ノンフィクション100%
第7話 体験談①
ある日の夜、夕食後私は部屋に篭ってパソコンに打ち込んでいた。作業中、時々テレビの裏からパチパチという音が聞こえてくる。我が家には前ネズミが出たことがあり、部屋にゴソゴソという音がするのには慣れたもの。しかし最近はネズミ特有の匂いはない。
「なんだろうな、この不安感は...」
呟きに母が反応する。
「コモンじゃないの?」
コモンとは数年前に家で飼っていた犬の名前だ。性格は最悪に近い。最近家で発生している原因不明のラップ音はこの犬の霊の仕業じゃないかと考えている。少し前から、我が家で飼っているヨウムという種類の喋る鳥が、コモンという言葉を発しているのだ。これが犬の霊を見たからなのか、ただ覚えた言葉を吐いているだけなのか、真意は分からない。詳しい根拠は後々説明する。しかし...
「いつもと違う。何か違うもの、悪いものみたいな...」
拭えない不安感が私を包んでいた。しかし何ができるわけでもない。気にせず作業を続行する。
***
私が怪奇現象に遭うようになった最初の出来事は、修学旅行の帰りだった。旅行の自分へのお土産として購入した木刀ではなく赤い模造刀。これに何かが憑いていた。直感的にそう感じた。だからこそ、旅先の大荷物になること覚悟で買ったのだ。気でも触れたかと思われるかもしれないが、根拠がゼロなわけではない。
私は元より武器集めを趣味としていた。模造刀を持っても、特に精神に異常をきたすことはない。しかしあの赤い模造刀だけは別だった。荒い性格にならされる、ような気がする。単なる思い込み、若気の至りでないと断言できないが・・・
しかし今は逆に、怖い時はこれを持つことで落ち着ける。思い込み要素は大きいだろうが、なんとなく強くなれる気がする。幽霊は弱い心を持つ人に付け入る。だから私は心を強く持って生活している。
***
作業が進まなくなってきた頃、自分はテレビゲームを始めた。ベッドに腰掛けコントローラを握る。熱中して続けること小一時間。私はちょっとした異常事態に見舞われた。左肩がズキズキ痛んだのだ。肩こりにしてはピンポイント。まるで太い釘が食い込んだかのような痛みだったと記憶している。
前述した通り、我が家には性格最悪の犬がいた。太い釘というのが牙であったなら、あれは犬に噛まれたような痛みだったとも言えるのだろう。それからもその場所に座れば背中を引っ掻かれるような痒みに襲われている。
敢えて言おう。背後には人も犬もいないと。何かあるとすれば、霊的なもの、もしくは本当にただの肩こりの酷い奴だった可能性もある。霊的なものなんて、ありえない。私はそうだと信じてやまなかった。あの出来事さえなければ...
***
ある夜、確か夕食後、スマホでも見ようと床に座った時のことだ。右方向から『ドンッ』という音が聞こえた。そちらにあるのは洋服ダンス。
ここで母から聞いた話を思い出した。昔住んでいた家のタンスに半分埋まっていたおばあさんがいたという話を。その家に以前住んでいた人が出たという単純明快な話である。特に何をされるでもなく、ただそこにいるだけ。そういう幽霊だったそうだ。
それを聞いていたものだから、ここにも何かそういうのが出たのかと思った。しかし考えてみればそれはあり得なかった。なぜなら、この家の最初の住人は私たちであったからだ。ならばあの音はなんだったのか。それもしばらく現場を観察していて判明した。
炭酸を抜くために凹ませておいたペットボトルがそこにはあった。つまり、『ドンッ』は元の形状に戻ろうとしたペットボトルが発した音だったのだ。
余計な予備知識は、なんでもない日常の出来事さえ心霊現象と誤認させる。ただし中には本物があったりなかったり。それがまた怖いところ。
思い込みか否かは、熟考しても分かるかは分からない。そういう曖昧な現象に遭っている私が、これこそは真に心霊現象だったのではないか。これから、そう感じた話をしてみようと思う。
