第2話 魔法少女保護育成機構

 魔法というのは、不思議な力だ。原動力が何なのか、どうやって現象を起こしているのか、何も解明されないままだ。

 しかし、これだけははっきり言える。魔法能力に目覚めるのは「女性だけ」だ。

 この世界で魔法が使えるのは女性のみ。例外はほとんど無い。

 そして、十代、二十代の多感な年頃の女性に特に多く、その力は目覚める。

 ……少し話を変えよう。

 なら何故、『男』である俺が、魔法少女と行動を共にし、魔法少女を保護するに至ったか。

 それは、保育士の魔法少女、本名は永田育美というらしいのだが、その彼女を保護する一週間前まで遡る。



               △▼△



「んぁ……?」


 俺が目を覚ますと、それは知らない部屋だった。間取りはそこそこ広めで、壁際には戸棚が並べてあり、脇にはちょこんと観葉植物が置いてある。窓際には重そうな机があり、視線を上に向けると『魔法少女』と、とても達筆に書かれた額縁が目に飛び込んだ。

 ぐるりと見渡して覚えた感覚としては、校長室というイメージだった。


「目を覚ましたかね」


 机の奥に回転式の大きな椅子が、背を向けている。それがくるりとこちらを向き、一人の中年男性が現れる。


「初めまして、佐良山潤くん」


 ……。

 にっこりと笑うおっさん。灰色のスーツを着て、白髪が目立つ髪をオールバックにまとめている。少し顔の形がゴツく、強面なように感じたが所作や目つきからは柔らかい雰囲気を感じた。


「あの……」


 俺は体を動かそうとして気付いた。今自分が、椅子に縛り付けられ、手足を拘束されている状態だということに。


「……すぅ」


 大きく息を吸う。


「きゃああああああああああ! 人さらいぃぃぃぃぃぃ!」

「ちょおおおおおおお!?」


 驚愕に目を見開くおっさんを無視して叫ぶ。こういう時、自分の声が非常に高く、中性的であることが役に立つ。叫ぶ声は完全に女性の悲鳴だ。


「ま、待ちたまえ佐良山くん!」

「きゃああああ! 嫌あああああ! どこ触ってんのよ変態ぃいぃ!」

「どこも触ってないですけど!?」


 半分楽しくなって適当に叫んでいると、勢いよく扉が開けられる音がした。俺からは後ろなので見えないが、蹴破るような音がした。


「理ぃぃ事ぃぃ長ぉぉぉ?」


 ドスの効いた女の声が、俺の背後から投げかけられる。理事長、と呼ばれたおっさんの表情が強張り、そして悟るように安らかな表情へと変化した。


「待ちたまえ、誤解だ」


 優しく諭すように言われた言葉への返答は、蹴りだった。



               △▼△



「それで、落ち着いてくれたかね佐良山くん」

「つーか、おっさん誰?」

「マイペースだね君」


 椅子から解放された俺は何事もなかったかのように、さっきまで縛られていた椅子に座り、おっさんと対面していた。

 さっきの女は、蹴るだけ蹴って、縄を解いて出て言った。終始顔を合わせることがなかったから風貌を全く覚えていない。


「私の顔に、見覚えはないかね?」

「……はぁ?」


 俺の頭上を疑問符が乱舞する。知らないと言えば知らないはずだが、こう言っている以上、俺が知っている可能性がある人物ということになる。

 が、知らないものは知らないのだった。


「いや知らんけど」

「君はニュースとか新聞とか読まないのかね?」


 ……あっ。


「新しい都知事?」

「違います」

「どこかの球団の監督とか」

「ぶー、はずれ」

「カルテを改ざんして不正に儲けてた病院の院長だ」

「あったねぇそんなの、って違うわ!」

「じゃあ何なんだよ!」


 そろそろネタも尽きてきた。


「私は魔法少女保護機構、マジカル・アイギス・オーガニゼーション。略して『M.A.O<マオー>』の初代代表にして、魔法学園の理事長を務めている、矢澤幸一郎だ」

「魔法少女保護機構……って」


 聞いたことがある、なんて話じゃない。日本で、いや、世界で初めての公的な魔法少女機関であり、魔法少女の保護と教育を目的にした組織だ。

 そして、その創設者がこの男、というわけだ。


「かつて、魔法少女は空想の産物に過ぎなかった。少年少女たちが胸を躍らせるアニメーションの存在だった。しかし、最近になって、現実の世界に魔法という現象が発生し始めた」


 それも女性にしか現れず、またコスプレめいた衣装に変身する。


「ゆえに、それらは日本の文化であったアニメーションになぞらえ、こう呼ばれるようになったのだよ、『魔法少女』と」


 矢澤の独白は続く。


「私はね。魔法少女が好きだ。それはもう数十年と昔、まだアニメーションというものでさえ未熟だった時代から。女の子たちが、愛らしい衣装に身を包み、愛と友情を持って悪を挫く……私はそれに魅了されたんだよ」


