第5話 魔法少女、乱舞

「くっそがぁぁぁぁぁ!」


 俺は今、全力で走っていた。人の多い通りから逸れ、人気のない脇道に飛び込んで、入り組んだ路地を右へ左へと疾走する。


「待ちなさぁぁぁい♪」


 それもこれも、追跡者かあら逃れるため。

 事の起こりは数刻前に遡る。呼び出しを食らった俺と宮備はそのまま捜索へと乗り出した。が、俺は目の力があるし、宮備は知り合いだからすぐわかるという理由で、手分けをすることになり、俺もそれでいいと対象の情報だけ貰って街に出た。

 で、すぐに見つけた。脱走した魔法少女、花島由美、二十九歳。四年前に魔法少女になり、魔法学園へと編入されたが、色々と問題を起こしていた。


「……っ!」


 そろそろ俺の息も限界に近付いている。足がもつれそうになるが、何とか踏ん張って走る。

 あともう少しで大通りだ。


「つ~かま~えた♪」


 耳元で声がした。と同時に背後から強い衝撃を受け、そのままバランスを崩して倒れる。


「ぐ、あ、ぁ……」


 派手に転んだため、悶絶する。お腹打った、すげぇ痛い!

 そんな俺の体を追跡者は無理やり仰向けに転がすと、そのまま馬乗りになった。


「ふふふ、痛がる顔が可愛いわぁ。涙まで溜めて、興奮しちゃう」

「う、っせ、腹に乗んな痛ぇんだよ!」


 言うとわざとらしくお尻で腹を圧迫してくる。この女鬼畜か。

 ボンテージというやつだろうか、露出の高い衣装にマントを羽織り、ムチを手に持った女だ。もちろん、そういうプレイの人ではなく、これが彼女の魔法少女の衣装だろう。

 長めでウェーブのかかったブロンドをしている髪には、薔薇の髪飾りが付けられており、怪しげな香りを放っている。


「お姉さんがいっぱい可愛がって、あ・げ・る」

「ひえっ……」

「何その反応……お姉さん超傷つくんだけど!」


 露出が多い割には平坦な体を揺らして、俺の腹へ攻撃してくる。まじやめろください。


「まぁいいわ……あなた『M.A.O<マオー>』の関係者でしょ? 見逃してくれたら、お姉さんがイイコトしてあげるんだけどなぁ」


 そう言いながら、体をすり寄せてくる二十九歳。


「は……悪いが歳の差十歳以上は守備範囲外なんでね」


 花島の頬が引きつった。


「な、なに言ってるの? あたしはまだ二十二歳よ?」

「嘘つけ二十九歳」


 花島の額に青筋が立った。


「あなただって、男の子なのにそんな恰好して恥ずかしくないの?」

「うるせぇニア三十路!」


 ぷちん、と何かが切れる音が聞こえた、気がした。


「お、おおお、おお、犯しちゃるーーーーー!」

「それはやめろよ!!」


 問答無用で俺の服を脱がせにくる手を、全力で払いのける。しばらくカンフー映画みたいな光景が繰り広げられるが、痺れを切らした花島が強硬手段に出た。


「腕を押さえつけなさい、我が下僕たち!」


 ぬるりと、彼女の横から黒い腕が伸びてくる。その腕が俺の両腕を地面に押さえつけた。


「……っ、魔法か! あっ、やめ、脱がすな馬鹿! 十八禁になっちゃう!」

「……何してるの君たち」


 救いに等しい呆れ声が聞こえた。

 同時に、炎の蛇が黒い腕に食らい付き、拘束を強引に引きはがした。


「げ……玲奈」

「はぁ、由美さん、いい加減にしてくださいよ」


 きしゃあ、と炎の蛇たちが両サイドから花島を威嚇する。


「まさか、あなたが出てくるなんてね、玲奈。極光の魔法少女さん」


 花島はゆっくりと立ち上がる。その表情には緊張がありありと浮かんでいる。


「炎の魔王、極光の魔法少女。学園最強の貴女が、今は『M.A.O<マオー>』の犬ってわけ」


 何そのすげぇ二つ名。

 俺が宮備に視線を向けると嫌そうな顔された。なにゆえ。


「これ以上の抵抗は無駄よ由美さん。学園に戻って」

「嫌よ、あたしにはやるべきことがあるの。それに今の貴女に私を止められるかしら?」


 そう言うと、花島の周囲の空間からぬるりと黒い悪魔が姿を現した。さっき俺を拘束したやつか!

 それは悪魔というよりは、黒いシルエットだった。人の形をしており、中には角や翼を持ったシルエットも存在している。

 それが計五体。同時に花島を守るように取り囲む。


「これが、召喚型か」

「ええ。自分を守護するモノを召喚する術に長けた召喚型。魔法が継続できなくなるまで、召喚し続けることができるわ」


 私のは違うけど、と宮備は付け加えた。言われてみれば、いつの間にか炎の蛇たちが消えていた。


「ふふふ、形勢はこちらが有利のようね……じゃあね玲奈、また会いましょう?」

「逃がさない! 炎蛇の煉獄<プロミネンスネーク>!」

「守りなさい、ナイト」


 指示と共に、角付きが二体躍り出る。そして、それぞれが炎の蛇と格闘し始めた。


「ルーク!」

 更に花島の声が響いた。いつの間にか、花島の後ろに控えていた大型の個体が突進してくる。

 三メートルはあるかという巨体が、猛獣のように駆けてくる。


「っ、あぶねぇ!」


 俺は咄嗟に身を飛ばし、体当たりするかのように宮備を押し倒した。間一髪で、巨体は宮備が居た場所を通りすぎ、壁に激突した。ズン、と重い振動と共に壁に大きな亀裂とクレーターが出来る。


「おいおいマジかよ、洒落になってねぇぞ……」


 あんなもん食らったら、ひとたまりもねぇだろ!


「てめぇ、俺らを殺す気か……って……えぇぇ……」


 視線を向けた先には、もう既に花島の姿は無かった。代わりに。


「こっちよ?」


 声が降り注いだ。俺は上を向く。そこには、羽の付いた悪魔の腕に座り、肩に肘を置いて寄りかかる花島が居た。


「マジか」

「ふふ、佐良山って言ったわね。次会う時が楽しみね。あと、そのままその子押さえててね?」


 そう言って、悪魔と花島は、空中でばさりと方向転換し、どこかへと飛び去った。


「ねぇ……いつまで乗っかってるつもりかしら佐良山くん」

「あっ……わりぃ」

「わりぃ、じゃないんだけど! 逃がしたんだけど! それに何でもない顔して揉むなああぁぁぁぁ!」


 乾いた音が、夜の空に響いた。



               △▼△



「兄貴遅い……ってどしたのその顔?」


 家に帰るなり、不審な目をした妹に出迎えられた。


「別に、何でもねぇよ」


 思いっきりビンタ食らいました。はい。


「それになんで女装してんの兄貴? 姉貴になるの?」

「ちっげぇよ!」


 捜索のほうは明日へと繰り越された。まぁ大人の社員はまだ捜索しているだろうけど、まだ学生の身分である俺と宮備は帰宅させられたのだ。


「そんなことより、ごーはーんー。兄貴ご飯!」

「わかったから!」


 お腹がすいて不機嫌な奈央を宥めつつ、体の力を抜く。

 きっと近いうちに決着は付く。俺たちの出番がなければいいなー、とこの時は漠然とそう考えていた。

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