例の現象は必ずしも夜にしか起きえないとは言えず、時間は問わないと思われる。ただ夜、暗いほうが怖く感じるのは事実だろう。話に上げる出来事は大概八時から十時の間に発生することが多い。起きていたことがあまりないので実感はないが、夜中の2時が最も出るという話もある。
前述した話もある夜9時頃の出来事であった。
「なんかテレビの裏側からパチパチ音がするんだけど」
「また?コンセントとかショートしてるんじゃない?」
「それは最近整頓したからないと思う」
「ねずみ?」
「臭くないからねずみじゃない。なんだろう、この拭えぬ不安感は...」
前にも感じたこの強めの不安感。不安に思えていただけ、マシだった。
父は洗濯を、母はコーヒーを淹れている時だった。私は母の近くにいた『らしい』。
母はキリスト教徒で、突拍子もなくそれ関係の歌を口ずさむ。私はそれを聞いた途端、踵を返して自室に逃げていった『らしい』。
私の行動がおかしかったと感じた母があとで教えてくれた。コーヒー淹れている近くに立っていたこと、その歌を聞いて逃げたこと。残念ながら私はこれっぽっちも記憶になかった。多分意識がなかったのだ。そのへんの考察はまた後で行うとしよう。
意識がハッキリとある時、母はさっきの歌を私の部屋で歌った。お祓いの如く。すると、さっきまで聞こえていたパチパチという音がしなくなった。ただ依然として不安感は拭いきれなかったが。
「あれ?音が、しない?・・・神とかは信じる気ないけど、マジで霊的な奴?自分の感じた不安、何かを察知していたのか」
歌で祓われる霊的な何か。歌というのは力があるのだな、と身にしみる。これで終われば、良かったのに、な・・・
いつかの未来、またこのようなことがあった時、例の歌を覚えていれば乗り越えることができるかもしれない。そう思った母がリビングで歌いだした。その時私は自室の入口に立ち、テレビを見ていた。そしてその歌を聞いた途端...
「何だ...何か、滅茶苦茶眠くなってきたんだけど...」
突如として私は強力な睡魔に襲われて、立っているのもままならず、しゃがみこんだ。
この時の時間は十一時程で、いつも日付が変わってから眠る私にとってはまだまだ活動時間だった。その前から別に眠気があったわけではなかった。どう考えてもあの歌を聞いたせいだとしか思えなかった。
しゃがんで、少し目をつぶる。そして、歌が止むとふと眠気が晴れたので立ち上がってみる。意識をどこかに置いてきた感じはなかったが、問題が一つだけあった。それは、抑え難い破壊衝動だ。つまり、取り憑かれていた。その、悪い霊的な何かが宿って、精神を支配されかかっていたとでも言おうか。とにかく異常事態だった。
幸い今回は私自身の意識との混在状態にあったため、制御できていたが、もし完全に支配されていたら...目も当てられない。事件に発展していた可能性も否めない。
気を抜けばやられる。対抗策は?やはり歌か、歌なのか。徐々に弱くなる私の意識を繋ぎ止めつつ、私は母に例の歌を要求。聞いた途端に危険な衝動は消え失せ、私が私に戻ってきた。
あれ以降、テレビの裏からの音は聞こえなくなった。
***
ここからは私なりの、本件に対する考察。根拠は私の感性だけだ。
まず最初に歌を聞いた時(珈琲を入れていた時)から、馬井卦瑠の体内には霊的な何かが静かに宿っていた。その霊的な何かが例の歌を嫌い、逃げるために私の体のコントロールを奪っていた。
歌を聞いて眠くなったのは宿っていた霊が押さえ込まれて、ついでに私自身の意識も道連れにされかけたから。
覚醒して破壊衝動を催したのは、消滅させられかけた霊的な何かが怒って、凶暴になってしまったから。死んでいたとしても、強制的に消されて怒らない方がおかしい。
そして、最後の歌で、霊的な何かが祓い落とされた。
***
色々体験したり、母から話を聞いている内に、自分は一つの持論を持った。それは、『心霊現象は人の思い込みと事実の半々』だということだ。
以上、実録でお送りしました。
怪奇現象? 馬井卦瑠 @KPSA
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