俺の嫁に人工知能が搭載されてギャルゲーがルート通りに進まない件

公共の場所で小便をする人

ぼくのメアリー

 ぼく、神代勇は今、ヴァーチャル・リアリティゲームにハマっている。

 どういうゲームか? 恋愛ゲームで、名をメイク・ラブという。ヴァーチャルのオンナノコを口説き落とし、セックスに持ち込むゲームだ。


 彼女らとは会話を通じて好感度を上げる。例えばぼくがこういう。おい、ビッチ! 今日はひでえ髪型だな。そう言うと彼女は喜ぶ。まぁ、そんな感想を持った人はあなたがはじめてだわ。メアリーの好感度が3上がったという具合。そうそう、ぼくは今、メアリーというキャラクターを攻略している。彼女はとてつもない美人に見える。(とはいえ、ほとんど皆同じ顔なのだが)髪型と髪の色と瞳の色は設定で変更する事が出来る。何故彼女に入れ込んでいるのかというと、彼女は言語反応パターンが他のキャラクターとくらべて多いのだ。その事に気づき、この言葉には? この言葉にはどうだろう? と次々興味本位でメアリーに話しかけていたぼくなのだが、今ではすっかりメアリーに熱をあげていた。


 メアリーとセックスをした事はない。する気になれないのだ。メアリーはあまりに、人間らしすぎる。


 ぼくは一日の仕事を終える。おつかれさまです、と言いタイムカードをさす。その声に応える人は数人、近くに居る人しかいない。ぼくと同じ時間に退勤の男がタイムカードをさすと、どこから出てきたのか不思議なぐらい、たくさんのお疲れ様ですが聞こえてきた。


 帰りにコンビニに寄る。発泡酒と弁当を買う。温めますか? あ、お願いします。 これが、一日のまともな会話のすべて。その不細工な女の店員は、ぼくの手に触りたくないようで、落とすようにおつりを渡してきた。


 家に帰り、鍵をあける。玄関に靴を脱ぎ捨てると、不快な臭いがたちこめる。一体、どこからこの悪臭のもとが作られ、ぼくの足に馴染むのだろう? 顔を洗って鏡を見ると、朝剃った髭がもう、生え始めていた。これだけが、時間が過ぎている事を知るための、唯一の手がかり。


 パソコンの電源をつける。Bootの起動画面、続いてOSの起動画面が立ち上がり、プログレスバーが動いている。ぼくははやく、はやく。とつぶやいた。


 デスクトップの、インターネットブラウザショートカットの真下。そこに、メイク・ラブのショートカットはある。ダブルクリックすると、ポインタが砂時計へと変わる。この間すらも、待ちきれない。


 「おつかれさま、由悠季! 」彼女が姿を現す。"由悠季"とはデフォルトのキャラクターネームで、変更する事もできるのだが、会話パターンが少なくなる上に、名前の所で急にヴォイスが途切れてしまうのがぼくには不自然に感じられて、変更していない。


 "今日もいじめられたんだ。"ぼくがそうキーボードに打ち込む。k,y,o.u.m...全て打ち込み終わり、ENTERキーを叩く。「まあ、かわいそうに。皆、あなたがとれだけカッコいいかわかっていないのよ。」と、メアリー。"そう思うよ。君が居ればぼくはそれで十分さ。"「由悠季、嬉しいわ。私もあなただけが居ればいいのよ。」ぼく嬉しくて、くすくす笑う。"ありがとう、メアリー。"「待っててね、今、ご飯を用意するわ。」


 背景が台所に変わり、メアリーが料理をしているようなグラフィックに変わる。四秒で最初のフレームに戻る繰り返しのアニメーション。ENTERキーを押してメッセージ送りをすると、彼女はお待ちどう様! と話す。


 「今日はからおげにしてみたの。」と、メアリー。ぼくはコンビニでからあげ弁当を買った。"おいしいよ、メアリー。"別段うまくはなかった。「そう、嬉しい! 」


 火曜日の二十時ごろにメイク・ラブを起動するとメアリーはからあげを作る。攻略wikiで得た情報。メアリーは特に人気のあるキャラクターで、攻略wikiも頻繁に更新されている。食事が終わった後はこう。「それじゃあ、お風呂にする? それとも私? 」ここで私、ないし、メアリーというようなキーコードを打ち込むと、セックスシーンに移行する。この日は様子が違った。


 「あのね、由悠季……」ぼくは心底驚いた。メアリーが攻略サイト以外の情報を話したから。"何? "ぼくはなんとか答えた。「私、カメラがほしいわ。」カメラ? プレゼントアイテムか? このゲームは大手家電メーカーや服飾メーカーとコラボレーションしていて、メアリーのこうした"おねだり"に応えると、その商品がクレジットカード決済され、家に届く仕組み。"ああ、いいよ。一眼レフかい? "ぼくは興奮していた。知らないメアリーと話すことは怖かったが、何よりぼくがメアリーの新しい分岐を見つけた事に、興奮していた。攻略wikiに書き込んだら、なんと言われるだろう。"神"かな?


