


 もしかしなくても、まさかそんなね。こんなことする痴女に限ってあり得ないだろうと思いつつも口にする。


「……やったことねぇの?」

「なななな、こここここれくらい、余裕だわよ!?」


 そんな、ど、童貞ちゃうわ! みたいに言われてもな。


「はン……監禁プレイ好きの青少年誘拐痴女! 耳年増! 男日照り!」

「な……な……」


 おっと、思わず悪態が口をついてしまった。わなわなと震える花島に多少言い過ぎたかと思うが、青少年誘拐痴女に遠慮なんてする必要があるだろうか、いや無い。反語。

 ゆらりと幽鬼のように立ち上がった花島に警報を鳴らすように、ビリビリとした魔力の感覚を全身で捉えた。


「こ、の、暴言ショタがァァァ、アヒンアヒン言わしちゃるーーー!」

「誰がショタだ!? ぎゃぁあ、やめろー!」


 キレた花島がルパンダブを決めようとした、その時だった。


「君たち楽しそうね。実は仲いいのかしら?」


 我がパートナー、宮備玲奈が入口で仁王立ちしていた。


「まったく……急いで探したのにこれだから……」


 そういう宮備の額には汗がにじんでいた。


「な、なぜここが分かったの!?」

「言う気はなかったけど、特別に教えてあげるわ。由美さんの目撃情報から大まかな居場所を推察して、その場所に『魔力探知<ソナー>』を使ったのよ」

「くっ……さすがね、玲奈。そんなことまで出来るなんて、ふふ、やっぱりあなたは天才ね?」


 花島の表情には驚きと焦りが浮かんでいた。しかし、それも疑問へと変わった。


「参考までに、どうやったのか聞かせてもらってもいい? 玲奈、あなたはもう炎の蛇を呼び出す魔法を使っているはずよ。魔法は原則、一人に付き一つ。だから、玲奈の使ったのは魔法ではなく技術。魔力を操作する技術が高いと、そんなこともできるの?」


 問う花島に対し、宮備はやれやれといった風に肩をすくめる。


「いつも由美さんがそれくらい勤勉なら苦労しなくて済むのだけれど。勉強不足ね。魔力は、魔法になって初めて使用される、言わば燃料。車で言うガソリンよ。それだけを使うのは無理よ」


 つまり。


「これ〝も〟私の魔法」


 宮備玲奈は、魔法が二つ使える、と。炎の魔法と探知の魔法を使う常識外れの天才魔法少女。


「あれ? じゃあ宮備が探知魔法使えば、俺たちが足で捜索しなくても魔法少女見つかるんじゃ?」


 だったら、あの数日は一体何だったのか。


「それが出来たら苦労はしないけどね。ソナーに引っかかるのは、その時魔法を使っている者だけよ、佐良山くん。まさか私に、ソナーに引っかかるまで魔法を使い続けろって言うつもりかしら?」

「なんだよ、ぬか喜びさせんなよ……」

「……このまま帰ってやろうかしら?」

「嘘ですごめんなさい助けてください宮備様!」


 そんな俺たちのやり取りを見つつ、くっくっくと喉を鳴らす花島。こいつ余裕だな。


「でも、探知魔法が使えるからと言って、何だというのかしら? 来なさい、我が下僕たち! ナイト、ルーク、ビショップ!」


 花島の周囲に魔法陣が展開され、その中から計五体の悪魔が姿を現す。角付きのナイトが二体、巨人のルークが一体、羽付きのビショップが二体だ。

 いつの間にか俺の拘束も解かれ自由の身だが、多勢に無勢なのは変わりがない。俺が戦力として機能しない分、五対一の状態になってしまう。


「戦力の差は歴然。今のあたしに勝てるつもり?」


 言うなりナイトが二体同時に飛び掛かった。


「炎蛇の煉獄<プロミネンスネーク>!」


 宮備も炎の蛇を召喚しつつ応戦するが、二匹と二体はそれぞれ互角に戦い、状態は膠着する。しかし、


「こっちにはまだルークとビショップがいるわ」


 巨体がのそりと動き、突進のために身を沈める。


「時間稼ぎさえ出来れば、応援が来るのだけど。ここで倒してしまっても構わんのだろう?」

「宮備、それフラグだから!」


 ルークが地面を蹴った。目で追いつくのがやっとの速度で宮備に突進する。しかし、宮備はそれをギリギリで回避して見せた。

 ルークはその勢いのまま、入口から飛び出してしまう。後から、水しぶきの音がやってくる。どうやら、海に落ちたようだ。


「ちっ……ビショップ!」


 羽付き二体が、宮備に向けて空から急襲する。左右から挟み込むように、飛ぶ。宮備は、その攻撃もバックステップで距離を取ることで回避しようと試みる。だが、


「今よ、ナイト!」


 炎の蛇の効果時間が無くなり、自由になったナイト二体が追撃する。


「ふっ……」


 宮備は強引にバックジャンプした。しかし、その選択は、


「後ろだ宮備!」


 悪手になった。海から這い上がってきたルークがもう一度突進を仕掛けて、宮備はその直撃を受けてしまった。


「く、あぁぁぁっ!」


 まるでダンプカーにでも跳ねられたかのように吹き飛ばされ、数度地面を転がってから停止する。


「宮備!!」

「う、るさいわね、この程度、私たちなら掠り傷よ」


 苦悶しながら、宮備は立ち上がる。その姿は少しふらついていて、まだ戦えるようには見えない。

 そのうえ、室内で五対に囲まれるという最悪の状態へと陥っている。

 くそっ! どうする、どうしたらいい?

