エピローグ

 中央道路の高架から少し離れた、最初のフライが出現した地区の一角に、よく整備された小さな公園がある。

 フライ出現後、極初期の段階で調査区域として隔離されたこともあり、このあたりは現在になってもまだほとんど整備が進んでいないのだが、その中にあってこの公園だけは生命を取り戻したかのような佇まいでそこにある。

 中央道路から降りる車もなく、ポータル社の人間も調査のあとは寄り付かず、ポインターもフライとの戦闘以外でここに来ることはほとんどない、忘れ去られた一角。

 公園の片隅には、ひとつの小さな慰霊碑が立てられている。

 こんな忘れられた公園にも関わらず慰霊碑は綺麗なもので、周囲もよく整えられていた。

 その慰霊碑を丹念に洗っている一人の少年。

 彼こそが、今現在この門津市で最も注目を集めている一人、歴戦のポインター、カミヤであった。

 彼は定期的にこの公園を訪れ、この慰霊碑を丹念に洗っている。

 それは、彼が『ポインター殺し』として指名手配されるようになっても変わらなかった。


「君ならここにいると思ったけど、やっぱりいたわね」


 そんなカミヤに後ろから声をかけられるが、彼は振り返ることもない。

 カミヤがここにいることを知っている人物などごく限られている。

 その中の一人が、彼と藤波浩二をポインターに引き込み、現在はポータル社の特別顧問にしてカミヤの後見人である千谷静だった。


「仮にも追われる立場だというのに、随分と余裕があるじゃないの」

「……ここには滅多に人は来ないからな」

「それはそう。ここは実質、君だけのための公園だからね」


 千谷のいうように、こんな廃墟の真っ只中にある公園を訪れる人物などカミヤ以外にはまずいない。門津市フライ被害者の慰霊碑は中央公園に立派なものがあり、内外の多くの門津市民が訪れるのもそちらの方である。

 そもそもこの公園自体、カミヤがポータル社に働きかけ、半ば脅迫にも似たような形で作ってもらったものなのだ。

 そしてここに立てられた慰霊碑には、他の最初の戦いで散ったポインターたちとともに、藤波浩二の名が刻まれている。

 そもそも、彼らがポインターとなった経緯を考えればその行いも当然であろう。

 その後のポインターたちと違い、彼らは募集に対して志願したわけでなく、あの悲劇的な状況が彼らをこの戦いへと導いたのだ。

 ポータル社、少なくとも千谷静は、その事に責任を感じていた。


「それでいったい何の用だ? 俺を捕まえに来たのか?」

「まさか、そんなわけないじゃない。あの指名手配は君が提案したものだもの。今日来たのはとりあえず現状の報告のためよ。今の君に大っぴらにポータル社に来られてもちょっと困るからね」


 千谷はわざとらしく肩をすくめてみせるが、カミヤの方は特に気にすることもなく親友の名が刻まれた碑を磨いている。

 カミヤはポインターというものの、その成り行きもあって実質的にはポータル社の直属のようなものだった。

 そんなカミヤの立場はある程度のキャリアを積んだポインターなら十分承知していたし、そうでないレベルのポインターは、そもそもカミヤと関わりと持つこともまずなく、その存在自体知られていないだろう。

 なので現状『カミヤの指名手配』を額面通りに受け取る人間はある程度のふるい分けとしても機能する事になっているのである。


「まあ、話を続けましょうか。君の考えていたとおり、オカギシはただの末端だったわ。ほとんどなんの情報も持っていなかった。彼の使っていたポイントロンダリング器機は色々と参考になりそうだけど、本人はスカね。なので君の提案に従って、君を餌にしてオカギシの飼い主を釣り上げようという事になったというわけね」

「そうか……」


 相変わらずのそっけない返答だったが、カミヤの目に復讐の光が灯り続けているのを千谷は見逃さなかった。


「オカギシとその周辺は、もう少しこちらでも情報を探っておくことにしましょうか。でも、君にそこまでさせてしまうのもこちらとしては申し訳ないわね」

「俺には、この街を守るがあるからな。ポインターは百歩譲って認めるとしても、それを利用して人を殺す輩がいるなど、許せるものか……」


 カミヤの手が止まる。

 千谷は彼に掛ける言葉もなく、ただその話に耳を傾けている。

 

「オカギシが『殺された』のなら、それがどういった事態なのか、あいつを使っていた連中も知りたいだろうし、何らかの動きをしてくるはずだ。そこを、潰す」


 それまでのそっけない態度から、街の話に触れたことで少しずつカミヤの声が熱を帯びてくる。

 千谷はそれを少し悲しげな顔で聞いていたが、しばらく考えた後、静かに言葉を向けた。


「なるほど、君のはわかったわ。じゃあ、君のその義務は、誰に与えられたものなのかしら?」

「それを聞くのか、お前が……!」


 みるみる内にカミヤの顔が歪む。一方で千谷は、聞いておきながらただ苦笑いを浮かべるばかりだ。


「あらためて確認をしておきたいと思ったのよね。形の上とはいえ、指名手配をされる事を選んでまで君はなぜ戦うのか。それをもう一度聞いておきたいのよ」

「何度でも言ってやる。俺が戦うのは、この街のためだ。この街を愛した奴のためだ。貴様らが作り変えたこんなクソみたいな街でも、ここが俺の故郷だ。故郷を護ることはそんなにおかしいことか?」

「度合いにもよるだろうけど、そこまでおかしなことだとは思わないわ。実際、他のポインターにも門津市民は多いしね。それこそ、彼らだけでギルドが作られるくらいには。でも、君の執念は彼らとは違うじゃない。君は、街そのものは見てはいない。君が見ているのは、いつだって街の敵」


 その指摘に、カミヤは言葉を失った。

 言葉にされれば、それは確かに事実だった。それを知ってしまった。

 

「私も君をそうしてしまった一員として、少しは責任を感じているのよ。こう見えてもね。だから君には、せめてなにかを護ってもらいたいの。そう、たとえば、一人の少女とかね」


 千谷が話を終えると、公園にもう一人の来訪者が現れる。


「お前は……」


 カミヤもその少女を知っていた。

 先日、彼が助けたひよっこのポインター、シマノだ。


「彼女は、この街でしか生きられない。だからこそ、彼女にこの街での居場所を作ってあげて欲しいのよ。それくらいの事はやってもらえるかしら、街の守護者さん」


 断るのは簡単だったが、カミヤにはそれができなかった。

 街の守護者という言葉が、シマノという少女の境遇が、『街の敵』が、彼を縛り上げている。

 あらためて、彼は自分の生きる意味を考えてみる。

 それは彼にとって、失った親友に対する問いでもあった。

 街を愛した親友なら、なんだかんだと理由を述べて、彼女にもこの街を愛してもらいたいということだろう。

 その理由まで思いつけず、再現できないのが喪失を突きつけてくるようで寂しかったが、それでも、その問いは久しぶりに親友の声を聞けたようで少しだけ嬉しくもあった。


「……そうだな。この街で死なれても気分が良くない」


 カミヤはこの街で死んだ彼の顔を思い浮かべて、ただそれだけを返事とした。

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戦場、あるいは故郷 シャル青井 @aotetsu

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