第2話

アルは、ただのアルである。

王族でもなく貴族でもなく、かと言って貧乏というわけでもなく。

そこそこ栄えた町で雑貨を売る店に雇われている少し神経質な父と、おおらかでよく笑う、ごった煮が得意料理な母との間にうまれたただの平民である。


そんなアルは町中を駆け回って、やんちゃをしかられたり果物をもらったりしてのびのびと育った、まだまだいたずら盛りの11歳。


そんなアルにはふたつ秘密があった。

ひとつは、小さなころから時折誰とも知らぬ声が聞こえること。

心当たりのない男の声で、幼い時には親に泣きついたりしたものだが、それはいつも誰かを呼んでいるだけでアルに話しかけるわけでもなく怒っているわけでもなさそうなため、今ではなるべく気にしないようにしている。


(昨日も呼んでた…。どうか私を見つけてくださいアルジサマって。アルジサマって誰なんだろう)


その人を見つければもうこの声が聞こえなくなってくれるのだろうかとアルは何度も考える。

けれども結局、どうやってその『アルジサマ』を見つけるのか何も思いつかないのだから、諦めているようなものだった。


アルのもうひとつの秘密、それは前世の記憶があること。


ここは誰もが死に、数年から数百年の時を経て生まれ変わる世界、ベルリルトープ。

地球で言うと中世ヨーロッパのような文化と、剣と魔法の世界。

記憶を持って生まれ変わる者も多くはないが、少なくもなく存在していた。

記憶は物心ついたころに突然頭に浮かび上がるように思い出される。


この世界では、魂を飴玉のように表面から溶かして人生をすごす。

何事もなく過ごせばうっすらと、無茶をすれば大きく減り、魂の大部分を残して死に至る。

そして生まれ変わり、また魂を溶かして生きる。

何度も何度も生まれ変わって、ついに魂を溶かしきった時にはどうなるのか。

その人は、本当に死ぬのである。

消滅し、二度と生まれ変わりはしない。

ただし本人にも魂は見えず、毎回記憶を持てるわけでもないため、残りの魂がどれだけあるのかなど誰も知らない。

そうであるからほとんどの人が生まれ変わるたび、悔いを残すまいと生きるのだ。


そんなベルリルトープの西のほう、田舎から脱しかけている町リーアにうまれたアルは、少々事情が違っていた。

前世の記憶。

それがベルリルトープではない、異世界で生きた記憶だったからである。

地球という星の日本に生きていた記憶。

ごく普通に生まれて、そこそこいい学校を卒業し、結婚して子供にも恵まれて年老いて死んだ『ような気がする』。

そんな記憶。

アルは、前世での自分の名前や家族、友人の名前や顔さえも人が関わるものは曖昧で覚えていない。

鮮明なのは、微妙な雑学だったり、学校で勉強したことの一部だった。

それでも、異世界だ。

ちらりとライトノベルが頭をよぎったりするアルだったが、この記憶が戻る頃にはなんとなくこれはおかしい気がする、とある程度の常識が身についていたためひっそりとアルの心の秘密となった。

自分のことだと分かるのに久しぶりに掘り出した日記を読んでやっと思い出すような遠い感覚の記憶と、すんなりと出てくる知識。


それを持ったアルではあるが、今ではただのやんちゃ坊主。

今日も町のはずれにある森へ冒険へ出かけていた。

そこは魔物の出ない小さな森。

ただのうさぎやリス、たまに日向ぼっこをする猫などのいる平和な森を散歩、もとい冒険するのがアルの日課なのだ。

小さな頃から落ちた木の枝を振り、魔物に見立てた虫を追いかけて遊んできた馴染みの森。

さわさわと揺れる緑の天井から漏れる光と風が、アルの明るい栗色の髪をふわふわとあそばせて通り抜ける。


「あっ!ワタスズメ!」


少し先の木の枝に数羽でとまってピチピチと鳴きながら羽をふるわせる小さな鳥を見つけ、アルは爽やかな風を吸い込んで駆け出した。


アル、11歳。

2歳のころから何も変わらない、という言葉はすでに母の口癖になっている。

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異世界転生ファンタジー Ag @a_g

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