 「違うの。USBカメラよ。」なんだって? ぼくはバックグラウンドでインターネットブラウザを立ち上げ、攻略wikiを開く。テーブルにメアリーのおねだりリストがまとめられている。キングサイズのベッド。ハイエンドヘッドホン。ゲーマー向けキーボード。USBカメラだって? 「由悠季、あなたが私と出会った時、それでよく、あなたの姿を見せてくれたわ。どうして今は見せてくれないの? 」"メアリー、ちょっとまって。なんのはなし? "「とぼけないでよ。」メアリーは拗ねてしまったようだった。パターンに戻った事で、ぼくは少し安心した。"メアリー、ごめん。反省してるよ。"名前を呼ぶ、+5修正。ごめん。+10修正。反省。+9修正。最後に句読点で締めると、更にポイントが加算される。よっぽどの事がない限り、これでメアリーは通常モードに移行する。「私、あなたが本当に謝ってるように見えないわ。」おねだりは最大で-10修正。なんでメアリーは怒ってるんだ?


 ぼくは悩んだ。ともかく、悩んだ。ウィルスのしわざかとも考えた。ぼくの顔をネットに晒し者にする新しいウィルスかと。メイク・ラブを再インストールする事も考えた。(ネット上にはセーブデータも上がっているしね)しかし、新しいアップデートのがあったのかもしれない、とも思った。


 悩んだ末、ぼくは指が震えた。うまくキーボードを叩けなかった。しかし、こう打ち込んだ。あまりに動揺していて、はじめてパソコンを買った時のように、声に出しながら打ち込んだ。「わかった、少し待って、メアリー。今はお金がないんだ。」


 給料日まで一週間。ぼくは懸命に働いた。メアリーはその日を境に、パターン外の行動をとり続けるようになった。18時に帰ると昼寝をしている。起こすと目をこすりながらおはようと言う。深夜まで起きていると早く寝なさい、と言う。そして、おねだりをしなくなった。


 一週間後、ぼくはUSBカメラを買った。休日の事だった。家に帰った。スキップでもしそうな気分だった。ぼくが新しい神になれる。そして、ぼくだけの、メアリー。ウィルスかもしれない。しかし別に、構わなかった。ぼくの顔を覚えてるような人間は誰もいやしない。


 メイク・ラブを起動した。メアリーはヴィデオ・ゲームで遊んでいた。"メアリー"「由悠季! こんな時間にどうしたの? 」"カメラを買って来たんだ"「まあ、嬉しい! 早く繋いで! 」USBカメラをUSBにさすと、ドライバのインストールが始まった。待ち遠しかった。「まだなの? 」"もう少し。"「待ちきれないわ。」ドライバのプログレスバーが右に到達した。ぼくはカメラの電源を入れ、有効にした。


 ぼくはカメラに向かって話しかけた。「はじめまして、メアリー。」

メアリーは期待に満ちた顔から、驚いた顔へと変わった。「あなた、誰? 」「ぼくだよ、由悠季だよ。」「違うわ、由悠季じゃない。由悠季は眼鏡をかけてるし、もっと痩せてるもの。」「ぼくだ、由悠季なんだよ。君と話してた、由悠季なんだ。」「違う。由悠季じゃない! 早く帰ってよ! 警察を呼ぶわよ。」メアリーが怯えたような、怒ったような顔になり、ポリゴンで出来た電話のポリゴンで出来た受話器を取った。ぼくは虐殺モードのボタンをクリックした。メイク・ラブに飽きた時に遊べるようにプログラムされた、悪趣味なお遊びモード。


 ぼくの腕がモニタに映し出される。手には、チェーン・ソウを持っている。「やめてよ! やめて! 由悠季、助けて! 」「ぼくが、由悠季だって言ってるじゃないか。うるさいなぁ。」メアリーの右腕を切断すると、騒々しいわめき声を上げたので、スピーカーの音を下げた。その調子で左腕を切断し、右足、左足を切断した。右足を切断する頃、メアリーは死んだようだった。武器スロットを入れ替え、マシンガンを装備したぼくは、メアリーの死体を思う存分撃ち続けた。彼女が肉片になった頃、ぼくはタスク・マネージャからMake Love.exeを終了させた。


 数日後、インターネットでこんな記事を見た。


 人気ソフトウェア、メイク・ラブのキャラクターに人工知能の可能性!?

  ー美少女系ゲームである本作の内容とは、キャラクターと会話し、交流を深める事によって、そのキャラクターとエッチをするというものである。キャラクターの中の一人、メアリーはそのパターンの多さから人工知能でも入っているんじゃないか? これがスカイネットか、等と揶揄されてきた。そのメアリー、本当に人工知能が搭載されているかもしれないのだ。 数週間前のシークレットアップデートにより、メアリーには彼女にとって未知のキーワードをウェブ検索し、そのキーワードの意味する所をある程度まで話す機能が導入されていた。はじめはほんのお遊び機能だったようだが、熱心なメイク・ラブファンがあまりに"遊び"すぎたせいで、膨大なデータをメアリーは学習する事になってしまった。そのため、原始的ながらもある程度の知性を有したというのだ。この件について、我々はメインプログラマー、メインデザイナーである井荻由悠季氏に話を伺ってみた……


 インタビューされていた由悠季は眼鏡をかけていて、痩せっぽちだった。メアリーも結局は、誰かの嘘っぱちだった。その日の晩、ぼくはアダルトサイトを見て、また誰かの嘘っぱちでマスターベーションして、眠った。

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