⑧次はあなたが

何度も何度も何度も何度も

車が潰れて人が死ぬ。


四つの事故から離れようとすると

目の前が真っ白になり、

元の住宅街に戻されてしまう。


精神が磨耗してきた。

死にゆく青年に何の感慨もない。

このままでは心がだめになりそうだ。


携帯を見る。

また1997/6/27 15:16。


「毎回同じ時間なんだよな」


事故現場に近付くと

強制的にその時間になるらしい。


試しに携帯を見ながら歩いてみた。

次の事故の時間に

ゆるやかに近づいていく。


横断禁止道路で老人が跳ね飛ばされる。

1997/6/27 16:26


それを見ながら、ふと思った。

「時間……」


交通安全教育ビデオは

見せたい順に章立てられている。




気が付いたら元の住宅街に戻っていた。


すう、と深呼吸し、

思いつきを試してみる。


一番目。一時停止違反。1997/6/27 15:16。

せっかちなばかりに死んだ青年。


学校の方へ歩く。

二番目。シートベルト着用義務違反。1997/6/27 15:42。

命を守る帯の意味。


公園へ向かう。

三番目。車間距離保持違反での追突。1997/6/27 16:02。

車は急に止まれない。


そして最後、大通りへ。

老人が横断禁止の標識の下に立っている。


老人は間もなく道路を渡り、

そして轢かれて死ぬだろう。


この老人はどんな生活をしているのだろう。

家族や友達はいるのだろうか。

死んだら悲しむ人が、いるのだろうか。


湧きあがる考えを振り払う。


いや、大丈夫だ。

これは交通安全教育ビデオの中、

つまり非現実なのだから。


現実で同じことを起こさなければいい。


老人が少し振り向き、笑った気がした。

優しく。


そして横断歩道を渡り始めた。


全てがスローモーションに見えた。

車が迫る。

車がぶつかる。

老人の手足が変な角度になって

遠くに跳ね飛ばされていく。

急ブレーキの音がする。

老人が落ちる。

叩きつけられて

曲がって潰れ

命が砕けて消えていく。


自分はぎゅっと目をつぶる。

どうかこの悲劇が現実で――





「――さーん! いませんかー!」


古びたソファ。埃のにおい。

コンクリ剥き出しの壁。

気が付いたら警察署の待合に戻っていた。

事務の人が声を張り上げ

自分の名前を呼んでいる。


慌てて窓口に駆け寄る。


その途中で警官と、

自分にビデオを渡した警官と

すれ違った気がした。


思わず振り向く。


警官なんて、いなかった。




さっきのは何だったのだろう。

炎天下に何時間も

事故を見て回ったはずなのに

身体はあまり疲れていない。

でも頭と心がヘトヘトだ。


早く帰って休もう。

バス停まで歩いてゆく。


その途中、

大きな道路の縁、

横断禁止標識の下に

佇む老人を見つけた。


車やバイクが猛スピードで往来している。

老人はそれをじっと眺めている。


一瞬、車が途絶えた。

すると老人は一歩踏み出し、


「待ってください」


自分は老人の腕を掴んだ。


訝し気に振り向く老人。

その向こうで

制限速度破りのスポーツカーが

唸りながら通り過ぎた。


安堵の溜め息を隠せない。


「おじいさん、ここは危ないです。

 あっちに歩道橋がありますよ」

「あ、ああ、うん」


曖昧な返事とともに

歩道橋へ歩いていく老人。


老人が歩道橋を上り終えるまで

自分はじっと見守っていた。


視界の端、道路の真ん中に

誰かの敬礼が見えた気がした。

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どうやら交通安全教育ビデオの中に閉じ込められてしまったらしい 千住 @Senju

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