ジョギングで、健康にも気を使う
混雑する駅前をまるで自分も会社帰りだといわんばかりに堂々と歩いて、帰宅したらジョギングの準備をする。
さいきん楽天(楽天のまわしものじゃありありません、念のため。笑。)で買ったばかりのナイキのウェアとシューズに身を包み、ストレッチも入念に。
走るのは気が向いたときだけ。だいたい週に1~2度くらいは走るかな。さっきのマクドナルドみたく脂っこいものを食べたり、ずっと座りっぱなしの生活だから、ダイエットとストレス解消にちょうどいいってわけ。
面倒くさいときもあるけれど、走ったあとは気分爽快。あーあ、年金も貯金も遺産もないのに長生きしちゃったらどうしよう。こういう生活をしていると自分でも長生きしたいのか早死にしたいのかわからない。笑。
バス通りに沿って、駅とは反対方面に向かって走るジョギングコースは。家路につく人々を颯爽と追い抜いて行く。なんてったってこちらは働いてない分、力が有り余ってるんだから。
しばらく走ると電灯が少ない住宅街に差し掛かる。そうすると前方に帰宅中と思われる若い女性の姿。近づいてくる足音を警戒してチラチラこちらを気にしているのがわかったから、できるだけ距離をとって追い抜くようにする。無職もいろいろ気を使うんです。
もし、いまここで本当に自分がこの女性を襲ったとしたら…なんて冗談冗談。無職男性(34)として全国に報道なんかされたくないし。人畜無害な無職なんです。
でも、人生の分岐点なんて案外そこらへんに転がっているんだと思う。
昔の自分がまさか将来無職になって母親と暮らしているとは思っていなかったように、犯罪者たちはみな自分が将来犯罪者になるだなんて想像してなかったに違いない。僕だって、どのタイミング女性に対する性欲や、母親に対する暴力性が爆発するかわからない。
やがて、かつて商店街だった場所に差し掛かる。
小学生のころ毎日のように友達と自転車で訪れていた駄菓子屋。香り付きの練り消しやロケット鉛筆を買った文具屋。プラモデルやミニ四駆を買っていたホビーショップ。中学生のときに入り浸ったゲームセンター。
それらの看板は何年も前にとっくに降ろされていて、その褪せたシャッターはもう永遠に開くことはないだろう。ブロックがモザイク状に舗装された道路と、すずらんの形をした電灯が、かつてここが商店街だったことをわずかにほのめかしているだけだ。
はっ、はっ、はっ、という自らの呼吸を聞きながら、淡い記憶が蜃気楼のように脳裏を揺らめいて、昔このあたりに住んでいた、小学校のころ好きだった女の子の顔がふと思い浮かぶ。
彼女はいまどこで何をしているんだろう?しかし遠い過去はもはや手に取ることができないところに自分は生きている。
昔あったものがなくなって、人も街も少しずつ変化していく。
父親はあっけなく死んでしまった。死の数年前から会っていなかった。彼は小さなアパートの一室でひとりで死んだ。このままいけば僕も似たような道を辿るだろう。
この街にはすべての自分の記憶がある。滲んだ汗。過去と未来を自問する。いつか母親を亡くした僕は、この路上でのたれ死ぬのだろうか。
視線は夜空を見あげながら、一歩踏み出すごとに心の中で変わろう、変わろう、変わろうと唱えて、気持ちを引き締める。
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