 あ、このおっさん、ダメなタイプのおっさんだ。行動力あるタイプの。


「魔法少女が現実になったとき、私は震えたよ。涙さえ出た。三十を過ぎて魔法少女が好きだなんてと周りから言われることもあったが、彼女たちが現実に来てくれたお陰で、私の人生には更なる活力が芽生えた。しかしだ、現実はそんな物語のように上手くはいかない。当然魔法なんて力は危険視された。だから、だからね佐良山君! 私は魔法少女たちを守りたいと思ったんだよ! 私は魔法少女が危険しされ、悪とされ、軽蔑されるような未来だけは許せなかった! しちゃいけないと思った! 耐えられなかった! だから彼女たちを守り、導き、正しく魔法少女であるための学園を作った! 組織を作った! 佐良山君! この私の気持ちが君にわかってもらえるだろうか!」


「(聞いてない)あ、うん、わかるわかるー。……よし、十四連鎖」


 その後も、何やら盛り上がっていたが、正直半分以上聞いていなかった。


「そこでだ! 君の力が必要なのだよ佐良山君!」

「……なんで俺?」


 ふと顔を上げるとちょうど名指しされたところだった。聞いていなかったからか、話の流れが掴めない。


「君には特別な力がある。違うかね?」

「……どうしてそれを?」


 心当たりは、ある。だが、それは誰にも話していない自分だけの秘密のはずだ。


「君の目は、魔法少女、いや魔法を知覚することができる」

「なんでそんなことまで……?」


 確かにそうだった。俺には昔から特殊な力があった。

 魔法を見ることが出来る。昔は誰かにしゃべったこともあったが、誰も信用してくれないためかもう言わなくなったことだ。


「魔法少女は、魔法さえ使わなければ、一般人と見分けは付かない。そして、魔法少女を探知する手段は現状存在しない。我々も、様々な方面からの目撃証言などを頼りに一人ずつ絞っている状態だ」


 しかし。


「君の目は違う。君の目は、見ただけで一般人か魔法少女かを見分けることが出来る。その力は我々にとって有用だ」

「……だから?」

「君には、我々の組織に入ってもらい、魔法少女を捜索し、保護してほしい」

「嫌だと言ったら?」

「それは出来ない」


 なにゆえ。

 と、矢澤は内線の受話器を俺に手渡した。そして、親指と小指を立てて、電話のジェスチャー。しぶしぶと受話器に耳を当てる、と。


『あ、潤くん? ママだけど』

「母さん? 今海外じゃ?」


 どうやら国際電話で繋がっているらしい。


『もうお話は聞いたかしら? 頑張ってね潤くん! ママ海外から応援してるから』

「ちょ、待って。俺はやるなんて一言も……!」

『あ、ごっめ~ん! 実は、潤くんの初任給、前払いで半分振り込まれてるの! ママちょ~っとだけ使っちゃった! てへり!』

「オイ待てこら」


 矢澤のおっさんを睨みつける。これ買収というやつでは?


「ちなみにおいくら万円貰ったんだ? 言え!」


 ごにょごにょ。


「にひゃっ……えっ……!」


 半分で? 初任給で?


『あ、ママお仕事の時間だから、頑張って!』


 プツリと電話が切れた。今度は矢澤のおっさんを恨めしそうな目で見る。


「それだけ佐良山君の力が有用であり、必要だということだよ」

「……くぅ」


 魅力的だ。と、同時に母さんがもう手を付けたと言っていたので断ろうにも断りにくい。


「はぁ……わかった。あんたらの組織で、魔法少女を探せばいいんだな?」

「おお、やってくれるか佐良山君!」


 矢澤のおっさんは、嬉しそうに破顔した。


「それから、君にはパートナーを付けることになっている。いや、君だけというわけではないのだがね」

「パートナー?」

「安心したまえ、公式の認可が下りた、所謂『公認魔法少女』というやつだよ。彼女も私たちの組織で働いてもらっている。入りたまえ!」


 おっさんがドアのほうに声をかけると、ゆっくりとドアが開く。

 そして顔を覗かせたのは、大きなリボンをしたロングポニーテールの女だった。ちょっと不機嫌そうな顔をしている。

 その声には、聞き覚えがあった。さっき矢澤のおっさんを蹴飛ばした女だ。


「彼女は、宮備玲奈。魔法学園を最短年数で卒業した優秀な魔法少女だ」

「宮備です、よろしく……?」


 宮備は不思議そうな顔で俺を見た。


「あの、理事長? 私が聞いていたのは、パートナーは男、ということだったんですが? 〝彼女〟が私のパートナーですか?」


 俺を指さして言う。おうコラ待てや。


「いや、宮備君? 彼は男だよ? 正真正銘。見た目は完全に女の子だけどね」


 ぴきぴきと自分の額に青筋が立つのがわかった。


「え、嘘でしょ? どこからどう見ても女の子じゃないですか。モデルとかやってそうな」

「て、テメェらいい加減に……」

「宮備君、しいて言うなら男の……」

「いい加減にしろやあああああああああああああ!」


 俺の絶叫が響き渡った。




 かくして、俺は魔法少女を保護する組織『M.A.O<マオー>』の一員として、宮備玲奈と共に、魔法少女の保護活動に勤しむことになったのだ。


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