第6話 事故多発サーキット
世間一般的にあまり有名ではない地方サーキットがある。ここでは仲間内で有名な、あまり良くない噂が流れていた。それは、あのサーキットには化物がいるという話だ。根拠が全くない与太話ではない。そういう話ができた原因は確かにあるのだ。
それはあるコーナーにて、例年多発する玉突き事故だ。このコーナーは入りでかなり減速しないと曲がれないほど急。それゆえに玉突き事故にはなりにくい場所なのだ。そこで玉突き事故が発生するのだから、何か原因があるのだろうと調査が入ったが、原因は分からないままである。
多発する事故の概要はこうだ。まず前の車が普通に減速してコーナー入りを準備する。続く後続車が減速せずに前の車のリアバンパーに追突する。前の車はコース外に押し出されて壁にめり込んでドライバーは死亡。そのコーナーはドライバーの名前にちなんで、『カイトウ′sコーナー』と呼ばれている。
その際コース上にオイルが塗られていたわけでもなく、後続車のブレーキ不良でもない。いくら事故を重ねても、原因はさっぱり判明しなかった。しかしそのまま放置するわけにもいかない。調査を担当していた警察は、ある刑事をその地方サーキットに派遣したのだった。
彼は普通は解決できない珍妙な事件を解決に導く敏腕刑事だ。巷では何かしら特殊能力を持っているに違いないと噂される。ミステリアスな事件の真相を言いふらすことはないし、調書にまとめることもしない。それでも確実に解決して帰ってくるので信頼は厚い。本部はミステリアスな事件を面倒に思っているだけかもしれないが。
現場に到着した刑事はまず問題のサーキットを実際に走ってみることにした。その際サーキット管理者がやめるようにと説得してくる。
「刑事さんに死んでもらっては困りますからお止めください!」
「大丈夫ですよ」
「何を根拠に?」
「この私は守られていますので。それに一人で走る分には後続車に追突される危険もありません」
「た、確かに...」
ということで刑事は自家用車でサーキットにコースイン。コースはテクニカルサーキット。低馬力でも十分速く走れるコース。急なコーナーの多い、峠のようなコース。熱くなってきた刑事だったが、彼は異様な空気を肌で感じ取っていた。
「この体中に走る痺れは...やはり原因は、霊的なものなのか」
この刑事には巷の噂通り特殊能力がある。それは霊能力だ。彼は被害者幽霊の声を聞いて数々の事件を解決してきた刑事の末裔なのであった。
「...また調書がかけない事件か...」
霊的な事件なんて調書に書いたら、気でも狂ったかと思われる。信頼は地に落ちるだろう。実績にならなくても、彼は仕方ないと割り切り、この手の事件の担当をすると決めている。まずは、この事故が発生した起源を調査することにした刑事。彼はサーキット管理者にレース記録を閲覧させてもらう。
「記録によれば...カイトウ′sコーナーという名前がついた起源、最初の玉突き事故が起きたのは、10年前のレースか」
「40号車が39号車に追突して、ドライバーが両者死亡したんですよ。僕当時観客席で見てたんで...」
「そして、その後も事故が続いた、か」
呪われたカイトウ′sコーナー。これ以上被害者を生むわけにはいかない。
その後、彼は40号車のレーサーだったカイトウの情報収集を始めた。彼には一人娘がおり、彼女の命日もその事故のあった日の朝だった。何か関係性があるに違いないと推測した。彼女の死はひき逃げによるものだった。その犯人はレーサーの一人、39号車のドライバーだった。
その日、40番の娘が39番にひき殺され、40番の車により39番の車は事故に遭った。
「話の筋が見えてきた」
これは事故じゃなかった。ここに確かに殺意はあった可能性がある。もし朝の現場を見ていたとしたら、十分にありえる話だ。そして40番は未だに恨めしい気持ちが捨てられずにあのコーナーで事故を誘発させ続けている?
