浅田 計 03

 前の方の席(それでも最前列ではない)に移ると、榊原は「まあいいか」と嘆息しながら呟いた。俺はこの担任の細かいところを気にしない性格が嫌いじゃない。

「部活の方はいいんすか」

「ああ、副顧問の先生に任せてある。時期が時期だが十数人の部員に二人もいらないだろ」

 そう言いながら、榊原は俺が座る席のすぐ前の机の向きを変え、向かい合わせるようにしてくっつけた。

 何がしたいのか分かったので自分の机をずずずと後ろに引くと、榊原もずずずと机を押してまたくっつける。

「……面談かよ」

「補習の一環だが、まあ似たようなものだ。先生だって立ちっぱなしは疲れる」

 それは分からないでもない。

「それに、先生だからって上からものを言うのは好きじゃなくてな。そもそも今日の補習は浅田の都合じゃない。こっちの都合だ」

 それはよく分からない。

 表情から察してか、榊原が苦笑する。

「こんなことを言うのもあれだけどな、マニフェストだってこの二十年で便利になっちゃいるが、まだまだ開発途上だ。当然それのための教育のシステムもな。浅田がイズムを出せないのは浅田のせいじゃないんだよ」

 学年で自分だけだからって恥や劣等感は要らないってことだ、と榊原は笑って続け、すぐに真面目な顔に戻した。

「いや、笑い事じゃなかったな。昔話をするなら、情報の授業でマニフェストを扱い始めた頃はそれはもう酷いもんだったさ。なんせクラスの四分の一はイズムが出せないところからスタートする。授業内でフォローすると時間を食うから補習に来させてなんとかするんだが……」

 と、そこで榊原は言葉を止める。俺がよく分かっていない顔をしていることに気付いたらしい。

「んん、ま、浅田にとっちゃ今のマニフェストが全てだろうが、そうじゃない、マニフェストにも欠陥はあるってことだ」

「はあ……へえ」

 どうもそういうことらしい。というか今の話を聞いて昔のマニフェストに少し興味が湧いてきた。後で調べてみよう。

「さて、んじゃ本題の前にまず今からの俺たちの話の目標を言っておく。浅田のイズムが現れない原因を探ること。はい繰り返す」

「え、あ、俺のイズムが現れない原因を探ること」

「よし、目標を立てた時はまず口に出して言うことな。いいか?」

「っす」

 正直よく分からないが、とりあえず頷いておいた。精神論だろうか。

 頷いたのを確認すると、榊原はニッと笑った。

「で、浅田はイズムが現れない原因にどんなものがあると思う?」

 原因、そういえばあまり考えたこともなかった。一体俺は何が原因でイズムを出せないのか。

「相性とかっすか」

「そうだな、相性の問題もよくある原因の一つだな。というか昔はそれが一番多い原因だった」


 イズムが現れない原因は大きく分けて三種類ある、と榊原は言う。

「一つはお前が言うように、相性の問題な」

 マニフェストが使用者の主張を読み取り、その主張に沿ったイズムを顕現させる際、ある一つの過程を必ず踏むことになっている。主張をカテゴライズするというプロセスだ。

「主義主張は人の数だけある。当たり前だがそれらをそのままイズムとして顕現させるとなると、スパコンの計算能力でも処理しきれるかどうか怪しい。だからマニフェストは計算を少しでも軽くするために、それぞれの主張を傾向ごとに分類するわけだ」

 実際にはそれで少しどころか必要な計算処理が大きく削減でき、スパコンが要るかと言われていたものが小さなCPUとメモリで実現できることになった。

「詳しいっすね」

「ばかやろ、何年教師やってると思ってる」

「何年すか」

「来年で四半世紀だよ」

 意外と歳食ってた。

「話が逸れたな。でまあ本来それだけバラバラのものを無理やり分類してるわけだから、当然中にはうまくいかないものが出てくる。特殊だったり珍しかったりすると、用意されていたカテゴリに分類できなかったり、本来入るべきカテゴリから弾かれたりというエラーが起こる」

「それが相性っすか」

「そう。二十年のバージョンアップの中で何度も何度も修正されてきたがこのエラーだけはいつまで経っても無くならないな」

 人の数だけ主義主張が存在する。つまりそれは無限のパターンがあるということだ。どんなに素晴らしい機械でも無限パターンの網羅は不可能ってことなのかもしれない。

 それでも俺の見える範囲で三百分の一まで減らしていることを考えると、実はマニフェストってすごいのか。

「いやいや、お前の原因が相性の問題だとは決まってないからな? 大きく分けて三種類って言ったろ」

 ……そっすか。

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