第4話 新しい日常、そして新しい……

「お待たせ、宮備」

「遅い」


 スマホを弄る手を止め、不機嫌そうな顔をした宮備が視線を向けた。その先にいるのは、背の高い女だった。いや、女の恰好をした俺だった。


「気持ち悪いくらい似合ってるわね」

「うるせぇ……」


 こちとら心底うんざりしながらやってるんだ。俺がこんな格好をしているのには、理由がある。それは、宮備との待ち合わせ場所にあった。

 四条院大学付属高等学校。この辺では、それなりに偏差値の高い進学校である。

 宮備はそこの生徒なのだ。宮備は中学の頃に魔法に覚醒し、一年三ヵ月という魔法学園史上最短で卒業した天才であり、卒業後は高校に通いながら『M.A.O<マオー>』の公認魔法少女として活動しているそうだ。

 少し話が逸れたが、まぁそんな進学校の女生徒が、他の高校の男子と毎日放課後に街を歩いているという噂になると面倒なので、この容姿を利用して女装しろ、というのが彼女からの要求だった。

 フィット感のあるジーンズに大きめのベルト。へそと肩を露出させたシャツに、ベージュのムートンジャケットを羽織った状態だ。


「なんであなた男のくせに腰くびれてるのよ。気持ち悪い」

「ひでぇ……」

「それに化粧も下手ね。ナチュラルメイクを勘違いした感じになってるわ」


 どんな感じだ、それは。

 かくいう宮備は、付属校の制服だ。まぁ学校前で待ち合わせたので仕方がないのだが。黒いブレザーにチェックのスカート。あの大きなリボンはしておらず、さらっとした髪が風にたなびいていた。


「しかしまぁ、よくもこんな恰好できるわね……恐れ入ったわ」

「お前がしろって言ったんじゃん!」

「そんな男装女子の女装みたいな意味不明な状態になるとは思ってなかったのよ!」


 横を通り過ぎる学生たちが、「うわ、綺麗な人~。格好いい~」とか言ってるから問題は無いだろう。周囲からはしっかり格好いい女性として映っているはずだ。激しく遺憾だが。

 そして、俺と宮備は連れ立って歩き出す。


「今日はどうするんだ?」

「渋野方面に行きましょう。駅前からぐるっと回るわ」

「了解」


 で、俺たちが何をしているかというと、地道な捜索活動だった。

 現状、俺たちが一日に足を延ばせる範囲に、魔法少女の疑いがある人間が居ないのだそうだ。あくまで、本社の調べでは、だが。

 魔法は使わなければわからない。本社でも未だに捜索手段に関しては研究中であり、不思議な現象などの噂を追って、そうじゃないかとあたりを付けているに過ぎない。

 そんな中、俺という存在が現れたのだ。原理は不明だが、魔法少女を見分けることができるというのは大きなアドバンテージになる。

 そして、そんな俺に与えられた任務は、出来うる限りの範囲での、足を使った捜索だった。


「何か見つけた?」

「さっぱりだな」


 今のところ、収穫は全くと言っていいほどなかった。道行く人に視線を向けるも、特に変わった気配はない。


「そういえばさ、いつもしてるあのリボンはしてないのか?」


 そう疑問を口にする。彼女の衣装の中でも、一際目立つのが巨大なリボン、魔法少女の時だけでなく、本社にいるときもしていることがある。


「あれは魔法少女の衣装の一部よ。必要な時は限定的に魔法を使っている状態なの。目の色もそう」


 そう言って、宮備は自分の目を指す。何の変哲もない黒い目だったが、次第に紅色へと変わっていく。そして、はっきりと魔力が宿ったのがわかった。


「佐良山くんは、もう知ってると思うけど、魔法少女がその力を使う際、魔法少女の衣装が展開されるわ。これが魔法少女と呼ばれるようになった最大の原因でもあるのだけれど、理由についてはよくわかっていないの」

「自分の意思で使ってるんじゃないのか?」

「最後まで聞いて。私はかなり魔法のコントロールができるから、そういう限定的な使い方もできるけど、普通は魔法を使うときに必ずなるわ。魔法を使うとき付随して展開される。そういうものなの。私でも、この間のクラスの魔法を使おうとすると必ずなるわ。あの姿に」

「そういうもの、なのか」


 つまりは、魔法少女云々とは関係なく、元から魔法少女みたいな衣装が展開されるものだった、ということか。


「もういいかしら、そろそろ次へ行くわよ佐良山くん」

「へ……どこに?」

「決まってる。今度は千夜多よ」

「へいへい」


 ……?