 ホントのところ俺は、ここまでの本気の戦闘になるとは思っていなかったし、花島がここまで強いとも想像していなかった。しかし、目の前で起きている戦いを目の当たりにすると、自分が浅はかだったと痛感した。

 宮備は学園最強と呼ばれるくらいの存在だ。そんなやつ相手に花島が手加減するとも思えない。

 俺は、どうする? ここで指を咥えて見ていることしか出来ないのか?

 考えている間にも、戦況は更に悪くなる。どんどん追い詰められていく。少しの間、悪魔たちの動きを止めることができたら。時間稼ぎさえ出来たら、応援が来ると言っていた。

 ならば一つできることがある。

 そう、それは。


「なぁ、花島? お前がそこまで本気になる理由ってなんだよ。お前はこんなことがしたくて脱走までしたのか?」


 そう、それは『説得』だ。

 今まで戦闘に集中していた花島がこちらに目を向ける。


「そんなの決まってるじゃない。佐良山、あなた魔法学園がどういう場所か知ってる?」


 それは、魔法少女が魔法を悪用したり、暴走したりすることが無いように教育するための機関で。


「そもそも、魔法少女がどういうものか、理解しているの?」

「それは、魔法に目覚めた女の子で……あっ……」


 その時、俺の感覚が告げた。

 召喚し、使役する能力。自分を守るもの、複数体。痴女。二十九歳。

 なんとなく見えた、気がする。


「つまり……男か」

「ええ、ええ、そうよ! 男よ! あたしは男見つけるために脱走したの! 悪い!?」


 花島が叫んだ。一瞬、辺りがシンと静まり返る。


「あたしだって! 男侍らせたいの! でも、学園には女の子しかいないじゃない!? 出会いがないじゃない! 婚期逃すのよぉぉぉぉ! あたし今年で三十よ? もう結婚したいの! わかる!? 切羽詰まってるの! 既成事実でも何でもいいから、男を寄越せぇぇぇぇ!」


 魂からの叫びだった。悲痛な二十九歳の心の悲鳴だった。

 つまり、あの五体の悪魔を召喚する魔法は、そういう自分を守る男を侍らせたいという欲望から生まれたものなのだろう。そしてその中で。


「あたしが、女王になるのよ!」


 彼女をクイーンとした、ナイト、ルーク、ビショップ。それが彼女の魔法。


 ――私は貴方と契りを交わそう。御身の愛こそ、我が栄光なり――


 詠唱。


「栄光を手にする女王<シーク・ザ・ヴァージン・クイーン>」


 詠唱した瞬間、魔力が跳ね上がり、更なる現象が起きる。

 最初の五体に、追加でもう五体。ナイト二体、ルーク一体、ビショップ二体が出現する。さらに、今度のはより正確に形を持っていた。

 角付きの悪魔だったナイトは、黒い西洋風の甲冑に。ルークは半裸の大男に。ビショップは有翼の袈裟をかけた僧侶のような姿をしていた。そのすべてが黒一色であることに変わりはなかったが、より高度な魔法として完成されている。


「これは……もしかしてマズったか?」


 明らかに、強化された。感情を刺激して、欲望が表に出てきたのが原因かもしれない。


「いいえ、佐良山くん。十分時間は稼いでくれたわ」


 ハッ、とする。見ると、宮備の魔力もまた十二分に高まっている。


 ――赤く猛る炎よ。煉獄の蛇よ。今こそ楔を解き放とう。主の敵に牙を立てよ――


 詠唱。そして。


「真の姿を現せ! 炎蛇の大煉獄<プロミネンス・コブラ>」


 二匹の蛇が一つに交わり、胎動しながら、膨れ上がる。そして、一匹の巨大な炎のコブラとなった。

 計十人の混成部隊と、人間一人を丸飲みに出来るほど巨大な炎のコブラの対面。

 なんだこれ。


「……えっと、なんすかこれ」

「見ておきなさい、佐良山くん。これが……魔法戦よ」

「怪獣討伐の間違いじゃね?」


 俺のツッコミを他所に、戦闘は開始された。

 いや、訂正しよう。

 その場はおおよそ戦闘と呼べる様相とはかけ離れていた。まず初手、巨大なコブラがナイトを一人、頭からパクリ。突撃したルークを尻尾で捕まえて、頭からパクリ。更には、空中にいたビショップを尻尾で地面に叩きつけて、そのまま焼き尽くした。

