もしかして魔法少女ですか?ちょっと来てもらっていいですか?

ロートシルト

第1話 魔法少女、保護します!

 こんなことを言って、何人が信じるかわからないが……この世界には魔法がある。

 炎を出したり、風を操ったり、そういう典型的な魔法もあるにはあるが、主流はそれじゃない。

 白いフリルやレースの付いた、妙にひらひらした服。

 先端に大きな星が付いたステッキ。

 そして、黒猫だったり謎の生物だったりする使い魔。

 それだけ言えば、誰もがこう口を揃えるだろう。


 ――――『魔法少女』と。


 そりゃあそうだ。だって、まんまそれだもの。数十年前までは、画面の中で煌びやかに舞っていた少女たち。いや、画面の向こう側にしか存在しなかったはずの奇跡。

 それを現実に目にすることになるなんて、いったい誰が想像しただろうか。

 現実にいる以上、それを認めるしかないわけだが。しかし、俺から言わせてもらえば、いや、魔法少女に関わる全ての人間に言えることだが。現実はそうそう単純じゃない。

 思った以上に面倒くさいのだ、魔法少女ってやつは。

 使い魔と運命的な出会いをし、愛と友情とその他諸々で悪を倒す。そんな魔法少女は今でも画面の中だけで。

 別に世界に危機が迫っているとか、侵略されているとか、目に見えた脅威なんてないわけで。人々は、まぁ日々をそこそこ平和に暮らしている。

 そんな中で、魔法少女なんて超常的な力を持ってる存在なんて、まぁ危なっかしい多感な時期の女の子なわけで。

 あ、そもそも魔法っていうのが――――。


「ちょっと、現実逃避してないで何とかしなさいよ! 佐良山くん!」

「無茶言うなや」


 上下が反転した世界に、こっちをキッと睨みつけた女がいた。大きなリボンをしたロングポニーテール。強気に見開かれた瞳は赤く染まり怪しげな雰囲気だ。黒いフリルが装飾された純白のゴシックドレスを身にまとい、二匹の蛇が巻き付いた杖を脇に抱えている。

 全体的に幼い印象を受けるが、ドレスの胸の部分がぱっくりと開いており、しっかりと成長した大きめのバストがこぼれんばかりに主張している。


「な、なによ急に黙って……」

「いんや、むしろお前が早く助けてくれ宮備。そろそろ頭に血が上ってきた」


 俺は肩の力の抜き、手をぶらぶらと垂らす。空中に逆さに吊るされた俺は完全にお手上げ状態だった。


「佐良山くんを盾にされて迂闊に手が出せないわね」


 話ながら宮備は、俺から視線を外さない。いや、外せないというのが正しいか。


「いやー、完全にミスだな。まさか催眠能力の他に念動力まで使えたとは盲点だった」

「佐良山くんはすることがなくて暇そうね!」


 俺が宮備と楽しい歓談を繰り広げる横で、一人の女性が唇を噛んだ。


「あなたたち、今どういう状況かわかってるの……?」


 声のした方向に何とか首を向けると、俺をこんな状況にした張本人がいた。

 歳は二十代前半ほどの女性で、肩を露出させたミニスカートのメイド服を身にまとっていた。本来黒かったであろう部分が黄色く染まっているためか、アイドルチックなコスプレ衣装に見える。しかし武器のようなものは何も持っていない。

 まぁ、魔法少女の衣装なんて、皆コスプレ衣装にしか見えないけど。


「ねぇ佐良山くん。一つ提案なんだけど」

「なんだ?」

「きみごと吹き飛ばすのはダメ?」

「ダメです」


 しかし困った。このままだと状況が進まない。かと言って応援が来るまでこのままというのも、俺の頭が持たない。


「なぁ……何をそんなに切羽詰まってるんだよ、言ってみ?」

「ノリ軽っ」


 うるせぇ茶々入れんな。

 唯一の制圧手段である宮備が使えない今、残る手段はこれだろう。

 そう、説得だ。


「わ、私は……あなたたちに捕まるわけにはいかないの」

「別に捕まえようってわけじゃないが」

「お、同じようなことじゃない! 魔法少女は魔法学園へ通うことが義務付けられてる! 私を魔法学園に連れていく気でしょう!?」


 彼女の言うことに間違いは一つもない。このまま彼女が保護されれば、間違いなく魔法学園へと送還される。そして最低でも一年以上は修学しなければならない。


「私は今の仕事を続けたいの! 苦労も多いけど、やっと目指してた職に就けたの! この日常を奪わせない!」

「……ちなみに、ご職業は?」

「保育士よ」

「……あー」


 なんとなく見えてきた。この人の裏の事情ってやつ。


「あんたさ、もしかして仕事うまくいってなかったんじゃないか?」

「……っ、何よ、あなたには関係ないじゃない」


 女性の瞳に動揺の色が見える。これはビンゴか。

 保育士、催眠能力と念動力。


「もしかして、かなりストレスになってたんじゃないか? 職場がどうかは知らないけど、うまくいってない上に子供たちが言うことを聞かないから、だから相手を意のままに操る魔法に目覚めた。違うか?」

「わ、私は、そんな……子供たちにそんな……」


 保育士の魔法少女は、視線を彷徨わせた。

 目の奥にピリピリした感覚が広がる。


「今だ宮備!」


 叫んだ時には、すでに宮備は詠唱に入っていた。


 ――――熱より生まれし炎の子、赤き衣を纏いて紅蓮を讃えよ――――


「来なさい、我が下僕たち! 赤蛇の煉獄<プロミネンスネーク>!」


 言葉にした瞬間、腕ほどの大きさの巨大な炎の蛇が二匹現れた。

 そして、動揺の隙を突かれた保育士魔法少女の周囲をぐるぐると縦横無尽に駆け巡る。回って廻って、そして不意に保育士は崩れ落ちた。

 と、同時に魔法が解かれ、俺も地面に落とされた。


「ってぇ……っておい、大丈夫なんだろうな?」

「大丈夫よ、ただの酸欠だから」


 それだけ言うと、宮備はスマホを取り出し、どこかへと連絡を付ける。


「対象を保護しました」


 物騒な保護だなおい。


「ま、お疲れさま。無事なんとかなってよかったわ」

「文句でもありそうだな」

「そうね。催眠能力だけだと高を括って、目を閉じて突撃してなかったらもっとよかったけど」

「うるせ。目ぇ合わせるのが条件の能力は、ああする他ないだろ」

「は……この単細胞」

「どの口が。催眠能力真っ先に食らってたくせに」


 まぁそのお陰で目を合わせるという条件に気付けたわけだが。


「なによ!」

「ンだよ!」

「ほんと佐良山くんって女の子みたいな見た目なのに野蛮よね」

「ンだと言ったなコラ、表出ろやァ!」


 こんがり上手に焼けました。




 と、まぁ魔法の力ってのは、そこそこ危険だ。使い方を誤れば、命にかかわるものだってある。だからこそ、しっかりとした管理や教育が必要になる。

 これは、そんな魔法の力に目覚めた少女たちを教育する……ために拉致、もとい保護するために説得したり、追いかけたり、罠を張ったり、戦ったりする物語である。

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