 ふと違和感を覚える。その違和感の正体をついぞ知りえないまま、俺は宮備のあとを追ったのだった。



               △▼△



「はぁ、呆れた……」

「それはこっちのセリフだ……」


 俺と宮備は共にげんなりしたまま帰路についていた。


「今日、五回はナンパされたわよ……どういうこと……」

「俺が知るかよ」


 しばらくしゃべりながら探し回っていたのだが、結局見つからなかった上に、五回もナンパされた。まぁ見た目だけなら、女の二人組だ。考えるのも憂鬱だが。


「佐良山くん、随分と手馴れてたわね……」

「まぁ、男からナンパされるのは初めてじゃないしな。思い出したくもないけど」


 普段は出来るだけ男っぽい恰好をしているつもりなのだが、それでも声を掛けられることがある。

 と、宮備のスマホから軽快な音楽が流れる。


「はい、なんでしょうか? 理事長」


 相手は矢澤のおっさんらしい。おっさんは『M.A.O<マオー>』の顔役にもなっているため、彼のことを『代表』と呼ぶ人間もいるらしい。学園出身者は『理事長』と呼んでいるようだが。

通話は、軽く二言くらい言葉を交わしただけで終わった。


「佐良山くん、緊急事態よ。すぐに本社に出頭。行くわよ」


 神妙な顔をした宮備に付いて、急いで本社へと向かった。



               △▼△



 本社はかなり慌ただしい様子だった。本社は二十階建てのビルで、一階がエントランスとなっている。普段は、受付か待っている人で穏やかなものなのだが、今日は人が走り回っていた。

 それに構わず、俺と宮備はエレベーターに乗り、最上階、社長室へと向かう。


「宮備、佐良山、両名出頭しました」

「入りたまえ」


 宮備に先導されて、社長室へと踏み入れる。


「宮備君、佐良山君、緊急事態だ。君たちの力を借りたい」


 緊急事態、という単語に緊張が走る。


「本日十七時三十二分。魔法学園より、生徒が一人、不法に脱走した」

「不法に脱走?」


 俺は疑問を投げかける。それに答えたのは宮備だった。


「魔法学園は極めて特殊な学園よ。全寮制で、敷地内から出るときは手続きを踏んだうえで、職員が同行するのが決まりよ」


 刑務所かよ。


「別にそこまで厳しいわけじゃないわ。外出届が受理されないことは基本的に無いもの。不自由は多少なりともあるでしょうけど」


 ま、例外はあるけどね、と宮備は付け加えた。


「ふむ、今回脱走に及んだ人物というのが、その例外というわけなのだ」

「それは最悪ね。……もしかして、あの人ですか?」

「まぁ、そうだね……」


 宮備と矢澤の間に、微妙そうな空気が流れた。


「俺にもわかるように話してくれ」

「おお、すまない佐良山君。実は今回脱走したのが、学園の中でも問題児の一人でね。問題児というのも、語弊があるかもしれないが」

「まぁ要するに、性格的に難ありという理由と、学園内での素行の悪さ、成績不振で外出許可が出ない特例がいるのよ。困ったことだわ」


 宮備がやれやれと首を振る。要はちょっとヤバいやつ。二人とも、そいつのことをよく知っているようだった。


「で、あの人どこから脱走を? セキュリティは良かったはずだけど」


 宮備の疑問に、矢澤は人差し指を立てて言った。


「……空」

「えっ……まじで?」


 ……空、飛ばれるんですか?

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