 あぁ、ほら見ろ。花島のやつ顔面蒼白じゃねぇか。

 そこから先は、一方的な蹂躙だった。騎士の形をしたナイトが剣を振り抜くも、そもそも実体の無い炎にダメージは与えられず、逆に剣が溶けた。

花島由美は開いた口も塞がらぬまま固まっている。

 そしてついに最後の一人が、パクリと飲まれた。


「…………」


 花島は口をパクパクさせて放心状態である。そんな彼女の肩に手を置き、俺は一言。


「今だけは、泣いていいぞ」

「うわぁぁぁぁ、こんなのチートよアホぉぉーーー!」


 泣き崩れる花島由美二十九歳。そして到着する応援。

 こうして、脱走事件は宮備玲奈の圧倒的な力を知らしめて終わるという結果になったのだった。



               △▼△



「ただいま~」


 その後、俺は普通に帰宅していた。事後処理は『M.A.O<マオー>』の職員がやってくれるらしい。そして、詳しい報告も後日提出してくれればいいそうだ。


「あ、兄貴帰ってきた! ねぇ兄貴―!」


 居間から妹、奈央の呼び声がした。いつもなら呼ぶより先に玄関まで来て要件を言うのだが。


「パパとママから電話ー!」

「……珍しいなー」


 出張中の両親から電話が来るとは珍しい。電話不精というか、俺たちの両親は会いたくなったら帰ってくるタイプで、仕事の期間中は仕事に没頭しているのだが。

 居間まで行くと、受話器を持った奈央が手招きしていた。


「兄貴に代わるねー」


 それだけ言うと受話器を手渡された。


「……もしもし?」


 最近似たようなことがあったせいか、とても嫌な予感がしているのだ。


『もしもし、潤くん? ママだけど!』


 知ってるよ。


『突然で悪いんだけどね、親戚の子を預かってほしいって言われてウチで預かることになったのよ。ママ、ついうっかり言うの忘れちゃっててね? 許してね?』

「許さんと言ったら」

『でね、実はもうそろそろ着くんじゃないかと思って電話したの』


 聞けよ。


「そろそろって……」


 ピンポーン、と玄関でチャイムが鳴った。


『噂をすればね♪』

「色々待て! 何も準備出来てねぇっての!」

『部屋パパの書斎を片付ければ大丈夫だから、あ、なあにパパ? お仕事の人から連絡? 飛行機が事故で遅れる? まぁ大変。ごめんね、ママたち急にお仕事入っちゃったから、あとはよろしくね』


 プツッ。


「はぁぁぁぁぁ~~~~!?」


 言うだけ言って切りやがった。とりあえずは、出迎えて、それから部屋を片付けて……。


「奈央、とりあえずお茶の準備でもしておいてくれ」

「わかったー」


 すたこらとキッチンに用意をしに行った。ああ見えて奈央は人見知りするので、初対面の人は苦手だったりする。

 ピピピピピ、ピンポーン。いや、連打すんなよ。

 俺は急ぎ足で玄関に向かうとドアを開けて。


「はいはい、いらっしゃ…………えぇ~」


 あろうことか、玄関先に立っていたのは我がパートナー宮備玲奈。その顔はすごく不機嫌そうである。


「もしかして……?」

「ええそうね。表札を見て、まさかとは思ったけど、本当に佐良山くんだったのね。残念だわ」

「俺に何の恨みがあるんだよお前……つーか、ほんとに宮備が親戚、ってことでいいのか?」

「不本意ながら」

「前から思ってたけど、宮備俺のこと嫌いだよね……?」


 理由はわからないが、宮備とは時々意味もなく衝突することがある。ソリが合わないのだろうか。


「え、兄貴、知り合い……?」


 居間から顔だけ覗かせて、奈央は訝し気な目を向けている。


「まぁ、ちょっとな」

「どういう知り合い……?」


 そんなジト目で睨まないでくれるか妹よ。


「いかがわしい知り合いなんだ……」

「待て、妹待て、違うから」


 俺が答えあぐねていると、とんでもないことを言い出す妹。


「そうね、私とこの女装趣味のミドリムシに特別な関係なんて無いわ」

「へぇ、兄貴の悪口とは言ってくれるじゃん……!」


 早くも臨戦態勢に移行する奈央。あれか、我が家の血筋が宮備との相性悪いのか。


「あと、さらっと俺をディスるのやめようか。そして妹、落ち着け。お兄ちゃん仲良くするのがいいと思うんだ!」

「私の部屋はどこかしら?」

「挑発しといてそれかお前! いいから居間に集合! 家族会議だ!」


俺の新生活の波乱は、まだまだ始まったばかりだった。



               △▼△



「……ふー」


 深夜の『M.A.O<マオー>』社長室で、タバコをふかす一人の男がいた。

 矢澤幸一郎。彼は、報告書に目を通しながら、ゆっくりとかぶりを振った。


「何者かが、脱走を手引きした疑いあり、か……」


 呟きは、夜の闇へと吸い込まれるように消えていった。

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もしかして魔法少女ですか?ちょっと来てもらっていいですか? ロートシルト @Rothsshild_567

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