黒野 愛瑠 01

 最近、悩み事が一つ増えた。


 華々しい高校デビューなんかには全く興味はなかったけれど、同じ中学の友人もおらず性格も内向的な私は、スタートで明らかにつまづいた。

 体があまり丈夫でもないからどこか部活動に入部することもできない。本が好きで図書委員になったこともあり、貸し出し当番の間は教室にいることもできない。そうして一学期が終わってみれば、私は一人になっていた。

 とはいうものの、一人なのは中学のころから大して変わってもいないわけで。それ自体には今更悩みも抱きようがない。増えた悩みは別物。


「これ、借りたいんだけど」

 図書室と司書室を隔てる、本の貸出カウンターにどこかで見た長身の影。見上げれば整った顔に明るすぎる茶髪が乗った男子生徒が片手を肩のところで振って「や」とあいさつ。もう一方の手はポケットだ。

 チャラそうで印象は良くない。でもそれとは別の問題として、相手がこんな軽い調子であいさつするということは。

「……貸出カードを出してください」

「ぷっ、なんで敬語……あ、いや、カード初めてだからなくて」

 同学年は確定。というか、多分。

「じゃあ、ここに学年組名前を記入して新しいカードを作ってください」

「はいはいっと」

 特徴的な字で一年三組香月亮也と書き込まれ、同じクラスの男子の図書カードが一枚作成された。苗字これなんて読むんだったっけ。こうげつ、じゃなかったのは覚えているけれど……分からないものは呼ばない方がよさそうだ。

「それじゃここに借りる本のタイトル、それから貸し出しは最大一週間だからここに来週の日付を書いて、それで手続き完了です」

「……よし、これでいい? さんきゅー」

 用が済むと、茶髪の男子は図書室を出ていった。チャラそうでも本は読むんだなあなんてことを思いながら、まあそれよりも深刻な問題があるのを意識しなきゃいけないのだけれど。


 簡単に言うと、クラスメイトの顔が覚えられない。

 正しく言うなら顔だけじゃなく名前も。

 もちろん直接見ればどんな顔をしているかは見た目として認識できるし、名前も文字列や音で見たり聞いたりすれば分かる。

 ただ、クラスメイトと交流する機会が少なかったから記憶に定着しにくいのだ。なんて、これは誰が聞いても言い訳で、相手が私のことを覚えてくれているのに逆が成り立たないのはおかしいだろう。

 念のために言っておくと、私は失顔症の類いではない。

 コミュニケーションが苦手な自覚はある。それに甘えて努力不足なのだろう。

 ともかく、そう言った事情を抱えているせいで。


 最近、正体不明の男子によく絡まれる。

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