深夜に無職は決意する、そして

しかし暗い夜道で決心したそういう考えも、家に近づくにつれて街が明るさと賑やかさを取り戻していくと、残念ながらすっかり薄まってしまってる。笑。


玄関のドアを開けた頃には、もうすっかり日常。


すでに母親が帰宅していて、鍵はかかっていなかった。ひとまずシャワーを浴びて台所へ行くと、いつも通り電子レンジの上に半額シールの貼られたパック惣菜がいくつか並んでいた。


冷凍庫からご飯を取り出して温め直す。500ワットで3分半。ご飯を温め終わったら、こんどは僕のお気に入りの「海老とナスのチリソース」(元値は398円)をパックのまま1分半。


その間、ティファールの電気ケトルでお湯を沸かし、マルコメのインスタント味噌汁の準備をする。それらを朝と同じ安っぽいイチゴ柄のトレーに乗せて、テーブルに運ぶ。


母親はテーブルの横で、小さい折りたたみ式の座卓を広げて食事をしている。

20年以上使っている薄緑色のプラスチックのどんぶりに、ご飯と惣菜と納豆を乗っけたものを食べながら、自分には到底面白いとは思えないバラエティ番組を見ながらゲラゲラと笑ってる。全てが絶望的な光景に感じる。僕の存在に気づいているのか、いないのか。


鈍い光沢のある飴色の肌、骨が浮き出た首筋、すっかり痩せた肩。僕はテレビを眺めながら早々に食事を終わらせて、自分の使った食器だけきれいに洗った。そして冷蔵庫からプライベートブランドのアルコール度数8%の缶チューハイを2本取り出して、無言で階段を上がる。


缶チューハイを落とさないように慎重にドアノブを捻り、肘で電気のスイッチを押したら、モニタの前に座って缶チューハイを開ける。


マウスを適当に動かしてスリープから復帰させてFacebookを覗くと、同級生たちが仕事や家庭のこれみよがしな「ご報告」をしてくるから、とりあえず上から順に適当にいいね!を押して、彼ら彼女らの承認欲求を満たすことに協力してあげる。


そうしたらニコニコ動画に移動する。流れるコメントを見ながら孤独は癒される気がする。観るのはおもにアニメとゲーム実況。別のタブでは楽天とYahoo! オークションを開いてのながら視聴。アニメやゲーム実況の音声や、そこに残されるコメントで、いくらか孤独は癒される。コメントを残す人たちの年齢も性別もわからないけれど、それはきっと僕のようにどこか寂しさを抱えた日々を過ごすものたちに違いない。


数時間経ったころ、缶チューハイに含まれるスピリッツが少しずつ血管を膨張させるのを感じ、やがて耐えきれない眠さが襲ってくる。丁寧な暮らし。それは何者にもなれないことに気づき始めた人々が、変えられない現実を受け入れるための手段。いくらあっても充分ではないお金、満たされることのない承認欲求。誰もが自分らしさを獲得するためにあがいてる。


部屋の電気を消して、ベッドのなかに滑り込む。暖まっていない布団の冷たい感覚が、少しだけ頭をはっきりさせる。暗い天井を見ながら心の中では不安と勇気の天秤が揺れている。僕は変われるか? 僕は変わらなければいけない。自分に何度も言い聞かせる。


目を瞑ると、魂が抜かれるような心地よさに襲われて、大きなあくびが出る。そして朦朧としていく意識のなかでひとつのアイデアが思い浮かぶ。それは明日、この気持ちを文字にすることだ。もしかしたらそれが人生の分かれ道になるのかもしれないと信じて。


ただひとつの問題は、明日の僕はこの決意を覚えていて、本当に実行するかということだが、これだけ強く決心したことを忘れるほど自分はバカじゃない。つぎ起きたとき、僕の新しい人生が始まるのだ。


暗闇の中で数字を刻むデジタル時計は、午前3時13分という数字を示していた。

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丁寧な暮らし @ome_shima

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