第3話 佐良山潤の憂鬱な新生活
魔法少女、永田育美を保護した翌日。俺は再び、矢澤のおっさんと対面していた。
そこは、都心からそう遠くない場所にある『M.A.O<マオー>』本社の社長室で、少し前に俺が拉致されて来た部屋もここである。
ちなみに隣の敷地には魔法学園があるそうだ。まだ見ていないけど。
並べられた棚をよく観察すると、魔法少女アニメのブルーレイがずらりと並べてあった。
「先日はごくろうさま、佐良山君」
本日も、矢澤のおっさんと二人である。
「まぁ座りたまえ」
そう促され、俺はまた部屋の真ん中に不自然に置いてある椅子に腰かけた。心なしか、前来た時よりも大きな椅子になっている気がする。
「初仕事はどうだったかね?」
「いや、どうもこうもねーよ、大変だった」
今回の仕事は、あらかじめ目星を付けていた対象への接触および保護というものだった。まだ魔法少女という確証が持てていない段階だったが、俺が出向くことにより、その真偽は判明したのだ。
予備知識として、魔法少女に関する情報を軽く勉強させられていたのだが、いきなり二種類魔法を使うレアなタイプに当たったらしい。
「彼女は、正式に手続きを行った後、魔法学園に編入することになった。本人も観念したのか素直に編入を受け入れたよ」
「よく受け入れたな……」
あの様子からして、仕事に対する執着が強かったように思えた。このまま魔法学園に通うことは、今の仕事をなくしてしまうわけだが。
「卒業後は、我々の関連施設で働いてもらうことを条件にしたのだよ。多感な少女が目覚める魔法の力は、もちろん彼女が受け持っていたくらいの年頃の小さな子供たちにも例がないわけじゃない」
「つまり、今より好待遇な仕事で釣った、と」
「我々と彼女のいい落としどころだと思わないかね?」
しかしまぁ、それは。
「隔離にならないかそれ? 魔法少女になったことで一般社会から弾かれているような?」
「よく頭が回るね、佐良山君。そして、痛いところを的確に……それは我々の中でも解決しなければならないことではあるのだがね」
一呼吸おいて、矢澤が続ける。
「卒業生たちも、出来る限り私たちの関連施設で働いてもらったり、一般に戻るとしても守秘義務が課せられる。まったく、魔法少女には不自由な世の中だよ。今はまだ、ね」
大きな事件こそ無いものの、魔法少女に対する反応というのは、あまり良いものばかりではない。まだ世界は疑心暗鬼なのだ、魔法少女という存在に対して。
「まだ公式には発表されていないが、魔法少女法案という話も進んでいる。魔法少女のための新たな世界基盤だ」
矢澤のおっさんは興奮気味に言った。
「日本は世界初の、魔法少女国家になるのだよ!」
「うん……うん?」
あっれー、今真面目な話してたよね?
