浅田 計 05

 他人と違うことに悩み、苦しんでいた人がいた。

 それも少数なんて言葉に入りきらないくらい、非常に多かった。

 彼らにとって他人と違うことは『普通』ではない。『普通』でないことが彼らにとっての大きなコンプレックスだった。

 けれど、そんな彼らはもういない。

 マニフェストの普及が、本質的に彼らを救ったのである。

 普通でないことに悩む者を、普通の概念を変えることで救う。これは和泉いずみ義顕よしあきがマニフェストを開発し、イズミ社を設立した理由の内の一つとして公表されている。

 マニフェストが世にもたらした変化は異常なくらい大きなものだった。

 他人と違う趣味嗜好、主義主張、容姿外見のどれもが個人の領域として保護され、それらを他者と積極的に共有することが是とされる時代が来たのだ。もちろんTPOはあるが。

 それによって救われた者、社会での立場が向上した者の数は計り知れない。

 しかし、無理に周りに合わせていた人間が自分の意見を言えるようになった一方で、俺みたいなヤツは逆に自分の意見がどこにあるのかを見失い、社会の流れに合わせられなくなった。

 人に合わせる必要がなくなっても、社会に合わせなければならないのではどうだろう、矛盾していないだろうか。

 自分の意見を持つことが『普通』になった今、かつて普通の範疇にあった連中が『異常』となってしまっている。


「異常ってなあ……精々『例外』だろ。一昔前の中二病じゃあるまいし」

 補習が終わり、解散する流れになった折、榊原が帰宅しようとする俺に言った。

「言っておくが他人の意見を借りるのは決して悪いことじゃないからな。要は、どうやってそれを自分の意見として組み直し、練り上げるかだ。意識改革をしろ。そうすればお前にもマニフェストが使えるようになるはずだ」

 まるで中学の英作文問題のような言葉だ。それを渡されて今は灼熱の坂を下っている。

 とはいえ、そういえば、本当に今更すぎて笑ってしまいそうになるが。しかし気付いたのだから言ってしまおう。

 他者に流されて何が悪い、他者に合わせて何が悪い、というのは明らかに俺個人の主義主張だったな、と。考え方を変える。文字通り意識の改革は確かに今の俺がこの時代をうまく生きるための大きな課題であるようだ。

 考える時間があるうちに考えろとは、誰の言葉だったっけな。

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