浅田 計 04
「相性の問題が一つ目。二つ目は、これが実は意外と多いパターンで、イズムが出てるのにそれが分からないケース」
……はい?
「禅問答っすか」
「例えにそれが出てくるのか」
榊原は苦笑して続ける。
「別に難しいことじゃなくてな、あー、浅田はイズムが個人によって異なる形状を持つって知ってるか?」
「知ってるも何も、クラスじゃ皆バラバラだったじゃないっすか」
担任に聞かれるとは思わなかったが、俺のクラスは情報の授業でマニフェストの実習をした際、誰かのイズムに似た形状のそれはひとつもなかったはずだ。
「まあそうなんだけどな。要は、それだけ多種多様、それこそ無限の差異があるなら、その中に少しくらい無色透明なイズムがあってもおかしくないと思わないか、ってことだ」
「無色透明?」
それはなんというか。本来誰にも見えないはずのイズムが見えるようになったにも関わらず見えないみたいな。非常に混乱を誘うイメージだ。いや、それよりも。
相手に見えることが役目のイズムが自分にさえ見えないって。
矛盾どころの騒ぎじゃない気がする。それは定義としてイズムに含まれるのだろうかとか、ルーツに関わる話になりそうだ。
「まあ無色透明に限らずな、薄すぎて見えない、小さすぎて見えない、速すぎて見えない、周りの色に溶け込みすぎて見えない、と見えない理由は様々だ」
榊原は冗談みたいな話を至極真面目に口にする。どうやら冗談ですらないらしい。
「中には眩しすぎて見えないなんてのもあったな。ま、それの場合厳密にはイズムの存在は認識できるわけだが」
「俺のイズムも見えないだけで顕現はしているってことっすか」
「あくまでその可能性があるってことな」
その可能性なら俺の心配は取り越し苦労ということになる。が。そもそも。
「イズムって出した本人にも出たかどうか自覚できないもんなんすか。自分で自分のイズムの形を認識できないもんなんすか」
イズムは個人の主義主張をカテゴライズして作り上げられたイメージだ。だというのに、持ち主がそれを自覚できないのか。
「あー、それは正直よく分からん。見えなくとも認識できる場合も、見えなきゃ認識できない場合もある。個人によるんだ。メーカーも公表してないし、問い合わせても意味のある回答が得られない」
企業秘密なんだろうさ、と榊原は嘆息した。
「……そういうの教師が言っていいんすか」
「教師も客だろ、この場合」
……そうなる、のか?
「三つ目は浅田の意識に関係する、というかお前次第ですぐ解決するパターンだ。まあ三つの中じゃ一番特殊で、おそらく一番解決しにくいんだが」
だから何故そう矛盾したことを言う。
榊原はなんでもない風にへらっと笑って言った。
「浅田、お前趣味は何かないか?」
「趣味っすか。まあ、ゲームっすかね」
「ゲームな。どんなゲームをやる?」
「狩ゲーとか、アクションが多いっすね。有名なやつは大体」
「そうか。語っていいぞ」
……語っていいぞってなんだよ。
「先生もゲームやるんすか?」
「あまり詳しくはないが多少はわかる。生徒の話でもゲームの話題はよく聞くしな。俺も最近ちょこちょこやってる」
「いい大人が?」
「ほっとけ。いいから語ってみろよ。ゲームが趣味なんだろ?」
「あ、おう」
さて、と考えて……言葉が出てこない。
ゲームは好きだ。自分の操作するキャラクターが自分の思い通りに動き、敵を倒したり怪物と戦ったりするのは気持ちがいい。
しかしいざ語れと言われると。
「そう言われても、何を話せばいいか分かんないっすよ」
「それだな」
へらへらした笑みから一転、気が抜けたように肩を落として嘆息する榊原。
「……なんすか」
俺が不審げな声を出すと、榊原は椅子に座りなおした。
「そのゲーム、友達に合わせてやってるだろ。今の通信機能はかなりハイテクだしな。気持ちは分かるんだが……お前、自分から友達誘ってゲームしたりしないんじゃないか?」
「……あ」
「ソロプレイ好きならまあ分かる。でもお前の場合、友達に誘われれば大体断らないだろ」
……確かに。
「それから、有名どころはやっていてもマイナーなゲームはほぼ手を出してないんじゃないか? 勧められればやってみるだろうけどな」
「何でそこまで」
「分かるのかって? 昔は多かったからな、浅田みたいなやつが。自主性に乏しく、人に合わせることで『普通』であろうとするタイプ」
別に悪いことじゃないんだがな、と榊原は言い添えて椅子から立ち上がる。
「イズムはあくまで個人の意見の顕現だ。他人から借りた考えはどうあっても形にならない。お前がマニフェストを使えない理由は、一つ目でも二つ目でもなく、これなんだよ」
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