「気持ちは分からない事もないが、許されることではないな。追い払わないと、無関係な被害者が出るばかりだ。私が楔を打ち込もう」
霊的なものは暗いほうがよく出るし見える。夜になって閉鎖されるサーキットに無理を言って居残らせてもらう。そして例のコーナーに立ち、彼の出現を待つ。
腕を組んで目を瞑ること数分後。サーキットの路面に轟音が響く。この音が私だけに聞こえているのか、全体に聞こえているのかは、他に人がいないので何とも言えないが、レーシングカー独特の騒がしいエンジン音だ。
「来たか」
派手な装飾を施された車が見えてきた。ただしスケスケで、コースの周りの建造物が見える。霊界の車、実体はない幽霊の持ち物だ。
40という数字の刻まれた幽霊車は私のいるコーナーから10メートル離れた場所に停車し、ドアが開かれる。そして私は対面する。例のレーサーの霊と。
「こんばんは、カイトウさん」
フルフェイスのメットを被っているため表情はうかがえない。
『貴様は、何だ?』
メットの気密性が高いため、声も聞き取りにくい。
「妙な事故の多発するこのサーキットの調査にきた刑事ですよ」
『刑事か』
「そしてもう色々分かってるのでさっさと結論を言いますと...例年多発している事故を引き起こしているのはカイトウさん、あなたです」
ここで改めて事件の話を振り返ろう。
十年前のレース当日の朝。急いでいた39番はひき逃げしてしまった。被害者は40番のレーサーの娘だった。それを目撃していた40番は怒り心頭、自ら鉄槌を下すことにした。
『補足すると、娘はその日が初めてワシのレースを見に来てくれた日だったのだ』
「...」
そして二人はあの事故を引き起こした。40番は39番を事故死という形で殺したのだ。
「そして今なお恨めしい気持ちが収まらないあなたは、事故を誘発させている。間違いありませんね?」
『そうじゃ。だが仕方がないだろう。娘は若く、夢があったのじゃ。マッサージ師になるという夢が』
「そうですか」
『我が娘は、ワシのレースを見れず、未来まで奪われたのじゃ。あの39番は優勝候補...!あの男が優勝でもしたら、どうじゃ?!』
それはいけないことだ。だが解決方法はこんなものでなくても良かったはずだ。ひき逃げした心持ちでうまく運転できるとも考えられないし。
「気持ちは分かるが、あなたは間違ってました。間違いを言葉で伝えるという道もあったはずです」
『当事者でもないお前に何が分かるか...!』
怒りが伝わってくる。コース上のタイヤカスが私めがけて飛んできそうなほどだ。コース外に積み上げられたタイヤが転がってきたとしてもおかしくはない。それほど一触即発の雰囲気が私の身を包んでいた。
しかしそれは突如として止まる。霊レーサーの両肩にか弱い手が置かれているのが見える。見覚えがある、遠慮がちの触り方。彼の背後には少女の霊がいた。
『もういいよパパ』
彼の娘のようだ。あの事故を起こす原因となった事件の被害者霊だ。彼は怒りをおさめている。少女霊は言葉を続ける。
『私は最初から恨んでないんだよ。39番の人も生活がかかってたんだもの』
『だが、お前は死んだ...!』
『マッサージ師の夢、叶えたんだ。私守護霊になって、主人の専属マッサージ師になったんだよ』
『...そうなのか。それは良かった』
『だから、安らかに眠って。パパ』
レーサーの霊は、レーシングカーとともに光を伴って消えていった。これでおそらくは、このサーキットで起きていた不可解な事故はなくなるはずだ。
「これで本件は解決したと判断しよう。お疲れ様、頼れる守護霊さんよ」
『お易い御用です』
父親を見送った彼の娘の霊はそう言って、私の肩を揉む。
「いい援護射撃だった。まさか相手がお前の父親だったとは予想外だった。おかげでこの癖の起源が分かった」
『私も驚きでした』
これで私の仕事は一段落だが、明日また事件がおこらないとは限らない。ゆったり休むことにする。
若くして夢が潰えた少女。しかし彼女は恨みに思わず、むしろ被害者や遺族の心配をし、気遣った。それが守護霊協会が採用した理由だ。
・・・・・・
沸騰した水は早く冷やさなければならない。水蒸気は空気中に散り、二度と元の器に戻れなくなる。
気持ちも同じだ。熱くなりすぎると、いつか気持ちの器は空っぽになる。そして何の為に熱くなっていたのかを忘れてしまう。目的が見えているうちに冷ませば、気持ちはまだ器に残っている。そして気持ちが溢れそうになったとき、またチャレンジすればいい。
・・・・・・
レーサーの彼は39番への殺意が、娘をひき殺されたが故であると自覚があった。きっと地獄でもそこまでひどくはない待遇をされることであろう。
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