「まぁ、大変だな」
「何を他人事みたいに言ってるんだい、佐良山君? 君も大いに関係者だよ?」
「いやいやいや、俺は一職員というかアルバイトみたいなもんでしょう」
「幹部候補が何を言ってるのかね?」
「幹部候補!?」
話が飛躍しすぎだ。
「さすがに、そこまでの情熱は持ってないぞ俺は」
「君は、魔法少女が嫌いなのかね?」
「好き嫌いの話してるんじゃねぇよ!」
「まぁ君がそういうだろうと思って、特別にこんなものを用意してみた」
矢澤のおっさんが指を鳴らすと同時に、カーテンが自動で閉まり、天井からスクリーンが降りてくる。すごく嫌な予感がする。
俺はすぐさま立ち上がろうとしたが、その瞬間、椅子から拘束具が飛び出し、両手両足を椅子に繋がれた。
「おいこらちょっと待てオイ」
「はっはっは、言葉に気を付けたまえよ佐良山君。今君は、魔王の前にいるのだ」
魔王と『M.A.O<マオー>』を掛けたのか。上手いこと言ったつもりか。
部屋の電気も消され、スクリーンに映像が流れ始める。
有名なアニメ制作会社のロゴが飛び出した。
そしてキャピキャピしたテンションのオープニングが流れ始める。
これ見覚えが……。
「『魔法少女ぷりま☆すてら!』」
「こ、これは……」
「これは、魔法少女がまだ現実になる前の世代で大ヒットした、伝説的魔法少女アニメ……『魔法少女ぷりま☆すてら!』だよ、佐良山君!」
興奮気味にオープニングを熱唱し始める四十過ぎのおっさん。
「全二十四話、三クール。今から付き合ってもらうよ……佐良山君!」
「えっ……」
「さあ宴の始まりだ!」
「ええええええええええええええええ!!」
△▼△
魔法少女ぷりま☆すてら。魔法少女が現実になるよりもっと昔に存在したアニメ作品であり、魔法少女アニメの中では三本の指に入るくらいの人気作だそうだ。
普通の中学生だった『彩坂すてら』は、突如現れた黒猫の『ぽち』と契約し、魔法少女ぷりま☆すてら、となり侵略してきた宇宙人と戦うという物語である。
基本的に一話完結のスタイルで、一話ごとに出てくる宇宙怪人を得意の格闘術で倒していくという武闘派魔法少女だ。彼女の必殺技、「魔導発頸」は作中一度も破られたことはなく、毎回この技で締めくくるため「出たら勝ち」「魔導発頸=相手は死ぬ」という一撃必殺技として有名だ。撃破する瞬間の爆発をバックにポーズを決めるシーンは、アスキーアートで「欠」と表現されるらしい。
と、まぁ俺は一クール分見たところで解放してもらった。
「また今度! また今度見るから! これ以上は勘弁してください!」
という俺の懇願に屈した矢澤のおっさんはしぶしぶと解放してくれたのだ。また今度見るなんて約束を守るつもりはないが。
アニメ自体は面白かったが、十二時間近く拘束されて頭がどうにかなりそうだった。あれは布教という名の洗脳だ。
というわけで、やっと自宅まで帰ってこれた。周囲はもう薄暗くなり始めた時間帯だ。
俺の家は、『M.A.O<マオー>』本社から、電車で二駅ほど離れた場所にある。特に変わったところは無い一世帯住まいの一軒家だ。家からは光が漏れている。
「ただいま~」
「あ、お帰り、兄貴」
俺のことを兄貴と呼ぶのは、妹の奈央である。日焼けしてやや小麦色の肌に、茶色っぽいショートカット。動きやすいハーフパンツとタンクトップという寛ぎスタイルで出迎えてくれた。
「はぁ……お前その恰好はなぁ……」
「いいじゃん家なんだしぃ、〝お姉ちゃん〟細かいー」
「……はぁ」
お姉ちゃん、と呼ばれて盛大にため息をついた。最近色々あったせいで怒る気力もない。
そんな俺を見て、奈央は驚愕の視線を向ける。
「そ、そんな……兄貴が、お姉ちゃんに反応しない……? この間まですぐ怒って突っかかってきたのになんで……」
「おい奈央、リビングを散らかすな。早くしまえコレ」
後半ボソボソ言ってて聞き取れなかったが、まぁ大した内容じゃないだろう。それよりも、今は雑誌や服が散乱したリビングを片付けさせることと、夕食の準備を……。
「最近兄貴のカーチャン化がやばい。料理に洗濯に、女子力高い」
「ンだとコラー」
「そこらの女の子より兄貴のほうが可愛いし」
「うがああああ今日しつこいぞお前!」
「わー、お姉ちゃんがキレたー!」
「待てこらあああああ!」
「きゃー」
ドタバタドタバタ。
両親が海外出張しているため、自然と俺が家事を行うようになったのだが、妹曰く「エプロンして料理してる姿なんて、もうお姉ちゃんにしか見えない」だそうだ。まったくもって不本意だが。
そんなこんなで、妹との騒がしい日常に戻りながら、一日は幕を下ろす。
そして、今までとは違う新しい日常が始まろうとしているのだった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます